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「すみませんより申し訳ありません」「上司にはご苦労様ではなくお疲れ様」は、なぜ間違いなのか

プレジデントオンライン / 2023年3月24日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bungoume

「すみませんではなく、申し訳ありません」「上司にはご苦労ではなく、お疲れ様」「資料を提出させていただきます」など、国語学者から見ると“おかしな日本語”が急増している。バカにされずに日本語をスマートに使いこなすにはどうしたらいいのか。3月24日(金)発売の「プレジデント」(2023年4月14日号)の特集「頭がいい文章、バカな文章」より、記事の一部をお届けします――。

■間違いだらけの日本語の乱れに警鐘!

取引先にお詫びのメールを送らなければいけないとしましょう。

「このたびは申し訳ありませんでした」

このように書くと、相手は許してくれるどころか、かえって怒り出してしまう可能性があります。それは「申し訳ありません」、あるいは「申し訳ございません」が日本語として間違っているからです。

なぜ「申し訳ありません」は誤用なのか。それは「申し訳ない」が一語だからです。「申し訳ない」は、もともと「申し訳」と「ない」がくっついてできた複合形容詞です。一語になった以上、その一部を変えて「申し訳ある」と表現するのは間違い。よって、その否定形である「申し訳ありません」と丁寧にした「申し訳ございません」は誤用です。謝意を正しい日本語で伝えたければ、「申し訳ないことでございます」あるいは「申し訳なく思います」と書くべきです。

ただ、実際にメールに「申し訳ありません」と書かれて怒り出す人は100人に3人もいないでしょう。結局、誤った用法が受容されるかどうかは相手しだいです。

敬語はムズカシイ

たとえば「全然」は口語では、否定的な表現を強調する副詞とされますが「全然寒い」「全然元気」というように肯定的な表現に使う人も増えてきていて、もはや受容された用法になりつつあります。身も蓋もありませんが、誤用を嫌いそうな人には使わず、かまわないと考えそうな人には使うというスタンスでいいと思います。

ただ、一般的に受容されつつある誤用でも、おそらく私が使うと「言語学者のくせに」と叩かれます。新聞記者や作家、アナウンサーといった言葉のプロや、些細なミスでもやり玉に挙げられやすい政治家も誤用は避けたほうが無難です。

誤用以上に気をつけたいのが敬語の間違いです。誤用は言葉の良し悪しの問題で、間違ったとしても怒られることはありません。しかし、敬語は使い方を間違えると、良し悪しの問題を超えて、「失礼だ」「気に食わない」という感情的なエラーに発展しかねません。そこで関係がこじれてしまうと、後に続く言葉を素直に受け取ってもらえないおそれもあるため要注意です。

特に書き言葉は慎重さが求められます。話し言葉なら会話中に間違った敬語を使って相手が眉をひそめたとしても、それを察知して途中で修正し、笑顔や身振りでカバーすることができます。しかし、文章として相手に届けた言葉は修正することが不可能です。書き言葉で相手に敬意を示すときは、言葉の誤用以上に神経を使ったほうがいいでしょう。

■「ご苦労さま」も「お疲れさま」も失礼

実際によくある敬語の間違いを紹介しましょう。たとえば目上の人に対して「ご苦労さまでした」と言うのは厳禁です。「ご苦労さま」が失礼だとわかる人が「お疲れさまでした」と使うケースもありますが、それも不適当です。目上の人に対して、労ったり慰めたりすること自体が敬意を欠いています。

外国人留学生が授業終了後に「先生、ご苦労さま」と声をかけてくれることがあります。悪気がないことは重々承知していますが、面と向かってそう言われてしまうと、やはりいい気はしません。苦笑いしながら、「そういう場面では、『ありがとうございました』と表現したほうがいいよ」と教えています。

敬語に関しては、過剰な表現も控えたほうがいいでしょう。たとえば「~させていただきます」という謙譲語がありますが、たいていの場面では「~いたします」で十分事足ります。「~いたします」では丁寧さが足りないと感じる人が「~させていただきます」と書くのだと思いますが、過剰な敬語はかえって相手を不快にさせることもあります。過ぎたるは及ばざるがごとし。丁寧にさえしておけば失礼に当たることはないだろうと考えるのは安易です。

過剰と言えば、企業を「さん付け」にする行為も、私にはやりすぎに思えてしまいます。「プレジデント社さんは業績が好調だ」は「プレジデント社は業績が好調だ」で問題ない。企業は法人格があるとはいえ、やはり人ではありません。「さん付けしないと呼び捨てになるのでは」という心配は無用です。

敬語は深く悩まない

■「コーヒーになります」はなぜおかしいのか

私自身は違和感を覚えつつ、新たな敬語として定着する予感がしている用法が「~になります」です。

たとえばカフェの店員が飲み物を持ってきて「コーヒーになります」。この用法を聞くと、「コーヒーになる前はいったい何だったのか」と突っ込みを入れたくなります。コーヒーはずっとコーヒーですから、この使い方は誤用です。

正しい言い方は「コーヒーです」。それでは冷たい印象を与えないかと不安を感じるのであれば、「コーヒーでございます」と、丁寧語を使用するべきです。

では、ほかにも相応しい言い方があるのに、なぜ「~なります」と言ってしまうのか。それは「です」と「ございます」の間に距離があり、中間の言葉がないからです。「です」では丁寧さが足りない気がするものの、「ございます」では丁寧すぎて肩が凝る。そうした感覚から「~になります」を、丁寧語のように使う新たな用法が広まったと推測します。

実は方言には中間の敬語がいまも数多く残っています。たとえば大阪なら「コーヒーでおます」。京都なら「来た」と「いらっしゃった」の間に「来はった」という表現もあります。どちらも丁寧ですが、同時に親しみも感じられて、使い勝手がいい。

古くから使われている方言にいい塩梅の敬語があるのは、人々がその言葉を必要としていたからにほかなりません。一方、標準語とは後からつくられた言葉です。つくられたときに人々のニーズをすべて掬い取ったわけではなく、まだ歴史も浅い。そう考えると、「コーヒーになります」という用法は今後、少し丁寧な表現として定着していくのかもしれません。

このように、ある用法が失礼かそうでないかは人々の受容度によって自然に決まっていくものです。その点で逆に疑問を感じてしまうのは、マナー講師が流布させる言葉の“謎マナー”です。

代表的なものとして、「目上の人に『了解しました』は失礼。『承知しました』と書くべき」があります。こうした謎マナーが広がるのは、メールという表現媒体がまだ新しく、相応しいコードが確立していないからでしょう。手紙なら冒頭に「前略」「拝啓」と書くことがコードとして定着しています。しかし、メールのコードは過渡期であり、まだ固まっていません。そこにマナー講師の謎マナーが入り込んだ構図です。

■マナー講師が正解とは限らない

メールよりさらにカジュアルなメッセージアプリやSNSでは、「了解」どころか、「りょ」や「り」と表現する人もいます。マナー講師は失礼だと怒るかもしれませんが、多くの人が使って定着すれば、それが新たなコードになる可能性もあります。権威あるマナー講師が「正しい表現はこれだ」と押しつけるより、そうやって人々が使って、自然発生的に広がったもののほうが最終的には定着するのではないでしょうか。

極論すれば、敬語に迷ったら流行りのAIチャットボット「ChatGPT」に聞けばいいのです。AIはその言葉が学術的に正しいかどうかを判断してくれるわけではありません。しかし、みんなが受容している用法を集約して、スタンダードとして提示してくれます。多少の間違いが含まれるかもしれませんが、マナー講師の押しつけよりもずっと人間的であり、私には好印象です。

SNSと言えば、最近、若者の間で文頭に「え、待って」とつけることが流行っていると知りました。「え、待って。今日寒いんだけど」といった使い方です。

これにはおそらく2つの意図があるのでしょう。1つは仲間であることのアピールです。SNSは読み手が不特定多数ですが、「自分は仲間の一員だから、みんなとおしゃべりしていいよね」というシグナルを送っているわけです。

もう1つは、リズムをつけるためです。話し言葉で、「あ、そうですね」というように最初に「あ」とつける人は多いですが、書き言葉でもその延長で「あ、大変だ」「あ、忘れた」と書く人もいます。同様に、続く言葉に勢いをつけるために「え、待って」から始めるのです。

言葉の用法は時代とともに変容していきます。「え、待って」が単なる流行り言葉で終わるのか、それとも今後広く定着していくのか、注目しています。

■読み手の興味を惹くのは結末の見えない文章

次は断片的な言葉やフレーズではなく文章に目を向けてみましょう。

人の心を動かす文章とはどのようなものか。逆につまらない文章を手掛かりに考えてみます。

私が読んで退屈だと感じるのは、最後まで読まなくても内容がわかる文章です。たとえば学生の書く志望動機。大学で教員をやっていたときは面接官をやる機会が多くありましたが、十中八九、みんな同じことを言います。それを何度も聞かされれば、たとえ正しいことを正しく表現していても飽きてきます。

紋切型から脱するには、具体的なエピソードから入っていく構成がおすすめです。

私がAKB48の総選挙番組に呼ばれて出演したときの話です。多くの女の子が「ファンの皆さまありがとうございます。頑張ります」と同じようなことを話していました。しかし、指原莉乃さんは「本屋でAKB48の雑誌を読んでいたところを目撃した」というエピソードから話し始めました。それまでのスピーチに退屈していただけに、指原さんの話にはグッと惹きつけられました。

文章も同じです。たとえば志望動機なら、「オリンピックでスキー選手が……」とまったく関係なさそうなエピソードから始めてもおもしろい。あえて一般的なパターンを外すことで、「え、どうなるの?」と相手に思わせるのです。

エピソードは具体的であるほど印象に残ります。「朝ごはんを食べました」より「朝ごはんはミューズリーを食べました」と書いたほうが、「ミューズリーって何?」と気になりますよね。そうやって関心を持たせて、「ミューズリーとは」とさらに具体的な話を書いていきます。

一見関係ないエピソードから話を始めていくと、伝えたい結論へと展開していくのが大変だと思うかもしれません。

そこは発想の転換が必要です。文章は全体の構成を考えてから書き始めるべきだと思い込んでいる人が多いですが、読み手からすると、きれいにまとまった文章を読むのも退屈です。むしろ興味をそそられるのは、正解が見えていない中で必死に考えて、あっちに行ったりこっちに行ったりと思考の過程が浮かび上がってくる文章です。思考の結果、最後には「よくわかりませんでした」という結論になってもかまいません。ありきたりの着地点が最初から見えている文章より、よほど味があります。

文章力とはエピソード力

考えてみてください。村上春樹やドストエフスキーの何千枚にも及ぶ小説が読者の心をとらえるのは、安易に結論を出さないからです。うんざりするほど考えに考えを重ねて、迷いや矛盾を見せてくれるから人々は感動するのです。

もちろん書きたいテーマ、つまりどのような問いを持つかは重要です。しかし、最初から問いに対する答えを用意する必要はありません。全体の構成にとらわれずに、まずは書き始め、そこから思考を広げたほうが読ませる文章になるはずです。

■「自分だけの言葉」がいい文章

人を感動させる必要はない、とにかくわかりやすい文章を書きたいというニーズもあるでしょう。その場合は逆に基本の型──たとえば起承転結で書けばいい。読み手は途中で「よくあるパターンだ」と気づくと思いますが、よくあるパターンだからこそ落ち着いて読めます。

わかりやすさを重視するなら句読点や改行も意識したいところです。句読点や改行が少ない文章は、見た目が窮屈です。句読点は、朗読したときに息がしやすい箇所に入れます。朗読時に息のしやすい文章は、不思議と黙読したときにもいいリズムで読めるものです。

人の心を動かしたいとき、わかりやすく伝えたいとき、どちらの目的においても技巧に走るのはおすすめしません。たとえば印象深い書き出しにしようとして、文章をセリフから始める人もいますが、よほどうまくやらないかぎりは「相手を感動させたい」という意図が透けて見えてしまい、読み手を興醒めさせるだけでしょう。凝った書き出しは、わかりやすさという点でもマイナスです。

技巧よりも大切なのは、借り物ではなく、自分の中から湧き出た言葉で書くことです。野口英世のお母さんが息子に宛てて書いた手紙は誤字が多く、けっして流麗な文章ではありません。しかし、全文があきらかに自分の言葉で書かれており、それが迫力へとつながっていて、名文として語り継がれています。

自分の言葉を持ちたければ、とにかく普段から文章を書くことが大切です。たとえば憂鬱な日があれば、どのように憂鬱なのかを言語化するのです。やってみると、これが案外難しいのです。困って「言うに言えない気持ち」というような紋切型表現に逃げているうちは、自分の言葉を持てていない証拠です。

かといって新たに難しい言葉を覚える必要はありません。語彙には意味だけを知っている「理解語彙」と、使いこなすことができる「使用語彙」という2種類があります。日々文章を書いて言語化に努めると、理解語彙だったものが少しずつ使用語彙になります。わざわざ苦労してまで難しい言葉を覚えなくても、いま持っている理解語彙を使用語彙に移していくだけで十分に表現力は高まります。アウトプットを続けて、ぜひ自分の言葉を見つけてください。

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金田一 秀穂(きんだいち・ひでほ)
杏林大学外国語学部名誉教授
山梨県立図書館館長。1983年東京外国語大学大学院修了後、イェール大学日本語教師、ハーバード大学客員研究員、杏林大学外国語学部教授などを経て現職。日本語の専門家としてテレビやラジオなど幅広いメディアに出演中。『金田一先生のことば学入門』(中公文庫)など著書多数。

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(杏林大学外国語学部名誉教授 金田一 秀穂 構成=村上 敬)

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