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徴用工問題に抗議する韓国人が知らない"切り札"がある…韓国政府の「賠償金肩代わり案」を私が評価するワケ

プレジデントオンライン / 2023年3月7日 15時15分

2023年3月1日、韓国のソウルで行われた三・一独立運動の104周年を記念する式典に出席する尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領(中央左)と金建希(キム・ゴンヒ)夫人(中央右) - 写真=AFP/時事通信フォト

韓国の尹錫悦政権が、日韓間の懸念となっている徴用工問題の解決に向けて動いた。評論家の八幡和郎さんは「現実的な解決策は、尹政権が示した肩代わり案しかない。韓国が再びこの問題を蒸し返すことがないよう、1965年の日韓請求権協定を実質的に反故にしようとするなら、日本は断固として対処する姿勢を示すべきだ」という――。

■徴用工問題の解決で「雪解け」が見えてきた

日韓関係を雪解けさせる棘になっている、いわゆる「元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)」訴訟問題について、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が6日、「韓国の財団が企業の寄付を集めて、日本企業に代わって原告への賠償を支払う」という解決策を発表した。

財団には鉄鋼大手ポスコなど、日韓経済協力で利益を得た韓国企業が参加することが想定されている。日本側からも寄付を受け入れるかどうかは明確でないが、それが解決策に合意する条件になっているわけではなさそうだ。

これを受けて、日本政府は「村山談話」など歴代内閣などが示してきた植民地支配への「反省とおわび」の継承を表明した。日韓がこの解決策に合意すれば、尹錫悦大統領が3月中にも訪日して、日韓首脳会談が開かれ、さらに5月のG7広島サミットにゲストとして参加する予定だ。

外交だけでなく、経済的にも雪解けが進むとみられる。民間では、経団連などが中心になって未来志向の日韓協力事業を進めるといわれている。また、日本は徴用工訴訟の判決後に先端技術製品の輸出制限を実施しており、韓国への実質的な報復と見られていたが、これを停止し、韓国もWTOへの提訴を取り下げる動きを見せている。

■韓国政府にとって現実的に可能な唯一の策

韓国国内では、日本側の賠償と謝罪を求める人たちから「屈辱外交」などと反発する声が上がっているという。

日本の保守系の中にも、この案にすら反対する人が多いが、私は最初から韓国案と同じ考えを提唱していた。司法が暴走する韓国政府にとって現実的に可能な唯一の案であるからで、韓国がこんな愚かなことを繰り返さないように枠をはめるなら受け入れてよいものだ。

問題解決に向けて積極的に動いている尹錫悦政権への配慮も必要であるし、これをむげにすることはアメリカとの関係を考えてもよくないから、時間を浪費せずに決着をつけることも必要だ。「画期的な新たな(日韓)協力の幕開けだ」とバイデン大統領がみずから韓国政府の提案を歓迎しているほど、米国はこの問題の解決を望んでいた。

もちろん、日本側として譲ってはいけない留意事項をきちんと踏まえ、今後への悪影響がないように手当てをすべきであるし、これ以上愚かなことをするなら断固とした報復をすることも明言すべきだ。

■請求権は「解決済み」なのに司法が暴走

訴訟の概要を説明すると、戦時中に日本企業によって強制労働させられたとする韓国人が、日本企業に対して損害賠償の支払いを求めたものだ。複数進行している訴訟のうち、三菱重工業と日本製鉄(旧新日鉄住金)に対して損害賠償を命じる2018年の韓国大法院(最高裁)判決が確定した。

日韓両政府ともに、1965年の日韓国交正常化(日韓基本条約)にあたり締結した「日韓請求権協定」で、両国間の請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」として、たとえ原告の要求が正当でも、賠償金を支払うのは韓国政府としているのにもかかわらず、文在寅政権が任命した判事が暴走し、被告企業の在韓資産を現金化しようとしているのだ。

私はこの請求権問題全般について、『ありがとう、「反日国家」韓国 文在寅は“最高の大統領”である!』(ワニブックス)という本を2019年に出した。

これを書いた動機は、韓国が日韓協定、そして日韓基本条約をちゃぶ台返しするなら、経済制裁というような 迂遠(うえん)で日本側にも被害があるようなことをするより、こちらも条約の履行という同じ土俵で反撃するという姿勢が必要だということがひとつ。

もうひとつは、歴史的事実として、いかに日韓基本条約が韓国に大甘の内容だったかを、日韓交渉の過程を掘り起こして日韓両国民に知ってほしかったからだ。

■悪循環を断ち切るにはどうするか、への最適解

そもそも、日韓基本条約は、日本が朴正煕政権と韓国経済を助けてやろうということで、極端に韓国が有利な内容で妥協したものだった。それにもかかわらず「もっと韓国に甘くすべきだった」という韓国側に立った人の声ばかり大きく、韓国人だけでなく日本人の大半もその事実を忘れてしまっている。そして、ちゃぶ台返ししたら困るのは韓国側なのに、知らないからこそ彼らは暴走しているのである。

朴正熙
韓国第5~9代大統領、朴正煕(写真=http://www.pressian.com/article/article.asp?article_num=40090414235310/PD-South Korea/Wikimedia Commons)

私がこの問題が話題になり始めていたころ提案していたのは、韓国がちゃぶ台返しをするなら「日本側の請求権を蒸し返して韓国に残してきた財産の返還を求める」、「在日韓国人の特別永住権を廃止する」、「南北対話が進んでも北朝鮮の再建に経済協力しない」の3点の警告を韓国に出せということだった。

もちろん、断っておくが、何もそんなことを望んでいるわけでない。融和姿勢をとればとるほどエスカレートする悪循環を断ち切ることが、日韓友好のためにも不可欠だと思っていただけだ。

昨年5月に発足した尹錫悦政権は、真摯(しんし)な姿勢を見せなかった文在寅前政権とは違って、この問題の解決に前向きだったが、裁判所が対外問題でおかしな判断を出すことは世界で珍しくなく、外交の世界でしばしば厄介な話になっている。

たとえば、スウェーデンがNATOに入るためにはトルコの合意が必要なのだが、トルコが条件として求める、スウェーデン在住の過激派のトルコへの引き渡しを最高裁が阻止してしまった。となると、スウェーデン政府は手も足も出ない。NATO加盟を諦めるわけにもいかず、トルコのエルドアン大統領を満足させる代わりの案を提案して話し合うしかない状況に追い込まれている。

■「金を出したい」という人は自由にすればいい

結局、裁判所に邪魔されずに、韓国政府ができるのは、今回の「肩代わり案」しかないのである。日本側は、日本の企業や個人が財団に寄付することが条件というのなら拒否すべきだが、勝手に出したい人が出すのまで止める必要もあるまい。

私が思うに、日本側が最低限守るべき一線は、被告企業は財団にお金を出さないことだ。これに関しては、出すとしても日本の財界が別途、韓国と協力事業をする枠内ということになったらしいので、誤解される余地は少ない。

一方、「日韓関係の改善のためには日本側も金を出すべきだ」と思う個人や企業は、おおいに出されたらいい。

とくに、いわゆるリベラル系の方々は、頑張って思い切った金額を出したらどうか。テレビ番組で「やっぱり日本側が一歩譲歩して、政府としてこれまで表明してきた反省とかおわびをきちんとあらためて表明をし、できれば日本の当該企業なんかもそこ(財団)に寄付をするという形にしないと、なかなかまとまらないだろうなと」などと提唱されたジャーナリストなど自分で出されたらいい。

あるいは、韓国・ソウルの刑務所跡に行って「土下座」した鳩山由紀夫元首相など、莫大(ばくだい)な資産の使い道としてこれほど有意義なものもあるまい。

■日韓関係が悪くて喜ぶのは中国と北朝鮮だけ

また、帰化しているかどうか別にして広い意味の在日韓国・朝鮮人の方は、日韓関係が悪化して一番困っておられるわけだから、寄付されたらいい。

慰安婦問題に関する2015年の日韓合意では、安倍晋三首相(当時)が巧妙に立ち回り、アメリカ政府を保証人に立てるようなかたちで、「不可逆的な最終的措置」として基金への寄付を決めた。そのため、その後、文在寅政権が蒸し返しても基本的には日本の肩を持ってくれている。

保守系の人の一部は、安倍政権が慰安婦合意を結んだことまで、韓国に騙されたように批判するが、それは間違っている。安倍元首相がいなくなった現在、日本の保守は良い意味での狡猾(こうかつ)さを失ってしまったように見えることがある。

■「絶対的な親日派」だけ歓迎する日本の問題点

尹錫悦大統領の努力は、率直に評価すべきだ。私は、日本が親日的な韓国人に冷たいのはいかがかと思う。そもそも、戦後、日本は半島出身で日本人でありたいと希望した人、日本軍や公的機関で日本のために働いた人にすら国籍を与えなかった。また、いまもって、韓国で親日派の子孫として弾圧を受けている人にも無関心だ。

私がかつてENA(フランス国立行政学院)に留学して県庁で研修していたとき、監督教官の副知事は反独立派としてフランスの植民地行政に参加していたアルジェリア人だった。彼はアルジェリア独立後、フランス政府の高級官僚として職を得ていた。そういうのと大違いなのだ。

また、日本の保守派の人々が応援するのは、完全に日本の肩を持ってくれる韓国人だけだが、そんな親日派の人は韓国のなかで立場を保てない。そういう1人に、もう少し韓国内での理解も得られるようなやり方ができないのかと聞いたら、「そうすると、日本で講演料や原稿料を出してくれる人はいなくなる」と返された。

反日デモ
写真=iStock.com/VDCM image
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/VDCM image

■安倍元首相の「外国首脳の心をつかむ方法」

しばしば、韓国の指導者は、政権の当初は日韓和解を掲げるが、末期になると反日になるという。たしかにそうなのだが、日本側にも責任があると思う。もちろん、彼らが安直な期待をするからでもあるのだが、難しいなら難しいで別のかたちで花を持たせるとかも必要だ。

たとえば、大阪生まれの李明博元大統領は、天皇訪韓を望むと公言していたが、それが無理と分かると慰安婦や竹島問題で敵対的になった。早くから難しさを正しく理解してもらい、それに代わるシンボリックな目標を一緒に考えたら良かったのにと思った。

かつて安倍元首相に外国首脳の心をつかむために何を心がけたか聞いたら、「相手が困っているときに相手が一番してほしいことをしてあげることだ」と話していた。

実際、安倍元首相の立ち回りは、ブリュッセル・サミットで新顔だったイタリアのレンツィ首相(当時)が手持ち無沙汰にしていたとき声をかけて出番をつくったり、イギリスのメイ首相(当時)がブレグジットの始末で袋小路にいたとき日本に招待して京都迎賓館で接待をしたりと、見事なものだった。

■日本人が知らない日韓交渉の歴史的経緯

そういったわけで、私は今回の韓国政府の決断を歓迎するが、政権交代になったら韓国側がまた、問題を蒸し返すのではないかと懸念する声もある。そのときは、今度こそ断固たる対抗措置が必要だ。その前提として、請求権問題については、日韓交渉で日本が例外的に譲歩したのだということを知らない日本人が多いので解説しておきたい。

韓国・朝鮮の独立を認めるのは、ポツダム宣言を受け入れた以上、やむを得ないことだった。ただ、平和条約の内容として盛り込まれるべきもので、それまでは日本の統治体制が維持されるべきだった。もし、数年の時間をかけて段階的に権限委譲して独立させていたら南北分断も朝鮮戦争も起きなかったし、統一朝鮮国家は順調に発展しただろう。

ところが、アメリカがソ連と密約し、北半分を占領させ、日本の統治機構を停止させ、さらには、少額の現金以外を持ち帰ることすら禁止して日本人を着の身着のままで退去させ、財産を没収したのは暴挙だった(前述の拙著で詳しく紹介した)。

■岸信介政権は韓国に有利な条件で交渉を加速

のちに、サンフランシスコ講和条約締結の過程で、没収措置が追認されたが(返還は要求しないということ)、補償を求める権利は放棄していないことや請求権交渉で相殺の対象になることも確認されている。

そして、1950年代初期に始まった日韓交渉で日本は、韓国側より日本側の請求権のほうが多いという立場で臨み、革新陣営を含めた世論もそれを要求した。だが、日本統治下の半島にはほとんどいなかった両班(貴族)出身の李承晩が大統領のうちは、ほとんど進展がなかった。

だが、1957年に発足した岸信介政権は、反共という観点から国交樹立に熱心で、実質的に韓国に有利な条件とする主導権を取った。その過程で、山口県出身であるので韓国人の血も混じっているかもしれないといったリップサービスまでして、その発言が一人歩きしてしまったほどだ。

1963年に朴正煕政権ができた後、池田内閣から佐藤内閣にかけて交渉をまとめ上げたのも、岸信介の側近だった椎名悦三郎外務大臣(当時)である。内容は、請求権は互いに放棄する、賠償はしないが経済協力を行うというものだった。徴用工などには個別に払うと日本側は提案したが、韓国側は政府が処理すると主張した。

■日韓基本条約を反故にしたら困るのは韓国である

そういう経緯がある話だから、万が一、請求権問題で韓国が日本企業の財産に手をつけたら、日本も韓国企業や韓国民の在日資産に対して報復すればよい。

韓国が基本条約を廃棄して再交渉というなら、あらためて、日本人が韓国に残してきた財産への補償を要求できる。さらに、日本は韓国との和解のために計5億ドルの経済協力をしたわけだから、当時の貨幣価値も考慮して返還してもらいたい。

また、北朝鮮が瓦解(がかい)して南北統一が可能になったようなときには、「統一費用は日本に出させよう」と韓国は期待している。たしかに、かつての韓国に対する経済協力と同程度のものを北朝鮮に対して行うことを期待する、というのは理解できる。しかし、もし日韓基本条約を韓国が実質的に破棄するならば、北朝鮮の復興への協力はありえないというのは当然だ。

日本が南北統一のコストを分担しない可能性があるというのは、日本が韓国に対して持っている外交・経済面での最強の切り札だと思う。

日本と韓国の国旗
写真=iStock.com/Golden_Brown
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Golden_Brown

あらためて述べるが、私は、今回の韓国案に日本が協力することには前向きだ。しかし一方で、韓国側が司法の暴走以上に進んで日韓基本条約の枠組みまで変更しようとする場合には、激烈にどのように反撃するかを明言して、韓国にとって悲惨な事態になることを明らかにすべきだろう。

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八幡 和郎(やわた・かずお)
徳島文理大学教授、評論家
1951年、滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。北西アジア課長(中国・韓国・インド担当)、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、現在、徳島文理大学教授、国士舘大学大学院客員教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。著著に『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス、八幡衣代と共著)、『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)、『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)など。

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(徳島文理大学教授、評論家 八幡 和郎)

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