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どれもこれも科学的根拠が全くない…「がんが消える食事法」が引き起こす恐ろしい悲劇

プレジデントオンライン / 2023年3月10日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff

「がんになったら砂糖はとるな」「がんには生野菜ジュースが効く」など、がんには食事療法がいいといわれがちだ。内科医の名取宏さんは「どの食事法にも根拠はなく、むしろ不要な食事制限は害を招きます」という――。

■食事法の内容が多様なのは根拠がないから

以前から「がんが治る」「がんが消える」「がんが劇的に寛解する」などと称する食事法が広く流布されていて、今も大人気です。しかし残念ながら現時点で、がんが治ることが臨床試験で証明された食事法は存在しません。そのような食事法があるなら、とっくに多くの病院で提供されています。

がんが治ると称する食事法はさまざまです。「糖質はがんのエサになるからダメ」とする食事法があれば、「糖質の多い玄米が一番」という食事法もあります。「ヨーグルトは腸内環境を改善して免疫力を上げる」という食事法があるかと思えば「乳製品をはじめとした動物性たんぱく質を避けるべき」という食事法も。「できる限りの減塩を」という食事法があれば、「ミネラル豊富な天然塩をたくさんとるべき」という食事法もあります。このように内容がバラバラなのは、証拠に基づかない個人の思い付きに過ぎないからです。

「臨床試験で証明されていなくても、がんが治った事例があるなら、試す価値がある」と考える方もいるでしょう。しかし、がんが消えると称する食事法の体験談を読んでみると、「食事法が効いた」とはいえないものばかりです。よくある「食事法が効いた」という体験談は、標準医療との併用の結果です。抗がん剤投与と同時期に食事法を行い、がんが縮小したり、腫瘍マーカーが減ったりしたとしたら、必ずしも食事法のおかげとはいえません。

■劇的な改善の「体験談」は不自然な点だらけ

なかには、標準医療では説明しがたいような劇的な改善が起きたとする体験談もあります。しかし、医師から見ると不自然な点が目につきます。たとえば、ある食事法の本には「余命3カ月の進行の早いスキルス性肝臓がんと宣告され、大学病院の医師から勧められた手術と抗がん剤治療を断り、別の医師から独自の食事法などの指導を受けたところ完治した」という体験談が書かれていました。

一般的に、余命3カ月の肝臓がんに対して手術はしません。また、スキルス性肝臓がんはかなりめずらしい病気ですが、必ずしも普通の肝臓がんと比べて予後は悪くありません(※1)。確定診断に必要な生検についての言及はなく、詳しい経過を検証できる医学的データも示されていないので推測でしかありませんが、「肝炎症性偽腫瘍」などの良性疾患だった可能性が高いと思われます。

患者さんの闘病記であれば仕方のないことですが、医師が「がんが治る」と称する食事法や民間療法について本を書いているにもかかわらずデータの提示が不十分なのは問題です。学会で症例報告として発表するのなら、最低でもリンパ節転移や多臓器転移の有無を含めて進行度分類(ステージ)、病理組織・画像所見、既往歴、家族歴、生活歴、現病歴などの情報が必要でしょう。一般書に書くだけでなく、症例報告やケースシリーズとして情報を共有してくだされば医学の進歩に役立つはずなのですが、なぜしないのでしょうか。私は「できない」のだと思います。

※1 Specific characteristics of scirrhous hepatocellular carcinoma. Hepatogastroenterology. 2009 Jul-Aug;56(93):1086-9.

■「食事法でがんが消える」は希望ではなく呪い

情報が氾濫し選択肢がたくさんあるという状況は、時に大きな不幸を招きます。どの食事法にも根拠はないことを理解した上で、無理なくできそうなものを気休めに行うくらいならいいのです。でも、どの食事法が「正解」なのかを考え始めると泥沼にはまります。どれだけたくさんの本を読もうと、どれだけ熱心にインターネットで調べようと、正解にはたどり着けません。それは、がんを治す食事法が存在しないからです。

「正解を選べばがんが治るかもしれない」という希望は幻に過ぎませんが、がん患者さん本人にも、ご家族にも大きなプレッシャーになります。がんが治らなかった場合、「正解を選べなかったから」ということになりかねません。これではもはや希望ではなく「呪い」です。ご家族の場合、患者さんを愛する気持ちが強ければ強いほど呪いが大きくなります。食事でがんが消えるなどという無責任な言説が呪いをかけているのです。

抗がん剤や放射線療法には効果という「利益」と副作用という「害」があるのに比べ、食事法には害がないと思われがちですが、それは間違いです。意味のない食事制限は栄養状態の悪化、生活の質の低下を招きます。緩やかな食事法なら害も軽度ですが、ルールの厳しい食事法なら甚大(じんだい)な害が生じます。抗がん剤や放射線療法と食事法の大きな違いは、食事法には利益がないことです。

■生野菜ジュースを毎日大量摂取するのは大変

たとえば、がんが治ると称する食事法の一つに「ニンジンなどの生野菜ジュースを大量摂取するといい」というものがあります。他の食事法と同様に、がんが治るという根拠はありません。野菜ジュースを大好きな人が、たまに飲みたい分だけ飲むのはかまいませんが、毎日のように大量の野菜ジュースを義務的に飲むとなると話は違ってきます。苦痛に感じる人も多いでしょう。またジュースでお腹がいっぱいになって他の食品を食べられなくなれば、栄養が偏って体力が落ちます。

野菜ジュース
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

そしてジュースを作るのも大変です。多くの場合、無農薬・有機栽培の野菜でジュースを作るように勧められます。以前、食事法を指導する医師から毎日2個以上のレモンを野菜ジュースに入れるよう指示された家族が、無農薬の国産のレモンを探し回る体験談を読んだことがあります。残留農薬や防カビ剤を心配してのことなのですが、国産レモンの収穫時期は冬で、それ以外の季節には入手しにくいのだそうです。

愛する家族のために、少しでも安全なレモンを入手したい気持ちはよくわかります。しかし国産レモンは高価ですし、何より探すのに時間がかかります。余命が限られた患者さんの時間は貴重です。家族そろって楽しく過ごせたはずの時間を削るだけの価値が、がんに効果があるとはいえない国産レモンにあるでしょうか。悪いのは根拠のない指示をした医師です。医師が食べろと指示したのですから、ご家族が必死になるのは当然です。

■「健康に害を及ぼす食品リスト」が健康に害を及ぼす

特定の食品を勧める食事法以上に、特定の食品を禁止する食事法の害は大きいでしょう。「医者が禁止する“がんを進行させる食べ物”とは?」などと不安を煽(あお)る記事は人気ですが、全く根拠はなく、不勉強な医師の一意見に過ぎません。

さまざまな食事法がそれぞれ独自に健康に害を及ぼす食品を挙げていますので、広く情報を集めれば集めるほど「健康に害を及ぼす食品リスト」は長くなります。塩分はダメ。動物性たんぱく質はダメ。乳製品はダメ。農薬を使って作られた野菜・果物はダメ。玄米や小麦や芋はダメ。オリーブオイル以外の油はダメ。水道水はダメ。白砂糖や添加物を含んだ加工食品なんて論外……。

こういう全く根拠のない情報を受け入れてしまうと、食べてもよい食品がどんどん限られてきて、栄養が偏ったり不足したりします。情報を取捨選択したとしても、「この判断は正しいのか。食べても本当に大丈夫なのか」という不安は残るでしょう。がんが進行したときに「判断を誤った。やっぱり食べないほうがよかった」という後悔を抱くかもしれません。こうして「健康に害を及ぼす食品リスト」自体が、健康に害を及ぼします。

■生活の質を落としたり人間関係を悪化させることも

「健康に害を及ぼす食品リスト」は、生活の質をも落とします。さまざまな食事法で共通して悪者にされているのが砂糖です。確かに砂糖をとりすぎると肥満や高血糖の原因になりますが、砂糖入りの飲料をガブガブ飲むならともかく、適量にとどめれば大した害はありません。何より甘味は食生活を豊かにします。砂糖を断てばがんが治るのならともかく、そんなことはありません。大好きなスイーツを我慢することには利益はなく、ただ害だけがあります。

コーヒーとケーキ
写真=iStock.com/john shepherd
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/john shepherd

さらには、なんと人間関係にも悪影響があります。がん患者さん本人は食事法に関心がなく、ご家族が熱心な場合に問題が生じやすいのです。たとえば、ご家族が患者さんに砂糖を摂取しないよう伝えると、いったん患者さんは納得することも多いのですが、闘病生活が長くなると不満がたまってきます。抗がん剤の副作用のように投与期間中だけ我慢すればいいのではなく、食事法には終わりがありません。ずっと我慢が続くのです。

友人からのお見舞いの品も、砂糖が入っていたら食べられません。「たまになら食べてもいいのでは」という患者さんに対して、「油断するとがんが進行するかもしれない。この本にも、あの本にも『砂糖はがんのエサになる』と書いてある」と家族。しまいには「あなたのためを思って言っているのになぜわからないの」とケンカになるのです。

■他の持病の食事療法も病状や価値観を考慮すべき

このような例は多々あり、家族に見つかると叱られるので隠れて好物を食べている、という闘病記も読んだことがあります。こんなに悲しいことがあるでしょうか。罪悪感を抱えながら一人で食べるのではおいしさも半減するかもしれません。ご家族が悪いわけではありません。患者さんに治ってほしくて必死なのです。悪いのは、根拠のない情報を流している人たちです。

がんを治す食事法はありませんが、一般的にがんの患者さんに勧められている食事法ならあります。基本はバランスのよい食事ですが、治療の副作用やがんの症状で食欲が落ちているときは、食べられるものを無理のない範囲で食べるといいでしょう。がんの治療を続けるには体力があったほうがいいからです。いずれにせよ、大事なのは「無理のない範囲」です。「無理に食べなければならない」となると、害のほうが大きくなります。症状別の対策は、がん情報サービスの「がんと食事」が参考になります(※2)

当然、がん以外にも、糖尿病や肥満や腎臓病などの持病がある場合には、それぞれの病気の食事療法を続けるべきとされています。ですが、これらの食事療法にも生活の質を落とすなどの害はあります。がんを治す食事法と違って利益もありますが、利益と害のバランスを考えなければなりません。とくに予後が限られている患者さんにおいて、食事の制限は利益よりも害が大きくなりうると思います。たとえば予後が1カ月の終末期の患者さんに糖尿病があるからと甘いものを制限する意義があるでしょうか。一律に食事療法を守るのではなく、病状や個人の価値観に応じて制限を緩めるという選択肢もあります。

※2 がんと食事:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]

さまざまな食事
写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

■変な食事法に惑わされずに好きな料理を楽しんで

身もふたもない言い方になりますが、個人レベルでは食事の影響はたかが知れています。そもそも、薬剤と比べて食事の影響を調べる研究は、大規模・長期間になりがちです。大きな集団を長期間観察しないと利益があるかどうか判別できないほど効果が小さいからです。大規模研究で利益があることが確認できた食事療法でも、個人個人に与える影響は大きくありません。

ご家族ががんになったら、もしも治らないと言われたら、わらにもすがる思いでさまざまな情報を集めてしまうかもしれません。がんが消えると称するレシピもありますし、がんを治すための食事法を指導する自費診療クリニックもあります。でも、がんを治すという食事法は「わら」に過ぎません。利益はなく害だけをもたらします。

食事は個人の好みが大きいもの。もしも私や、私の家族ががんになったとしたら、がんを治す食事法を探し求めるのではなく、少しでもおいしく食事を楽しめるように労力をかけます。どんな食べ物が好きで、どんな食べ物が苦手なのか、自分や家族の食の好みを私はよく知っています。みなさんもそうではないでしょうか。家族みんなでおいしい食事を食べることは、他に代えがたい大切なことです。わけのわからない食事法に惑わされず、好きな料理をぜひおいしく味わってください。

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。

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(内科医 名取 宏)

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