民間企業スペースXは61回成功、日本は成功ゼロ…日本のロケット開発が高価で失敗続きである根本原因
プレジデントオンライン / 2023年3月15日 14時15分
■「開発体制のどこかに問題があるのでは」
3月7日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業が共同開発した日本の新しい大型ロケット「H3」初号機の打ち上げが失敗した。昨年10月の小型ロケット「イプシロン」失敗に続いて、半年もたたないうちに起きたロケットの連続失敗。「技術大国日本」の凋落が止まらない。起死回生策はあるのか。
昨年10月のイプシロン、今年3月のH3。どちらも地上から信号を送って機体を破壊した。
宇宙政策に詳しい鈴木一人・東大教授(国際政治経済学)は、「連続して失敗したことで、世界にマイナスの印象を与えた。ロケットの初号機打ち上げ失敗自体は珍しいことではないが、イプシロン失敗を含めて考えると、日本のロケットの開発体制のどこかに問題があるのではないか」と指摘する。
「H3」は、2014年から約2000億円の国費を投じて開発された。日本が新しいロケットを開発するのは30年ぶりで、今後20年にわたって主力ロケットとして使用する予定になっている。
まさに日本の宇宙政策・活動を支える「屋台骨」だ。
■安価で売れるロケットを造るのが狙いだが…
H3開発の最大の目的として政府が強調してきたのは、ロケット価格を半減させることだ。
現在の主力ロケット「H2A」は約100億円で、世界相場の倍程度と高い。H3はこれを、世界相場の約50億円に半減し、世界の衛星打ち上げ市場で「売れるロケット」を目指した。
そのために開発方法も変えた。
これまでのロケットは、JAXAが設計・開発し、企業に製造を発注。何機か打ち上げて技術的に安定すると、JAXAから企業に技術を移管し、企業が商用打ち上げサービスを行うというやり方だった。
現在の主力ロケット「H2A」でいえば、技術を移管された三菱重工が打ち上げサービスを行っている。
だが、最先端技術を志向するJAXAが開発するロケットは、高価格になりがちだ。衛星を打ち上げたい顧客にとって使いやすいものかどうかもわからない。
そこで、JAXAと三菱重工が最初から一緒に設計・開発を行い、打ち上げビジネスをしやすいロケットを造ることを目指した。
だが、その1回目からつまずいた。
■スペースXは61回成功し、日本はゼロ
今回の失敗によって、日本の宇宙開発は苦境に立たされた。
打ち上げ市場への参入はもちろん、情報収集衛星など国の安全保障にかかわる衛星、米国主導の有人月探査「アルテミス計画」で使う物資輸送機、火星の衛星の探査機など、H3による打ち上げ予定は詰まっている。今後、その調整や見直しが必要になる。
JAXAや文部科学省は原因調査を開始したが、原因を突き止め、対策をほどこし、試験でそれを確かめる、など一連の作業にはかなり時間がかかる。
2003年に情報収集衛星2基を搭載した「H2A」6号機の打ち上げが失敗した時には、再開まで1年3カ月を要した。
時間がかかればかかるほど、H3の開発費は膨れ、世界相場並みの50億円達成はどんどん遠のいていく。
今、世界の宇宙開発は拡大期にある。2018年以降、世界のロケット打ち上げ成功数は大きく増加している。
内閣府の調べによると、2022年は過去最大の177回で、直近10年間で年率9.7%と大幅に伸びた。
打ち上げ成功数は米国が最も多く83回。うち75回が民間企業によるもので、その61回はスペースXのロケットだった。
成功数が次に多いのは中国で62回、次はロシアで21回だった。
一方、日本は成功ゼロだった。世界で存在感を発揮できない中で、さらに追い打ちをかけるH3失敗。日本は世界から取り残され、埋没していく恐れがある。
■成功にこだわっていると市場で勝負できない
今、ロケット打ち上げ市場をリードしているのは、米スペースXだ。
2000年代初頭に宇宙ベンチャー企業として頭角を現し、低価格の「価格破壊ロケット」で、商用打ち上げ市場を席巻するようになった。
スペースXは、ロケットが爆発炎上する派手な失敗もよく起こすが、淡々と対策をほどこし、すぐに次の打ち上げを再開する。
国の研究開発法人のJAXAは、先端技術と完璧さを目指し、それを成し遂げてから打ち上げ市場への売り込みを図ろうと考える。一方、スペースXは走りながら完成度を高めていく。
国費で開発する研究開発法人と、米ベンチャー企業との発想の違いだろうが、日本とは対極的だ。
鈴木教授は「日本には打ち上げを失敗してはいけないと考える文化がある。一度失敗すると二度と失敗しない仕組みを作ろうとする。だが、それによってコストが膨張し、納期が遅れ、打ち上げ市場で勝負できなくなる。一方、スペースXは『失敗なしに成功はない』と考え、失敗しても素早く機敏に開発をしていく。打ち上げ市場でこうした企業と戦おうというのなら、日本でも失敗を許す文化が必要だ」
これまで日本は「H2」「H2A」と大型ロケットを開発したが、市場参入に成功とはいいがたい状況だった。
H3でロケットの価格を半減させて打ち上げ市場参入を目指す、と掲げた以上、日本も今までのやり方を見直す必要があるだろう。
■「何が何でも3月中に」JAXAの危機感
例えば、JAXAの開発には、役所の文化が根強く残っている。
役所の予算編成に合わせる「年度縛り」もそのひとつだ。
H3の初号機は、2020年度に打ち上げる予定だったが、2度にわたって延期した。
新規開発の高性能エンジン「LE9」の開発にてこずったためだ。
政治家や産業界からは不満や批判が続出していた。これ以上遅らせてはならないという危機感がJAXAや文科省の間で高まっていた。
このため2022年度中、つまり今年3月中に何が何でも打ち上げを成功させねばならない、それを超えると23年度になってしまう、という焦りがあったとみられる。しかも、地元の漁協などとの調整から、打ち上げは「3月10日まで」という締め切りもあった。
JAXAは2月17日にH3を打ち上げようとしたが、直前に技術トラブルが発生し、中止した。原因解明と対策に時間を要したが、「3月10日まで」を死守することを、記者会見で何度も強調した。2023年度になることを避けたいということだろう。
再度設定した打ち上げ日は、年度縛りに収まる3月7日だったものの、失敗に終わった。
このあたりの経緯や、組織の体質や対応、JAXAと三菱重工との協力関係や責任分担などを今後検証する必要があるのではないか。
失敗原因を解明、対策をほどこした後は、前回の「H2A」6号機失敗の時のように長期間止めることなく、なるべく早く、打ち上げを再開する必要もある。
![ロケット](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/f/1200wm/img_8f3c36a68a967d97c64ece527f3b0d43466083.jpg)
■SNSでは成功したと勘違いする人が続出
巨費をかけてロケットを開発するのは、他国に依存することなく、自国の衛星を必要な時に打ち上げる手段を保有するためだ。
鈴木教授は「日本では夢とロマンが強調され、何のためにロケットを打ち上げるかについて、ふわっとした議論しかしてこなかった。H3をどういうロケットにすべきかという議論や説明も不足していた。本当の意味で使えるロケット、衛星を運ぶロケットとしての開発をしてこなかったのではないか」と苦言を呈する。
そうした影響か、ロケットに対する見方は揺れが大きい。
2月17日の打ち上げ直前中止をめぐって、JAXAは「止めることができたので失敗ではない」と説明をした。だが、会見に参加した記者が「それは一般に失敗という」と発言。これを引き金に、SNSで「失敗」「失敗ではない」をめぐって、喧々諤々の議論になった。
3月7日の打ち上げでは、晴れた空の下、H3は地上からきれいに打ち上がり、補助ロケットの切り離しも成功した。だが、すぐにロケットの速度はどんどん下がっていった。第2段エンジンが着火しなかったためだ。
JAXAの打ち上げ中継で「指令破壊信号を送信しました」というアナウンスが流れた直後に、SNSを見て驚いた。「H3成功」の話で盛り上がっていたからだ。
地上から機体が離陸したのを見て、成功したと思った人が多かったのだろう。「打ち上げ成功」「おめでとう!」などのツイートがさかんに流れていた。
■「国民の責任」を求めるわりに説明が足りていない
ロケットは地上から上がれば仕事が終わるわけではない。さらに30分ほど飛行して、衛星を予定の軌道に届けたことを確認できて初めて、技術者もようやく「成功」を宣言する。
ロケットがどの段階まで進めば、「成功」なのか、「失敗」とはどういうことを指すのか。こうした点についての知識や説明がもっと必要だと感じる。
2003年の「H2A」の失敗の後、文科省の有識者会議では、「国民にロケットの抱えるリスクを理解してもらわないといけない」という議論がさかんに行われた。「国民への責任」よりも、「国民の責任」を求める論理に違和感を覚えたが、有識者会議の報告書は「国民側も理解や関心を深めることが必要」と注文をつけた。
その具体策について、当時文科省は「今後、検討する」と述べるにとどめていた。
それから20年たった今もなお、そのための知識提供や広報活動が不足している。
ロケットの打ち上がる姿は勇壮で魅力的だが、そのためだけに巨費を投じて開発するわけではない。打ち上げ花火ではないのだ。ロケットや宇宙開発への夢を語るだけではなく、目的や成否の判断基準などももっと明確に示すべきだろう。
今回の失敗の教訓のひとつだと思う。
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ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。
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(ジャーナリスト 知野 恵子)
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