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「ウクライナに武器を送るのはもうやめよ」ドイツの左派政治家の主張が右翼からも支持されている理由

プレジデントオンライン / 2023年3月13日 13時15分

ウクライナ戦争の和平交渉を求めるデモを開いたザーラ・ヴァーゲンクネヒト氏(写真左)とアリス・シュヴァルツァー氏=2月25日、ベルリンのブランデンブルク門前 - 写真=dpa/時事通信フォト

■超攻撃的で討論では絶対に負けないカリスマ

ドイツのザーラ・ヴァーゲンクネヒト氏は、左派党所属の人気女性政治家。知的で、美人で、左派・右派を問わず人気があり、しかも、討論になると超攻撃的で絶対に負けないので、トークショーでは引っ張りだこ。ちなみに昨年9月の国会スピーチのビデオは、6カ月でYouTubeでの閲覧が300万回を超えた。おまけに“いいね”が10万以上もついている。一種のカリスマ的存在と言えるかもしれない。

ただ、あまりにも自分の意見をはっきりいうため、左派党の幹部とは折り合いが悪い。左派党とは、元を辿れば東ドイツの独裁政党につながるため、国会で議席を持つ政党の中では一番左に位置する政党だが、ヴァーゲンクネヒト氏は今や完全に、この自分の巣からはみ出してしまった。「出る杭は打たれる」の典型である。それもあり、ここ数年は個人的な政治活動が多く、自分の政党を立ち上げるのではないかというのがもっぱらの噂だ。

そのヴァーゲンクネヒト氏が、現ドイツ政権のウクライナ政策に抗議して立ち上がった。以前から、ウクライナ戦争の終結が戦闘で決まることはあり得ず、一日も早く和平交渉に入るべきだと主張してきた氏であるが、この度、ショルツ首相が攻撃用戦車レオパルト2のウクライナへの供与を決めたことで、堪忍袋の緒が切れたらしい。

■武器供与の中止を求める「平和宣言」を発表

現ドイツ政府のウクライナ政策はどうなっているかというと、社民党のショルツ首相の真意はさておくとして、公式には全面支援だ。与党の一つである自民党は強硬な戦車供与派だし、もう一つの与党である緑の党も、これまで40年間、徹底して貫いてきた平和主義をかなぐり捨てて、なぜか突然やはり戦車供与派。今では強硬派の最前線で勇ましく徹底抗戦の旗を振っており、そのうち戦闘機供与を言い出しても不思議ではない勢いだ。

ショルツ首相にはそんな内圧のほか、NATOやEUからの外圧もあり、目下のところ武器支援、資金援助以外に道はない。ウクライナを「"必要な限り"全面的に支援する」とのことだ。

そんな中、ヴァーゲンクネヒト氏は2月10日、往年のウーマンリブの闘士アリス・シュヴァルツァー氏と共同で、武器供与の中止を求める「平和宣言」を発表。「ウクライナでの殺戮を長引かせることが、われわれのウクライナに対する連帯であるはずがない」として、オンライン署名運動を開始した。

平和宣言の内容をかいつまんで言えば、「ウクライナがいくら西側から武器を与えられても、ロシアという核保有大国に勝利できるはずはなく、終戦は交渉でしかありえない。それなら武器の供与はただちに中止し、今すぐ交渉に舵を切るべきだ。その機会を逃せば、第3次世界大戦、それどころか核戦争が起こる危険がある」というもの。

■「反道徳」「恥さらし」「ロシアから金をもらっている」

宣言文の最後には、これに賛同した著名な学者、作家、俳優、芸術家、ジャーナリスト、宗教関係者、元EUの欧州委員会の副委員長など、69人の名前が並んでいた。さらに両氏は、2月25日のベルリンでの抗議集会を計画、SNS上で広く国民に参加を呼びかけた。名付けて「平和のための決起」。

さて、署名の数がどんどん増えていくのを見て危機を覚えたのが、ウクライナの武器供与を推進している政治家たちだ。そこで彼らはメディアと共にヴァーゲンクネヒト潰しに取りかかり、たちまち氏の周りが炎上した。

非難の中身は多岐にわたる。「反道徳」、「恥さらし」、「ロシアからお金をもらっているプロパガンディスト」といった無責任なSNS上での誹謗中傷っぽいものもあれば、政治家からは、「侵略者はロシアなのに、和平のためにウクライナが妥協を迫られるのはおかしい」、「ヴァーゲンクネヒトは加害者と被害者をわざと取り違えている」、「必死で戦っているウクライナを応援せず、その頭越しに和平交渉を進めるのは、殺された人たちに対する侮辱だ」などといった意見が発せられた。

■「極右と極左が手を結んだ」とメディアは総攻撃

中でも首をかしげざるを得なかったのは、「ヴァーゲンクネヒトはAfD(ドイツのための選択肢)と同じことを言っている」という非難。これは、「AfDの主張は内容が何であろうが良からぬものだから、AfDと意見が重なるヴァーゲンクネヒト氏もダメ」という、とんでもないロジックだ。

AfDは、ドイツという国家の主権と国益、さらには文化、伝統などを重んじている。常日頃から、あらゆる政治家と主要マスメディアに、極右だ、反民主主義だとして執拗な攻撃を受けるか、あるいは完全に無視されるかのどちらかだが、それにもめげず、国政でも州政でも今や10~30%の頑強な支持層を形成しつつある。だからこそどの党からも恐れられ、グローバリストたちには憎まれている。

そのAfDがやはり、ロシアに対する経済制裁は愚の骨頂、ドイツ国民を苦しめ、ドイツ産業を破壊するだけなので、すぐに止めるべきだと主張しており、また、戦闘ではなく、外交による和平を求めているところも、ヴァーゲンクネヒト氏らと意見が重なった。そこで、それを見た政治家や主要メディアが、「ヴァーゲンクネヒトはAfDと距離を置いていない」、「極右と極左が手を結んだ」などと、鬼の首を取ったように攻撃し始めたわけだ。

■「せっかくの平和運動が汚された」という主張も

さらに彼らは平和宣言の賛同者に対しても、「抗議集会にはAfDばかりでなく、ネオナチや陰謀論者も来る。そんな集会に行って良いのか?」といった牽制を試みた。こうなると、当然、怯(ひる)む人も出てくるはずだった。

はっきり言って、これら一連の動きは言論の自由を侵害するものだと私は思う。ただ、ドイツにはそう思わない人もたくさんおり、たとえばドイツ福音主義教会の元議長、マルゴート・ケースマン氏(署名をした69人の有名人のうちの一人)はインタビューで、ヴァーゲンクネヒト氏の平和宣言には全面的に賛成だが、AfDが同じ主張をしてきたことは非常に不愉快だと語っていた。

AfDは反社ではなく、ドイツ基本法(憲法に相当)で認められた政党である。だから私には、彼らが平和運動に賛同してはいけない理由が未だにわからないが、ドイツで最高峰にある知識人の一人が、はっきりとそう言ったのには少なからず驚いた。さらに氏は、「彼らはこの運動を乗っ取ろうとしている」、「ナショナリズムを唱える者が平和を願うのはおかしい」と主張。要するにAfDの賛同で、せっかくの平和運動が汚されたわけである。教会がいつも言っている「対話」や「寛容」は、いったいどこへいってしまったのか?

このような発言により、平和デモに参加しようと思った人が、「私はAfDとは違う」と言い訳をしなければならないような状態が作り上げられている。これこそ異常なことだと感じる。

■平和を訴えたら右翼で、戦争擁護は左翼?

さて、2月25日当日、ベルリンはときどき強く雪の降りしきる悪天候だった。この時点で、すでに署名の数は60万を超えていた。ブランデンブルク門の前の広場に集まった人は、警察発表によれば1.3万人(ヴァーゲンクネヒト氏は景気良く5万人と発表)。

ベルリン
写真=iStock.com/Nikada
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

国旗や、「Z」など戦争のシンボルの持ち込みは遠慮してほしいという主催者側の要望も守られ、あちこちで掲げられていたのは、「武器供与よりも外交を」とか、「エスカレーションではなく対話を」などと書いた手作りのプラカードや、鳩の絵の旗など。皆、寒空の中、登壇者の話を静かに聞き、何度も大きな歓声を送っていた。まさに平和集会だった。

この日のヴァーゲンクネヒト氏のスピーチはここから確認できる。風の冷たさと、人々の熱気、そして氏の情熱が伝わってくる映像だと思う。

ヴァーゲンクネヒト氏はこのスピーチの中で、「当たり前のことだが、もう一度言う」として、「ここは、ネオナチや帝国臣民の人たちの来るところではない。しかし、平和を願う人たちは皆、大歓迎だ!」と強調。AfDを締め出そうとしたケースマン氏との対比が顕著だった。

そして聴衆に、「平和を呼びかける運動が、いったいいつから右(として批判されるように)になり、戦争に酔いしれることが、いつから左になったのだ」と問いかけ、「ドイツで行われている(AfDと同じだからダメという)レベルの低い議論には、もううんざりだ」と引導を渡した。

■平和デモに集まった人は、極右でも極左でもなかった

確かに、ここに集まったほとんどの人たちは、極右でも極左でもなかった。彼らは、「われわれは武器が人を殺すことを知っている」「この狂気をやめさせよう」というヴァーゲンクネヒト氏の言葉に共鳴して、雪の中をわざわざやってきた普通の人だ。この集会が極右に乗っ取られているとか、暴力沙汰になるなどと言い、妨害しようとしていた政治家は反省すべきだと思う。

ヴァーゲンクネヒト氏は、今のドイツは国民的な平和運動が必要で、できればこの日の集会をその第一歩にしたいらしい。私は思う。その運動で異なった意見の人たちが邂逅(かいこう)し、現在の敵対に終止符が打たれるなら、ドイツの言論はもう少し自由になるだろうと。日本にも誰か氏のような志を持った人が現れないかと、微かな期待さえ持つほどだ。

ただ、その一方で、今回の署名運動と抗議集会は、ひょっとすると氏が新党を結成するためのプロモーションなのかも知れないという疑いも、チラリと脳裏を掠(かす)める。どうも私は政治に失望しすぎて、政治家を信じることが困難になっているようだ。ただ、それでも今、なおも氏から目を離すことができない私である。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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