「顧客の期待を上回るものをつくってはいけない」平均年収2000万円超キーエンスが"絶対やらないこと"
プレジデントオンライン / 2023年3月20日 11時15分
■【イントロダクション】
「付加価値」という言葉はビジネスシーンではよく使われる。とくにマーケティングや商品開発において、顧客に提供する付加価値は、戦略上重要なファクターといえるだろう。
しかし、付加価値とはそもそもどういうものなのか、どうやって作り出せばいいのか、明確に語れる人は多くないのではないだろうか。
本書では、高収益・高給与、そして「高付加価値企業」で知られるキーエンスで活躍した著者が、付加価値の定義から、それをいかに生み出し、顧客に与えるかを、キーエンスの事例などを交えながらわかりやすく解説。そして、付加価値を理解することで、生産性を向上させ、経営を高収益体質にする道筋を示している。
本書で説かれる付加価値とは、「顧客のニーズを超えたプラスアルファ的なもの」ではなく、「顧客の潜在ニーズを発見し、それを叶えるもの」なのだという。
著者はカクシン代表取締役CEO。大学卒業後、キーエンスにてコンサルティングエンジニアとして、技術支援、重要顧客を担当する。その後、企業向け研修会社の立ち上げに参画し、独立。著書に『構造が成果を創る』(中央経済社)がある。
2.それは付加価値か、ムダか?
3.付加価値創造企業「キーエンス」
4.法人顧客を攻略するための6つの価値
5.ニーズの見つけ方と付加価値の伝え方
6.つくった付加価値をいかに広げていくか
■付加価値とは「ニーズを超えたプラスアルファ」ではない
「付加価値」とは何でしょうか? 「付加価値はニーズが源泉である」。つまり「価値」は、その商品やサービスに対して、「お客様が『これには価値がある』と感じるもの」であり、「付加価値」とは、「お客様のニーズを叶えるもの」なのです。
かつて、ある大手家電メーカーが、「洗浄力、ナンバー1」と謳った洗濯機を開発しました。そのメーカーは特長の第一ポイントとして「洗浄力」を挙げ、商品ホームページの大部分を使って洗浄力に関する情報を載せ、大々的に広告したのです。
ここで質問なのですが、あなたは最近、「洗濯機の洗浄力」に不満を感じたことがありますか? または最近、周囲で「洗濯機の洗浄力」に困っているという悩みを聞いたことがありますか?
ちなみに、洗浄力が求められるのは「洗剤」です。現代の洗濯機に求められるのは、洗浄力よりも「洗濯・乾燥の容量」「乾燥機能」「運転音が静か」「節水・節電の機能」「部屋やライフスタイルに合わせたデザイン」などです。ある一定の性能レベルを超えれば、「洗濯機の洗浄力」には価値がないのです。このメーカーは「顧客が本当に求めている価値」を見誤って、ムダな高機能を搭載した洗濯機を開発してしまったわけです。
「お客様のニーズを超えたものを提供することが付加価値だ」という考えがあります。実際に多くの人が、付加価値の提供=相手の期待を上回る、何かプラスアルファ的なものを提供することと考えているのではないでしょうか。
しかし、残念ながら不正解です。お客様のニーズを超えた部分は付加価値ではありません。お客様に提供しても付加価値にはならない「ムダ」なのです。解説した洗濯機であれば「洗浄力ナンバー1」という特長がこの「ムダ」に相当します。
■顕在ニーズよりも潜在ニーズが重要
みなさんに知っておいてほしいのは、ニーズには「顕在ニーズ」と「潜在ニーズ」があるということです。顕在ニーズとは、お客様が頭の中で期待していること、つまりお客様自身が欲しているものを、自分で明確に意識しているニーズです。
一方、潜在ニーズとは、自分でははっきりと気づいていないニーズです。普段は意識していないけれど、他人からの質問や体験をきっかけに、「実は欲しかった」「こんなことがしたかった」と感じるのが潜在ニーズです。
顕在ニーズよりも潜在ニーズのほうが重要です。顕在ニーズはわかりやすいニーズなので、企業側もそのニーズに応える付加価値をつくって提供することは比較的容易ですが、潜在ニーズは、お客様も気づいていないので、それを叶えるためには、より深い付加価値を探り出す必要があるからです。お客様の顕在ニーズしかわかっていない場合は、競合他社が提供する製品・サービスとの差別化が難しくなります。他社も同じような製品・サービスを提供できるからです。
かつて私が在籍したキーエンスでは、この「お客様も気づいていない潜在ニーズ」を、徹底的かつ的確に探り出し、そのニーズをもとに開発・設計した製品によって、お客様に付加価値を提供し続けています。
![田尻望『付加価値のつくりかた』(かんき出版)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/d/1200wm/img_3d2da5fd26dcde9dc639f0521d07191a155358.jpg)
お客様が「もっと現場の生産性を上げたいんだよ」と言った場合、キーエンスであれば、「実際に現場を見せてもらってもいいですか?」と言って、セールス担当者はまず現場に足を運びます。潜在ニーズはお客様との会話だけでは探り当てられないことがほとんどです。現場を調査・観察して初めて潜在ニーズが見えてくるのです。
よく「ペルソナ設定をしてユーザーのニーズを知る」というような会話がマーケティング会議などで交わされますが、実際に会ったこともない人のことを論じていても、お客様のニーズは見えてきません。
■仮説が合っているかをさらに検証して商品開発を開始
キーエンスは、ファクトリー・オートメーション用センサーや計測器など、さまざまな機器を開発・製造販売している、時価総額12兆円を誇る会社です。なんと、従業員の平均年収は2000万円超え、一人当たり営業利益額が1億円超えという驚異的な会社として大きな注目を集めています。
キーエンスでは、マーケットイン型の新商品企画がなされています。なぜお客様が買うのか? 本当にその商品・機能は使われるのか? 使われたら本当に役に立つ(困り事・課題を解決する)のか? どんな役に立つのか? について商品の開発前に突き詰めることが徹底されています。すると、「自社でもそれはやっている」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、追求度が他社とは異なります。
キーエンスが日本有数のマーケットイン型企業と言われる理由は、仮説を立てた後、商品開発する前に「その仮説が本当に合っているかを、さらに検証する」点にあります。つまり、「こんなものを作ったとしたら、買っていただけますか?」「御社のこの問題を解決するために役に立つと思うんですが、いかがでしょうか?」と、自分たちが作ろうとしているものが、本当にお客様にとって役に立つのか、お客様が困っていることを解決できるのかを、あらためてお客様に直接聞きに行くのです。
キーエンスでは、このように自分たちの仮説が間違っていないことを確認したうえで、ようやく本格的に商品開発に入っていきます。
![キーエンスの会社情報ページ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/0/1200wm/img_50b8b84f8b5fec58d508468cc2aafed6484505.jpg)
キーエンスのような徹底した市場調査を行わずに出した商品、サービスはすべて「仮説」だけをもとに作られています。つまり、売れるかどうかがまったくわからないのに作っているのです。仮説レベルで開発・製造してしまうのは「見切り発車」と言っていいでしょう。見切り発車をすると、十中八九失敗します。
■市場原理と経済原則の両方で考える
キーエンスでは、特注品ではなく「標準品」を作っています。にもかかわらず、作る前に現場に足を運んで直接お客様の潜在ニーズを見つけ出すという市場調査を行っているのです。この仕組みがあるため、最大公約数の仕様・機能を備えた高付加価値状態の標準品での対応を可能にしています。
ここで理解しておいてほしい大切な考え方があります。それは、「市場原理、経済原則で考えることが大切である」という考え方です。これもキーエンスの経営理念の主軸として位置づけられている重要な考え方の一つです。
「市場原理で考える」とは、「市場=お客様が何を買い、何をどう使って、いつ、どんなときに価値を感じるのか? その原理はどのようなことか? をしっかりと考えましょう」という意味です。そして、「経済原則で考える」とは、「どうすると一番利益が出るのか? で、意思決定しましょう」という意味です。
市場原理だけに沿って、お客様が求める特注品を作ったとします。しかし、膨大な時間とお金をかけて、その会社でしか使えない特注品を作っても他では売れない、つまり儲からないので経済原則には沿っていません。
キーエンスでは特定企業のニーズに応える商品を作るのですが、その企業でしか使えない特注品を作るわけではありません。その企業が困っていることを解決し、なおかつ他企業でも使える「標準品」を作るのです。他のメーカーなら特注品レベルの商品になってしまうものを、キーエンスは標準品として作ってしまうのです。
なぜそんなことが可能なのか? キーエンスの人たちは、どの競合他社よりも多くの事例を知っていて、多くの企業が困っていることを熟知しているからです。
そのため、「あれ? このお客様が困っていることは、他の会社でも困っていることだぞ」ということに気づき、お客様のニーズに応えつつ、標準化して展開できる商品を企画、開発できるのです。
キーエンスでは汎用性のある機能か、他の機能で集約または分散できないかを考え、基幹となるニーズを重視し、できるだけ標準化を狙うことで商品のコストダウンを図ります。その結果、お客様にとっては、価格面、納期面、修理品の入手性などのメリットを享受できるようになります。
■コメント by SERENDIP
キーエンスの強みは、高付加価値をめざす仕事を「同時に、すべてのことを、すべての人がやっている」ことにあると、著者は指摘している。経営陣やトップセールスだけでなく、あらゆる部門や階層の従業員が理念と行動原則を共有し、組織として高収益を上げているということだ。顧客の潜在ニーズを見きわめるのは、本文にもあるように簡単ではなく、高度な観察力や洞察力が要求されると思われる。おそらくキーエンスには、働く中で自ずと経験的にそうしたスキルが身に付く「仕組み」が培われているのだろう。
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(書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」)
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