「ヤミ献金」疑惑が報じられても、捕まるのは秘書だけ…日本が現職の国会議員に甘すぎる本当の理由
プレジデントオンライン / 2023年3月20日 9時15分
※本稿は、郷原信郎『“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』(KADOKAWA)の第2章「『日本の政治』がダメな本当の理由」の一部を再編集したものです。
■なぜ国会議員の「ヤミ献金」は立件されないのか
「政治とカネ」の重大問題が発生する度に、政治家が世の中の批判を受け、政治家や政党が中心になって議員立法で「その場凌(しの)ぎ」的に、改正を繰り返してきたのが政治資金規正法だ。そのため、罰則は相当重い(最大で「禁錮(きんこ)五年以下」)が、実際に政治家に同法の罰則を適用して処罰することは容易ではない。それが「ザル法」と言われてきた所以(ゆえん)である。
しかし、実は、政治資金規正法には、単に「ザル法」だというだけでなく、ザルの真ん中に“大穴”が開いているという、それを知ると誰もが驚愕(きょうがく)する現実がある。
「政治とカネ」の典型例が、政治家が、業者等から直接「ヤミ献金」を受け取る事例である。それは「水戸黄門」のドラマで、悪代官が悪徳商人から、「越後屋、おぬしも悪よのう」などと言いながら「小判」の入った菓子折りを受け取るシーンを連想させるものであり、まさに政治家の腐敗の象徴である。
しかし、国会議員の政治家の場合、「ヤミ献金」を贈収賄罪に問うのは容易ではない。そこでは、国会議員の職務権限との関係が問題となる。国会議員の法律上の権限は、国会での質問・評決、国政調査権の行使等に限られている。
■本来なら政治資金規正法で処罰すべきだが…
与党議員の場合、いわゆる族議員としての政治的権力を背景に、各省庁や自治体等に何らかの口利きをすることが多いが、その場合、「ヤミ献金」のやり取りがあっても、職務権限に関連しているとは言えず、贈収賄罪の適用は困難だ。「あっせん利得処罰法」という法律もあるが、「権限に基づく影響力を行使して」という要件がハードルとなり、国会議員に適用された例はない。
だからこそ政治資金規正法という法律があり、政治家が業者から直接現金で受領する「ヤミ献金」こそ、政治資金規正法の罰則で重く処罰されるのが当然と思われるであろう。しかし、実際には、そういう「ヤミ献金」のほとんどは、政治資金規正法の罰則の適用対象とはならない。
政治資金規正法は、政治団体や政党の会計責任者等に、政治資金収支報告書への記載等の政治資金の処理・公開に関する義務を課すことを中心としている。献金の授受についても、その「授受」そのものが犯罪なのではない。献金を受領しながら政治資金収支報告書に記載しないこと、つまり、そのヤミ献金受領の事実を記載しない収支報告書を作成・提出する行為が不記載罪・虚偽記入罪等の犯罪とされ、処罰の対象とされるのが一般的だ。
■罪に問うためには宛先の特定が必要だが…
国会議員の場合、個人の資金管理団体のほかに、代表を務める政党支部があり、そのほかにも後援会など複数の政治団体があるのが一般的だ。このような政治家が、企業側から直接、現金で政治献金を受け取ったのに、領収書も渡さず、政治資金収支報告書にもまったく記載しなかったという場合に、政治資金規正法の罰則を適用するためには、どの政治団体・政党支部宛ての献金かを特定する必要がある。特定されないと、どの「政治資金収支報告書」に記載すべきであったのかがわからない。
もし、その献金が政治家「個人」に宛てた「寄附」だとすれば、「公職の候補者」本人に対する寄附は政治資金規正法で禁止されているので(二一条の二)、その規定に違反して寄附をした側も、寄附を受け取った政治家本人も処罰の対象となる。
しかし、国会議員たる政治家の場合、資金管理団体・政党支部等の複数の「政治資金の財布」があるのでそれらに宛てた寄附かもしれない。そうだとすれば、その団体や政党支部の政治資金収支報告書に記載しないことが犯罪となる。
![暗闇の中で賄賂を与える男](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/d/1200wm/img_5db73f9f86f63c0c50e1f575e3c554a9364249.jpg)
■ザル法どころか真ん中に「大穴」が開いている
いずれにせよ、ヤミ献金を政治資金規正法違反に問うためには、その「宛先」を特定することが不可欠だ。しかし、政治家が直接現金で受け取る「ヤミ献金」というのは、「裏金」でやり取りされ、領収書も交わさない。受け取った側が、「……宛ての政治資金として受け取りました」と自白しない限り、「宛先」が特定できない。
「表」に出すことなく、裏金として使うために受け取るのであるから、政治家個人宛てのお金か、どの団体宛てかなどということは、通常、考えていない。
結局、どれだけ多額の現金を受け取っていても、それが「ヤミ献金」である限り、政治資金規正法違反の犯罪事実が特定できないという理由で、刑事責任が問えないことになる場合が大部分だ。
それが、「ザル法」と言われる政治資金規正法の真ん中に開いた「大穴」だ。
■「東京佐川急便事件」でも逮捕されなかった理由
平成に入って間もない一九九〇年代初頭、検察に対する世の中の不満が爆発したのが、九二年の東京佐川急便事件だった。この事件では、東京佐川急便から多数の政治家に巨額の金が流れたことが報道され、同社の社長が特別背任容疑で逮捕されたことで大規模な疑獄事件に発展するものと検察捜査に期待が高まった。
しかし、いくら巨額の資金が政治家に流れていても、国会議員の職務権限に関連する金銭の授受は明らかにならず、結局、政治家の贈収賄事件の摘発は全くなかった。
自民党経世会(けいせいかい)会長の金丸(かねまる)信(しん)氏は、佐川側から五億円のヤミ献金を受領したことが報道され、衆議院議員辞職に追い込まれた上に、政治資金規正法違反に問われたが、東京地検特捜部は、その容疑に関して金丸氏に上申書を提出させ、事情聴取すらせずに罰金二〇万円の略式命令で決着させた。
検察庁合同庁舎前で背広姿の中年の男が、突然、「検察庁に正義はあるのか」などと叫んで、ペンキの入った小瓶を建物に投げ、検察庁の表札が黄色く染まるという事件が起きたが、それは多くの国民の声を代表するものだった。このような金丸氏の事件の決着は、国民から多くの批判を浴び、「検察の危機」と言われる事態にまで発展した。
■「上申書決着」検察は何も間違ってはいない
しかし、政治家本人が巨額の「ヤミ献金」を受領したという金丸氏の事件も、政治資金規正法の罰則を適用して重く処罰すること自体が、もともと無理だった。当時は、政治家本人に対する政治資金の寄附自体が禁止されているのではなく、政治家個人への寄附の量的制限が設けられているだけだった。しかも、その法定刑は「罰金二〇万円以下」という極めて低いものであった。
加えて、そのヤミ献金が「政治家本人に対する寄附」であることを本人が認めないと、その罰金二〇万円以下の罰則すら適用できなかった。
そのような微罪で政治家を逮捕することは到底無理であり、任意で呼び出しても出頭を拒否されたら打つ手がない。そこで、弁護人と話をつけて、金丸氏本人に、自分個人への寄附であることを認める上申書を提出させて、略式命令で法定刑の上限の罰金二〇万円という処分に持ち込んだのであった。
検察の行ったことは何も間違ってはいなかった。政治資金収支報告書の作成の義務がない政治家本人への献金の問題について極めて軽い罰則しか定められていなかった以上、検察が当時、法律上行えることは、その程度のものでしかなかった。しかも、それを行うことについて、本人の上申書が不可欠だったのである。
■政治家の疑惑が報じられても、裁かれたのは秘書だけ
金丸ヤミ献金事件の後、政治資金規正法が改正されて、「政治家本人への寄附」が禁止され、「一年以下の禁錮」の罰則の対象となった。
しかし、政治家本人が直接受領したヤミ献金については、違法な個人宛ての献金か、あるいは団体・政党支部宛ての献金かが特定できないと、政治資金規正法違反としての犯罪事実も特定できず、適用する罰則も特定できないという、「政治資金規正法の大穴」は解消されておらず、その後も、政治家個人が「ヤミ献金」で処罰された例はほとんどない。
二〇〇九年三月、民主党小沢一郎代表の公設第一秘書が、収支報告書に記載された「表」の献金に関する政治資金規正法違反(他人名義の寄附)の容疑で東京地検特捜部に逮捕された際に、西松建設の社長が、自民党の有力議員側に「ヤミ献金」をしていたこと、そのうちの一部は議員に直接手渡されていたという「年間五〇〇万円の裏金供与疑惑」が報じられた。しかし、別件の政治資金規正法違反で秘書が略式起訴されただけで、議員本人への「ヤミ献金」は刑事事件としての立件には至らなかった。
![記者会見](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/d/1200wm/img_4dcd500e3894271738e32c18fa9082f4404412.jpg)
■「ザル法」に潜むもう一つの問題
また、吉川(よしかわ)貴盛(たかもり)元農水大臣の事件でも、アキタフーズ会長から、農水大臣在任中に五〇〇万円を受領したほかに、大臣在任中以外の期間にも合計一三〇〇万円の現金を受領していた事実が報じられた。これも、政治家本人が直接受領した「ヤミ献金」のはずだが、刑事事件として立件され、起訴されたのは、大臣在任中の五〇〇万円の収賄だけであり、在任中以外の期間のものは刑事立件すらされていない。
それは、政治家側に直接裏金による政治献金が渡った場合に、政治資金規正法違反で立件・処罰することができないという、「政治資金規正法の大穴」によるものなのである。
もう一つの問題は、政治資金についての収入・支出の透明化に関して、政治資金規正法上は、「会計帳簿の作成・備え付け」と「七日以内の明細書の作成・提出」が義務付けられ、政治資金処理の迅速性が求められているのに、ルールが形骸化(けいがいか)していることである。
政治資金規正法は、政治団体・政党等の会計責任者等に、各年分の政治資金収支報告書の作成・提出を義務付けているが、それに関して、収支報告書とほぼ同一の記載事項について、会計帳簿の作成・備え付けを会計責任者等に義務付けるとともに、「政治団体の代表者若しくは会計責任者と意思を通じて当該政治団体のために寄附を受け、又は支出をした者」に対して、会計責任者への明細書の提出を義務付けている。
■明細書の作成・提出のルールが形骸化している
つまり、会計責任者は年に一回、政治資金収支報告書を作成・提出するだけでなく、その記載の根拠となる会計帳簿を、政治団体・政党等の事務所に常時備え付けることとされている。これは、記載事項となる政治資金の収支が発生する都度、会計帳簿に記載することを前提としている。
![郷原信郎“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/6/1200wm/img_56ed9c1066709e1db1e20120dc8f54aa305541.jpg)
そして、会計責任者が知らないところで収支が発生することがないよう、政治団体の代表者等が、寄附を受けたり、支出をしたりした場合に、七日以内に明細書を作成して会計責任者に提出することを義務付け、会計責任者等が、その明細書に基づいて会計帳簿への記載をすることができるようにしている。
これは、政治資金の収支を、発生の都度、逐次、処理することを求める規定なのであるが、実際には、このような明細書の作成・提出の期限に関するルールは形骸化し、会計帳簿の記載、明細書の作成は、収支報告書の作成の時期にまとめて行われているようだ。
逐次・迅速に収支を把握して処理する政治資金規正法のルールがあっても、その記録化についてのルールがないために、収支報告書の作成・提出と併せてまとめて会計帳簿、明細書の処理をしても、提出する収支報告書上は証拠が残らず、明細書の提出義務違反等で処罰されることもない。それが、逐次・迅速処理のルールの形骸化につながっているのである。
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郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
1955年、島根県生まれ。77年東京大学理学部を卒業後、三井鉱山に入社。80年に司法試験に合格、検事に任官する。2006年に検事を退官し、08年には郷原総合法律事務所を開設。09年名城大学教授に就任、同年10月には総務省顧問に就任した。11年のオリンパスの損失隠し問題では、新日本監査法人が設置した監査検証委員会の委員も務めた。16年4月「組織罰を実現する会」顧問に就任。「両罰規定による組織罰」を提唱する。『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『検察の正義』(ちくま新書)、『思考停止社会 「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)、『「深層」カルロス・ゴーンとの対話 起訴されれば99%超が有罪になる国で』(小学館)など、著書多数。近著に『“歪んだ法”に壊される日本』(KADOKAWA)がある。
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(郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士 郷原 信郎)
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