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なぜ世界一だった日本の半導体は凋落したのか…経産省が「失敗だった」と反省する「日の丸連合」という過ち

プレジデントオンライン / 2023年3月23日 10時15分

野原商務情報政策局長 - 撮影=桜井修

1980年代後半、日本の半導体は世界シェア1位だった。現在、そのシェアは10%程度まで落ち込み、最先端技術といわれる2ナノレベルの半導体を生産する技術もない。なぜ日本の半導体産業は凋落したのか。ここから挽回する方法はあるのか。経済産業省で半導体政策を取り仕切る野原諭・商務情報政策局長に聞いた――。

■台湾有事が起きたら世界の産業はどうなるのか

――なぜ今、経産省は半導体に力を入れているのですか。

【野原】現在、半導体は国民生活上、必要不可欠なものになっています。

タブレットやスマートフォン、EVなどの先端技術を駆使した機器はもちろん、家電などほとんどの電子機器に使われています。半導体不足が起きると、途端に日本の経済活動全体に支障が生じます。

そこで半導体を国民生活、国民経済活動を支えるための不可欠な物資、つまり「戦略物資」と捉え、安定供給を図るという観点から日本政府、経済産業省として政策を考えています。

さらに視野を広げると、経済安全保障の観点もあります。

アメリカは以前より、半導体政策を経済的側面からだけでなく、安全保障と密接にかかわるものとしてとらえていました。特にトランプ大統領就任から始まった米中対立の中では、半導体にスポットが当たることになりました。

現在、世界の半導体受託製造分野の65%以上を台湾が占めてしています。台湾有事も指摘される中、自国内に生産拠点を持たない国は、何かあれば半導体を通常通り手に入れることが難しくなります。

国民生活に必要不可欠な半導体の安定供給の維持は、やはり民間ではなく政府の仕事、責任だろうということで、国産での先端半導体製造を目指すラピダスの新設や台湾のTSMCの誘致など、半導体の確保を進めています。

■かつて世界一だった日本の半導体産業

――なぜ日本の半導体産業は世界シェアを失ってしまったのでしょうか。

【野原】1980年代、日本の半導体産業は50%を超える世界シェアを持っていましたが、現在は10%程度で、最先端技術といわれる2ナノレベルの半導体を生産する技術はありません。

なぜここまで凋落してしまったか。それにはいくつかの理由があると思っています。

■台湾、韓国の後塵を拝している理由

【野原】ひとつは日米半導体協定です。1980年代、日米貿易摩擦が生じ、特に半導体はあまりに日本のシェアが高かったことで、日米半導体協定による貿易規制が強まり、さらには日本国内で海外製半導体のシェア20%を保つよう求められました。

さらには半導体協定によってダンピング防止を理由に、最低価格制度を導入することになりました。当時、日本はメモリ半導体の一種であるDRAMが主力商品でしたが、販売価格の維持を求められている間に、さらに安くDRAMを製造できる韓国、特にサムスンの台頭を許すことになり、日本製半導体は凋落していきました。

【図表1】日本の凋落 ―日本の半導体産業の現状(国際的なシェアの低下)―
「日本シェアはほぼゼロに⁉」という文字が衝撃的な経産省の資料

2つ目はビジネスモデルの変化です。アメリカを中心に、半導体企業は設計を担当するファブレス企業と、製造を担当するファウンドリ企業とで水平分離する潮流が生まれてきたのですが、日本は電機メーカー各社とも、社内で設計から製造までを行う従来のビジネスモデルを続けたため、新しい潮流への対応が遅れました。

3つ目は顧客の不在です。日本が世界の半導体のシェアトップを走っていた頃は、顧客の大半は日本の電機メーカーでした。日本の家電が世界一といわれていたころですから。

しかし電機製品の主力商品がパソコンやスマホに切り替わっていく過程で、半導体の主な顧客は海外メーカーになりましたが、日本の半導体産業は海外の顧客に食い込むことができませんでした。

国内の電機メーカーによるデジタル市場も発展せず、バブル経済崩壊後の長期不況もあり、半導体事業への投資が滞ったのです。

■経産省が失敗と話す「ある政策」

――この間、経産省として半導体事業に対しどのような取り組みがあったのでしょうか。

【野原】半導体の凋落が見え始めた1990年代後半以降、「日本のメーカーの中の半導体部門を複数集めてきて、再編成すればいい」という考えの下、主に日本企業だけで集まったところへ予算を投じる方法でやってきました。

結果としてこの「日の丸連合」は、経済産業省の政策の失敗、と総括できるかもしれません。

――1999年、NECや日立製作所などの半導体部門が合流し「エルピーダメモリ」が生まれました。公的資金活用による300億円の出資を受けましたが、2012年に経営破綻しています。

【野原】当時は投資額、予算額もそれほど多くなく、それゆえに産業界サイドも「本当に重要な研究は自社でやる」といった具合で、互いに牽制し合ったこともあり、なかなかうまくいきませんでした。

「なぜ他にも売るものがあるのに、半導体なんだ」という声もあり、「国を挙げて」という形になりづらかった面があったかもしれません。当時は、半導体を重点的に支援することが必要な理由を説明できる材料を政府側も持ち合わせていなかったのでしょう。

逆に、韓国・台湾・中国は政府がリスクをとって産業投資をしました。補助金を使ってどんどん大規模投資をすること、国内の半導体生産設備の投資や人材育成を行ってきました。

■米中対立で業界が大きく変化した

――そうした中でアメリカの政策転換があったと聞きます。

【野原】オバマ大統領までは、自由貿易を促進し、世界中どこでもグローバルに、ビジネス上、最適な環境にある国が半導体を作ればよく、アメリカはその国から安定的に供給を受ければいいじゃないか、という発想でした。

しかし、トランプ政権登場のあたりから米中対立が明確になり、アメリカの政策が「中国を取り込んで変化させるという従来のエンゲージメント政策は効果が十分でなく、別のアプローチを考える必要がある」という方向へ舵を切りました。

アメリカはIBMなど開発、設計に強い企業は複数あるのですが、製造面は台湾などに頼っています。そこでアメリカは同志国、有志国内でのサプライチェーン再構成を目指すようになりました。

こうした事情が大きく影響し、日米間で半導体協力基本原則を結ぶことになったのです。緊密に連携しながら、互いに足りないところを補完しつつ効率的にサプライチェーン上の弱点をなくしていこうとなったのです。

■いまが復活の最後のチャンス

――こうした状況を経産省の資料では「復活のラストチャンス」と呼んでいますね。

【野原】日本は半導体の素材や製造装置においては、世界市場で高いシェアを占めています。そうした国際競争力が残っているうちに、その強みを足掛かりに復活を目指さないといけないと思っています。ビジネス上合理性があるうちに政策をテコ入れして、反転させないと、日本と一緒に組むメリットがアメリカなど諸外国の企業になくなってしまうので。

世界一の時代を知っている技術者というのももう引退間際になっています。彼らの知見、経験を生かせる時間はもう少ない。

現在、半導体製造のマーケットの中心は、スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器の中核部品であるロジック半導体です。さらに、今後、2050年までに世界のデータ流通量は爆発的に拡大することが見込まれており、大量のデータを日々処理する次世代計算基盤が重要になります。これを支えるのも、高速かつ低消費電力な最先端の半導体です。

こうした先端半導体を作れる技術が国内にないと、素材や製造装置の会社もいずれ顧客のいる海外に出て行ってしまいかねません。

そうなる前に手を打たねばという問題意識が強くあります。ラピダスはそのひとつです。

■寄せ集めの集団ではない

――ラピダスは以前の日の丸連合と何が違うのでしょうか。

【野原】ラピダスはトヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行の8社が総額73億円を出資し、2020年代後半に2ナノ以下の先端半導体の国内製造を目指しています。

今回のラピダスは、「とにかく各社の部門を寄せ集めた」という作りには、元々なっていません。

ラピダス、米IBMと提携
写真=時事通信フォト
記者会見後、撮影に応じる(左から)「ラピダス」の東哲郎会長、小池淳義社長、米IBMのダリオ・ギル上級副社長ら=2022年12月13日午後、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

ラピダスはIBMから「日本とパートナーシップを組みたい」という話が東京エレクトロン元会長の東哲郎さんに持ち掛けられたところから始まっています。

この話を聞いた東さんが「チャンスだ、何とか実現したい」と言って、ウエスタンデジタル日本法人の当時社長だった小池淳義さんに声をかけて、若手の研究者や半導体メーカーのトップエンジニアを集め、議論し、練り上げてきた。いわばスタートアップ企業です。

■これまでの日の丸連合とはまったく違う

【野原】私は2021年10月に現在の職に就き、まずTSMC誘致を担当しました。そしてTSMCの投資決定の発表、支援根拠となる法律の改正、支援を実行できる補正予算の確保が終わるや否や、次はラピダスだ、と2022年1月から、小池さん、東さんはもちろん、IBM側の担当者とも議論を重ねてきました。ラピダス創設と第1弾の政府支援を発表したのは2022年11月ですが、それまでに水面下で様々な準備をしてきました。

今回はこれまでの「船頭多くして……」式の「日の丸半導体」的な集合体ではなく、社長を務める小池さん、会長を務める東さんがグリップを利かせているスタートアップです。

しかもお二人とも、それまでの会社を辞め、退路を断ってラピダスに賭けています。さらにIBMも優秀なスタッフをかなりの数、投入し「ラピダスの立ち上がりまで伴走する」ことになっており、本気度の高さを感じます。

ラピダスを巡る状況というのは、こうしたスタートアップ企業に対し、プロジェクトの趣旨に賛同する企業が出資し、政府も予算をつけて応援しているという格好ですから、かつての「日の丸半導体」企業とはそもそも成り立ちが違います。

■半導体で地域を活性化する

――これからの課題をどう見ていますか。

【野原】とにもかくにも、人材確保が大きな課題です。ラピダスに関しては採用が進んでいますが、日本全体でみると、比較的、設計部分の人材育成に課題があります。さらに、グローバルアライアンスは、IBMやIMECとの連携を具体的に進めていくだけでなく、もっと進めていく必要があります。日本国内で人材育成をしつつも、世界の第一線の人材、あるいは企業とどう、連携するか。ここは忘れてはならない視点です。

九州はかつて、「シリコンバレー」になぞらえて「シリコンアイランド」と呼ばれていました。そこから衰退を経験しましたが、反転攻勢する目は残っています。現に、TSMCの進出後、九州地区で新たに半導体関連の会社80社余りが新規投資を行う計画を発表するなど、活況を呈しています。

うまくいけば、これが地域経済の振興モデルにもなり得ます。実際、九州フィナンシャルグループの試算では、支援決定した補助金の上限4760億円に対して、その9倍の4兆2900億円もの経済効果が今後10年間で生じるとされています。目に見える形で経済効果が生まれれば、第2、第3の事例が生まれるかもしれません。

野原商務情報局長
撮影=桜井修
野原商務情報局長 - 撮影=桜井修

■アメリカは10兆円、日本は2兆円

――ラピダスには国からも700億円の補助金が出されるほか、半導体産業全体ではこの2年で2兆円という予算額が計上されています。しかし各国と比べると少ないのではないでしょうか。

【野原】これは予算制度の違いもあります。アメリカなどは複数年度分を一気に計上しますが、日本の場合は予算単年度主義のため、「10年分を一気に積む」ということにはなかなかなりません。そのため、「アメリカは半導体産業に10兆円の財政支援!」といった数字だけ見てしまうと見劣りするという印象を持たれる方がいらっしゃるかもしれません。

しかし、日本の場合はその都度、進捗(しんちょく)を点検しながら予算措置を講じますので、むしろ一生懸命成果や進捗を示さないと、翌年の予算がつかない事態にもなりえます。その意味では「サボれない」仕組みになっていますので、プラスの面もあります。

ひとつの産業の盛衰には、少なくとも10年はかかります。その間、政策を継続しないと、途中でやめてしまったら成功しません。そのためには、国民の皆さまに現状を知っていただき、危機感を共有いただいて、中長期的に取り組みを継続していくことが大事です。

――「霞が関のミスター半導体」ともいわれる野原さんに対する期待も大きい。

【野原】いやいや、そんなたいしたものではないですよ。半導体政策は、私が一人で取り組んでいるのではありません。情熱を持って取り組んでいる部下や理解のある上司、多くの関係者の協力と貢献によって支えられています。

国民の皆さまの中には厳しいお声があるのは承知しています。経済産業省としても、皆さんの期待を裏切らないように頑張りたいですね。

(経済産業省商務情報政策局長 野原 諭 構成=梶原麻衣子、撮影=桜井修)

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