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床で寝るより10度も暖かい…避難生活の必需品「段ボールベッド」の考案会社が儲けゼロでベッドを作り続けるワケ

プレジデントオンライン / 2023年3月13日 17時15分

インタビューに応じる水谷嘉浩社長。 - 撮影=山川徹

段ボールメーカー「Jパックス」(本社:大阪・八尾)は、2011年の東日本大震災をきっかけに「段ボールベッド」を考案して普及活動をはじめた。これまで20の被災地に約2万3000台のベッドを業界団体と共に納入した実績がある。活動費用を考慮すると事業は赤字だが、この活動をやめるつもりはないという。Jパックスの水谷嘉浩社長に、ノンフィクションライターの山川徹さんが聞いた――。

■高齢者・女性を尻目に一目散に逃げ出した

――水谷さんは災害時の避難所で使用しやすい段ボールベッドの開発、生産を続けてきました。段ボールベッドに着目したきっかけを教えてください。

12年前の3月11日、当時は滅多にない東京出張で墨田区にいたんですよ。そのときに東日本大震災を経験しました。ビルの4階にいたぼくは、自分だけ荷物をまとめて一目散に逃げ出してしまって……。その後、年配の方や女性たちがぞろぞろとビルから出てきた。その光景を見て自己嫌悪に陥りました。「いまオレ、めちゃくちゃ恥ずかしいことをしたんちゃうか」と。

当時、40歳の自分は逃げ遅れた人をサポートすべき立場だったのではないか、何かできることがあったのではないかと後悔しました。泊めてもらった東京の知人の家でも、大阪に戻る翌日の新幹線の車内でも自分には何ができるのだろうとずっと考えていました。

3月15日に知人に声をかけてもらって、4台のトラックに毛布や衛生用品などを積んで、物資が不足しているという茨城県高萩市に向かいました。福島第一原発が爆発した直後で、しかも静岡県を走っている途中に震度6の静岡県東部地震にも遭遇した。ぼくにとっては、命がけでした。でも、茨城に物資を届けた後、内心、あれだけ大きな被害の前で自分が行った支援は焼け石に水やないかと感じたんです。

■「避難所に逃げれば安心」だと思っていた

そんなとき避難所で多くの被災者が低体温症で亡くなったというニュースを知りました。驚きました。だって、避難所って、避難者にとって安全な場所だと思っていましたから。せっかく津波から逃れた人が、寒さに凍えて命を落としている。理不尽な事実に衝撃を受けました。

同時に、ふと思ったんです。うちは、大阪の八尾市で、祖父の代から段ボールの製造を続けてきた中小企業です。段ボールを避難所での寒さ対策に利用できるのではないかと。

――当時、段ボールベッドをつくっていたメーカーはあったのですか?

厳密に言えば、ゼロではありませんが、ほとんど商品化されていませんでした。

――では、段ボールでベッドをつくろうという発想はどこから生まれたのでしょうか。

段ボールは温かいと言うのは皆さんもなんとなくご存知でしょう。段ボール屋のぼくでも、なんとなく、風も防げるし、温かいのだろうという漠然とした認識しかありませんでした。そこで試しにプロトタイプを手づくりしてみました。段ボールを切って糊で貼って土台をつくり、その上に大きめの段ボール板を一枚乗せる。

■3日で200台を急遽生産した

いま思えば、シンプルというか、粗雑だったのですが、3月20日に完成した。でも東北には縁もゆかりもなかったので、Twitterに段ボールベッドを無償提供しますと投稿したんですよ。そうしたら、石巻赤十字病院から受け入れたいというメッセージが届いた。うちの4トントラック一台に積み込める200台の段ボールベッドを急遽3日でつくりました。従業員みんなが無償で協力してくれたんです。

そして3月31日金曜日に大阪を出て、翌4月1日に石巻に到着しました。最初の段ボールベッドは、高齢者や要介護者を集めた福祉避難所で使用されました。

――はじめての段ボールベッドはもっとも必要とされる避難所に設置されたわけですね。現在、避難所で段ボールベッドを使用するのは常識となっています。段ボールベッドにはどんな効果があるのですか?

避難所で段ボールベッドを使う理由は、大きく2つあります。

ひとつは健康被害を防ぐという面。避難所の床にはホコリや目に見えないウイルスが漂っています。床に雑魚寝してしまうとホコリを吸い込んで肺炎を引き起こしたり、インフルエンザやノロウイルスに罹患(りかん)する恐れもある。昨今では新型コロナウイルスもそうですよね。ただ床から20センチ以上高い位置に寝るとホコリの吸引がほとんど無くなると言われている。段ボールベッドの段差が避難所生活で大きな役割を果たすのです。

■「高さ35センチ」が災害関連死から被災者を守る

床に長時間にわたり、直接座っていると何が起きるか。まず1時間もしないうちに足腰が痛くなり、立ち上がるのがしんどくなる。とくに高齢者は足腰がつらくて、昼も夜も横になる時間が増えてしまう。そうするとADLと呼ばれる日常生活動作が一気に下がり、生活不活発病になる。

――生活不活発病は、動くことが億劫になり、心肺機能が低下し、筋量も減少する症状で、東日本大震災で多発して問題になりました。

雑魚寝が長引くと高齢者にとっては、トイレに立つのも一苦労です。トイレに行く頻度を減らすために水分摂取を控えた結果、血液がドロドロになり、血栓ができてエコノミークラス症候群を引き起こす。最悪の場合は命にかかわります。段ボールベッドの高さは35センチ。車いすとほとんど同じ高さです。椅子のように腰掛けられる。トイレや着がえ、歯磨きのために立ち上がる動作の負担も少ない。災害前の日常生活を維持しやすくなる。

2016年4月、熊本地震発災直後の避難所。避難者は不衛生な床で過ごしている。
撮影=水谷嘉浩
2016年4月、熊本地震発災直後の避難所。避難者は不衛生な床で過ごしている。 - 撮影=水谷嘉浩

ポイントが、この35センチの高さです。冬の北海道で行った研究では床に比べて、段ボールベッドの方が約10度も温度が高いという結果が出ました。段ボールには空気の層があるから保温効果があります。何よりも、この35センチの高さが、避難所での低体温症や、生活不活発病、感染症などから被災者を守り、ひいては災害関連死を防ぐのです。

■大手の工場が協力すれば1日で何万台でも生産できる

――健康面、衛生面以外にはどんなメリットがありますか?

避難所で段ボールベッドを使うべき2つ目の理由が供給面です。段ボール工場は日本中にあります。大手の工場なら1日5000台は楽々と生産できる。うちの工場でも最新型の段ボールベッドなら1日1000台、古いタイプなら3000台はつくれます。

いまの段ボールベッドはミカン箱サイズ――A式と呼ばれる段ボール箱24個を並べて台にして、上に一枚の段ボール板を敷くだけ。段ボールベッド1台分を4~5秒で生産できる機械が、日本中に点在する段ボール工場に約1000機以上設置されています。

段ボールベッドが必要とされるのは、緊急時です。仮に熊本で再び地震が発生し、急遽5万台の段ボールベッドが必要になったとしましょう。熊本の段ボール工場は停電や被災の影響で稼働できない。その場合、福岡にあるいくつかの工場で2万台、鹿児島、大分、佐賀で1万台ずつ生産し、被災翌日には必要な数を熊本の被災地へと供給できる。

■段ボールだからインフラになりえる

――なるほど。そこがふだん使っている段ボールを活用する強みですね。

そうなんです。もしもパイプベッドだったら、海外の工場に発注してから生産する。日本に届くまで数カ月くらいかかってしまいます。

大手の段ボール工場は全国各地に約400カ所、我々のような中小の工場は約2500あります。段ボール工場は災害時に被災者を、そして避難所を支えるインフラになりえるんです。

現在は、避難所を運営する上で段ボールベッドなどの支援物資が必要な場合、災害救助法の対象になって費用は国庫負担となります。いまの避難所に行くと段ボールベッドが設置された光景は当たり前になりました。それだけ段ボールベッドの有用性が広く認知されました。でもそこにいたるまでは本当に苦労したんです。

■「前例がないので…」9割の避難所に断られた

――水谷さんが段ボールベッドを開発した3.11当時、段ボールベッドの有用性はほとんど認知されていませんでした。水谷さんは大阪から東北の被災地に通って、段ボールベッドを運んだそうですが、避難所や支援団体はどんな反応だったのでしょう。

避難所での雑魚寝は、低体温症や感染症、エコノミークラス症候群、生活不活発病などを引き起こすリスクが高くなります。石巻赤十字病院の医師の方々も雑魚寝をなくして災害関連死を減らすために、段ボールベッドを使用しようと話してくれていたのですが、避難所に持ち込んでもまったく受け入れてもらえませんでした。東日本大震災では、50カ所の避難所をまわりました。無償なので使ってみてくださいと持ち込みましたが、9割は断られました。

――なぜ、断られたのですか?

それは分かりません。しかし、前例や導入の仕組みが行政になかったからでしょうか。

確か震災から2カ月後か3カ月後だから、2011年の5月か6月ころです。ぼくの活動を知った女性の被災者から、段ボールベッドが欲しいと連絡をもらいました。避難所で生活する高齢の両親が、足腰が悪くてしんどい思いをしているから、ベッドに寝かせてあげたいと話していた。避難所で生活する人数を確認し、200台の段ボールベッドをトラックに積み込んで、宮城県多賀城市の避難所に運びました。

しかし避難所の運営者からは「受け入れは難しい」と断られてしまった。結局、苦肉の策で、個人的に持ち込んだことにして、段ボールベッドを設置しました。すると高齢のご両親が泣いて喜びはった。あれは本当にうれしかったですね。困っている人がいるのなら、全員に届けなあかん、と感じた経験でした。

2020年7月、豪雨災害が発生した熊本県人吉市。体育館いっぱいに段ボールベッドが並んでいる。
撮影=水谷嘉浩
2020年7月、豪雨災害が発生した熊本県人吉市。体育館いっぱいに段ボールベッドが並んでいる。 - 撮影=水谷嘉浩

■20の被災地で2万3115台のベッドを届けた

――それが十数年も段ボールベッドの普及にたずさわる原動力になったわけですね。

それもありますが、もうひとつは怒りです。

平日はふだんの仕事があるでしょう。だから通常業務を終えた金曜日の夜に、段ボールベッドを満載した4トントラックを運転して徹夜で東北へ向かう。土曜日の朝方、被災地に着いて1日中避難所で活動をして、土曜日の夕方に被災地を出発する。疲れるし、眠いんですよ。

段ボールベッドは被災者の健康被害を予防できるという自信があるから、ぜひとも使ってほしい。それなのに断られるんですよ。災害にかかわり続ける原点には、あのときの怒りがあるからです。

ぼくは東日本大震災以降の10年間で、紀伊半島豪雨、伊豆大島土砂災害、広島土砂災害、長野県北部地震、口永良部島噴火、桜島噴火、常総水害、熊本地震、台風10号、鳥取地震、九州北部豪雨、大阪地震、西日本豪雨、北海道胆振東部地震、佐賀水害、台風15号、台風19号、熊本県人吉水害、熱海土砂災害と20の災害に足を運び、同業者も含めて合計2万3115台の段ボールベッドを届けてきました。訪ねた避難所は、のべ400カ所を超えます。

■2016年の熊本地震が転機になった

――段ボールベッドの有用性が認知されたのは、いつ頃でしょう。

ターニングポイントとなったのは、2016年の熊本地震ですね。なぜかと言えば、熊本地震ではじめて政府がプッシュ型の支援で3000台の段ボールベッドを入れたんですよ。またこの時期につくられた内閣府の避難所ガイドラインにはじめて段ボールベッドについて記載されました。

ちなみに2回も震度7の揺れにおそわれた益城町にはぼくが段ボールベッドの導入にかかわりました。

私は、1回目の前震の後すぐに熊本に入りました。そしたら2回目のいわゆる本震に遭遇してしまったのです。本震の発生後は、恐怖のあまり泊まっていたホテルから逃げ出して避難所に行ったのですが、30分ごとに大きな余震が来てとても寝れたもんじゃない。大きな地震が発生すると睡眠不足になることを身をもって体験したんです。

偶然だったのですが、神戸市の「人と防災未来センター」に勤務する知人も益城町の支援に入っていた。ご存じのように、益城町は壊滅的な被害を受けました。町役場の職員も被災していて、動けない。避難所運営や復旧活動を外部から入った支援者たちに任せざるをえなかった。

でもそれが逆によかった。「人と防災未来センター」の知人から段ボールベッド設置の相談があり、すぐに活動を開始しました。益城町の指定避難所をすべてまわり、段ボールベッドを設置しました。ただし1カ所だけ自治会長さんに断られてしまいました。とはいえ、5年前の東日本大震災と比べて、段ボールベッドの必要性が多くの人に知られるようになったと実感しました。

■「被災自治体の職員が奔走」そんな美談は必要ない

20の災害、そしてのべ400以上の避難所を訪ねて、何度も目にしてきた光景があります。被災した自治体の職員が、疲弊したまま支援活動や避難所運営を続ける姿です。

いち早く変えなければならないと感じますが、災害が発生するたびに同じことが繰り返される。

――日本では被災自治体の職員が支援に奔走する姿が美談として語られますね。

そうなんです。もう美談は必要ありません。本来は職員も被災者で、支援を受けるべき側なんです。それなのに日本では、被災した職員が支援を行うでしょう。家が倒壊した人もいるかもしれないし、肉親が犠牲になった人もいるかもしれない。肉体的な疲労に加え、精神的にも疲れ果てている。そんな状況ではやれることにも限界があるし、支援も後手後手に回ってしまう。支援の遅れが、被害の拡大にもつながります。

■被災を免れた自治体が運営を担うべき

ぼくは最近もイタリアの災害支援の現場を視察しました。イタリアでは被災自治体の職員が避難所運営にかかわることはありません。もしもAという州で災害が起きた場合、近隣のBという州の職員が48時間以内に避難所を設置し、運営しなければならない仕組みになっています。避難所の設置や運営のマニュアルに従って、B州の職員が支援活動を行う。

一方日本の災害対策基本法では、災害支援、災害救助の主体は市町村と決まっています。日本には1741の市町村があるので、支援のありようが1741通りも存在する。もしもいま、ここ(大阪府八尾市)で災害が起きたとしても、八尾市の職員が支援を行う必要がある。隣の東大阪市が無傷だったとしても、東大阪市の職員が簡単に支援を行える枠組みはないんですよ。

これって、おかしいでしょう。日本もイタリアのように被災を免れた近隣の市町村が相互に支援を行う仕組みを早急につくる必要がある。

■ボランティアもシステム化されている

それに日本とイタリアでは、災害支援を行うボランティアの考え方も違います。イタリアでは、あらかじめ専門の訓練を受けた人が国や自治体から交通費や宿泊などの補助を受けて被災地支援を行います。たとえば、運転手は物資の輸送を担当し、料理人が避難所の食事をつくる。しかし日本ではシステム化もされていない上、専門性も問われない場合が多い。日本の災害支援には生産性という考え方がまったくないのが、問題と考えているんです。

――災害支援の生産性ですか?

要は投入したリソースでどれだけ効果がえられるか。ぼくは、中小企業の経営者だから、生産性をいやでも意識してしまう。それなのに日本では災害が発生するたび、被災地の倉庫まで物資が届いているのに、必要とする避難所や被災者の元に行き渡らないという問題が起きる。限られた人材や物資でいかに効率的に支援活動を行うのか。そこが日本の災害支援に決定的に欠けている考え方と思うのです。

■活動資金をあわせたら完全に赤字

――段ボールベッドの認知度が上がり、売り上げは伸びましたか?

それがぜんぜん。

全国シェアで言えば、うちの段ボールベッドは2割くらい。

売り上げは会社全体の1~2%くらいでしょうか。金額にすると昨年は700万円ほどです。発注数に寄りますが、1台あたりの価格は8000円~1万円ほど。原料は段ボールですから、儲けはあります。でも、東北に熊本、北海道と災害が起きるたびに自費で被災地に行きますからね。段ボールベッドの普及に何千万円使ったか分かりません。こうした活動にかかる費用をあわせると、段ボールベッド事業は完全に赤字です。

Jパックスが開発した段ボールベッド「暖段はこベッド」。感染症対策用にフードが付いている。
撮影=水谷嘉浩
Jパックスが開発した段ボールベッド「暖段はこベッド」。感染症対策用にフードが付いている。 - 撮影=水谷嘉浩

――意外です。段ボールベッドをはじめて開発したJパックスは、もっと大きなシェアを占めているのかと思っていました。

うちは従業員数35人の中小企業です。やれることには限界があります。

東日本大震災のあと、全国段ボール工業組合連合会という業界団体に、うちの段ボールベッドの設計図を無償で提供したんです。いつどこで災害が発生するか分からないから、全国の段ボール屋に使ってほしいと。最初は相手にされなかったのですが、2016年の熊本地震あたりからうちの設計図を基に全国の事業者が段ボールベッドを生産するようになりました。

■寝ている間に潰れてしまうような粗悪品も…

2020年7月4日に熊本県の球磨川が氾濫して、84人が亡くなった大きな水害があったでしょう。支援活動を行うために大阪から熊本に移動したのが、翌日の午後でした。現場に行くとぼくのことを知っている熊本県の職員がいて、熊本県の政策審議官を紹介してくれた。6日には人吉市役所で政策審議官と人吉市長と面会して段ボールベッドの導入を決めました。

すぐに政府からのプッシュ型支援として届いた段ボールベッドを避難所に設置したのですが、これがヒドい品質で……。ベッドに乗るとぐらぐら揺れるし、段ボールが簡単に手でちぎれてしまう。何かの拍子に潰れてしまってもおかしくないほど強度が弱かった。これはあかん、と本当に使用するかどうか検討するよう県の職員に助言しました。たぶん災害の現場を知らない段ボール会社がつくったのでしょう。

東日本大震災で被災した陸前高田市の仮設住宅で、8年間使用された段ボールベッド。
撮影=水谷嘉浩
東日本大震災で被災した陸前高田市の仮設住宅で、8年間使用された段ボールベッド。 - 撮影=水谷嘉浩

その後、すぐに業界団体の標準的な段ボールベッドを手配して7月12日には人吉市内の全7カ所の避難所に850人分のベッドの設置を完了しました。

■入札では安価な商品が選ばれてしまう

――段ボールベッドがあればいいというわけではないんですね。

もちろんです。うちの「暖段はこベッド」は7トンの重さにも耐えられますからね。最初に段ボールベッドを開発した責任もあるし、被災した人が使いやすいように設計している。変なものをつくるわけにはいかないんですよ。

でも自治体は支援物資を入札を行って仕入れるでしょう。性能や使い勝手、強度ではなく、値段が安い商品が選ばれる。だからうちの商品よりも安いモノが売れてしまう。かつて自治体はホンダ製やヤマハ製の発電機を災害用に備蓄していましたが、いまは安価で性能が悪い海外製が増えていると聞きます。

2020年7月、豪雨災害が発生した熊本県人吉市の避難所。
撮影=水谷嘉浩
2020年7月、豪雨災害が発生した熊本県人吉市の避難所。 - 撮影=水谷嘉浩

ここで少し考えてみてほしいのです。平時で使うものなら安価な商品でもいいかもしれません。けれど、段ボールベッドが必要となる災害時は有事です。お金をケチって被災者が体調を崩し、命を落としたら誰が責任を取るのか。災害との戦いに備える戦略が欠如しているんです。だって、そうでしょう。災害という強敵に立ち向かうときに、使えるかどうかも分からない安い武器を備蓄して勝てるのか、と。しかも日本全国の1741の市町村がそれぞれ入札するから、備蓄される武器がバラバラなんですよ。質はもとより、そもそも段ボールベッド自体を用意していない自治体もある。これでは近隣の市町村が相互支援を行おうとしてもスムーズに行きません。もたついているうちに、災害関連死が増えてしまう。

■「様子を見ながら逐次投入」では後手に回る

――旧日本軍の陸軍と海軍では、ネジやエンジンの規格が異なる航空機を保有していて、部品の互換性もなく、非効率的な戦いを強いられたという話を思い出しました。

アメリカは同じタイプの爆撃機を大量に生産するから、修理もしやすい。日本はロジスティック(兵站)に対する考えがなかったから、戦争に負けたと言われています。災害との戦いも似ているかもしれません。災害時にも様子を見ながら支援物資を逐次投入する。本来は戦略を練って、必要な物を必要な場所に一気呵成(かせい)に送るべきなんです。

――その点で物資の提供などがうまくいった災害はありますか?

2018年の北海道胆振東部地震は4日後に段ボールベッドが避難所に届きました。発災直後に厚真町が北海道庁に段ボールベッドを要請したんです。実は、ぼくは神戸の「人と防災未来センター」で災害支援などについて講師をしているのですが、厚真町の職員が2泊3日の研修を受けていた。だから被災直後に動けたのだろうと思います。加えて幸運だったのが、避難所支援に詳しい日本赤十字北海道看護大学の先生が道庁に偶然いたこと。厚真町の要請を知ったその先生が大学に備蓄した段ボールベッドを手配してくれたんです。

■導入が遅れた町では3倍の人に血栓ができた

一方で厚真町の隣の町では段ボールベッドの導入が遅かった。ぼくがその町の職員に段ボールベッドの必要性を説明しても「段ボールベッド? なんですか、それ」という反応だった。結局、隣の厚真町も入れたのだから、と受け入れましたが、希望者を募った。住民は遠慮しがちですから、避難者の約2割しか段ボールベッドを使わなかった。

山川徹『最期の声 ドキュメント災害関連死』(KADOKAWA)
山川徹『最期の声 ドキュメント災害関連死』(KADOKAWA)

すべての被災者が段ボールベッドを利用した厚真町に比べて、隣の町ではエコノミークラス症候群の原因となる血栓ができた人が3倍に上りました。

――球磨川の氾濫でもそうでしたが、自治体の担当者が段ボールベッドの必要性を理解しているか否かで導入への流れが変わってしまうのですね。

そこも大きな問題です。全国で標準的なシステムがないから、どうしても属人的になってしまう。1741の市町村が1741通りのやり方を持っている弊害です。この点も早急に改善すべきなんです。

■儲けはないし、活動費用は持ち出しだが…

――こうした水谷さんの活動は従業員やご家族の理解があってこそなんでしょうね。

いや、それがなかなか難しいところで……。ただし企業には見える価値と見えない価値があると考えているんですよ。見える価値が売り上げです。もう一方で目には見えない価値も存在する。災害支援にたずさわる人たちは、Jパックスという社名を知っています。段ボールベッドを開発したばかりの12年前には想像もできなかった状況です。

以前、東京ビッグサイトで開かれた展示会で、トルコの段ボール屋さんと知り合ったんですよ。この2月にトルコで大地震が起きたでしょう。ぼくはすぐにトルコの段ボール屋さんに段ボールベッドの設計図を無償で渡しました。トルコの被災地でも段ボールベッドを利用してもらえれば、と。

インタビューに応じる水谷嘉浩社長。2022年、避難所や段ボールベッドの研究で博士号を取得した。「世界で唯一の段ボールベッド博士」という。
撮影=山川徹
インタビューに応じる水谷嘉浩社長。2022年、避難所や段ボールベッドの研究で博士号を取得した。「世界で唯一の段ボールベッド博士」という。 - 撮影=山川徹

実は、ぼくの活動は企業のブランディングでもあるんです。いま段ボールベッドで儲けは出ていないし、ぼくの活動費用は持ち出しです。でも災害が起こり続けるから活動をやめるわけにはいかない。首都直下地震や南海トラフの危機もひんぱんに語られている。だからこそ、段ボールベッドなどを活用し、避難所の環境を改善して災害関連死を減らしていく。その活動が、5年後、10年後のJパックスの価値になると信じているんです。

けれど、何より目の前に被災して苦しんでいる人がいて、自分にはそれを解決できる手段である段ボールベッドを持っている。それでこの活動をやらない選択肢はありませんからね。

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山川 徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『それでも彼女は生きていく 3・11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)などがある。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。Twitter:@toru52521

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(ノンフィクションライター 山川 徹)

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