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悲嘆に暮れる遺族から1億円超を奪う…旧統一教会が認知症疑いの86歳女性を陥れた"とんでもない手口"

プレジデントオンライン / 2023年3月22日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

旧統一教会を巡って悪質な高額献金がたびたび問題となっている。このうち中野容子さん(仮名)は、亡き母が1億円以上を「献金」として不当に奪われたとして、最高裁に損害賠償請求を上告している。どんな手口だったのか。フリージャーナリストの宮原健太さんがリポートする――。

■最初の異変は父が他界したときだった

旧統一教会(世界平和統一家庭連合)を巡る問題はまだ終わっていない。今もなお、教会側と係争中の案件を抱え、苦しんでいる被害者が少なからずいるからだ。

その一例として、母による1億円以上の献金を巡って最高裁に上告中の中野容子さん(仮名)を取り上げる。

神奈川県に住む中野さんが最初に異変に気が付いたのは、14年前(2009年)のこと。長野県の父が亡くなったときだった。

父は金融資産を運用するなどしていて一定の遺産があったはずなのだが、実家暮らしの母に聞くと「全くない」という答えが返ってきた。「どうして?」と聞いても「分からない」と口をつぐむばかり。ただ、このときは「お父さんが株に失敗したのかな」と思い、納得することにした。

■「私が全部寄付しちゃった」1億円以上献金していた

真相が分かるのはその6年後の2015年8月。父の7回忌で家族が集まり、父の思い出話に花を咲かせていたときのことだ。「お父さん、最後は運用に失敗したのかなぁ」。何気なく口にした中野さんに、母から思いもよらない言葉が返ってきた。

「失敗したんじゃないよ。私が全部寄付しちゃった」

「寄付? 何に?」と戸惑いながら問いかけると、親族の紹介で旧統一教会に入り、1億円以上の献金をしていたことが分かった。聞けば、父の財産だけでなく土地まで売ったのだという。

これまで隠していたことを話してせきが切れたのか、母は「こんなにお金に困ったことはない。もう嫌だ」と感情をあらわにし、大きなため息をついた。

困った中野さんが弁護士に会って相談したのは、11月下旬だった。しばらくは返還に向けて教会側と直接交渉をしていたが、向こうは「不起訴合意が成り立っている」と言って応じず、とある文書のコピーを出してきた。母が寄付や献金について「私が自由意思によって行ったもの」として署名、押印したという念書だ。

そこには「返還請求や不法行為を理由とする損害賠償請求など、裁判上・裁判外を含め、一切行わない」という内容や、「寄付等について必ずしも快く思わない私の親族らや相続人らが、後日無用の紛争を起こすことがなきよう、私の意思をここに明らかにする」といったことまでわざわざ書かれていた。

■地裁は「献金は自由意思」と判断

念書の日付は2015年11月1日。まだ中野さんが弁護士に会う前だ。まるで返還を求められることを予測して、先回りをしているかのようだった。

結局、直接交渉ではらちが明かず、母の献金は訴訟にまで発展することとなる。

中野さんは、旧統一教会が「献金しなければ自分も家族も不幸になり、先祖も救われない」などと母の不安をあおり、社会通念から逸脱した違法な献金をさせたとして、約1億8500万円の損害賠償を求めて提訴した。

しかし、法廷でも大きな壁として立ちはだかったのが、この念書だった。

念書を手にする中野さん(仮名)
筆者撮影
念書を手にする中野さん(仮名) - 筆者撮影

東京地裁での裁判の中では、教会側が念書について母に質問したビデオを撮影していたことも明らかに。そこには、「返金請求することになっては断じて嫌だということですね」などという質問に、母が単調に「はい」と答える様子が映っていた。

中野さんたち原告側はこれらについて、「当時、母は86歳と高齢で十分な判断能力がなかった」と訴えた。実際に母は念書を書いた約半年後にアルツハイマー型認知症との診断を受けている。

しかし、2021年、地裁は献金が自由意思によるものだったと判断。2022年7月7日の高裁判決も同様の判断を下し、中野さんは連続で敗訴となった。

「裁判所は悪質献金の問題にきちんと向き合っていないのではないか……」

悔しさとともに怒りがこみ上げた。

だが、この翌日の7月8日。安倍晋三元首相が銃撃を受け、状況は一変する。

■念書は「正当性を裏付けるもの」ではなくなった

銃撃事件によって旧統一教会の問題は国会でも主要な議題となった。12月には旧統一教会被害者救済法が成立。今年1月に施行され、霊感商法などの不安をあおる不当な勧誘行為が禁止、不安を抱かせて行われた寄付を取り消す「取消権」が新たに行使できるようになった。

しかし、残念ながら救済法は施行前の事案には適用されず、中野さんの訴訟は対象外となってしまった。

一方、この救済法に関する議論の中では、この「念書」に関わる問題について、改めて整理された。その結果、これまでの判決とは違う方向で念書が捉えられるようになったのである。

この救済法について解説した消費者庁の資料では、念書について「寄附の返金を求めない旨の念書は、民法上の公序良俗に反するものとして、無効となり得る」と説明。さらには「『返金逃れ』を目的に個人に対して念書を作成させ、又はビデオ撮影をしていること自体が法人等の勧誘の違法性を基礎付ける要素となるとともに、(中略)損害賠償請求が認められやすくなる可能性がある」とまで言い切ったのだ。

つまり、念書の存在は教会側の「正当性を裏付けるもの」ではなく、返金を阻止しようとする「違法性をあぶりだすもの」に変わったと言えるだろう。

■岸田首相「不法行為認定されやすくなる可能性」

中野さんの事例については国会でも取り上げられている。

1月30日の衆議院予算委員会では、立憲民主党の山井和則議員が中野さんの被害状況をパネルで示しながら「返金逃れを目的とした念書は、念書がない場合よりも逆に勧誘行為の不当性が認められやすくなると考えてよいか。念書のみならずビデオ撮影までされた場合は、違法性を基礎付ける要素が加算され不法行為が認められやすくなるか」と岸田文雄首相に質問した。

これに対し、岸田首相は「個別の事案は裁判によって判断される」と前置きをしながらも「損害賠償請求をしないことや返金逃れを目的とした念書の作成、ビデオの撮影、さらにそのような行為を重ねて行っていることが、むしろ法人等の勧誘の違法性を基礎付ける要素となるとともに、民法上の不法行為が認定されやすくなる場合がある」と答弁した。

この答弁内容を踏まえて最高裁が判決を下すならば、地裁、高裁とは違う結果になるのではないか。

■国会の議論に実効性はあるのか

中野さんの損害賠償請求を担当する木村壮弁護士は、政府がこうした考え方を示したことを評価している。

しかし、だからといって楽観視はできない。上告審である最高裁は、さまざまな主張や証拠を取り扱う第一審や控訴審とは違い、法令違反の有無だけを判断する法律審だ。

木村氏は「主張が制限される状況にあるのは苦しい。しかし、法令違反には事実認定の経験則違反もあり、新法解説で重要な経験則が示されたので、これにのっとった判断をしてほしい」と一縷の望みを託す。

中野さんの母は控訴中の2021年7月に91歳で亡くなった。介護施設に入った母は認知症が進み、さらにコロナ禍ということもあり直接の面会ができず、ビデオ通話を通して様子を確認する状況が続いた。十分な意思疎通ができないままに肺炎となってしまったが、それでもこちらの言うことは聞いてくれている気がしていた。「亡くなる前に裁判に勝ったよと言ってあげたかった」と中野さんは悔しさをにじませる。

「私と同じような被害者を出さないためにも、最高裁にはきちんとした判決を下してほしい」。

中野さんと母を翻弄した念書の存在。最高裁がこれまでの地裁、高裁判決を追認するか翻すかは、被害者救済のために費やした国会での議論が実効性を持ったものになるかどうかを端的に表すと言えるだろう。

天国の母の無念に報いることができるかどうか。国会だけでなく司法の場も試されている。

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宮原 健太(みやはら・けんた)
ジャーナリスト
1992年生まれ。2015年に東京大学を卒業し、毎日新聞社に入社。宮崎、福岡で事件記者をした後、政治部で首相官邸や国会、外務省などを取材。自民党の安倍晋三首相や立憲民主党の枝野幸男代表の番記者などを務めた。2023年に独立してフリーで活動。YouTubeチャンネル「記者YouTuber宮原健太」でニュースに関する動画を配信しているほか、「記者VTuberブンヤ新太」ではバーチャルYouTuberとしても活動している。取材過程に参加してもらうオンラインサロンのような新しい報道を実践している。

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(ジャーナリスト 宮原 健太)

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