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法的根拠が曖昧で気球すら撃ち落とせない…東大名誉教授が「自衛隊では日本を守れない」と断言する理由

プレジデントオンライン / 2023年3月24日 10時15分

米軍はF22戦闘機を出動させ、ミサイルで気球を撃墜した(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Naeblys

なぜ日本は中国の気球を撃墜できなかったのか。東京大学名誉教授の井上達夫さんは「気球撃墜の法的根拠があいまいだったからだ。憲法9条で戦力の保有と行使を禁止しているため、戦力を統制する国内法体系を日本は持っていない」という――。(前編/全2回)

■撃墜の法的根拠は存在するのか?

米国国防総省の報道官が、中国の気球が領空内に入ったと公表したのが2月2日。その後2月4日に、米軍はF22戦闘機を出動させ、ミサイルで気球を撃墜した。

この「中国気球撃墜事件」を受け、日本政府は自衛隊の武器使用基準を緩和することを検討している。日本の領空内に入った気球を撃墜するための法的根拠を用意するということだ。

逆に言えば、現状、自衛隊は気球すら撃墜できるかどうかおぼつかないのである。

なぜか。気球問題について言えば、「自衛隊法に明確な規定がないから」だ。

■「外国航空機の領域侵犯」では撃墜できない

政府は外国航空機の領域侵犯に関する自衛隊法84条の解釈運用で、気球問題に対応する姿勢を示した。ただ、これは無理筋だ。

84条でできるのは「自衛隊の部隊に対し、これ(侵入機)を着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせること」(自衛隊法84条)だけで、撃墜はできない。「上空から退去」とは、巨大な無人の気球に網でもかけて引っ張ってゆくつもりなのだろうか?

撃墜の法的根拠になりうるのは、弾道ミサイル等に対する破壊措置を定めた自衛隊法82条の3だ。

同条は「弾道ミサイル等」を「弾道ミサイルその他その落下により人命又は財産に対する重大な被害が生じると認められる物体であって航空機以外のものをいう」(自衛隊法82条の3)と定義している。

■岸田政権にはあきれるしかない

この定義に該当するものに対して防衛大臣は自衛隊に「上空において破壊する措置をとるべき旨を命ずることができる」(自衛隊法82条の3)と定めている。

気球が「その落下により人命又は財産に対する重大な被害が生じると認められる物体」(自衛隊法82条の3)と言えるかどうかがポイントだが、意見は分かれるだろう。

いずれにせよ、「気球撃墜の根拠として使えそうな条文」すらよく分かっていない岸田政権にはあきれるしかない。

岸田政権は日本を守れるのか(2016年11月6日、沖縄・那覇市の航空自衛隊那覇基地にて)
写真=時事通信フォト
岸田政権は日本を守れるのか(2016年11月6日、沖縄・那覇市の航空自衛隊那覇基地にて) - 写真=時事通信フォト

■自民党も野党も嘘を言っている

「気球騒ぎ」は、日本の安全保障体制の根本的欠陥から目をそらさせるものだ。

気球のような「ファジーなもの」ではなく、外国の戦闘機・戦艦・戦闘兵が日本に軍事侵攻したとき、自衛隊は本当に日本を防衛するための武力行使をしっかりできるのか。

「できない」というのが私の答えだ。

これまでの自民党政権・自公政権は「できる」と言い続けてきた。

野党も、なんと自衛隊違憲論に立つはずの共産党ですら、いまや、日本防衛のために自衛隊を使えると言って恥じない。

しかし、彼らは嘘を言っている。

いかに「解釈改憲」や「違憲だけど政治的にOK」という御都合主義でごまかそうと、あるいは9条を温存し自衛隊を明記するだけの「安倍加憲」的改憲でお茶を濁そうと、憲法9条がある限り、「自衛隊はしっかり日本を防衛できる」とは到底言えない。

なぜそうなのか、本当の理由が十分理解されていないので、ここで説明しよう。

■「自衛隊は警察力だ」という嘘

「自衛隊は軍事力ではなく警察力だから合憲だ」とよく主張される。

その根拠にされるのが「ポジティブリスト」「ネガティブリスト」の区別だ。

原則的に武力行使を禁じ、一定の列挙された場合に例外的に許容するのがポジティブリストによる統制である。

逆に、原則的に武力行使を許容し、一定の列挙された場合に例外的に禁じるのがネガティブリストによる統制だ。

簡単に言うと、ポジティブリストは「法律が、できるのはこれだけだとしていることのリスト」、ネガティブリストは「法律が、できないのはこれだけだとしていることのリスト」である。

武力行使に関し、警察はポジティブリストで統制され、リストにあること以外はできない。それに対し、軍隊は、ネガティブリストで統制され、リストにあることは絶対にやってはいけないが、それ以外はできる

軍隊の交戦行動のネガティブリストを定めているのが「戦時国際法」である。

非戦闘員・民間施設に対する無差別攻撃の禁止、降伏した捕虜の殺害・虐待の禁止、中立国への攻撃の禁止などが戦時国際法によって規定されている。

これらの禁止項目に該当しない限り、武力行使は許される。

■「警察同様の厳しい規制」が自衛隊の手足を縛る

自衛隊は警察と同様、ポジティブリストで統制されているから、軍隊ではないとする合憲論が存在する。

この主張は後に触れるように嘘であるが、仮に真だとしても、自衛隊は「法的な束縛が強すぎて使えない実力組織」になってしまい、日本をしっかり守ることなどできなくなる。

警察は、取り締まり対象者が暴力的・破壊的行動を実行し、武器使用しないと警官や第三者の被害を回避できないとみなされるごく限られた場合しか武器使用できない。

「警察同様の厳しい規制」が自衛隊の手足を縛る
写真=iStock.com/Takosan
「警察同様の厳しい規制」が自衛隊の手足を縛る(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Takosan

だが、軍事侵攻に対し自国を防衛する軍隊は、相手がこちらに気付かず通り過ぎてしまう場合でも先制攻撃をかけて撃滅できるし、そうすべきだ。

軍隊を警察と同様にポジティブリストで統制するなら、侵略軍を実効的に撃退することなどできない。だからこそ、国際法は自衛戦争を合法化すると同時に、自衛のための武力行使はネガティブリストで統制している。

「自衛隊は警察同様に規制されているから合憲」などという欺瞞に満ちた主張が、自衛隊から実効性のある防衛能力を奪ってしまう。

■防衛出動時の自衛隊は「普通の軍隊」

そもそも、自衛隊は警察で、軍隊ではないというのは、嘘である。

自衛隊の武装出動には、「治安出動」と「防衛出動」の2種類がある。

「治安出動」とは国内での暴動鎮圧などにおいて、警察を補完するための出動だ。この場合、自衛隊は警察力として使われるので警察と同様にポジティブリスト的統制に服する。

一方、国防上の有事に自衛隊が出動するのが「防衛出動」である。自衛隊法76条に基づき、首相が防衛出動命令を出す。

防衛出動命令が出されると、自衛隊法88条1項で「自衛隊は、わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる」とされており、自衛隊の武力行使が原則的に許容される。

同条2項が「前項の武力行使に際しては、国際の法規及び慣例によるべき場合にあってはこれを遵守し、かつ、事態に応じ合理的に必要と判断される限度をこえてはならない」と定めている。

この「国際の法規及び慣例」とは、先に触れた「戦時国際法のネガティブリスト的制約」を指している。

要するに、自衛隊は防衛出動においては「普通の軍隊」として運用されるのだ。

■日本には軍法体系が存在しない

しかし、「普通の軍隊」には、「軍法」が必要だ。

自衛隊法88条2項は「戦時国際法を守れ」と定めているが、万が一、自衛隊がそれに違反するような武力行使を行った場合、それは国内的軍法体系(交戦法規とそれを適用する軍事司法制度)によって裁かれる必要がある。

だが、この軍法体系が日本に存在しないのだ。

単に存在しないのではなく、存在できない。

憲法9条が「戦力の保持」と「交戦権」を否認している以上、「戦力=軍事力」とその行使を統制するための国内法体系を持つことができないからだ。

ここに日本の安全保障体制の根本的な欠陥がある。

(後編に続く)

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井上 達夫(いのうえ・たつお)
法哲学者・東京大学名誉教授
1954年、大阪府生まれ。法哲学専攻。ハーバード大学哲学科客員研究員、ニューヨーク大学法科大学院客員教授、ボン大学ヨーロッパ統合研究所上級研究員、日本法哲学会理事長、日本学術会議会員等を歴任。『共生の作法』(創文社)でサントリー学芸賞、『法という企て』(東京大学出版会)で和辻哲郎文化賞を受賞。主な著書に『ウクライナ戦争と向きあう』(信山社)、『立憲主義という企て』(東京大学出版会)、『世界正義論』(筑摩書房)、『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』(毎日新聞出版)など、『脱属国論』(毎日新聞出版、共著)など。

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(法哲学者・東京大学名誉教授 井上 達夫)

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