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なぜジャニー喜多川氏の性加害を日本メディアは黙殺するのか…英BBCからの取材に私が話したこと

プレジデントオンライン / 2023年3月17日 20時15分

画像=BBC番組公式ページキャプチャ

■「『これを我慢しないと売れないから』と」

「ジャニー喜多川氏は死んでもメディアや警察に守られている」

イギリスの公共放送BBCのチャンネル「BBC Two」が3月7日午後9時(現地時間)のゴールデンタイムに放送した、『Predator:The Secret Scandal of J-Pop(プレデター Jポップの秘密のスキャンダル)』の中でレポーターはこういった。

プレデターというのは「捕食者」、「(金銭的または性的に)人を食いものにするやつ」(『新英和中辞典』、研究社)の意味である。

ここで名指しされている人物は2019年に死去したジャニーズ事務所創業者のジャニー喜多川氏(享年87)。

「ジャニーズのアイドルがメディアを席巻し、街を歩けば、至るところに、グッズ、広告などあらゆる姿で存在している様子を映し出す。そして、レポーターはこう切り出した。

〈しかし、何十年もの間、ジャニー喜多川にはある疑惑がつきまとっていました。事務所に所属する少年たちに、性的虐待を加えていたという疑惑です〉」(『週刊文春』3月16日号)

番組には被害を受けた元ジャニーズJr.の男性3人が、顔を出して登場している。

画面いっぱいに映る黒ぶち眼鏡にマスク姿の男性。俯(うつむ)きながらこう声を絞り出している。

「戻ってきた時には多分、顔は……。(声を詰まらせて)ちょっとごめんなさい。(顔は)おかしかったと思うので。皆には夢が壊れたとか、そんな感じで言って、その後に何人かが、『これを我慢しないと売れないから』と」(同)

■風呂場で上着を脱がされ、ズボンに手がかかり…

この男性は30年以上前にジュニアだったハヤシ氏(仮名)で、彼は15歳の時にオーディションに合格したという。

「初めてのレッスンの日、“合宿所”と呼ばれるジャニー氏の自宅マンションに招かれた。

そこで他のジュニアたちと遊んでいると、ジャニー氏から、『お風呂に入っておいでよ』と声がかかったという。

風呂場に行くと、ジャニー氏がバスタブにお湯を張ってくれた。

『上着を脱がせてくれて、そこまではまだ親切だなと思っていたんですが、ズボンに手がかかって、自分で脱げますと言ったときに、無言だったんですね。それがすごい恐怖心で。そのまんま何もできず、ズボン脱がされ、パンツ脱がされ、靴下脱がされ。ジャニーさんはお風呂に入らない、洋服も着てますけど。僕一人お風呂に入れられて全身洗われて、お人形さんみたいに』

その夜、ハヤシ氏はジャニー氏に夜通しマッサージをされたという。別の日にはジャニー氏から、『口でされた』とも明かした」(同)

ハヤシ氏はインタビューの最後にこういった。

「売れてる人に限っては、ジャニーさんのおかげで、入った瞬間から人生が変わっていると思うので、感謝の気持ちは皆さん一杯あると思うんですけど。感謝の気持ちと、性犯罪は別なんだと思うんです」

■私に届いたBBCからの取材依頼

レポーターのモビーン・アザー氏は『文春』に対して、こう答えている。

「取材中、彼は突然泣き始めました。ごめんなさい、ごめんなさいと謝り続けたんです。ハヤシさんや発言した人たちには、何も謝る必要はなく、恥ずかしいことは何もないと、ここで明言したい。沈黙を打ち破り、体験を伝えてくれる人々の勇気がなければ、この番組は成り立たなかった」

彼らの勇気ある発言があってこそ、ジャニー喜多川氏の少年たちへの「性虐待」を、世界で初めて取り上げたテレビ番組になったのである。

実は、私は1年以上前からBBCのプロデューサーから協力を頼まれ、無い知恵を絞って、多少の協力をしてきた人間の一人である。

BBCのプロデューサー、ナンシー・ロバーツ氏から以下のようなメールをもらったのは、2022年3月3日だった。

1時間番組を制作することになり、そのための取材に着手したところです。喜多川氏による性虐待は、歴史上もっとも重大な事件の一つであるとみています。2019年の喜多川氏の死と世界的に広がる#MeToo運動、米ハリウッドの巨匠ハーヴィー・ワインスタイン(原文のママ)の有罪判決も重なって、今まさにこの問題について再検証するべきだと考えています。放送は2022年後半を目指しています。撮影自体は2022年夏頃になる見込みです。

■カメラの前で話してくれる証言者を探していた

この件に関して何らかの情報を共有してくださる方や、インタビューを受けてくださる関係者の方にご連絡しています。そこで、元木様とお電話・テレビ電話で、お話をお聞きすることはできないでしょうか? 私どものリサーチ中に、『プレジデント』に掲載された元木様の記事を拝見しました。元木様の記事の内容がとても興味深く、日本のメディア内でもこの事件について取り上げている数少ないレポートであり、お話を伺うことができれば幸いです。
ご協力のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

彼女が読んだプレジデントオンラインの記事とは、2019年7月23日に掲載された〈ジャニーズの暗部に触れないメディアの罪〉であろう。

何度かのメールのやりとりの後、テレビ電話でロバーツ氏と話したのは、5月13日の夕刻だった。

彼女は流暢な日本語を話した。

ロバーツ氏によれば、だいぶ前からジャニー喜多川氏について取り上げようと考えてきたという。

参考になる告発本は全部読み込んでいた。だが、実際、カメラの前で話してくれる証言者を見つけることが思いのほか難航したようで、コロナ禍もあって延びてしまったが、今回を逃すとできなくなると考え、取材を開始したそうだ。

■なぜ日本を代表する出版社が圧力に屈したのか

彼女が関心を持ったのは、私が『週刊現代』時代にジャニー喜多川氏の性癖について初めて取り上げた1981年4月30日号の、「『たのきんトリオ』で大当たり 喜多川姉弟の異能」という記事。

そのためにジャニーズ事務所から「講談社の雑誌にはうちのタレントを出さない」と通告され、会社側は事務所側に屈服して、私は『婦人倶楽部』編集部に突然異動させられてしまった。

なぜ、日本を代表する出版社が、一芸能プロの圧力に屈してしまったのか。社内で問題にならなかったのか。なぜ、他のマスコミはこの件を取り上げなかったのか。ロバーツ氏は矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。

私は、日本の総合出版社というのは、ジャーナリズムを扱う雑誌はほとんどなくて、少年少女向けの雑誌やマンガ、女性誌がドル箱のため、どうしても時代の人気アイドルを使わざるを得ない“弱味”がある。そこを突かれたため和解せざるをえなかったのだと説明した。

しかし、このことでジャニーズ事務所は、テレビはもちろんのこと、出版社もこの手で操れると考え、それが延々続いてきたのだ。

『週刊文春』がジャニー喜多川氏の性加害問題を取り上げる1999年10月まで、20年近くこの問題は、マスコミでタブーになってきた。しかし、『文春』が報じた後も、新聞、テレビはもちろんのこと、他社の週刊誌もこの問題を取り上げることはほとんどなかった。

新聞と雑誌スタンド
写真=iStock.com/shaun
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shaun

■取材で彼女から投げかけられた“難問”

このようなことを昨年8月31日、池袋のジュンク堂書店でインタビュアーを相手に1時間近く話したが、顔がテレビ向きではないと判断されたのだろう、カットされてしまった。

ロバーツ氏とは2人とも見ていた、日本でもネットフリックスで配信されている歌手マイケル・ジャクソンの幼児性的虐待疑惑に迫ったドキュメンタリー『Leaving Neverland(邦題:ネバーランドにさよならを)』(日本では2019年6月配信開始)の話にもなった。

これは、ドキュメンタリーではなくフェイクドキュメンタリーだという批判もあるが、私が見た限りでは、幼い頃にマイケルから性的虐待を受けたとする男性2人が、赤裸々に当時のことを語っている衝撃的なものである。

ロバーツ氏も、ジャニー喜多川氏に性的虐待を受けた男性の告白が取りたい、そうすれば、すごいドキュメンタリーになるといった。

さらに彼女から、日本では男性から性的虐待を受けた被害者が、なぜ、声を上げないのかと聞かれた。

これは難問だ。伊藤詩織さんの例を持ち出すまでもなく、女性が男性から性的被害を受けたと自ら声を上げることも日本では難しい。ハリウッドでは大物プロデューサーのワインスタインのセクハラを、多くの女優たちが告発し、#MeToo運動へと広がっていったが、日本ではこの運動はまだまだ広がりを見せてはいない。

■性をタブー視する空気、ファンからの反応…

性をタブー視する空気がこの国では強いのと、被害者側にも非があったのではないかなどという心ない発言をする文化人や政治家までいる。

ましてや、10代半ばの男が、いくら年上とはいえ、性的虐待を受けたといい出すのは、日本的風土の中では難しい空気がある。

「なぜ逃げなかったのか」「合意の上だったのではないか」などと批判されることもあるし、肉親から、「世間体が悪い。私たちが恥ずかしい思いをする」という声も出る。

アイドルとして人気があるのに、そんなことを告白したら、ファンの女の子たちが離れていってしまうという恐怖感も当然ある。

それらがないまぜになって、これまで、ジャニーズ事務所のアイドルたち、とくに売れっ子たちは、スターの座を投げ捨ててもジャニー喜多川氏に虐待を受けたことを漏らす人間が出てこなかったのだろう。

そんな中でも勇気をふるって告白した元フォーリーブスの北公次のような人間もいた。『さらば‼光GENJIへ』(データハウス)という本を何冊も出し、自らの恥部をさらけ出したのだが、新聞はもちろんのこと、テレビも大手出版社から出している週刊誌もほとんど大きく扱うことはなく、メディアに守られて喜多川氏の性的虐待問題は、闇から闇に葬られてきたのである。

■日本のメディアの責任は重大だ

『文春』は、「ジャニー氏の行為は、青少年健全育成条例や、刑法の強制わいせつ罪や準強制わいせつ罪に抵触する可能性もあった」と書いているが、被害を受けた人間たちが訴えたら、間違いなく強制わいせつ罪になったケースはあったはずである。

ワインスタインは、スターへの切符となる映画のキャスティング権を握っていることが、性加害に至る権力の源泉になった。「俺のいうことを聞けば、いい役を与えてやる」というエサを見せ、女優たちを思いのままに性的蹂躙をしてきたのである。

ジャニー喜多川氏も、いうことを聞けばスターにしてやる、舞台の中央に立たせてやるという言葉で、相手を黙らせてきたのだ。

ロバーツ氏と一致したのは、日本のメディアの責任が重大だということだった。

ジャニー喜多川氏の自社タレントたちへの性的虐待については、芸能マスコミだけではなく、大手新聞もテレビも気がついていたのは間違いない。

だが、日本の大新聞は傘下にテレビ局を持っている。そのため、ジャニーズ事務所の機嫌を損なうと、事務所のタレントたちが自局の番組に出てくれなくなると考えたのであろう。この問題に真剣に取り組んだ新聞、テレビは一つもなかった。

『文春』のキャンペーンに対して、1999年11月、ジャニー喜多川氏と事務所は、『文春』を発行している文藝春秋に対して、名誉毀損(きそん)の損害賠償を求めて提訴した。

■性的虐待が認定された後も繰り返していた

審理では、ジャニー氏本人や記事で証言した少年2人も出廷している。一審は文春側が敗訴したが、東京高裁では、ジャニー氏が所属タレントにセクハラ行為をしているという記述を認め、ジャニー氏の性的虐待を認定して、名誉毀損には当たらないとしたのである。

ここで決め手になったのが、ジャニー氏が法廷で、「(法廷に出てきた)彼たちはうその証言をしたということを、僕は明確には言い難いです」と述べたことだった。

2004年に高裁判決が確定したが、それを大きく報じる日本のメディアはなかった。

『文春』が連載中も唯一、ニューヨーク・タイムズ(2000年1月30日付)が「陰りゆく、日本のスターメイカー」との見出しを付けて報じただけだった。

しかし、自分の性的虐待が裁判で認定された後も、ジャニー喜多川氏はまだ同じことを繰り返していたのである。

リュウ氏がBBCの中で告白しているのだ。彼は現在31歳で、16歳ごろの話だというから、2007年から08年ごろのことである。ジャニー喜多川氏からマッサージをしてあげるといわれた。だがジャニー氏の手は肩からどんどん下がっていった。しかしリュウ氏は断る勇気を持っていた。

するとジャニー氏は、「ごめんね」といって他の部屋に行ったという。

■被害者が「大したことではなかった」と話す現実

日本の主要メディアが、ジャニー喜多川氏の性的虐待を報じていたら、彼が再び少年に手を出すことはなかったのではないか。

性的虐待問題を『文春』以外の他のメディアが真っ当に報じていれば、さらなる被害者を出さずに済んだはずである。

判決確定から19年たって、初めてテレビでジャニー氏の性的虐待を放映したのも、日本のメディアではなく、イギリスのメディアであった。

しかも、BBCが報道したことさえも、『文春』や『日刊ゲンダイ』、『フライデー』以外に報じる日本のメディアはほとんどなかったのである。

さらに不思議なことがあると、番組でレポートしたモビーン・アザー氏はいっている。

「最もショックを受けたのは、ジャニー氏の不適切な行為を経験した人たちが、『大したことではなかった』と言っていたことです。フランス語で『ブラゼー』と言いますが、『まぁまぁ、わかったよ。起こってしまったこと、そんなに悪いことじゃなかったよ』という態度です。これは自己防衛本能ではないかと思っています」(同)

担当記者も、

「性被害を打ち明けてくれた少年の中には、『ジャニーさんはすごく良い人だった』と言う方もいました。法廷で証言してくれた少年も、裁判官からジャニー氏に伝えたいことはと問われ、『ジャニーさん、長生きしてよ』と語ったそうです」(同)

遠ざかる橋の上に立つヒップスターの男
写真=iStock.com/finwal
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/finwal

■事務所も、テレビ・大手紙も取材を拒否

こうした心理を、性犯罪の被害者支援に携わる川本瑞紀弁護士はこう解説する。

「性被害に遭っても、なかなか認められないことも多い。それは自分を無条件に肯定してくれた人が、性行為だけが目的だと信じたら、自分が壊れてしまうから。だから認めたくないのだと考えられます」(同)

番組を作るうえで、ジャニーズ事務所の取材は当然だが欠かせない。BBCの取材班は事務所まで乗り込んだそうだが、取材はできなかったという。

メグミ・インマン氏がこう話す。

「日本のエンターテインメント界で、ここまで力を持つ会社が取材を受けないことにとても驚きました。少年の性被害という重大な問題について聞いているわけですから、説明する責任があるはずです」

それは日本の大手メディアも同じだった。

BBCは、公共・民間放送、新聞に取材をしたが、

「完全な無視か、丁寧な拒否でした。『ご関心をお寄せ頂き有難うございます。ただ私たちは関与したくはありません』というもの。取材に応じたのはゼロ」(アザー氏)

■彼は守られるに値する人間だったのか

何十年も続いてきた、ジャニーズタレントたちへの性的虐待を、見て見ぬふりをしてきた日本のジャーナリズムの責任は重いはずだ。

外国のメディアがここまで掘り下げて取材し、ジャニーズ事務所の社長であった人間の責任を追及しているのに、事務所もメディアも、それには答えず逃げてしまった。

3月18日、19日には日本でもBBCワールドニュース枠で放映することが決まったという。

「日本では芸能人の話、単なるスキャンダルと受け止められてしまうかもしれません。でも、これは50年以上続いた少年に対する性虐待のシステムの事件です。スキャンダルではなく、事件なのです」(インマン氏)

この国で字幕付きで放送された後も、メディアが沈黙を守るとしたら。ジャニーズのアイドルたちの中から、自分も虐待を受けていたと告白する人間が誰も出てこないとすれば。

BBCのレポーターがいっているように「喜多川は死んでも守られている」ことになるのだろう。

ジャニー喜多川という人間は守られるに値する人間だったのか。改めてメディアが、日本人が問われることになるはずである。

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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