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なぜ「151キロのフォーク」を投げられるのか…WBC日本代表・山本由伸が語る「常識を変える投球術」とは

プレジデントオンライン / 2023年3月20日 11時15分

豪州戦に先発した山本由伸=2023年3月12日、東京ドーム - 写真=AFP/時事通信フォト

WBC日本代表の山本由伸投手は、プロ野球において史上初となる2年連続の投手5冠を達成している。いったい何がすごいのか。スポーツ・ノンフィクション作家の中島大輔さんは「手先ではなく、身体全体で投げている。ゆえに、彼の球は、他の日本人投手とは違う独特の軌道を描く」という――。

※本稿は、中島大輔『山本由伸 常識を変える投球術』(新潮新書)の一部を再編集したものです――。

■日本一やメジャーは通過点に過ぎない

世界に類を見ないピッチャーになりたい――。

2022年の春季キャンプが始まる5日前の契約更改で、山本由伸が将来的なメジャーリーグ挑戦を直訴した背景にはそうした野心が秘められている。世界に類を見ないピッチャーになるためには、当然、世界基準で物事を考えなければならない。

プロ入り1年目の4月に初めて会ったときから、山本はそうした発想を持っていたとトレーナの矢田修が証言する。

「もちろん今とはレベルが違いましたけど、見ているところには『世界で一番のピッチャー』がありました。だから、そういう基準で話が進んでいきましたよね。今の活躍にそれほど喜ばないのもそんな理由なんです。日本一やメジャーというのは、目指す過程にあるものなので」

世界に類を見ないピッチャーになるために目指しているのは、誰も投げたことがないボールを放ることだ。

■「151キロのフォーク、打てるかー」

実際、山本が投じる球種はどれも独特の色が表れている。例えば、140キロ台後半を計測するフォークだ。

「もともと矢田先生と『150キロのフォークを投げよう』と言っていて、投げられるようになったボールが今のフォークです」

2022年4月2日の北海道日本ハムファイターズ戦で2回二死、6番レナート・ヌニエスに初球で投じたフォークは151キロを計測した。ストレートと同じような軌道で発射され、打者の手元でまさしく消えるようにストーンと落ち、バットは空を斬った。

「151キロのフォーク、打てるかー。初めて見た」

相手チームを率いるBIGBOSSこと新庄剛志監督がそう言い放ったほどだった(同日の日刊スポーツ電子版記事「【日本ハム】新庄ビッグボス『151キロのフォーク、打てるかー』山本由伸に0封負け/一問一答」より)。

■打者の手元で鋭く曲がる変化球

元メジャーリーガーの相手監督が「初めて見た」と言うようなフォークを投げるために、山本には意識していることがある。

「150キロのフォークを目指したというより、ちゃんと力を伝える方向が合った結果として150キロが出て、ちゃんと落差もある程度あってというのが狙いです。150キロのフォークが投げられるようになったのは、正しく投げたからだと思います」

正しく投げるというのは、自身の身体をうまく動かし、ホーム方向に対して力を真っすぐに伝えるということだ。結果、スピードと強さを備えた151キロのフォークが投げられた。

140キロ台後半で変化するカットボールも独特の軌道だ。多くの日本人投手は「高速スライダー」というようにカットボールにも一定の変化量を求める傾向にあるが、山本が投げるのはまさに英語で「Cut fast ball」と言われるような球種だ。

ストレートと同程度のスピードを維持したまま、打者の手元で鋭く横方向に曲がっていく。このカットボールの秘密について、私はたまたま知ることになった。

野球ボール
写真=iStock.com/deepspacedave
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/deepspacedave

■ホームラン王が「打つのは難しい」

2019年に京セラドームでインタビューした際、肘への負担を考慮して、「今スライダーを投げるより、カットボールにしたほうが長く活躍できるという考え方の若手投手を見たことがない」と話を振ると、山本はカットボールについて語り出した。

「しかもそのカットボールも、たぶん投げ方としては全然一般的ではなくて。どう投げているかは言わないですけど。一般的なカットだと前でヒュッてひねるんですけど、それではなくて。そのカットボールより、負担がかからない投げ方を練習しています。今でも本当に求めているカットボールではないので、自由自在にボールが操れるようになりたいです」

説明を聞きながら思い出したのが、西武の山川穂高が話していた内容だ。

「見たことないカットボール。真っすぐに見える。腕の振りもいい。初対戦で、いいところに決まったら、打つのは難しい」2018年5月1日に初めて対戦した際のコメントが、同日配信の「スポーツ報知」電子版で紹介されていた(「【西武】山川、オリ山本に脱帽『見たことないカットボール…』」より)。

山本がカットボールをどうやって投げているのかを知りたくて、山川の「見たことない」という発言を咄嗟に繰り返すと、煙に巻きながらもヒントをくれた。

「一つ言えるなら、あまり手で曲げてないです」

この一言は、後から振り返れば重要なポイントだった。

「『どうやって投げているの?』とよく聞かれるんですけど、『ここをこうして』と教えてあげたとしても、その人の身体ではできなくて。自分の感覚だし、自分がここまでやってきた動作の練習があります。

基本的な動作に見えて、その積み重ねが本当に大事で、それで少しいいカットを投げられるようになったという感じです」

■ストレートも変化球

山本が投げる各球種は、手先ではなく、身体全体で投げているから独特な特徴が表れている。そうした動きをつくり上げるのがBCエクササイズだ。

その前段階がないと、握りやリリースの仕方を聞いただけではプロの投手が投げても同じような変化にはならないのだろう。

独特な軌道を考える上でもう一つのポイントは、「変化球」を概念から見直す必要があることだ。一般的に投手たちが投げる球種は「ストレート」と「変化球」に大別されるが、その境界線はじつは曖昧だ。

カットボールは英語で「Cut fast ball」が正式名称だと先述したが、同じくツーシームは「Two-seam fast ball」で、スプリット=フォークは「Split-finger fast ball」となる。つまり、すべてファストボール=速球を派生させた球種と言えるのだ。

ストレートは日本語で「真っすぐ」や「直球」と訳されるが、英語では「Four-seam fast ball」と言われる。ラプソードやトラックマンなど弾道を追跡するテクノロジーの誕生もあって判明してきたのが、基本的にストレートにはシュート成分とホップ成分が含まれるということだ。見方によっては、ストレートも変化球だと言える。

「山本のストレートはきれいな回転で、まったくシュート回転していませんね」テレビ中継でそう解説した評論家もいたが、半分正解で半分間違いだ。

確かにきれいなバックスピンがかかっている一方、京セラドームの天井から映されたカメラでボールの軌道を見ると、シュート回転しながらキャッチャーミットに吸い込まれていることが明らかにわかる。

つまり、ストレートも変化球と言えるわけだ。

■日本とアメリカの投手の大きな違い

こうした考え方を踏まえ、2022年の春季キャンプ直前に取材した際、改めて山本にカットボールの秘密を尋ねた。

一般的なカットボールの握り方として、ストレートから人差し指と中指を1本分ずつ左にずらしてジャイロ回転を加える方法がある。縫い目がずれることで、ストレートと同じように投げればバックスピンにジャイロ回転という進行方向に向かって螺旋状の回転が少し加わり、打者の手元で急に曲がるような軌道になるのだ。

「なんかあるんですよ。ハハハハ」山本に訊くと、そうかわされた。

握り方自体は「ストレートと同じ」と言うので、おそらくリリースの瞬間に人差し指と中指で変化をつけているのかもしれない。リリース時のジェスチャーを見ると、そんな感じにも想像できた。

カットボールやフォーク、チェンジアップがストレートのような軌道から打者の手元で鋭く曲がる理由は、ボールへの力の伝え方に関係がある。

そう解説するのは、先述したアメリカの独立リーグでプレーする右腕投手の赤沼淳平だ。大学時代からアメリカでプレーしながらMLB球団との契約を目指す赤沼は、日米の大きな違いは変化球の“強弱”にあると説明する。

「一般論として、アメリカの選手は変化球が“強い”です。日本の選手は“弱い”。その違いは投げるときに肘を抜いているか、抜かないかという話です。特に日本では肘を抜いて真っすぐを投げる人が多いじゃないですか。でも、山本由伸投手の球は強いですよね。特にカットが強い。あの人は身体全体を使って投げるじゃないですか。変化球も基本的にストレートと同じ投げ方で、リリースの仕方を変えているだけなんですよ」

■山本の球は「強い」

メジャーの投手は変化球が“強い”というのは、筒香嘉智も話していたことだ。ボールの“強弱”は科学的に解明されているわけではないが、選手たちは対戦する中で確実に感じていて、プロ野球中継でも解説者がよく口にする。

赤沼が言うように、ボールの“強弱”は身体をどのように使って力を伝達するのか、さらに握り方にも関係がある。浅く握ってボールの手前側を指でたたいてリリースするのか、あるいは深く握ってボールの奥をたたくようなイメージで投げるのか。

前者なら“弱く”、後者なら“強く”なる。それが赤沼の説明だった。

「例えば指に物を引っ掛けて放るときに、浅くは握らないですよね。深く握るから遠心力でパーンて投げられる。ボールの手前をたたいたら、変化が緩くなって“スカスカ”になります。だからアメリカのピッチャーは深く握って奥をたたく。ストレートも変化球でも同じことです。リリース時の手首の角度が違うだけですね」

赤沼は立命館高校時代、ボールの手前をたたいていた。指先で器用に変化をかけようとしていた一方、球は弱かった。アメリカに渡り、そうした球質では屈強な打者たちに通用しないことがわかった。

そこで徹底したのがウエイトトレーニングでパワーアップを図り、身体動作の感覚を高めることだった。

「もともと僕は胸郭の動きが悪かったので、腕を動かすしかありませんでした。でも胸郭が動けば、スポンと身体全体で投げられるので別に腕は動かす必要がない。ごちゃごちゃ腕で投げるから、ボールが指に引っかかるわけです」

ピッチングは、腕の力に頼って行うわけではない。身体全体を使って力を生み出し、それを腕や指でボールにうまく伝えていく。結果、強い球を投げることができる。山本が投げる各球種には、そうした特徴が見て取れる。

■「曲げる」よりも「勢い」のほうが大事

彼にカットボールの質問を改めてした際の反応を前述したが、直後、矢田が助け船を出してくれた。

「明らかに言えることは、ボールは勢いがないと変化しないです。曲げようと思っても曲がらないんです。だから彼のボールは勢いがあることは間違いない。でも、その主従関係で言うと、曲がることをやろうとするピッチャーが多いけど、『勢いがある』を先に持ってこようとするピッチャーは、特に変化球においてはいないんですよ。そこだけで言うと、常識外れですよね」

中島大輔『山本由伸 常識を変える投球術』(新潮新書)
中島大輔『山本由伸 常識を変える投球術』(新潮新書)

ストレートも変化球の一種であり、カットボールやツーシーム、スプリットはストレートの派生系だ。さらに、ボールは投げ方によって“強弱”が変わってくる。赤沼の解説を踏まえると、矢田の説明は腑に落ちた。

つまり山本の変化球が日本人投手たちの中で独特な特徴を持つのは、ファストボールをいかに派生させていくかという発想から生まれているわけである。

海の向こうに目をやると、ゲリット・コール(現ニューヨーク・ヤンキース)やマックス・シャーザー(現メッツ)というメジャートップの剛腕投手たちはそうした発想で変化球を投げていると考えられる。

彼らが投じるスライダーは、日本ならカットボールと分類されそうなほど“強い”ボールだ。山本の発想も同じだ。

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中島 大輔(なかじま・だいすけ)
スポーツ・ノンフィクション作家
1979年埼玉県生まれ。上智大学卒。著書『中南米野球はなぜ強いのか』で第二十八回ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。他の著書に『野球消滅』『プロ野球 FA宣言の闇』など。プロからアマチュアまで野球界を広く取材している。

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(スポーツ・ノンフィクション作家 中島 大輔)

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