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道を尋ねてきた人間はスパイだった…ロシアや中国が「日本の普通の企業の普通の技術」を狙っているワケ

プレジデントオンライン / 2023年3月19日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Atstock Productions

ロシアや中国の「スパイ」は、どんな情報を狙っているのか。元警視庁公安部捜査官/日本カウンターインテリジェンス協会代表理事の稲村悠さんは「スパイ活動の対象になるのは最先端の技術とは限らない。活動を仕掛ける側の国にとっては、一世代前の技術が思わぬ価値を持つ場合もある」という――。(前編/全2回)

■事件化されたものは氷山の一角

2020年1月、警視庁公安部は、ソフトバンク元社員で統括部長だった男を不正競争防止法違反で逮捕した(朝日新聞デジタル 2020年1月25日)。同社員は、勤務していたソフトバンクの社内サーバーに不正にアクセスし、同社の電話基地局設置に関する作業手順書等、営業秘密にあたる複数の情報などを取得。記録媒体にコピーした上で、在日ロシア通商代表部のアントン・カリニン元代表代理に手渡した。カリニンはロシア対外情報庁(SVR)の、科学技術に関する情報収集を担うチーム「ラインX」の一員であった。

また、2021年6月には、在日ロシア通商代表部の職員に渡す意図を隠して不正に文献を入手したとして、神奈川県警が同県座間市の日本人男性を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕した(朝日新聞デジタル 2021年6月10日)。日本人男性は「約30年にわたって複数のロシア人に軍事、科学技術関係の資料を渡し、対価として1000万円以上を受け取った」と供述しており、長期にわたってスパイに“運営”されていたことがわかっている。

過去にもロシア外交官を主とするわが国内における諜報(ちょうほう)活動は幾度か検挙されているが、何もロシアだけではなく、中国、北朝鮮も含め、現在の経済安全保障における日米側と相いれない陣営側により、過去から現在まで日本でスパイ事件が検挙されているのは周知の事実だろう。

これは、私の民間における不正調査の経験も含め語れることであるが、上記のように事件化されているものは、ほんの氷山の一角であると断言できる。

■スパイ行為自体を取り締まる法的根拠がない

わが国にはスパイ防止法がなく、スパイ行為自体を取り締まる法的根拠がない。捜査機関としては、法定刑がさほど重くない窃盗や不正競争防止法等の犯罪の適用を駆使し、さらに構成要件を満たして容疑が固まった上で検挙しなければ広報ができない。特に、外交官相手では任意捜査にも応じてくれず、「怪しかったが違いました」では済まされないといった事情もある。そもそも、スパイ事案の特性上、任意捜査をしていたのでは容易に証拠隠滅されてしまう。

設計図のようなイラスト
写真=iStock.com/Bubushonok
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bubushonok

私が民間で経験した事案にこういったものがあった。A社から「防衛関係の船舶の図面が転職先に持ち出された可能性があるので調べてほしい」と言われ、対象者の調査を開始した。もちろん、対象者への貸与品(PCやスマートフォン、メールサーバーなど)はデジタル・フォレンジックという技術で内容を復元・解析した上、さらに対象者の行動について外部ベンダーを利用して交友関係、特に転職先に持ち出した事実等を調査した。

ところが、SNS解析を含む広範な調査を進める上で、さまざまな点で某国政府系の人間=X氏との関係が浮上し、対象者が持ち出した防衛関係の船舶の図面が複数人を経由してX氏に渡った可能性が浮上した。これは、X氏の国で主として使用されているSNS解析や現地法人情報による関連人物の洗い出し、さらに現地の協力者からの情報等のルートをたどった結果であるが、民間では予算も限られ、アクセスできる情報の濃さ・確度も捜査機関とは比較にならない。結局、この事案は“X氏に渡った可能性が相当高い”で結末を迎えた。

■「合法的な活動」を用いたスパイ行為も

このように、民間で発覚した事案でさえ、依頼企業が公表しなければ表に出ない上、依頼を受けた側も秘密保持契約が当然あるので公にするわけにはいかないのだ。また、依頼企業の目線に立てば、自社の保有技術・情報が他国に漏れたという点で自ら捜査機関に申告し、仮に事件化された場合には大々的に広報されてしまい、自社のレピュテーションが損なわれるような結果は敬遠したいと考えるだろう。要するに、官民を問わずスパイ事案というものは表に出てきづらいのである。

ちなみに、これまで言及した内容はすべて“法に触れるスパイ活動”の一部であるが、諜報活動・技術流出の問題は何も違法な手法のみではない。中国の千粒の砂戦略(※1)のように、悪意・善意を問わずビジネスパーソンや留学生が日本で知見を蓄え帰国する手法(海亀族といわれる)や、投資活動等の合法的な経済活動によって、日本の技術が浸食されている点は留意しなければならない。

※1 千粒の砂戦略:ロシアのようにスパイによる典型的な諜報活動ではなく、人海戦術のごとく、ビジネスパーソン・留学生・研究者など多種多様なチャネルを使用し、情報を砂浜の砂をかき集めるように、情報が断片的であろうとも広大に収集する戦略。

■道を尋ねるふりをして話しかける

2022年7月、在日ロシア通商代表部の男性職員が、国内の複数の半導体関連企業の社員らに接触しているとして、警視庁公安部が企業側に注意喚起を行った。

報道(読売新聞オンライン 2022年7月28日)によれば、通商代表部職員は2020年末頃、半導体関連企業の会社近くの路上で、道を尋ねるふりをして社員らに話しかけ、連絡先を聞き出したり、「飲みに行きませんか」と誘ったりしていたそうだ。

産業のコメとまでいわれる半導体だが、デジタル化社会を見据えれば半導体の需要は明らかであり、さらに米中技術覇権争いの代表的存在でもある。スパイはそういったセンセーショナルな技術・トレンドの情報のみを欲しがるのだろうか。ところが、答えはNoだ。スパイは何も先端技術ばかり欲しがるわけではない。

■ありとあらゆる民間企業の技術が狙われている

例えば、中国政府が発表している外商投資奨励産業目録(外国投資家による投資の奨励および誘致に関連する特定の分野、地区等が明記されたリスト)に目を通すと、そこには農産物や文化教育、さらにはキャタピラ式クレーンやセダンのホイールベアリング等といった具体的な部品名まで500以上が詳細に記載されており、これらは中国にとって、投資を奨励したい=関心が高いと見て取れる。

トンネル掘削工事の現場
写真=iStock.com/verve231
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/verve231

また、中には「直径が2mを超え、深度が30mを超える大口径回旋式掘削機、直径が1.2mを超える管推進機装置、曳引(えいいん)力が300トンを超える非開削地下パイプ敷設プラント設備の製造、地下連続壁工法掘削機の製造」などといった記載も見受けられる。この場合、関連する技術を部分的にまたは間接的にでも持つ日本企業は相当数あるだろう。私がスパイであれば、もちろん狙いに行く。

スパイ活動の対象になるのは最先端の技術とは限らない。活動を仕掛ける側の国にとっては、一世代前の技術が思わぬ価値を持つ場合もあるし、彼らの貿易相手国に売れる技術も最先端のものばかりではない。要するに、どんな技術・情報をターゲットにするかはスパイが決めるのだ。さらに、スパイは“本丸”に近づくため、必要であれば周辺者にも接近する。

■日本のファンドに中国共産党関係者指揮下の人物が

技術情報だけではなく、政治工作や情報工作のために、一般人・企業に接近する場合も当然ある。2022年9月には、中国国家安全部の工作員が、米ツイッター社で働いていたことを米連邦捜査局(FBI)が突き止め、FBIが同社に警告していたと報じられている(ロイター 2022年9月14日)。このように、工作を行うためであれば、有名企業への就職も手段として当然である。

私の民間での経験であるが、日本のファンドに中国共産党の人物の指揮命令下にいる人物が役員を務めていた事案も調査している。この事案では、対象者がM&Aを通じて日本企業の技術の獲得を画策していたと想定されたが、恐ろしいのは、その目的を果たすために非常に優秀な人物を日本のファンドに送り込んでいたことだ(ただし、この事案において、違法行為は全くなかった)。

■一般人を巻き込んだ工作も

別の例では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)等の約200近い団体・組織が2016年6月から大規模なサイバー攻撃を受けた件で、その一連のサイバー攻撃に使用された日本国内のレンタルサーバーを偽名で契約・使用していたとして、捜査機関が2021年4月、30代の中国共産党員の男を私電磁的記録不正作出・同供用容疑で書類送検(読売新聞オンライン 2021年4月20日)。同年12月にもう1人、中国人元留学生について逮捕状を取った。

このうち元留学生「王建彬」は、レンタルサーバーの契約を人民解放軍のサイバー攻撃部隊「61419部隊(第3部技術偵察第4局)」所属の軍人の女から頼まれたという。王が以前勤めていた中国国営企業の元上司が、王と女をつないだとされる。(47NEWS 2022年7月4日)

この事件の恐ろしいところは、サイバー攻撃の偽装・足取りを消すために王という一般人が使用された上、そのきっかけとなったのは、王の元上司という極めて私的な人脈なのだ。これが諜報の世界である。

普通の一般人であっても、それとは気づかぬうちにいつの間にかスパイに使用される側に回ってしまうことはいくらでもありうる。あなたが日本人であっても、それは同じことだ。(後編に続く)

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稲村 悠(いなむら・ゆう)
日本カウンターインテリジェンス協会代表理事
元警視庁公安部外事課警部補。国際政治、外交・安全保障オンラインアカデミーOASISフェロー。警察学校を首席で卒業し、同期生で最も早く警部補に昇任。警視庁公安部外事課の元公安部捜査官として、カウンターインテリジェンス(スパイ対策)の最前線で多くの諜報活動の取り締まりおよび情報収集に従事、警視総監賞など多数を受賞。退職後は大手金融機関でマネージャーとして社内調査指揮、大手コンサルティングファームにおいて各種企業支援コンサルティングにも従事。2022年、日本カウンターインテリジェンス協会を設立。民間発信のカウンターインテリジェンスコミュニティの形成を目指している。著書に『元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』(WAVE出版)がある。

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(日本カウンターインテリジェンス協会代表理事 稲村 悠)

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