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店員の約5倍のチラシを配れる…感染症の心配ゼロ「遠隔操作アバター・ロボット」の接客力

プレジデントオンライン / 2023年4月19日 9時15分

大阪大学大学院基礎工学研究科 石黒浩教授(左)とジェミノイドHI-4 - 写真提供=国際電気通信基礎技術研究所(ATR)

自分そっくりのリアルなアンドロイドが、相手のしぐさに合わせて、表情豊かに動く。こんな未来の技術が水面下で進展している。ジャーナリストの中村尚樹氏が「生きている世界の天才100人」にも選出された大阪大学大学院基礎工学研究科・石黒浩教授に直撃。アンドロイド・アバターとの共生社会への展望を聞いた――。

※本稿は、中村尚樹『最先端の研究者に聞く 日本一わかりやすい2050の未来技術』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■自分そっくりのリアルなアンドロイド

人間とロボットが共存する映画のような世界を日本でつくり出そうとしている研究者がいる。大阪大学大学院基礎工学研究科教授で、ロボット工学者として世界的に著名な石黒浩だ。2009年にアメリカで製作されたブルース・ウィルス主演のSF映画『サロゲート』では、その冒頭でロボット技術開発の歴史が語られるが、石黒は、彼自身にそっくり似せて作られたアンドロイドとともに登場する。

石黒は、モデルとなった人にそっくりの外見を持つロボットを、双子のアンドロイドの意味で、「ジェミノイド」と名づけている。ちなみに人型ロボットの総称が「ヒューマノイド」で、そのなかでも見た目が人間のように作られたものがアンドロイドである。有名人に似せて石黒の製作・監修したアンドロイドは、落語家の桂米朝をモデルにした「米朝アンドロイド」や、タレントのマツコ・デラックスの分身としてテレビ番組で活躍した「マツコロイド」が有名だ。マツコロイドは2015年のグッドデザイン賞を受賞した。埼玉県深谷市の依頼で製作され、2021年に公開された「渋沢栄一アンドロイド」は、渋沢の肖像画が一万円札の図柄に採用されることもあって評判を呼んだ。

■相手のしぐさに合わせて、表情豊かに動く

石黒の作るアンドロイドの特徴のひとつは、豊かな表情だ。アンドロイドの体内には空気を使って肌や関節などを動かす電動の駆動装置が多数配置され、まぶたや眼球を細かく動かしたり、オペレーターの話す声に合わせて口もとを動かしたり、息をしたり、さらには相手の発話に応じて様々な相槌をうったりすることで、いかにも人間らしい表情や仕草、振る舞いをすることができる。

一方、ヒューマノイドを機能面で見ると、大きく「自律型」と「遠隔操作型」に分けることができる。前者は搭載されたセンサーで環境を認識し、その結果をロボット自身が解釈して自律的に行動する。

ホンダのASIMO(アシモ)は二足歩行する世界初の自律型ヒューマノイドとして注目を集めた。これに対して後者は、無線やインターネットなどを介してロボットのカメラやセンサーから情報を受け取り、オペレーターが動きを操作する。わかりやすく言えば操り人形である。石黒はどちらの型も開発してきたが、ジェミノイドは、基本は遠隔操作型で、離れた場所にいる人間が操作し、ロボットが発する言葉や仕草で人びとと意思疎通を図る。一口で言えば、コミュニケーションロボットだ。

機能により会話型、非会話(動作)型、会話・動作複合型がある。「サービスロボット」とも呼ばれ、その市場は年々拡大している。

■「生きている世界の天才100人」に選出

人間らしいロボットを作るロボット工学と、人間を理解する認知科学を融合させた「アンドロイド・サイエンス」の分野で世界の最先端を走る石黒の取り組みを紹介しよう。

石黒は、ロボットをより人間に近づける研究をする一方、「ロボットは人間社会に参加できるのか?」という問題についての実証実験も繰り返した。工場で働く産業用ロボットではなく、日常生活でサービスを提供するロボットは実現できないだろうか。というのも工場で働くロボットはその用途が明確だから、技術開発の方向性が明確だ。

ところが日常活動型ロボットは、人びとの行動をすべて想定することはできない。そこでロボットのメカやソフトウェア以外にも、人やロボットの行動を認識するセンサーを、ロボットの周囲の環境に多数設置してネットワークを作る必要がある。石黒はロボット演劇プロジェクトを始めたり、小学校や科学館、デパートやショッピングモールなどで、対話型ロボットの実証実験に取り組んだりしている。こうして得られた成果が、半自律型のロボットだ。

つまり、ふだんは自らの判断で行動しながら、人間が時折インターネットで介入して認識行動を助けるシステムを構築したのだ。

■ヒューマノイドの様々な可能性

石黒が2021年から開始したのが「遠隔対話ロボットで働く」をテーマに、大阪大学とサイバーエージェントがムーンショットプロジェクトのもとに取り組んだ実証実験だ。その第一弾として、大阪大学の学内保育園で、アバターによる保育サポート事業を実施した。なぜ保育園が選ばれたのかというと、保育士の有効求人倍率が年々増加し、保育をサポートする人材が慢性的に不足しているからだ。実証実験では、73歳から83歳の高齢者5人が離れた場所から「あいさつ運動」に、またコロナ禍で新たな活動の場を探している劇団員など2人が「からだ遊び」や「ロボットへの質問会」などに取り組んだ。

実験で使ったアバターは、言葉に加えて身振りや手振りも使った自然な対話を実現するヴイストン社製の小型会話ロボット「Sota」(以下、ソータ)をベースに、独自に開発したシステムだ。このアバターは高さ28センチで、カメラやマイク、スピーカーのほか、無線装置などを備えている。実験には、サイバーエージェントが大阪大学大学院基礎工学研究科に設定している共同研究講座で開発した遠隔操作ロボットシステムが使われた。

保育園での実証実験。左がSota。
写真提供=大阪大学・サイバーエージェント
保育園での実証実験。左がSota。 - 写真提供=大阪大学・サイバーエージェント

■人間の保育士と同程度の役割をこなす

ソータはリアルタイム音声変換で、オペレーターの声をかわいいロボットにふさわしい声に変える。さらに音声認識によるロボット動作生成などの最新技術を組み合わせて、オペレーターは話すだけで、ソータの基本的な動きを操作することが可能となっている。その結果、高齢者がアバターを通して行ったあいさつ運動では、12日間でアバターが245回の声掛けをしたのに対し、子どもたちから62%の割合で返答があった。

園長に対するヒアリングでは「人間の保育士と同程度の役割をこなすことができた」との回答が寄せられた。劇団員らは遠隔から約30分のアクティビティを四回行ったが、子どもたちはみなアバターの声に耳を傾け、質問に元気よく答えていた。

劇団員は「人に無条件で肯定される体験として、生活をうるおす貴重な体験であると感じました」と話し、オペレーターにとっても貴重な体験となったことがうかがわれた。

保護者に対する聞き取りでも「初めてロボットと触れ合いましたが、自分から積極的に関わっていました」「またソータくんに会いたいと言っていました」など、好意的な評価だった。実験の結果、特殊なスキルがなくても、あいさつ運動をサポートできることが示された。

■アバターがスーパーでチラシ配り

続いてスーパーマーケットでは、アバターによる販売促進の実現可能性を1週間、検証した。スーパーなどの小売店では新型コロナウイルスの感染防止を目的に、接客や販売促進の手段が制限されている。アバターによる接客なら、感染リスクはない。

遠隔操作型女性アンドロイドジェミノイドF。
写真提供=ATR
遠隔操作型女性アンドロイドジェミノイドF。 - 写真提供=ATR

しかし「購買の促進」は、難易度が高いという課題があった。実験では1日あたり9時間にわたり2台のアバターを使い、20代から50代までのべ36人が操作を担当した。結果はというと、店員が配布するより約五倍のチラシを配布することができた。また時間にして45%にわたり、客が立ち止まってアバターと会話をしており、約半分の時間で利用されていたことが確認された。

一方で買い上げ率は、人間の店員が販売員をした場合に比べて42%にとどまり、売り上げの向上にはつながらなかった。利用客に対するヒアリングでは「楽しく会話できた」「ロボットのインパクトが強すぎて、商品が目に入らなかった」などの回答が多く、アバターを商品の売り上げにいかにつなげるかが今後の課題となった。

■誰もがアバターで人生を自由にデザインする

次に2050年までの目標として設定されているのが「複数の人が遠隔操作する多数のアバターとロボットを組み合わせることによって、大規模で複雑なタスクを実行するための技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する」ことだ。

職場のトップビューでテーブルの上に銀と黄金の色のギアを一緒に参加するビジネスの人々のグループ
写真=iStock.com/ALotOfPeople
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ALotOfPeople

その具体的なイメージを石黒に聞いてみた。「コロナ禍で、家でできることは家でするというように生活様式が変わってきています。しかしオンラインの会議システムだけでは、十分な活動ができません。学校や会社では、世界中の人がアバターに乗り移って活動し、プロジェクトを進める環境が重要になってくると思います」

新型コロナウイルス感染症の予防対策のひとつとして、在宅勤務が本格化した。各地で適用されていた緊急事態措置やまん延防止等重点措置が解除されると、以前のように出社する形に戻った会社も多いが、一方で在宅勤務を評価し、オンラインによる業務をさらに進めようとする企業も見られる。

仕事では、ひとりで仕事に集中する時間も必要だが、誰かと対話することで作業が進むことも多い。しかし自宅には、相談できる仲間や専門家はいない。そんなとき経理や法律、コーチングなどの専門家がアバターで助けてくれると、仕事は、はかどるだろう。

仕事に社会性は不可欠であり、孤立して仕事をすることはできないからだ。

■人とアバターによる効率的分業

これまではオフィスや学校が担ってきたその役割を、アバターが担当してくれる。高齢者や障害者を含む誰もが多数のアバターを用いて、認知能力や知覚能力を拡張しながら、様々な活動に自在に参加できるようになる。いつでもどこでも仕事や学習ができる。ワークライフバランスをとりながら、自己実現が可能となる。人生の時間は有限だが、アバターは限られた自分の時間を有効に使う助けになるだろう。

さらに新型コロナウイルス感染症の初期の診断は、病院に行くより、家でアバターに診察してもらったほうが安心だ。認知症や重症患者を在宅や施設で看護する場合も、複数のアバターによる重層的な見守りが役に立つ。

「専門医と、ふだんの状態をよく知っている看護師やソーシャルワーカーが連携すれば、専門的な知識も使いながら、日々の看護をより充実させることができます」あらゆる人が自分の人生の過ごし方を、自分の好みに合うようデザインすることができる。そんな未来を石黒は目指している。

■アバター利用に潜む社会的課題

アバターが受け入れられる社会には、これまでふたつの大きな課題があった。ひとつは、人びとがリモートワークに慣れていなかったことだ。しかしコロナ禍の影響で、家にいながらのリモートワークはむしろ望ましいものとなっている。もうひとつは、人びとがアバターに乗り移って働くことに慣れていないことだ。「簡単に使えるということが大事です。しゃべるだけで、思い通りに動く。あれも操作しないといけない、これも操作しないといけないだったら、大変じゃないですか。ぼくがしゃべっているだけで、ぼくの代わりのロボットが身振り手振りもつけてしゃべってくれる。聞き取りにくい音声は聞き取りやすくするし、相手の顔が見えにくかったら、顔認識して『今、笑っています』などと画面のなかで表示したりして、人間の知覚能力を補ってくれる。そういう技術をどんどん作っていかないと、簡単に使えるということにはならないですね」

今まではひとりの人間にとって世界はひとつのものだった。それが様々なアバターを使うことで、実世界での活動が多様に広がり、あるいは仮想世界で働いたり活動したりすることが可能になってくる。同時にそこでは匿名性の問題、能力をアバターで拡張することの問題、複数の存在を持つことの問題など、倫理面も含めた様々な問題が出てくる。

■開発するだけでは、社会に受け入れられない

石黒の研究グループは、アバター自体を開発するグループ、アバター基盤を実現するグループ、実証実験に取り組むグループ、そして倫理問題に取り組むグループなど、八つのグループで同時並行的に作業を進めている。ユニークなのは、アバターを使ったとき、周囲の環境にどのような生態的影響を及ぼすかを調べるグループもあることだ。

中村尚樹『最先端の研究者に聞く 日本一わかりやすい2050の未来技術』(プレジデント社)
中村尚樹『最先端の研究者に聞く 日本一わかりやすい2050の未来技術』(プレジデント社)

「倫理や環境面も含めて、様々な問題を慎重に議論していくことにしています」石黒は、自分のムーンショットプロジェクトが目指す社会は確実にくると予想している。そこで多くの会社と協業し、自分でもベンチャー企業を立ち上げて、アバターの社会実装を目指している。「ぼくらが取り組んでいるのは『メディア系のロボット』と呼んでいるのですけれど、社会のなかで使われることによって明らかになるような課題は、社会実装と一緒に研究開発していかないといけない。その意味で『できたらいいね』ではなく、確実につくるべき未来に向かって研究開発していると思っています」

石黒は「人間とは何か」について、考え続けている。アバター共生社会の実現を目前に控えて、私たちも同じ問いかけに、自分なりの答えを用意すべきときが近づいている。

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中村 尚樹(なかむら・ひさき)
ジャーナリスト
1960年、鳥取市生まれ。九州大学法学部卒。専修大学社会科学研究所客員研究員。法政大学社会学部非常勤講師。元NHK記者。著書に『ストーリーで理解する日本一わかりやすいMaaS&CASE』(プレジデント社)、『マツダの魂 不屈の男 松田恒次』(草思社文庫)、『最重度の障害児たちが語りはじめるとき』『認知症を生きるということ 治療とケアの最前線』『脳障害を生きる人びと 脳治療の最前線』(いずれも草思社)、『占領は終わっていない 核・基地・冤罪そして人間』(緑風出版)、『被爆者が語り始めるまで』『奇跡の人びと 脳障害を乗り越えて』(共に新潮文庫)、『「被爆二世」を生きる』(中公新書ラクレ)、共著に『スペイン市民戦争とアジア──遥かなる自由と理想のために』(九州大学出版会)などがある。

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(ジャーナリスト 中村 尚樹)

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