SNSで広がったのは不幸とウソばかり…2010年代のアメリカ映画が問いかける「資本主義の限界」
プレジデントオンライン / 2023年3月21日 15時15分
■スマホ画面のポケモンに夢中になった人々
2016年7月12日深夜。オハイオ州ペリー原発の敷地内に何者かが侵入するという事件が発生する。
そこで彼らが探していたのは……、そう、ポケモンだ。
「ポケモンGO」はAR(拡張現実)技術を活用し、現実の風景とゲームの風景を重ね合わせ、その中でキャラクターであるポケモンを探せるスマホゲーム。任天堂が開発したこのゲームは、この年アメリカでも配信が開始され、発売から1カ月で「売り上げ」「ダウンロード数」「売上1億ドルへの到達期間」など5つものギネスを更新し、社会現象にまで発展した。
夢中になった人々は、現実世界よりもスマホの画面を見て歩くため、とんでもない場所に入り込んでしまうことがしばしば起きた。人々の行動をたやすく変えてしまうテクノロジーのパワーを感じさせるものだった。
そして翌2017年、ドナルド・トランプが大統領に就任すると、テクノロジーはさらに社会を混乱に陥れる。選挙戦の最中から、SNSで過激な発言を繰り返し、注目を浴びていたトランプは、就任すると次々とSNSに投稿し、敵対する人物を罵った。
それはまるで、プロレスラーが相手を挑発するトラッシュトークのようだった。過激さがさらに過激さを呼ぶSNSを使った新しい形の劇場型政治を、大統領自らが演出した。
この頃、SNSにまつわるある言葉が注目される。「フェイクニュース」だ。ネット上で流される虚偽の情報。それは、匿名性の高いSNSで瞬く間に拡散される。大統領選ではローマ法王がトランプ支持を表明した、というフェイクニュースが流された。
■現実と虚構の区別がつかない世界になった
さらに、現実に悲劇も生む。ネット上に、民主党幹部が関わる人身売買組織の根城だとデマを書かれたピザ店が、実際に襲撃されるという事件も起きた。トランプは当選後もSNSを最大限に活用した。根拠のない中傷を交え、敵対する陣営を罵倒。自分に都合の悪いことは、「フェイクニュースだ」と切り捨てる。
SNSでは自分がフォローした人の情報しか目に入らない。アルゴリズムが発達し、その人に適した情報だけを流すような技術が進化した結果、人々は自分の見たい情報にしか触れなくなってしまった。いわゆる「フィルターバブル」と呼ばれる問題だ。
2010年代初頭、テクノロジーの進歩が、自由で民主的な価値観を行き渡らせるという「希望」が、アメリカ社会を照らしていた。だが、技術はディープフェイクのような、現実と虚構の区別がつかない混乱した世界をもたらした。
トランプ大統領就任の2017年、『ブレードランナー2049』が公開された。1982年に公開された『ブレードランナー』の後日談を描く物語だ。
![『ブレードランナー2049』のドゥニ・ヴィルヌーヴ、ライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード、アナ・デ・アルマス、シルヴィア・フークス](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/a/1200wm/img_0af73485036aa65ec220639dea65b154402872.jpg)
前作は、1980年代から90年代にかけてSF界で大きな流行を生んだサブカルチャー、「サイバーパンク」の文脈で語られるSF映画の金字塔である。作家ウィリアム・ギブスンらが中心となって起こしたムーブメントである「サイバーパンク」。近未来を舞台に、人間の機能を拡張する人体改造や高度なネットワーク空間などを取り扱うその作風は、後のアニメやゲームなどに大きな影響を与えた。
その『ブレードランナー』の続編が2017年に製作された背景には、じつは80年代と2010年代の類似点があるという。気鋭の哲学者、ジョセフ・ヒースの証言を見てみよう。
■映画『ブレードランナー』が予測した未来――ジョセフ・ヒース
「『ブレードランナー』が革新的だったことは2つあります。
1つは、未来の社会における経済体制の新たな形を示したことです。以前のSFでは、未来において資本主義は衰退し、共産主義に近い状態になるだろうという描き方が主流でした。例えば『スター・ウォーズ』では、酒場に入るとビールは1種類しかありません。
『ブレードランナー』が新しかったのは、ハイパー資本主義と呼べるものを提示したことです。広告は小さくなるのではなく、むしろ大きくなって建物の一面を覆い尽くしています。私は80年代にこの映画を見て、衝撃を受けました。
2つ目は、アメリカにおいてアジア系の影響が強くなることを予期していたことです。当時の映画ではまだ白人がほとんどで少しだけ黒人が出てくるというようなキャストの配置をしていました。ですが、『ブレードランナー』では、カリフォルニア州に非常に大きなアジア系の影響があって壁に中国語や漢字が書かれたり、麺を食べたりすることが普通になった未来のビジョンを示しています。
それはアメリカが日本の産業の成長とアメリカの産業の衰退を最も恐れていた時期の発想であり、後にそれは現実のものとなりました。この2つの意味で『ブレードランナー』は未来を正確に予測していたのです」
■IT企業のテクノロジーが人々に応える世界
80年代、安価で高性能な日本の小型車が世界の市場を席巻した。それは自動車産業を伝統と誇りの象徴とするアメリカにとって脅威となった。
そして2010年代に台頭したのは中国だ。2018年3月、アメリカ政府は、安全保障上の懸念を理由に、中国製の通信機器を国内の通信網から排除する規制の検討を発表。IT産業で著しい成長を見せる中国との対立は、「デジタル冷戦」と呼ばれるほど激しくなる。
そこにあったのはいつの時代もアメリカの人々の心の底にある、神秘へのときめきと得体の知れない不気味さに引き裂かれる東洋へのイメージかもしれない。
そして、この間広がっていたのは、競争が激しさを増す、グローバル資本主義だった。
国の豊かさを、あらゆるものを商品化し、市場の原理に託すことで実現しようとした、80年代のアメリカ。IT企業が圧倒的な力を持つようになった2017年。
その2つを経て『ブレードランナー2049』で描かれたのは、巨大IT企業が提供するテクノロジーが、あらゆる欲望に応えてくれる未来だ。現実社会でも、IT企業は人々のあらゆる欲望に応えてくれるかに見えた。
■心の弱さを利用して広まったSNS
だが、そのSNSを強く批判したのは、ナップスターの共同設立者であり、フェイスブック初代CEOも務めたショーン・パーカーだ。既に会社を離れていた彼は自省の念をこめ、告白した。
![ショーン・パーカー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/f/1200wm/img_cfe9dd300510a92b0570064e3be60ab2400282.jpg)
『最大限にユーザーの時間や注意を奪うためにはどうすべきか?』
そのためには写真や投稿に対して『いいね』やコメントがつくことで、ユーザーの脳に少量のドーパミンを分泌させることが必要だ。人の心理の『脆弱(ぜいじゃく)性』を利用しているのだ。それは私のようなハッカーが思いつく発想だ。私たち開発者はこのことを理解した上であえて実行したのだ」(CBS NEWS 11/9/2017)
「人とつながりたい」――そんな原初的な欲望すら、利潤に変える資本主義はスマホを通して世界中に広まった。
■映画『パターソン』が描く資本主義への静かな抵抗
しかし、そんな時代に抗う表現も生まれている。
『パターソン』(2016)は、ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手、パターソンの何気ない日常を描いた作品だ。監督ジム・ジャームッシュはこの作品で、人間の欲望をむさぼり尽くす資本主義への静かな抵抗を見せていた。
小さな町でバスの運転手をしている主人公、パターソンの趣味は詩を書くことだ。仕事の合間や帰ってから密かにノートに詩を書き留めている。しかし、その詩をSNSなどで世界に向けて「発信する」こともなく、妻がもしものためにと薦める「コピー」すらしようとしない。そのノート一冊の中だけに彼の詩はある。
資本主義が煽る欲望から距離を置き、代替不可能な唯一の言葉を淡々と生み出す人間の姿。
人々の欲望にどこまでも従順な資本主義は、いつの間にか社会を均質化していく。そして、テクノロジーがそれを加速させる。AIの発展により、個人の嗜好(しこう)に合わせたマーケティングが可能になると、企業は「あなたならこれが欲しいはず」と訴えかけるように情報を押し付けてくる。
この欲望は本当に自分の欲望なのか?
もはやそこでは、人間の主体性すら曖昧になるような感覚に陥る。『パターソン』で描かれるのは、こうしたテクノロジーが生むハイパー資本主義に抗う術(すべ)だ。
人々の感情まで商品化される時代に、アメリカが求めていた、自由も愛も、生きる美学も、どこかに流されていってしまったのか? 監督のジム・ジャームッシュは次のように述べている。
■単純な欲求は一種の症状になった――ジョナサン・ローゼンバウム
アメリカを代表する映画評論家、ジョナサン・ローゼンバウムは、この映画を別の視点からとらえている。
「ジャームッシュが異色なのは、人気映画監督のほとんどがストーリーテラーなのに対し、彼は詩人であることです。そして、ストーリーを伝えるよりも人物描写に関心を持っています。
『パターソン』には、アメリカでは誰もが、自分では気づいていなくても芸術家だ、という観点があります。『パターソン』では犬ですら芸術家で、詩集をビリビリに食いちぎる時、彼はパンクアーティストです。これは美しいアイデアだと思います。
パターソンは詩を出版することにさえ興味を持ちません。名声に対する欲はなく、評判を高めようとしないのです。世の中に今存在しているものだけで十分だ、という感じです。だから、彼の詩が書かれたノートが破れても、また新しい詩を書けばいい。お金持ちになることより、既に持っているものに感謝することが大事なのです。
![丸山俊一、NHK「世界サブカルチャー史」制作班『アメリカ 流転の1950-2010s 映画から読む超大国の欲望』(祥伝社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/0/1200wm/img_1073ac48cb10b9b23f5f7abbba571be0291238.jpg)
一方、資本主義は、人々が常により多くのものを欲しがり、現状に満足できないという概念に基づいています。それは、単純な欲求というよりも、一種の症状のように思えます。重要なのは、ジム・ジャームッシュの映画には反資本主義のメッセージが根底に流れているということです。
そして、それに対して、映画の中で道徳的なだけでなく美学的な代替案を提示しているように思います。
私たちはドナルド・トランプに対して、道徳的にだけでなく、美学的にも訴えを起こすことができますよね。彼のようにセンスの悪い人間が、お金をこれほど持っていることに何の意味があるのか? より醜い世界を作るためなのか? アメリカの資本主義は、そのことについて何も考えていないと指摘しているのです」
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NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
慶應義塾大学経済学部卒業後、1987年NHK入局。ディレクターとしてフランス、イタリア、ロシアなどヨーロッパ取材をベースに多くの教養特集を構成、演出。プロデューサーとして「英語でしゃべらナイト」「爆笑問題のニッポンの教養」「ニッポン戦後サブカルチャー史」などの異色エンタメを企画開発、現在も「欲望の資本主義」「欲望の時代の哲学」などの「欲望」シリーズの他、時代の変化を読み解く教養ドキュメントをプロデュースし続ける。著書『14歳からの個人主義』『14歳からの資本主義』『結論は出さなくていい』『働く悩みは「経済学」で答えが見つかる』他、制作班との共著に『欲望の資本主義1~6』『欲望の民主主義』『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』『AI以後』『世界サブカルチャー史欲望の系譜 アメリカ70-90s「超大国」の憂鬱』他多数。東京藝術大学客員教授も兼務、社会哲学を講じる。
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(NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー 丸山 俊一、NHK「世界サブカルチャー史」制作班)
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