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ロッカーから「プーチンの肖像画」が見つかった…海外メディアが報じた「英国大使館の警備員」が隠し続けた"裏の顔"

プレジデントオンライン / 2023年3月13日 9時15分

ベルリンの英国大使館(写真=CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■イギリス大使館に潜り込んでいたロシアのスパイ

今年2月、イギリス大使館を拠点に活動していたロシアスパイに13年2カ月の実刑判決が言い渡された。

英BBCによると男は、英スコットランド出身のデービッド・バランタイン・スミス氏だ。大胆にも大使館のセキュリティの要であるべき警備室に巣くい、機密情報を収集してはロシア側に流していた。

スミス氏は在ベルリン英国大使館で、警備員として4年間勤務していた。その立場を利用して館内をうろつき、会議室に残された機密情報や職員の個人情報を集め回っていたという。

英ガーディアン紙によると、スミス氏は用心深く、収集したデータは「ベルリン休暇の写真」との偽ラベルを貼ったUSBメモリなどに保管していたという。こうしたデータや大使館の入館証の運用を示した手紙などを、ロシア将校に送っていた。

人知れず数年間もロシアに“尽くした”スミス氏だが、その裏切りは綿密な国際作戦によりついに白日の下に晒(さら)されることとなる。

逮捕の決め手となったのは、イギリス情報局保安部(MI5)とドイツ当局が共同で仕掛けた、2件のおとり作戦だった。

■大使館員が気づいた不審な郵便物

勤勉なスミス氏が初めての疑念の対象となったのは、2020年11月のことだった。

あるイギリス大使館員は、同大使館が差し出した公式の郵便物であるかのように偽装した手紙を発見した。調べたところ差出人は、大使館の警備担当のスミス氏となっている。

開封して中を検(あらた)めたところ、果たしてその内容は、在ベルリン・ロシア大使館の軍事担当であるセルゲイ・チュクロフ少将に宛てた極秘の通信であることが明らかとなった。

英当局はスミス氏がロシアに通じているのではないかとの疑念を募らせ、ドイツ警察と連携した国際作戦のもと、エサを撒いて氏の反応を伺う手立てを講じた。翌2021年の8月に決行されたこの偽装作戦に、ターゲットのスミス氏は見事に食いつくこととなる。

ガーディアン紙などによるとこの作戦の下、スミス氏には偽の情報が与えられていたという。イギリス大使館が氏に与えた指示はこうだ。

ドミトリーというロシア名を名乗る男が、近く大使館の警備室を訪れる。ロシアからの亡命希望者を装って来館するはずだ。しかし、この男は、ロシアから情報を持ち込む目的で放たれた、イギリス側のスパイである。彼から機密文書を預かってコピーを取り、同時に諜報活動に使ったSIMカードを回収して破棄するようにーー。

■ロシアスパイに接触し、おとり捜査を実行

イギリス側に有利な情報は横取りし、内通しているロシア将校へぜひとも渡したい。スミス氏にとって千載一遇のチャンスだった。

いよいよ当日になると、スミス氏が勤める警備室の前に、ドミトリーを名乗る怪しげな人物が姿を現した。眼鏡をかけ、ハンチング帽とマスクで目元と口元を隠した、いかにも諜報筋然とした出で立ちだ。

男は小脇に抱えたドイツ紙のディ・ヴェルトを、スミス氏にそれとなく差し出す。一見したところただの新聞だが、記事に紛れて暗号文が仕込まれているのは明白だった。

男が去ると、スミス氏はイギリス大使館の警備室内にて、ひとりロシアスパイとしての行動に着手した。

監視監視セキュリティシステムを監視ビデオを見ている警備員。
写真=iStock.com/Ignatiev
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ignatiev

英スカイニュースによると、スミス氏は大使館で保管すべきコピー1部と別に、ロシア用にもう1部を不正に複製した。破棄を命じられたはずのSIMカードは、大使館から車で40分ほど離れたポツダム市の自宅で密かに保管することにした。

大物を釣り上げたスミス氏は、興奮に震えたことだろう。今日警備室を訪れたドミトリーという男は、愛する祖国・ロシアを裏切り、イギリスに与したスパイだ。そんな憎き相手から諜報活動の成果を窃取し、ロシア将校に渡すことができる。

■MI5の仕組んだトラップにはまる

ところがスミス氏は、大きな勘違いをしていた。すべてはMI5が描いたシナリオ通りだったのだ。ドイツ警察と共同で仕掛けた偽装作戦のうえで、スミス氏は踊らされているにすぎなかった。

スミス氏が鼓動を高ぶらせながら複製したディ・ヴェルト紙には、実のところ、何ら暗号など仕込まれていない。ベルリンの街角のニューススタンドにさえ出向けば誰もが買える、機密情報のかけらもないただの日刊紙だ。

あえて言うならば紙面に仕込まれていたのは、スミス氏をターゲットとした罠だった。

BBCによると紙面は随所に、ピンクの蛍光ペンによるマーキングが施されていた。このパターンのマークが付いた同日付のディ・ヴェルト紙は、この世に1部しか存在しない。

のちに捜査当局がスミス氏の自宅に踏み込むと、自宅からはまさにこのマーキングが付いた紙面のコピーと、破棄を命じられたはずのSIMカードが発見された。これらがスミス氏の不正な複製行為の動かぬ証拠となった。

■警備室でうごめく策略を天井カメラが捉えていた

ロンドン警視庁は後日、BBCの取材に対し、ドミトリーはMI5の訓練を受けた「演者」であり、「スミスはそれに騙(だま)されたのです」と明かしている。1から10まで、すべてが策略だったのだ。

さらに捜査当局は、スミス氏が務める警備室の天井付近に、隠しカメラを仕掛けていた。そこにはドミトリーを名乗る男の来館当日、監視カメラの映像を携帯電話で撮影するスミス氏の姿がありありと映し出されていた。

おそらくスミス氏は自身と同様、ドミトリーを名乗るこの男がロシア大使館に職員として潜り込んでいる状況を想定したのだろう。その容貌をロシア大使館の少佐に差し出せば、内通者を暴く手柄となるはずだった。

ドミトリーを名乗るこの男は、まさしくイギリス内務省のMI5と通じていた。ただ、スミス氏にとって計算外だったのは、男が陥れようとしているのはロシア大使館などではなく、スミス氏自身だったという点だ。

■ロッカーから見つかったプーチンの肖像画

スミス氏は元ロシア空軍パイロットでありながら、その身分を偽り、一見問題なく勤務していたようだ。

だが逮捕後、大使館のロッカー内からはプーチン大統領の肖像が発見され、自宅からはロシア軍のベレー帽をかぶった犬のぬいぐるみが出てきた。心はいつも、祖国・ロシアとともにあったようだ。

裁判を通じて明かされたところによると、スパイ行為の動機はロシアへの祖国愛と、イギリスへの憎悪だったという。

ウラジーミル・プーチン大統領(写真=CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
ウラジーミル・プーチン大統領(写真=CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

BBCによると判事は、職員の個人情報や大使館のセキュリティ情報の漏洩(ろうえい)により「人々を極大の危険にさらした」と非難している。イギリス警察はスミス氏の行動を「無謀で危険」だと述べた。

英ガーディアン紙は、同僚らが「怒りと裏切り」を感じ、大使館はセキュリティ設備の更新に82万ポンド(約1億3400万円)を見込んでいると報じている。

さて、時を戻して、スミス氏逮捕の前日。一度目の作戦にスミス氏がまんまと掛かったのを受け、MI5とドイツ警察はさらなる証拠を固めるべく、スミス氏の元にさらなる工作員を放っていた。

■ロシアスパイの元に放たれた2人目の諜報員

ドミトリーを名乗る男が大使館を訪れてから、2日後のこと。ポツダム市の自宅にスミス氏が戻ったところ、近くの路面電車の停留所に佇(たたず)む女性が見えた。

当時のスミス氏が知る由もないが、この女性もまたMI5が放った間者だ。イリナと名乗るこの女性は近づいてきて、「あなたを訪ねてきました」という。

近くの公園でスミス氏は、ベンチに掛けながら1枚の写真を見せられた。女性は自分もロシア側の諜報員であると明かしたうえで、ロシア大使館に潜り込んだ「モグラ(長期にわたり組織に潜入するスパイ)」を探すため、スミス氏の協力を求めているのだという。

さすがのスミス氏も、これには警戒したようだ。ガーディアン紙によるとスミス氏は次のように答え、協力要請への回答をひとまず保留した。

「とある人物と、まずは話す必要がある。その人物の確認が取れ次第、またあなたに連絡しましょう。私は、いま働いている馬鹿みたいな組織を、信用していない。あなたはMI5やMI6を信頼していますか? 言っておきますが、あなたがこうした組織で働いていることすら考えられる」

■警戒心が裏目に出た

女性がMI5の手先ではないかと疑った点において、スミス氏は相当に鋭い勘を働かせた。だが、詰めが甘かったようだ。

イギリス大使館を公然と見下し、ロシア側情報組織の「ある人物」とのパイプを匂わせたこの発言を、諜報員の胸元に装着した小型カメラがはっきりと捉えていた。

イリナを名乗るこの女性が欲しかったのは、スミス氏の協力ではない。協力要請への反応を収めた証拠映像を収録する――それこそがねらいだったのだ。

シャッターを通して見て自宅で怖い女性
写真=iStock.com/martin-dm
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/martin-dm

慎重な予防線を張ったつもりのスミス氏だったが、つまるところロシア側のスパイとして自らが暗躍していることを暗に認めた形となった。

ドイツ警察は翌日、公安秘密法違反の疑いでスミス氏の身柄を拘束した。

■警備員の立場を悪用した情報収集、9件の罪状で起訴

現在58歳のスミス氏は、イギリスの国防業務を担う職員たちの自宅住所など個人情報や、家族の顔写真などをカメラで撮影し、秘密裏にデータを蓄積していた。

さらに、警備員の立場を利用し、大使館外部から手渡しで持ち込まれる機密書類を不正に複製。これらに加え、パトロール中を装って館内を歩き回り大使館の内部構造を撮影したり、会議室のホワイトボードの内容などを映像に記録したりしていた。

スカイニュースは、イギリスのボリス・ジョンソン元首相に宛てた機密のレターも撮影されていたと報じている。

ドイツ警察がスミス氏の逮捕に踏み切ったのは、2021年8月のことだ。昨年4月、その身柄がイギリスに引き渡された。その後スミス氏は、9件の罪状で起訴されている。

イギリス検察庁のテロ対策責任者であるニック・プライス氏は、ロイターに対し、「ロシア当局に渡すことを目的とした情報収集行為7件、接触の試行1件、ロシア当局の一員とみられる人物への情報提供行為1件に関し、嫌疑が掛けられています」と説明している。

■「孤独だった」法廷で繰り返したロシアスパイの言い訳

うち8件の罪状をスミス氏は認めたが、個人情報と機密情報の漏洩により人々を故意に危険に陥れようとしたとの指摘については否認した。

氏は法廷で、酒に依存する日々を送っていたと強調し、数々の犯行時はいずれもアルコールの影響下にあったと主張している。

ウクライナ人の妻に逃げられ、「落ち込み気味で孤独であったかもしれない」ため、1日に最大7パイント(約4リットル)の酒をあおってやり過ごしたという。

判事は厳しかった。ガーディアン紙によると主張に対し、「個人的な憂鬱(ゆううつ)と、国を裏切ることとのあいだに、論理的な因果関係は認められない」と一蹴している。

今年2月、13年2カ月の懲役刑が言い渡された。

■妻に逃げられ、酒に溺れ、スパイに居場所を求めた男の末路

大胆不敵にもイギリス大使館を拠点にスパイ活動を行っていたスミス氏だが、まさか自分の元にスパイが差し向けられるとは予想していなかったのだろう。

隠し撮りの手法で大使館内の情報を収集し、職員の自宅住所や機密情報をロシア側に流出させていたスミス氏は、最終的には自らの悪行が隠しカメラに収められたことでお縄についた。

今年2月に結審した公判の過程では、酒の勢いのせいにしたり、あるいは矛盾した供述を重ねたりと、反省の色に乏しかったようだ。ガーディアン紙によると、判事はスミス氏を「まったくもって信頼に足らない」と形容している。

自宅からは数百ユーロ(数万円程度)の現金が押収されたが、13年余りの刑期に見合うだけの報酬は得ていなかったようだ。動機はむしろイギリスへの恨みにあったようだが、なぜ逆恨みを生じたのか、その子細が法廷で明かされることはなかったという。

大使館の私物ロッカーからは、ナチスの軍服を着たドイツのメルケル元首相の肩に、プーチン氏が手を回している絵も押収された。スミス氏はプーチン氏に傾倒するあまり、西側諸国への虚(むな)しい敵対心をいつしか募らせていたのかもしれない。

妻に逃げられて酒に溺れ、虚しい人生を埋めるかのようにロシアスパイとして居場所を求めた男は、わずか数年でその正体を露見させた。人生の13年余りを塀のなかで過ごすこととなった。

まるで映画のようなMI5によるスパイ捕縛作戦だが、こうしたスパイによる情報戦が世界中で繰り広げられている。もちろん日本も例外ではないだろう。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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