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「母校が同じ」に親近感を抱いたらもう手遅れ…ロシアや中国のスパイが「普通の民間人」を陥れる巧妙な手口

プレジデントオンライン / 2023年3月19日 10時30分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Motortion

ロシアや中国の「スパイ」は、どのように接近してくるのか。元警視庁公安部捜査官/日本カウンターインテリジェンス協会代表理事の稲村悠さんは「道を尋ねてきて、『母校が同じですね』と話を合わせてくる。親近感を抱いて、会食をともにすれば、どんどん入り込まれてしまう」という――。(後編/全2回)

■スパイ側の視点から工作活動を考えてみる

前回はスパイのターゲットという視点からの解説を行った。今回の記事では、スパイ(=攻撃者)の目線での解説を試みる。サイバーセキュリティーにおけるペネトレーションテスト(侵入テスト)と同様、攻撃者の目線に立つと、攻撃者の思考が理解できるからだ。

前回の記事でも触れた、ロシア通商代表部職員が半導体関連企業の社員らに道を尋ねるふりをして話しかけ、「飲みに行きませんか」などと誘っていた件(読売新聞オンライン 2022年7月28日)を改めて振り返ってみよう。恐らく読者の皆さまの大多数が、「道を尋ねられて、なぜ不用意に飲みに行くんだ。普通は行かないだろう」と考えるだろう。しかし現実に、この手法は日本におけるスパイ活動の入り口としては決して少なくないのである。

なぜだまされてしまうのか。そのメカニズムをスパイの目線で解説しよう。

某国のスパイZ氏が、本国より以下の下命を受けたとする。

「日本では、次世代半導体の短TAT(受注から製品供給までの所要時間が短い)量産基盤体制の構築に向け、複数企業で新会社を立ち上げる予定である。同社の設立動向と機微技術情報を広く収集せよ」

■数年がかりでターゲットを下調べするケースも

下命を受けたZ氏はこう動く。

1.ターゲットの選定

ターゲットは、新会社の設立元となる企業の半導体関連部署の従業員(役員を含む)、または従業員の家族や知人、その他新会社設立に向け関与しうる人物(主担当部署ではなく、法務などももちろん視野に入る)。その動向を知る異業界の人物や秘書、その家族なども候補とする。

ターゲットはダイレクトに情報にアクセスできる人物であればよいのは当然だが、そこに行きつくまでに間接的な人脈をたどるルートも考えられる。また、家族から接近してもよい。例えば、妻は夫の知らないコミュニティーで警戒心なく活動しているが、いざとなれば夫の所有する端末にアクセスできる。男女の関係から妻を取り込むのも手段の一つだ。

バス停に並ぶ人たち
写真=iStock.com/Bill Chizek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bill Chizek

上記に当たる人物に直接接触を試みずに、その人物の出入りする社屋周辺で釣り針を仕掛けてもよい(単に道を聞いて親切に答えてくれる人物からたどればよい)。現に、スパイによるこのような活動=リクルート活動は多く見られる。

2.ターゲットの調査/評価

ターゲットが決まったら、その人物を徹底的に調べ上げる。例えば、1年近くあなたの行動がスパイに見られていたとしたらどうだろうか? あなたの買い物や出先での行動から趣味嗜好(しこう)や健康状態、家族との関係もすべて把握される。恐らく、行きつけの店や友人、異性の好み・性癖も容易に把握されるだろう。

そして、ターゲットとして有益な人物かどうかの評価を行う。情報を保有しうるか、アクセスしうるか、“落としやすい”か、がスパイ側にとっての評価のポイントだ(中国のハニートラップ事例では、数年単位で対象を調査する場合もある)。

3.接近/接触

いよいよ接近/接触だ。ここでは先の例の通り、道を聞く手法をとり、ターゲットは設立元の半導体開発部門の人間とする。

某日、ターゲットが退社のため、会社を出たところで、Z氏はいかにも人の好さそうでかつ困った顔をして「すみません、○○駅までどのように行けばよいのでしょうか?」と流暢な日本語で話しかけた。

ターゲットは当然、困った人に対して親切に道を教える。ここでの注意点は、Z氏はターゲットを調べ尽くしており、退社後どのように自宅に向かうかを100%把握しているということだ。つまり、Z氏が道案内を依頼するのは、“ターゲットが帰宅時に使用する駅”にほかならない。そうすれば、会社から駅まで一緒に歩きながらターゲットと会話できるからだ。

■相手が警戒心を解く魔法のキーワード

駅までの会話では、人当たりのよいZ氏主導で他愛もない世間話が行われる。そのうちZ氏から「実は、一時期C大学で勉強をしていました。」という話が出る。もちろん、C大学はあらかじめ調べ上げたターゲットの母校であり、ターゲットはZ氏から思わぬ共通点を示されたのだ。

なぜZ氏はこのようなことを言ったのか? 理屈は簡単だ。あなたの見知らぬ人物が、同郷だったら? 母校が同じだったら? 皆さんも思わぬ共通点の話題で相手に親近感を持ち、話が盛り上がった経験があるだろう。ターゲットを知り尽くしているZ氏はそれを狙う。

ひとしきり母校の話で盛り上がったところで、Z氏から「日本で半導体関連の研究をしている」と言われたターゲットは、半導体関連の話にも花を咲かせる。ここまでくれば、Z氏にとって、ターゲットへの接近は成功したといっても過言ではない。

これらの状況は、Z氏がターゲットを入念に調査しているからこそ、演出できるのであり、そのタイミングや環境の創作はZ氏の思いのままだ。

そして、Z氏は偽名の名刺、ターゲットがZ氏の国に警戒心がなく、公的な身分に安心感を覚える人物であれば外交官等の身分の名刺を差し出し、ターゲットとの連絡先の交換に成功する。

4.その後

ターゲットは、後日Z氏から連絡をもらい、「半導体の基礎知識について勉強させてください。一杯いかがですか?」と会食に誘われる。Z氏は当然、半導体の基礎知識は持っているが、ターゲットとの会食の序盤は、リスクの全くない情報の交換から始まり、徐々に要求をエスカレートさせていくのがスパイの常套手段である。

ターゲットは、Z氏から「勉強させてください」という低姿勢を見せられ、教えてあげようという親切心が湧いてしまい、会食に同意してしまう。(Z氏の国における半導体事情を探りたいという心理も幾分含まれるだろう)

初回の会食では半導体の基礎知識の勉強話に花を咲かせ、Z氏は手土産で受け取るに差し支えない名産品や茶菓子をターゲットに贈る。ターゲットを金品の授受に慣れさせるのだ。

以降、会食を重ねるに連れ、手土産は茶菓子→商品券→現金と変容し、Z氏の要求は表に出ていない情報へとレベルアップしていく。

金の入った封筒を手渡す人物
写真=iStock.com/Atstock Productions
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Atstock Productions

この時点で、仮にターゲットが警戒心を持ったところで既に遅い。なぜなら、ターゲットが金品を受け取ってしまった事実を後ろめたく感じ、Z氏に「これ以上は……」と断りの言葉を発しようものなら、Z氏から「あなたにどれだけお渡ししたか覚えていますか? 今更関係をやめたいと言われては困ります」と言われ、暗に“贈収賄の共犯者”のような関係であることをほのめかされてしまうのだ。ターゲットは、Z氏の鋭いまなざしに恐怖さえ覚え、関係を断つことを躊躇してしまう。

こうして、ターゲットが警戒心を持とうが持つまいが、数年~数十年にわたってスパイに“貢献”してしまうことになる。スパイに脅されながら高い要求に応えていくか、どこかで捜査機関に検挙され、スパイにボロ布のように捨てられるかだ。もし検挙されれば、職はもちろん家庭をも失いかねない。住居の引っ越しを余儀なくされ、再就職もままならず、悲惨な人生の結末を迎えるかもしれない。

■家族が最初のターゲットになったとしたら

以上が、スパイがターゲットを取り込むプロセスの典型的な例である。多少のステップは省略しているが、その身近な手口を実感いただけたのではないだろうか。さらにいえば、あなたに近づくために、あなたの家族が最初のターゲットとなった場合を想像してみていただければ、その恐ろしさが想像できると思う。

■スパイへの初期的対応策

さて、今回解説した典型的なスパイ活動への初期的対応策は何であろうか。

スパイというニッチな脅威に対し、防衛関係の大企業のみが意識が高く、その他業種の大企業や中小企業が無関心でいてくれれば、スパイとしてはこれほど攻めやすいことはない。思い返してほしい。スパイが欲する技術・情報は何も特定の大企業のみが持っているわけではなく、そのネットワーク内に入り込めればよいのだ。ターゲットは“本丸”だけではない。

さらに、日本の技術は中小企業が支えているともいわれている。潤沢な資金がある大企業と比して、中小企業においてスパイ対策に大きな予算を割くことができるだろうか。

そこで、まずスパイの手口を知り、防衛意識を高めることが、初期対応として簡易かつ有効なのである。ここで注意すべきは、過度に“国名”に敏感になり、排他的な思想を持たないことだ。今回解説した中で出てきた国は、現在の国際情勢を鑑みても決して日本と素晴らしい関係にあるとはいえず、スパイ活動を国家の意思によって行っている。それでも、日本にいる外国人のほとんどは善良な心の持ち主である。

どうか、読者の皆さまを通じ、日本におけるカウンターインテリジェンス意識の向上がなされ、民間発信のカウンターインテリジェンスコミュニティーの形成の発端となることを願ってやまない。

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稲村 悠(いなむら・ゆう)
日本カウンターインテリジェンス協会代表理事
元警視庁公安部外事課警部補。国際政治、外交・安全保障オンラインアカデミーOASISフェロー。警察学校を首席で卒業し、同期生で最も早く警部補に昇任。警視庁公安部外事課の元公安部捜査官として、カウンターインテリジェンス(スパイ対策)の最前線で多くの諜報活動の取り締まりおよび情報収集に従事、警視総監賞など多数を受賞。退職後は大手金融機関でマネージャーとして社内調査指揮、大手コンサルティングファームにおいて各種企業支援コンサルティングにも従事。2022年、日本カウンターインテリジェンス協会を設立。民間発信のカウンターインテリジェンスコミュニティの形成を目指している。著書に『元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』(WAVE出版)がある。

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(日本カウンターインテリジェンス協会代表理事 稲村 悠)

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