値上げのためにムダな機能を増やし続けた…世界一だった日本の電機製品が凋落した根本原因
プレジデントオンライン / 2023年3月23日 18時15分
※本稿は、桂幹『日本の電機産業はなぜ凋落したのか』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
■世界が認めた「Made in Japan」
日本の工業製品の形容詞と言えば、高品質、高性能だ。技術大国ニッポンの誇りとして、民間企業のみならず、広く日本社会に浸透しているこだわりだとも言える。「Made in Japan」はそのこだわりの代名詞だった。製品に「Made in Japan」と刻印されていれば、高品質、高性能だと世界中が認めてくれたのだ。
それだけではない。高度成長期の日本製品には、手頃な価格という強みもあった。高品質、高性能にもかかわらず、競合する欧米製品に比べ安価であることが大きな武器だった。ところが、手頃な価格を維持するのは簡単ではない。為替の影響も受けるし、人件費などのコストの上昇もある。いつまでも日本企業が低価格を武器にするのは難しかった。
■「製造」ではなく「モノづくり」にこだわった結果
1990年代の終わりから、企業やマスメディアで「モノづくり」という言葉が流行り始める。「製造」がいつしか「モノづくり」に昇華したのだ。古語から生じたこの言葉には、ある種の神聖性が含まれていた。古来の匠(たくみ)の技を受け継ぐ「モノづくり」こそが日本の製造業の強みであり、繁栄の源だ、との思いが込められていた。
デジタル化が広がる中、製造業には迷いがあったのだろう。アメリカ企業のように自前主義を捨て、水平分業を目指せば、製造現場で働く社員の大量解雇が避けられない。かといって汎用(はんよう)品の大量生産では、韓国や台湾の新興勢力にコストで負けてしまう。
技術大国ニッポンとしてのプライドを引きずりながらたどり着いた先は、高品質、高性能、それに高付加価値こそが日本の製造業の強みだ、とする結論だった。利幅の小さな汎用品を大量生産する「製造」ではなく、利幅の大きな付加価値製品を作る「モノづくり」こそが、日本企業に相応しいと考えたのだ。
■「三高信仰」にハマった日本企業の末路
多くの人が、高付加価値、高品質、高性能な製品であれば、価格が多少高くてもユーザーに今まで通り受け入れてもらえると信じた。いわば“三高信仰”だ。「安くてよいものを作れば必ず売れる」というアナログ時代のドグマ(教条)が、「よいものを作れば必ず売れる」に変わっていた。
実際に三高信仰は日本企業の製品開発に大きな影響を及ぼし始める。各社が目指した高付加価値、高品質、高性能の実態はどうだったのか、一つひとつ見ていこう。
2000年代に多くの電機メーカーが高付加価値製品の開発を目論んだが、成功したと思われる例は少ない。ユーザーにとって本当に有益な付加価値を生み出すのは簡単ではないのだから、半ば当然の結果だった。
例えば、音響機器だ。記録メディアと同様に、携帯音楽プレイヤーやラジカセで圧倒的な力を誇っていた日本企業が、デジタル化とともに迷走を始め、やがて凋落を余儀なくされた製品カテゴリになる。
■アップルのiPodに手も足も出なかった
2001年、アップルは簡単で合法的なダウンロードサービスiTunesと、「1000曲をポケットに」という触れ込みのiPodを世に出した。手軽に音楽を楽しむための新しい手段として、ソフトとハードをセットで提供したのだ。iPodの登場で音楽の録音と再生は一段と簡便になった。新たな簡易化を成し遂げた製品とサービスは、瞬く間に世界中で受け入れられていった。
この時代の日本の音響メーカーも、アップルと同様に付加価値を模索していたのは間違いない。ところが、ユーザーが本当に必要とする価値は見つけられず、実行したのは単なる多機能化だった。例えば当時の人気製品であったミニコンポでは、CDやMDのみならず、USB端子やSDカードスロットを搭載したモデルが現れる。
中には、ハードディスクを搭載し、小さなスクリーンにフォトアルバムを映し出すミニコンポまで現れた。音響製品にもかかわらずだ。高付加価値化によって他社製品との差別化を図りたい、という各社の悪戦苦闘は、ゴチャゴチャといろいろな機能を加えることに留まっていた。
■デジタル化の本質を見誤った
営業の現場からすれば、単なる多機能化でもありがたい話だっただろう。だいたいデキの悪い営業マンほど自らの営業力を棚に上げ、製品に差別化を求めるものだ。
「うちの製品には、他社さんにはない×××の機能が付いていますから」
この言葉は、似たような製品を仕入れたくないバイヤーへの強いアピールになるし、競合品との真正面からの価格競争を避ける言い訳にもなる。もしユーザーが追加した機能を気に入らなければ、そのぶん価格を下げれば邪魔にはならない。多機能化はデジタル化の本質である「画期的な簡易化」からは外れていたが、営業現場のニーズは満たしていた。
過ぎたるは猶及ばざるがごとし、とはよく言ったもので、日本企業が進めた高付加価値化(実質的には多機能化)に形勢を逆転させる力はなかった。日本の音響業界は次第に力を失い、やがて業界再編を余儀なくされる。残された国内のオーディオ市場では、気づけばBOSEやJBLなど、外資系企業が勢力を拡大させていた。
■ユーザーのニーズよりメーカーの都合を優先した
高付加価値化を進めたのは音響製品だけではない。衝撃に強いパソコンや、家の中の映像機器をネットワーク化するブルーレイレコーダー、立体映像が見られる3Dテレビなど、多くの製品にさまざまな付加価値が付けられた。規格製品のため差別化が難しい記録メディアでさえ、TDKは記録面に傷がつきにくい光ディスクを売ったりもした。今にして思えば、付加価値というより、少しでも売価を上げて利幅を稼ごうとするギミック(仕掛け)に過ぎなかったのだが、当事者からすれば真剣だった。
振り返ってみれば、日本企業の高付加価値の実態は、ユーザーのニーズよりメーカーの都合を優先していた感が否めない。それでも日本市場では消費者の日本ブランド信仰に助けられて何とか生き残ったが、海外市場ではまったくと言ってよいほど受け入れてもらえなかった。ユーザーニーズに沿わない機能を加え、その結果コストが上昇して割高になっていたのだから、ヒットしないのも当然だった。
世界の中でユニークな家電製品が溢れる日本市場は、独自の生態系をもつ島になぞらえてガラパゴス市場と呼ばれている。その呼び名には、本流から外れた日本企業を揶揄する意味合いも込められている。高付加価値の名の下に多機能化に走り、「画期的な簡易化」を軽視した日本製品が力を失っていくのは必然的な結果だった。
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元外資系企業役員
1961年、大阪府生まれ。86年、同志社大学卒業後、TDK入社。98年、TDKの米国子会社に出向し、2002年、同社副社長に就任。08年、事業撤退により出向解除、TDKに帰任後退職。同年イメーション社に転職、11年、日本法人の常務取締役に就任も、16年、事業撤退により退職。
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(元外資系企業役員 桂 幹)
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