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「フホーを粗末に扱ったら、逃げられて通報されます」全国3位の農業県・茨城で起きている不法就労の実態

プレジデントオンライン / 2023年3月20日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/justtscott

日本の農業は誰が支えているのか。ライターの室橋裕和さんは「全国でも有数の農業県である茨城を取材したところ、不法滞在者なしでは農業が成り立たない状況であることがわかった」という――。(第1回)

※本稿は、室橋裕和『北関東の異界 エスニック国道354号線』(新潮社)のコラム「『フホー』に支えられる茨城の農業」の一部を再編集したものです。

■だれが茨城の農業を支えているのか

茨城県の総農家数は7万1000戸超で長野県に次いで全国2位。耕地面積は16万3000ヘクタールで北海道、新潟に次ぐ3位。農業産出額は4417億円と北海道、鹿児島に次ぐ3位。日本トップクラスの農業県なんである(数字はいずれも2020年。農林水産省による)。

そこを、かなりの部分で外国人が支えていることはあまり知られてはいない。茨城の農村では、自転車に乗ったアジア系の技能実習生たちが本当に多い。クルマ社会なのに、どこへ行くにも黙々と自転車をこいで走っていく後ろ姿を、僕はこの旅で数えきれないほど見てきた。

■なぜ不法就労者を働かせるのか

茨城県内でもとりわけ農業がさかんな鉾田(ほこた)などの地域では、逃亡実習生でもオーバーステイでも働き口がある。収穫や梱包(こんぽう)、荷運びなどなど、農家の下支え的な仕事だ。技能実習生となんら変わらない作業なのだ。

実習先の農家から逃げてきたベトナム人男性・フックさん(仮名)が笑う。

「私が働いてる農家、実習生もいる。私みたいなフホー(不法就労者)もいる」

ベトナム人というのは同じだが、かたや合法、かたやフホーの労働力が同居しちゃってるのである。

彼らフホーは、農家にとっては実はありがたい存在なのである。繁忙期だけ働かせることができるからだ。技能実習生の場合、基本的には3年間の契約で、当たり前だが雇用し続ける必要がある。その間コストがかかる。

しかしフホーは、この作物の収穫期だけとか、夏の間だけとか、そういう使い方ができる。法律なんか関係ないので時間も無視してガンガン働かせても、そのぶんキッチリ給料を払えばいい。もちろんアシのつかないニコニコ現金払いだ。

フホーのほうも「いつ捕まって国に返されるかわからない」ので、いまのうちに稼ごうと、危機感を持ってマジメに働くのである。だから農家のほうは、実習生よりもむしろフホーを大事にすることがある。

■北関東中から「フホー」が茨城に集まる

「フホーを粗末に扱ったら、逃げられて通報されますからね。それもあってフホーのほうが立場が強かったりします」(技能実習生が働く企業や農家を取りまとめる組合で働く浜田和樹さん、仮名)

実際、フックさんは月によっても違うが稼ぎはだいたい25万円前後。「30万円、40万円くらい稼いでるフホーもいるって聞いた」。

実習生よりぜんぜん割がいいのだ。そして農家としては、フホーはフレキシブルで便利な働き手というわけだ。なんとも奇妙な共生関係が成り立ってしまっているのだが、だから鉾田やその近辺の鹿行(ろっこう)地域では、そこらへんの農家にも飛び込みでフホーがやってきて「なんか仕事ないですか」と笑顔で尋ねてきたりする。

僕なんか鹿行地域の某所で、一面の畑の緑があまりに見事で思わずカメラを構え、そばで農作業をしていたおっちゃんに「写真撮っていいっすか?」と尋ねたら、「いいけどよ、奥のほうで働いてんのフホーだから。カメラ構えたら逃げっかもな。ワハハハ」という返事でアゼンとしたことがある。

それほどまでにフホーはカジュアルな存在となっているのだ。

浜田さんの推測では、「茨城の技能実習生は1万5000人ですが、フホーはそれよりたくさんいるかもしれない」という。

フホーにはベトナム人が多いが、ほかの国籍もいる。逃亡実習生もいれば、元留学生も、難民申請経由から移行した特定活動の資格も切れた人もいる。そんな連中をひっくるめて「非合法な労働力」という意味で「フホー」と呼んでいる印象だ。

彼らはおもに北関東一円から流れてくる。ほかに働き場をなくした立場でも、鹿行地域の農村なら仕事があると考えている外国人は多い。

そんなフホーが技能実習生とともに、茨城特産の野菜や果物をつくっている。東京都内のスーパーマーケットでは茨城産の品が実に多いが、そのうちけっこうな部分にフホーが携わっているのだろうか。

マスクを着用しながらスーパーマーケットで買い物
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

■「人材の質を問わない」の結果

受け入れ現場である工場や農家も、果たして本当に実習生が必要なのだろうかと、浜田さんは疑問に感じている。

「そんなに人が足りないなら、出荷数を減らしたらどうか、と話すこともあるんですが」

労働力の減少に伴って、経営規模をダウンサイジングさせていくことに抵抗があるようだ。それは個人農家や中小の工場だけでなく、日本全体に言えることなのかもしれない。時代が変わり働き手が減っても、以前のような業態を維持したい。しかし企業の体力は減っている。だから、より安い労働力が欲しい……。

かくして、さまざまな業界の皆さまの需要を満たす形で、ベトナム人の技能実習生があふれかえるようになった。それが顕著に表れているのが、昔から外国人労働者が多かった国道354沿線というわけだ。

で、「ひとりアタマなんぼ儲かるから」と人数だけにこだわって、「人材の質を問わない」スカウティングの結果、当然といえば当然なのだが、おかしな人たちも混じるようになる。犯罪やケンカも増える。

■ベテランの実習生のほうが立場が上

ベトナム人実習生なくしては、もはや成り立たない農家も茨城では増えてきているのだと鹿行地域の農家・倉田順二さん(仮名)は言う。

「実習生に依存しすぎて、作業をなにもかも任せた結果、農業のノウハウがゼロになった農家もあるんだよな」

たとえばこんなケースだ。

高齢の農家が、ベトナム人実習生を使ってどうにか家業を維持していたところに、後継ぎとして息子が帰ってくる。彼は農業をまったく知らない。親は年のせいもあって、うまくノウハウを伝えられない。そこで、ずっと仕事をしてきた実習生が活躍する。息子は実習生に頼り切り、実習生にむしろ指示されるようになる。

「自分がいまなにをやっているのか、実習生たちの作業の意味もよくわからないまま働いている“2代目社長”も、まわりにはいるよ」

彼ら実習生は、3年や5年といった期間で帰国するが、新しくやってきた実習生に先輩たちが指導して、農作業の方法を次の世代に伝えていく。そんなサイクルができあがっていく。

結果として、日本人になんの知識もなくなってしまい、代々のベトナム人が農地を守っている農家もあるくらいなのだ。

「それならまだいいほうで、ろくに農業を知らない2代目に不満を募らせて、ベテランの実習生が働かなくなってる農家もある。代替わりのときも、やる気ないのに教わるからどんどん適当になる。だから実習生からも2代目からも技術が失われて、潰れた農家も見た」

倉田さんの話に、思わずため息が出た。これが農業王国・茨城の現実なのだろうか。

■「入管、もうこわくない」

こうした状況が続いていたところに、コロナ・パンデミックとなった。入国制限で技能実習生がまったく入ってこられなくなったのだ。困ったのは農家だ。いまの実習生が期限を迎えたら、次の働き手がいない。だから、国内にいる外国人を活用しようという動きが広まっていく。

技能実習を終えた後も「特定活動」などの在留資格で働けるようにしたり、「特定技能」という新しい枠組みの労働用の在留資格に切り替えていったり。

それに難民申請をまるで「つなぎ」のように使って「特定活動」に移行させ、就労資格を得る、裏ワザのような方法もある。フホーでも構わず雇う農家も多い。茨城のみならず、沿線の北関東では、あらゆる手を使ってコロナ禍でも安い外国人労働力を確保しようと躍起になったのだ。

その結果……「入管、もうこわくないって言うフホーばかり」と、フックさんは話す。

不法就労の容疑で捕まっても、すぐに釈放されるのだという。入管では世界的な入国制限で帰国困難となった外国人があふれ、収容人数をオーバーしているとか、密を避けるためだとか、実習生が入国できない状況では地域の労働力として黙認せざるを得ないとか諸説あるが、いずれにせよ「取り締まりがゆるくなった」とフックさんは感じている。

■エスカレートする犯罪

その空気が、茨城の農村で暮らすベトナム人たちに伝播していく。

「コロナになってから一気に犯罪がエスカレートしたよな」

倉田さんが言う。盗難や無免許運転、コロナの給付金詐欺。一見するとカタギの食材店が儲けを申告せず地下銀行経由でベトナムに送り、脱税していることもある。

ちゃんとした在留資格を持っている経営者同士でも、犯罪まがいの争いが激化しているそうだ。

「あるベトナムの店のまわりに似たような店を建てて潰そうとしたり、フェイスブックページをハッキングしたり。フィッシングメールを送り付けたり、悪評をネットで書き散らしたりね」

■農業を維持していくために「フホー」が必要不可欠

在留資格のあやふやな人たちは、正規の労働力である技能実習生に置き換わっていくのだろうか。今後茨城県の「ベトナム人勢力図」はどうなっていくのか。

室橋裕和『北関東の異界 エスニック国道354号線』(新潮社)
室橋裕和『北関東の異界 エスニック国道354号線』(新潮社)

「フホーに関しては、あまり変わらないだろう」と浜田さんが言う。「彼らの摘発に、入管はともかく警察が乗り気ではないと聞いています。茨城の農業を維持していくために、フホーが必要不可欠になってしまっているからです」

これは製造業でも聞いた話だった。倉田さんも頷く。

「あまり大々的に摘発すると、作物がつくれなくなっちゃうからね。国を挙げて食料自給率を上げていこうとしていて、茨城のような農業県にはだいぶ税金も突っ込んでる。だから大目に見ようという部分もある」

日本の農業は、こんな危ういバランスの上に成り立っているのである。

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室橋 裕和(むろはし・ひろかず)
ライター
1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年にわたりタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)など。

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(ライター 室橋 裕和)

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