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「なぜここまでウクライナ戦争は長期化するのか」ゴルバチョフ元ソ連大統領の"遺言"を読み解く

プレジデントオンライン / 2023年3月10日 11時15分

2022年9月3日、「円柱の間」に安置された、最後のCPSU中央委員会書記長で最後のソ連大統領であるミハイル・ゴルバチョフ(写真=SergioOren/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

昨年8月、ウクライナ戦争が長期化するなか、ゴルバチョフ元ソ連大統領が亡くなった。朝日新聞元モスクワ支局長の副島英樹さんは「西側を熱狂させたゴルバチョフ氏と、西側から嫌悪されるプーチン氏とは、政治思想も政治スタイルも正反対だ。しかし、2人の意見が合致するのが、NATO東方拡大への批判である。ゴルバチョフ氏は、NATO拡大がドイツ統一交渉時の東西融和の精神に反すると考え、厳しく批判した。そこに西側の勝利者意識の傲慢さを見ていたのだ」という――。

※本稿は、副島英樹『ウクライナ戦争は問いかける NATO東方拡大・核・広島』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。

■ゴルバチョフ氏の「私の視点」

冷戦を終結させたミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領は、ウクライナ戦争が長期化するなか、2022年8月30日にこの世を去った。

21年11月30日付の朝日新聞オピニオン面に掲載されたゴルバチョフ氏の「私の視点」は、まさに彼の遺言のようになった。見出しは「ペレストロイカと世界 人間の安全保障へ、教訓を」。ソ連崩壊30年を前に、モスクワのゴルバチョフ財団から受け取った長文の論考を私が抄訳したものだ。

ソ連でペレストロイカ(再建)という変化が起きてから35年以上が過ぎた。その目的は、人間を解放し、人間を自らの運命や自国の主人公にすることだった。数百年にわたって人々が独裁に従い、その後は全体主義国家に従ってきた過去との決別であり、将来への突破口だった。

同時に進めた新思考外交は、核戦争や環境破壊から人類を救うことを最優先した。我々は対立する二つの社会体制が争う視点から世界の発展を見ることを拒否した。世界政治の非軍事化を課題に据えた。

私と私の支持者は、分離主義者や《急進的民主主義者》による連邦解体の試みと、民主化プロセスをつぶしたい党指導部内の人々の行動と、同時に闘わなくてはならなかった。

苦しい状況下で、連邦を維持する連邦条約案を準備し、米ソ首脳会談で核軍縮条約も締結し、1991年7月末には危機回避に必要な条件がそろった。85年4月に始まった改革路線の模索と努力の表れだった。

■致命的だった二つの打撃

しかし、二つの打撃が致命的だった。反動勢力が企てた91年8月の国家クーデターの試みと、わが国の歴史を断ち切った、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの共和国指導者による12月の密約である。連邦解体を阻止するチャンスはあったが、急進派と分離主義者、共産主義者がこの密約を支持した。核兵器の運命さえ宙に浮いたままで、密約の性急さと無責任さは米国側をも驚かせた。

私は今でも尋ねられる。連邦維持のために全力を尽くしたのかと。私は武力以外のあらゆる政治的権限や手段を使った。権力を維持するために武力行使するなら、それはもはやゴルバチョフではない。もしそうなっていたら、市民戦争もありえた。

■ペレストロイカの評価

ソ連崩壊はペレストロイカを断ち切った。しかしソ連崩壊は、私の敵対者や、あの時代の本質とその《究極の成果》を理解しない人々が主張するようなものでは決してない。ペレストロイカは、何世紀ものロシアの歴史の中でそれが転換点になったという意義に照らして、全世界にもたらしたポジティブな結果に照らして、評価されるべきだろう。

もちろん我々には失敗もあった。もっと早く党の改革に、連邦の地方分権に取り組み、もっと大胆に経済改革を進めるべきだった。しかし、ペレストロイカには現実の成果がある。冷戦の終結、前例のない核軍縮合意、言論・集会・信教・移動といった人々の自由と権利の獲得、複数候補選挙と多党制だ。何より重要なのは、変化のプロセスを後戻りができない地点にまで導いたことだ。

我々が改革の冒頭で掲げた目的、すなわち定期的な政権交代、人々が決定過程に影響力を持つ確かなメカニズムの創設から、私たちはまだ遠いところにいる。それでも、この数十年間は過去への回帰でも足踏みでもない。私はペレストロイカが具現化したものや価値を維持するよう求めてきた。これは、それがなければ道に迷ってしまう「道標」なのだ。ペレストロイカを理解し、新思考を貫くこと。ソ連大統領を退任後、私はこれに従って行動してきた。

壁には「ペレストロイカ」の文字
写真=iStock.com/liubomirt
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/liubomirt

■反核・非軍事の必要性

我々は冷戦に終止符を打った。米国の政治家は冷戦での共通の勝利を確認する代わりに、自らの《冷戦での勝利》を表明した。当時、その後の世界の流れを決めることになる失敗や急変が起きた。ここに、新しい世界政治の基盤をぐらつかせた誤りや失敗の根がある。勝利者意識は政治でのあしき助言者であり、モラルを欠くものだ。政治とモラルを結びつける志向は、新思考の重要な原則のひとつである。今日、政治的意志の機能不全を克服するには、倫理的なアプローチに基づくしかない。

グローバル世界の国家関係は、全人類的なモラルの原則に基づいた行動規則によって調整されなければならない。この《振る舞いのルール》は、自制と、全方面の利益の考慮と、情勢悪化や危機の脅威が迫った際の調整と仲介を前提としている。

そして、新思考を貫きつつ私が注意を促す重要なことは、反核、非軍事の方向性である。核兵器が存在する限り核戦争の危険性があるのだ。

■ペレストロイカと新思考の価値

我々の時代は、新しい千年紀に人類が直面するどんな試練も脅威も、軍事的解決はできない。そして、どんな問題でさえ、一つの国や国家グループの力では解決できない。

冷戦からの出口で世界共同体は、具体的な課題の枠組みを示した。それは大量破壊兵器の根絶であり、《第三世界》の国々での大規模な貧困の克服であり、教育や健康分野におけるすべての人々への機会均等の提供であり、環境劣化の克服だった。いわば人間の安全保障である。

私が願うのは、ペレストロイカと新思考の目的や価値についての私の回想が、読者にとって今日の意味を考える手助けになることだ。過去と現在の対話が途切れないように、時代の絆を保ちたいと私は思う。過去について真実を知り、将来への教訓を引き出すことは、変わりゆく世界の中で、我々全員に必要なことだ。

ミハイル・ゴルバチョフ

■世界政治の基盤をぐらつかせた米国の勝利者意識

副島英樹『ウクライナ戦争は問いかける NATO東方拡大・核・広島』(朝日新聞出版)
副島英樹『ウクライナ戦争は問いかける NATO東方拡大・核・広島』(朝日新聞出版)

ここでゴルバチョフ氏は、冷戦での米国の勝利者意識が、新しい世界政治の基盤をぐらつかせたと明言している。西側がそれを自覚していたかどうかにかかわらず、少なくともロシア側はそう受け取っていた。回想録『変わりゆく世界の中で』でゴルバチョフ氏は、元米国ソ連大使のジャック・マトロック氏から聞いたレーガン氏の「口述」内容について書いている。ジュネーブでの最初の首脳会談に向けた準備をしていた1985年に、備忘録として記されたものだ。そこに非常に重要なフレーズが一つあると紹介している。

「勝者や敗者についての話はなしにしよう。そのような会話は我々を後戻りさせるだけだ」というフレーズだ。

レーガン氏はこの原則にのっとって行動していたと、ゴルバチョフ氏は振り返っている。レーガン氏を引き継いだブッシュ(父)氏についても、私がゴルバチョフ氏にインタビューしたとき、マルタで「お互いを敵とはみなさない」と固く握手を交わした瞬間を生き生きとした表情で振り返った。ブッシュ氏に信頼を寄せていたことが私にも伝わってきた。

1987年12月8日、ホワイトハウスのイーストルームでINF条約に署名するレーガン大統領とゴルバチョフ書記長。
1987年12月8日、ホワイトハウスのイーストルームでINF条約に署名するレーガン大統領とゴルバチョフ書記長。(写真=White House Photographic Office/PD/Wikimedia Commons)

■ゴルバチョフ氏とプーチン氏の共通点

冷戦が終結し、ソ連が崩壊した後、NATOが東方拡大したのは、勝者である米国が敗者であるロシアに秩序を押しつけることだった。ロシアはそれに納得せず、ウクライナの中立化と武装解除を求める結果となったのである。

西側を熱狂させたゴルバチョフ氏と、西側から嫌悪されるプーチン氏とは、政治思想も政治スタイルも正反対だ。しかし、2人の意見が合致するのが、NATO東方拡大への批判である。ゴルバチョフ氏は、NATO拡大がドイツ統一交渉時の東西融和の精神に反すると考え、厳しく批判した。そこに勝利者意識の傲慢さを見ていたのだ。

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副島 英樹(そえじま・ひでき)
朝日新聞編集委員(核問題、国際関係)
1962年生まれ。広島支局(当時)、大阪社会部などを経て、プーチン政権誕生前後の99~2001年にモスクワ特派員として旧ソ連諸国を取材。2008年9月~13年3月にモスクワ支局長を務めた。同年4月に大阪本社に発足した「核と人類取材センター」初代事務局長に。2016年9月から広島総局長、2019年9月から編集委員。

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(朝日新聞編集委員(核問題、国際関係) 副島 英樹)

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