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「父の遺産700万円が底を突いたら自分は死ぬしかない」餓死覚悟の還暦独身男性が実家売却1億円拒否の理由

プレジデントオンライン / 2023年3月19日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NoSystem images

壮絶ないじめにあった男性(現在61歳)は高2で中退後、ひきこもりがちに。それでも両親に見守られ精神的に安定した40代には清掃業を始め収入を得ていた。ところが、母は病死し、父は要介護状態に。男性は仕事を辞め、人手を借りずに100%自力で自宅介護。父親亡き後、重度のうつに陥ってしまった――。

■仕事を辞め父親の介護に専念…父他界後はうつ状態に

後藤裕さん(仮名・61歳)は、2年前まで80代の父親と二人暮らしをしていた。重度の要介護状態の父親を献身的に介護したが、2年前に他界すると、今度は自分が重度のうつ状態に陥った。家から出られず、食事もまともに取れない状況で、父親が亡くなってから20キロ近くも体重が減ってしまった。

「父親が遺してくれた貯蓄だけでは、自分は生きていけない。だから、死ぬしかないんだ」

後藤さんはずっとそう感じていたという。

大変ながらも、父親の介護が後藤さんの生きる意味になっていたため、父親が亡くなったことが後藤さんをうつ状態に追い詰めたわけだが、心配した近所の人たちの連携で後藤さんは支援団体とつながることができた。

[家族構成]
後藤裕さん(仮名・61歳)
兄弟姉妹はなし

[収入と資産の状況]
収入:0円
年金:年間約80万円(65歳からもらえる予定)
貯蓄:約700万円(父親が遺した分)

■いじめが原因で高校を中退、断続的にひきこもる

後藤さんは高校時代にいじめを受けて、高2の夏休み明けに中退した。その後はひきこもったり、短期のアルバイトをしたりを繰り返してきた。高校時代のいじめでは、自殺未遂をするほど追い詰められてしまったため、ひきこもっている時期も父母は働くことを強要したりはしなかった。

母親は、後藤さんが40代の時に病気で他界。その後は父親と二人暮らしを続けてきた。父子二人の暮らしは穏やかな時間が流れ、精神的に落ち着いてきた後藤さんは、15年前に清掃を請け負う会社で契約社員として働き始めた。人とあまり関わらず、自分のペースで仕事ができる清掃の仕事は、後藤さんの性格に向いていた。元来、まじめな性格であるため、会社では仕事ぶりを認めてもらい、後藤さん自身も「65歳くらいまで、今の会社で働きたい」と思えるようになっていた。

■介護保険を利用せず全力で父親を介護

後藤さんが清掃会社で働いて8年くらいが経った頃、父親が介護の必要な状態になった。介護がスタートしてからも、当初は後藤さんが出かける前に食事を作っておけば、父親は自分で食べることができた。しかし時間の経過とともに一人では食事が取れなくなり、トイレなどの介助も必要になった。

老人ホームで手を握り締めたまま座っている先輩女性のクロップドショット
写真=iStock.com/Goodboy Picture Company
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Goodboy Picture Company

当初の3年くらいは介護保険を利用して、日中はヘルパーの介護を受けていたが、父親はヘルパーに頼ることを嫌がった。他人が家に入ることが気に入らなかったようだ。自分がひきこもっても、見守ってくれていた父親を、後藤さんは自分で介護することに決めた。途中からは後藤さんが、介護のすべてを担うようになった。その結果、清掃の仕事を辞めざるをえなかった。

後藤さんが介護に専念するようになってからは、日常の介護に加え、病院の送り迎えや病院内での受診の受付や待機など、父親の生活のすべてを後藤さんが担ってきた。「入浴やデイサービスなどで介護保険を使ったらどうか?」というケアマネージャーの勧めも聞かず、24時間365日、父親の介護に全精力を注いできた。

5年を超える介護生活は、父親が心臓の病気を悪化させたことで、2年前に終わりを迎えた。父親が亡くなった頃の記憶はほとんどないそうだが、葬式が終わって、家にひとりでいると、たまらないほど寂しさを感じたという。

■近所の人が心配をして支援団体につながった

途中から介護保険を使わなくなっていた後藤さんだが、父親が亡くなった後の後藤さんの生活を、近所の人やケアマネージャーが心配してくれた。ケアマネージャーは「近くに用事があったから」と言って、後藤家を訪問。げっそりと痩せて、焦点の合わない感じで話す後藤さんの様子を見て、自治体に相談を持ち掛けてくれた。

その結果、自治体のほうで支援案として、食材を届けたり、就労のアドバイスをしてくれた。後藤さんの状態から、就労は難しいだろうという判断がなされ、今後は働かない状態で、後藤さんの生活設計について考えなければならないという課題が持ち上がった。

筆者はある支援団体での活動もしているため、「後藤さんの経済状況を確認して、生活設計についてのアドバイスをしてほしい」という依頼を受けることになった。支援団体を通してであれば、後藤さんの相談を無料で繰り返し受けることができる。

後藤さんには、父親が遺してくれた貯蓄が700万円ほどあった。とはいえ、父親が亡くなってからの2年間は仕事をしていないため、毎月10万円くらいずつ減って、後藤さんと面会した時には500万円を切っていた。げっそりとしていたのは、貯蓄が減るのが怖くて食事を摂るのを控えていたかららしい。

当初は、ゆっくりと質問を投げかけても、なかなか反応を示してくれなかった後藤さんだが、何度か面会するうちに、少しずつ不安を口にしてくれるようになった。

■死ぬのはプランではない、生きるために住み替えを

以下は後藤さんと筆者のやり取りの一部である。

【後藤】「今ある貯蓄が底を突いたら、自分は死ぬしかない」

【畠中】「ご実家を売却して、マンションに住み替えれば、おそらく手元に数千万円を残せますよ」

【後藤】「でも、祖父の代から住んでいる家を売ったら、父にも祖父にも申し訳なさすぎます」

【畠中】「お父さまもおじいさまも、後藤さんが餓死するほうがずっと悲しまれると思いますよ」

【後藤】「でも、他の場所に住んだことがないから、新しい場所で暮らせる自信がないんです」

【畠中】「今のままの生活では、貯蓄があと4年くらいしか持たないと思います。今より貯蓄が減ったら、精神的にさらに追い込まれると思いますので、1~2年くらいで住み替えの決断をしたほうが良いと思いますけれど……」

【後藤】「でも、私は人よりたくさんの本を持っていて、それらはできるだけ手放したくないんです。ですが、自分の力では、本をすべて収納できるようなマンションを手に入れることはできないと思います。だとしたら、今の家で餓死したほうがいいんじゃないかなという気がするんですが……」

【畠中】「購入するマンションのエリアを広範囲に広げてもいいのなら、本をすべて収納できるようなマンションを購入することも可能ですよ」

【後藤】「私はマンションで、ひとり暮らしができると思いますか?」

【畠中】「できるか、できないかではなく、後藤さんの場合は、するしかないと思います。住み替えれば、手元資金が増えて精神的に楽になるだけではなく、この先、働くことを考えなくても、生活が成り立ちます。美味しいものを食べたいといった、生活の質を上げるようなことも考えられるようになるかもしれません」

何度も上記のようなやりとりを繰り返し、徐々に住み替えを受け入れてくれるようになってきた後藤さん。そこで、支援団体と付き合いのある不動産会社に、購入を検討できそうな中古分譲マンションの物件リストを作成してもらうことにした。

コーヒーカップ
写真=iStock.com/alvarez
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alvarez

最初に届いた物件リストは、一緒に内容を確認したところ、「築年数が古すぎる」「(マンション内の)戸数が少なすぎる」「角部屋の物件がない」などの理由で、再度、物件リストの作成依頼をすることに。

1回目に受け取った業者の物件リストには、築年数が30年を超えているような物件が多く、後藤さんが80代になる頃には、建て直しの話が具体化してしまう可能性がある。他人と話すことが苦手な後藤さんにとって、建て替えの話し合いが進むと、うつ状態が進行してしまうリスクがある。

また、戸数が少なすぎるマンションは、大規模修繕などの費用が割高になる可能性がある。さらに音に敏感な後藤さんにとって、隣の部屋と接していない部屋がほしいので、角部屋を優先して探してほしいという希望を出した。

■物件の見学は実行できたがうつ状態が悪化して中断に

2度目に届いた物件リストでは、1~2軒、見学してもよさそうな物件があったが、後藤さんが良い顔をしなかったので、もう一度、物件リストの作成を依頼。3度目に届いた物件リストには3軒ほど、後藤さんが興味を示す物件があっていたので、不動産業者に頼んで後藤さんを現地に案内してもらった。

実際に3軒のマンションを見学。その中から気に入る物件が見つかったので、本格的に契約に進めるかと思ったところで、後藤さんのうつ状態が悪化。しばらくは外に出られなくなってしまった。

マンション
写真=iStock.com/inomasa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/inomasa

後藤さんにとっては、展開が早すぎたことが、うつ状態を悪化させる原因になってしまったかもしれない。そのような反省を踏まえて、2~3カ月ほど、住み替えの話は中断することにした。再び物件の見学ができるようになったら連絡を入れてもらい、見学を再開することにした。

結果としては、4カ月くらい経った頃、後藤さんのほうから連絡が入り、「物件の見学をしたい」とのこと。前回見学をして気に入った物件は、既に売却済みだったため、物件探しはやり直しになったが、無事に後藤さんが納得できる物件が見つかった。

■住み替えによって5000万円超の売却代金を残せた

購入先の物件は見つかったが、実家を売却しなければ購入費用を捻出できないため、実家の売却も同じ業者に扱ってもらうことにした。実家のある場所は人気エリアなので、売却については、不動産業者も心配しておらず、こちら側(後藤さん)の希望価格で無事に売却。実家の売却資金で、マンションの購入資金を支払うスケジュールを組んでくれて、無事に実家の売却とマンション購入が実現した。

実家を売却するに当たり、税理士にも相談。買い替え特例などの税制の優遇措置が使えることを確認し、後藤さんは約1億1000万円の売却代金を手にできた。その後、マンションの購入や仲介手数料などで5000万円ほど使ったが、売却と購入の結果、5000万円を超える資金を手元に残すことができた。

今まで住んでいた場所から比べると、都会から離れた感じになるが、広さを確保できたことで、所有していた本をそのまま持ってくることができた。実家の近くでマンション探しをしていた時は、広い部屋を購入するのが難しかったため、「いったん貸倉庫を借りて本を移動させ、ゆっくりと整理、処分をする方法もありますよ」と伝えたが、貸金庫を借りたとしても後藤さんの精神状態では倉庫に頻繁に足を運んで整理することは難しかったと思われる。

新居に移ってから、まだ数カ月しか経っていないため、これからも後藤さんにはいろいろ不安なことが出てきそうである。だが、重度のうつ状態に苦しんでいた後藤さんが、無事に引っ越しを終えられたのは、近所の人やケアマネージャーが心配してくれたこと、そして支援団体の力が極めて大きかったと感じている。

無事に引っ越しを終えた後藤さんには、好きな読書を楽しんで、穏やかに暮らしてほしいと願っている。

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畠中 雅子(はたなか・まさこ)
ファイナンシャルプランナー
「働けない子どものお金を考える会」「高齢期のお金を考える会」主宰。『お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでもどうにかなるってほんとうですか? 親亡き後、子どもが「孤独」と「貧困」にならない生活設計』など著書、監修書は70冊を超える。

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(ファイナンシャルプランナー 畠中 雅子)

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