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身を守るための反撃すらできない…平和維持活動に携わった自衛隊員2人は、なぜ帰国後に自殺したのか

プレジデントオンライン / 2023年3月24日 10時15分

「自衛隊は戦力ではない」は本当なのか(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/viper-zero

有事の際、自衛隊は本当に戦えるのだろうか。東京大学名誉教授の井上達夫さんは「憲法9条2項で戦力保有と交戦権行使を禁止しているため、自衛隊は交戦しないという建前に縛られ、交戦行動を統制する法体系もない。その結果、自衛隊は危なすぎて使えない軍隊になる一方、自衛隊員は身を守るための反撃すらできない。それは自衛隊員に精神的な負担を強いている」という――。(後編/全2回)

(前編から続く)

■憲法9条は戦力の保有と行使を禁止している

憲法9条1項は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定めている。

パリ不戦条約をまねたこの文言は、自衛のための戦力の保有と行使は禁じていないと解するのが通説だ。

自衛戦力の保有・行使の禁止の根拠とみなされているのは、以下の9条2項である。

「前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」(日本国憲法9条2項)

■「自衛隊は合憲」は苦しい

「前項の目的を達成するため」という冒頭の文言が、2項も1項と同様、自衛戦力の保有・行使を認めていることを意味するという「芦田修正説」もある。

ただ、制憲会議たる帝国議会の場で、当時の吉田茂首相が「自衛のための軍隊も持たないという趣旨だ」と明言している。そのため、筋悪の議論であり、歴代政権もこれを斥けている。

歴代政権の自衛隊合憲論の根拠は「自衛隊は戦力ではないし、その防衛行動は交戦権行使ではない」とする主張だ。「自衛隊は警察力」という論もその派生物だ。

■「ないはずの戦力」を統制することはできない

「自衛隊は憲法と法律でがんじがらめに縛られている」と思う人も多いだろう。

しかし、真実はその逆だ。

憲法9条2項があるために、自衛隊をきちんと統制することができないのである。

日本国憲法は「戦力統制規範」を定めておらず、また定められない。

「戦力統制規範」とは、文民統制、国会事前承認、軍法根拠規定(交戦法規立法・軍事司法制度設置の授権規定)など、軍事力の濫用を制御するための規定である。

憲法9条が「戦力は保持しない、交戦権は認めない」と明言しているのに、ないはずの戦力を統制し、しないはずの交戦行動を統制する法体系を定めるのは、論理的に不可能だ。

■自衛隊は危なすぎて使えない

その結果、きわめて危険な状況が放置されている。

自衛隊の武力が、自衛目的を超えて濫用される危険性を、日本の法体系は実効的に抑止できていない。

また、自衛隊の武力行使を戦時国際法の交戦法規にしたがって統制する国内法体系も欠損している。

自衛隊は「法的統制がきつすぎて使えない軍隊」なのではない。

むしろ、安全装置がなく暴発をコントロールできない拳銃のように、「危なすぎて使えない軍隊」なのである。

自衛隊は危なすぎて使えない
写真=iStock.com/Josiah S
自衛隊は危なすぎて使えない(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Josiah S

■憲法9条は日本を「危険な軍事国家」にしている

グローバル・ファイヤーパワーが発表している2023年の「世界軍事力ランキング」で、日本は8位にランクされている。つまり、日本は世界有数の軍事力だと評価されている。

しかし、その自衛隊は「危なすぎて使えない軍隊」のまま放置されている。

その上、「敵地攻撃」までが検討されている。これは日本国民にとって破滅的な危険を孕むだけでなく、国際社会に対しても無責任きわまる妄動である。

「憲法9条を改正したら日本は軍国主義に戻る」などと「護憲派」は主張している。しかし、これは大嘘だ。憲法9条こそ、現在の日本を、軍事力の濫用を防げない「危険な軍事国家」にしている。

■自民党改憲案でも問題は同じ

憲法9条を温存し、自衛隊明記だけ加える「安倍改憲案」を踏襲した現在の自民党改憲案でも、根本的問題は何ら解決されない。

日本の安全保障体制の欠陥を是正するには、最低限、9条2項の明文改正が必要だ。

その際は、自衛のための戦力の保有と行使を憲法に明記し、文民統制・国会事前承認・軍法根拠規定などの戦力統制規範を盛り込むことが必須だろう。

■自衛隊員が危険にさらされている

こうした日本の現状は、日本国民と国際社会を危険にさらすだけでなく、自衛隊員の身を危険に追いやっている。

法的統制がないなら、自衛隊は自由に武力行使できると思うかもしれないが、大間違いだ。

普通の国の軍隊であれば、国内軍法体系によって軍隊を統制している。そのため、一定の例外的禁止事項さえ守れば、軍隊は戦闘で殺傷行為をしても免責されることが法的に保障されている。

つまり、戦場で相手の兵士を殺傷しても、それによって罪に問われることはない。

しかし、日本にはそうした軍法体系(交戦法規と軍事司法制度)が存在しない。そのため、自衛隊員には戦闘における殺傷行為の法的免責保障がない。

その結果、自衛隊員が防衛出動で実際に戦闘した場合、処罰される可能性が出てくる。

南スーダンに出発する陸上自衛隊第11次隊の先発隊員ら。2016年11月19日、青森市の陸自青森駐屯地にて
写真=時事通信フォト
南スーダンに出発する陸上自衛隊第11次隊の先発隊員ら。2016年11月19日、青森市の陸自青森駐屯地にて - 写真=時事通信フォト

■自衛隊員が「刑法犯」として裁かれる

交戦法規の欠損は刑法で埋め合わせられるという主張がよくなされる。

どういうことか。

例えば、自衛隊員が国連多国籍軍の平和維持活動に参加し、海外派遣時に現地で戦闘に巻き込まれ、誤射等により民間人の死亡・致傷事故を起こしたとする。

多国籍軍は受け入れ国政府によって治外法権を与えられている。日本以外の多国籍軍兵の場合は、その兵士の所属国の軍法によって裁かれる。

しかし、前述の通り日本では自衛隊員の行動が交戦法規違反か否かを裁く軍事法廷は存在しない。

特別裁判所を禁止する憲法76条2項の問題とみなす向きがあるが、本質的問題は憲法9条2項により軍法(交戦法規)が欠損していることだ。適用すべき軍法が存在できないのに、それを適用する軍事司法制度など設置できるはずがない。

そこで、刑法の国外犯規定(日本の刑事法上の犯罪を国外で実行した日本人を処罰する規定)を使うことが検討されている。

もっとも、刑法の国外犯には、殺人・傷害は含まれていても、過失致死傷のような過失罪は含まれない。そのため、自衛隊員による民間人誤射を裁くには、刑法の国外犯規定を過失も含むよう改正すればいいという主張が出てくる。

これは全く倒錯した議論だ。

刑法の国外犯規定を自衛隊の武器使用行為に適用可能とするなら、過失致死傷も含ませるか否かにかかわりなく、戦闘員に対する自衛隊の武力行使にまで刑法の殺人罪・傷害罪が適用されることになる。

国外犯は国内で同じことをしたら当然犯罪だから、日本を軍事侵攻する敵兵を日本の領域内で撃滅する自衛隊の行為にも刑法が適用されることになる。

しかし、刑法は、殺人・傷害・破壊行為を原則的に禁じているものだ。一方、軍隊の交戦法規というものは、交戦対象に対する殺人・傷害・破壊行為を原則的に許容している。

前編でも言ったように、正当防衛・緊急避難のような刑法の違法性阻却事由に当たらなくても敵兵を見つけたら撃滅していいし、そうすべきだ。

刑法によって交戦法規を代替するのは、法理上、無理筋の暴論だ。しかし、憲法9条により軍法体系が存在できない以上、法理的に無理筋の代替策が政治的に無理押しされる可能性がある。

自衛隊員は、日本の防衛のために武力行使したら、殺人罪や傷害罪で刑罰を科せられる政治的なリスクを負わされているのである。

こんな状況で、自衛隊に日本防衛のためにしっかり戦えといっても無理な話だ。

交戦法規による武力行使の法的免責保障がなく、刑法で処罰されるリスクすら負わされた自衛隊員は、武力行使しようにも怖くてできない。

自衛隊は「自縛状態」に置かれているのだ。

■反撃すらできない状況でPTSDに

自衛隊員をこんな状態に置いたまま、戦闘に向かわせるのは、ある意味残酷ですらある。

イラクや南スーダンでの平和維持活動に自衛隊が派遣されたとき、自衛隊は「非戦闘地帯」にしかいないという政府の主張に反して、しばしば攻撃を受けていた。

その際、自衛隊員たちは身を守るための反撃すらできなかったことが明らかになっている。

少なからざる数の自衛隊員が帰国後、PTSDに苦しんだ。このうち2011年11月から18年2月までに自衛官が延べ3943人参加した南スーダンPKOでは、帰国後に2人が自殺し、1人が傷病で死亡した、との答弁書が閣議決定されている。

自衛隊は日本国民と国際社会にとって「危なすぎて使えない軍隊」であり、また、自衛隊員にとって「危なすぎて戦えない軍隊」となっている。

自衛隊をこうした危険な状況に追いやっている張本人が憲法9条なのだ。

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井上 達夫(いのうえ・たつお)
法哲学者・東京大学名誉教授
1954年、大阪府生まれ。法哲学専攻。ハーバード大学哲学科客員研究員、ニューヨーク大学法科大学院客員教授、ボン大学ヨーロッパ統合研究所上級研究員、日本法哲学会理事長、日本学術会議会員等を歴任。『共生の作法』(創文社)でサントリー学芸賞、『法という企て』(東京大学出版会)で和辻哲郎文化賞を受賞。主な著書に『ウクライナ戦争と向きあう』(信山社)、『立憲主義という企て』(東京大学出版会)、『世界正義論』(筑摩書房)、『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』(毎日新聞出版)など、『脱属国論』(毎日新聞出版、共著)など。

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(法哲学者・東京大学名誉教授 井上 達夫)

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