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キリンから「ビール首位」を取り戻す大活躍…アサヒビールが「中途入社人材」を新社長に選んだ本当の意味

プレジデントオンライン / 2023年3月13日 10時15分

3月16日付で社長に就任するアサヒビールの松山一雄専務(写真左)=2020年2月5日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

■新社長はP&Gの元マーケター

3月16日、アサヒビールのトップに松山一雄専務が就任する。松山氏は、世界最大の消費財企業である米P&Gグループなどでマーケティング戦略を担当し、高い成果を上げたことで知られる人物だ。同氏の手腕に頼って、アサヒビールはより高い成長を狙うことになる。

アサヒビールにとって外部からプロを招き、経営の意思決定をゆだねることは、今回が初めてではない。これまでも、アサヒビールは外部から招いた人材の手腕によって、高い成長を実現することがあった。1980年代後半に同社は“スーパードライ”をヒットさせ、キリンのラガービールからトップブランドの地位を奪取した。

また、近年のアサヒビールのヒット商品創出にも、外部から招いた人材の専門性、知見の貢献は大きいといわれている。成長力をさらに高めるため、アサヒビールは過去の発想にとらわれることなく、実力のある人物に経営の意思決定を任せる。その考え方は、多くのわが国企業にとって重要な示唆を持っているといえるかもしれない。

■スーパードライの生みの親は元銀行マン

1987年、アサヒビールは“スーパードライ”を発売した。それ以降、スーパードライの販売量は急増した。1998年に数量ベースでアサヒビールはキリンを抜き、国内トップのビールメーカーに成長した。

その後、アサヒビールはスーパードライのヒットによって獲得した資金を用いて海外戦略を強化した。一方、キリンは一時期、ラガービールに続く収益の柱を模索した。2000年代、キリンは協和発酵(現、協和キリン)を買収し、プラズマ乳酸菌など新しい要素技術を獲得し、ビールメーカーから発酵技術などを活かした健康関連企業としての成長を目指している。

注目すべきは、アサヒビールが内部登用に加えて、社外からトップを招いてきたことだ。特に、スーパードライが発売される前の1986年3月、住友銀行出身で社長に就任した樋口廣太郎氏の功績は大きかった。樋口氏が就任するまで、アサヒビールはキリンとの競争で劣勢に回り、シェアを失った。組織の士気は沈滞していたかもしれない。一発形勢逆転を目指して樋口氏は、前例がないからこそ挑戦する経営風土の醸成に取り組んだ。

■新社長は“マルエフ”ヒットの立役者

その一つの成果として、スーパードライが生み出された。樋口氏は、単なるコストカットではなく、より良い満足度を消費者に届けるために必要なサプライチェーン・マネジメント体制も確立し、次世代に引き継いだ。それがスーパードライの差別化を支え、より多くの需要を獲得した。

さらにアサヒビールは、マーケティングのプロである松山氏を登用して“マルエフ”などの需要を創出した。松山氏はスーパードライのフルリニューアルも行い、一時キリンに追い抜かれたシェアを取り戻した。松山氏はスーパードライのブランド競争力を足掛かりに、デザインや味わいを大胆に変え、より大きな満足度を消費者に提供した。その成果として、アサヒグループホールディングスは値上げによってコストプッシュ圧力に対応しつつ、業績は底堅く推移している。

アサヒグループ本社 ビアホール棟
写真=iStock.com/marcociannarel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/marcociannarel

■今回のトップ人事は「古い雇用慣行」との決別か

今回、アサヒビールは松山氏に経営の意思決定をゆだねる。これまでのわが国の働き方では、加速度的・かつ非連続的な事業環境の変化に対応することは難しくなっているとの危機感は強い。アサヒビールは、過去の発想にとらわれない人材をトップに登用することによって、より迅速に高付加価値商品を生み出し、顧客に提供して収益力を高めようとしている。ある意味、今回の同社のトップ人事は、わが国の雇用慣行との決別にも見える。

長い間、わが国では終身雇用と年功序列の雇用慣行が続いている。1950年代半ば以降の高度経済成長期のように高い経済成長率が続く状況であれば、こうした雇用慣行が企業の事業運営にとって問題になることは少なかった。しかし、需要が飽和して経済成長率が停滞すると、業績拡大ペースも鈍化する。

過去の発想に基づいた事業運営体制の継続が、企業の成長を支えるとは限らない。わが国経済の現状を基に考えると、終身雇用や年功序列の雇用慣行の下、多くの企業で「前例がないので、新しい取り組みに着手できない」という現状維持バイアスが組織心理に浸透した。

■自己変革を加速する決意を示した

企業が新しい発想を組織に取り込み、その実現を通して新しい需要を創出することは一段と難しくなり、意思決定のスピードは遅れた。結果的に、半導体やデジタル家電などの分野では台湾、韓国、中国など新興国企業の技術面でのキャッチアップと価格競争力の向上に対応することが難しくなった。

アサヒビールの今後の事業展開も楽観はできない。2019年、同社は1兆2000億円を投じてオーストラリアのビールメーカーを買収するなど海外での買収戦略を強化した。ただ、世界的なインフレの進行によるコストプッシュ圧力、金利上昇による株価の下落などのリスク上昇を背景に、のれんの減損リスクなど業績の不透明感は高まっている。

その状況下、アサヒビールはこれまで以上に新しい取り組みを増やしてスーパードライに続くヒット商品を生み出さなければならない。今回のトップ人事によってアサヒビールは自己変革を加速させる決意をステークホルダーに示したともいえる。

■5%の賃上げで従業員のモチベーションも上げる

アサヒビールの社長交代は、わが国のより多くの企業が大胆に、新しい発想の実現に取り組む呼び水になるだろう。足許、同社は物価高止まり環境下で従業員の生活を守るために5%程度の賃上げを検討している。その上で注目したいのは、新しいトップの下で個々人の実績(実力)に応じた賃金制度が策定、実施され、人々のモチベーションがさらに高まるか否かだ。

企業が成長を実現するためには、新しい需要の創出が欠かせない。その源泉は、①組織の中にはなかった発想を持ち込む、②最先端の理論を実践する、さらには、③誰も思いつかなかった大胆な発想の実現を目指す――の3つに分けて考えるとわかりやすいだろう。その上で、経営トップは既存の製造技術などと新しい発想の結合に取り組む。新しい商品が生み出され、消費者に受け入れられることによって企業は成長する。

■「古い価値観からの脱却」を実現できるか

アサヒビールは、社外から招いたトップの指揮によって自社の強み、弱みなどを分析し、新しいビール体験を生み出すことによって成長してきた。今後、醸造技術の向上やマーケティング戦略の実施などで成果を上げた人が、勤続年数ではなく実績に応じて評価される組織風土が醸成されれば、やる気、働きがいなど従業員エンゲージメントは高まるだろう。

それは、企業の成長加速を支える。そうした企業の増加が、わが国経済の実力(潜在成長率)の向上につながる。徐々にではあるが、わが国でも物価上昇ペースに見合う以上に賃金水準を引き上げ、個々人の成長志向、挑戦をサポートしようとする企業は増えている。

ただ、そうした価値観がわが国産業界全体に浸透しているとはいえない。依然として、終身雇用・年功序列の価値観から脱却しきれない企業は多い。プロ経営者として招かれた新しいトップの指揮の下でアサヒビールが従業員の士気をさらに高め、より強い成長志向を組織に浸透させることができるか否かは注目に値する。それが実現されれば、既存の雇用慣行から脱却し、新しい需要創出に取り組む本邦企業も増えるだろう。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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