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「2035年までにガソリン車ゼロ」は到底達成できそうにない…欧州が直面している完全EVシフトの行き詰り

プレジデントオンライン / 2023年3月27日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tramino

■日本の石炭火力に反対した欧州で異変が起きている

5月に広島でG7(主要7カ国首脳会議)が行われるが、それに先立ち、4月に札幌で気候・エネルギー・環境相会合が行われる。

この会合で発表される共同声明案に対して、欧米から批判が集まっているようだ。日本が二酸化炭素の排出量が多い石炭火力発電の全廃時期を明示していないことに対して、欧米が強く反発しているという話である。

石炭火力発電の全廃は、とりわけ環境対策で世界のイニシアチブを取りたいヨーロッパ勢の悲願でもある。2021年に英国のグラスゴーでCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)が開催された際も、石炭火力発電の早期全廃を主張するヨーロッパ勢に対して、中国やインドが反旗を翻し、米国がその仲裁に入ったことは記憶に新しい。

そのヨーロッパで、今、行き過ぎた環境対策に対する「揺り戻し」が生じている。

■オランダでは環境対策に反対する農民政党が大躍進

例えばオランダでは、3月15日に全12州の州議会選挙が行われた際に、政府による環境対策に反対する農民政党「農民市民運動(BoerBurgerBeweging、BBB)」が20%近くの得票率を得るとともに、5月の上院選で第1党に躍進することが確実となった(図表1)。

【図表】オランダ上院の獲得議席見通し

BBBが批判するのは、政府による過度な脱窒素政策である。

オランダのマルク・ルッテ連立政権は、2030年に窒素排出量を半減することを目指している。その際、やり玉に挙げられたのが、窒素を多く排出せざるを得ない農業と酪農・畜産業だ。窒素排出量を削減するために、農業と酪農・畜産業の規模を縮小させようと環境政党は主張した。

ルッテ連立政権は前回2019年の上院選で過半数を失っており、法案を成立させるためには環境政党の協力が必要な状況となっていた。

そのためルッテ連立政権は、環境政党が主張する急進的な脱窒素政策の推進を余儀なくされたわけだが、それに反発した農家や酪農・畜産家たちがBBBに票を入れ、今回のBBBの大躍進につながったのである。

■ドイツで広がる「EV化100%」に対する不信感

他方で電気自動車(EV)シフトにも、そうした「揺り戻し」の動きが生じている。

欧州連合(EU)は2035年までに、新車の供給を全てゼロエミッション車(ZEV)に限定する方針が掲げている。ZEVには電気自動車(BEV)と燃料電池車(FCV)などが含まれるが、EUは実態としてBEV、つまりEVの普及を進めようと注力している。

2035年に新車の100%をZEVにするための法案は、3月7日に閣僚理事会(EU各国の閣僚から構成される政策調整機関)で承認される予定だったが、それにドイツのフォルカー・ウィッシング運輸・デジタル相が待ったをかけた。ZEVの中にe-fuelで動く内燃機関(ICE)車を含めない限り、ドイツは法案に賛成しないと表明したのである。

e-fuelとは再エネ由来の水素を用いた合成燃料のことであり、燃焼時に二酸化炭素を排出するが、生産時に二酸化炭素を使用するため、その両者を差し引くことで二酸化炭素の排出量が「実質ゼロ」となる。コストはかかるが、従来型のガソリン車やディーゼル車などで利用できる利点がある。その技術に磨きをかけているのが、当のドイツだ。

■閣内不一致の状況になっている…

ドイツでは、オラフ・ショルツ連立政権の下、環境政党である「緑の党」がEVシフトを奨励している。

ドイツのアンナレーナ・ベアボック外務大臣(写真右、同盟90/緑の党)と、オラフ・ショルツ首相(写真左、SPD)による、連邦外務省訪問後の報道声明。
写真=dpa/時事通信フォト
ドイツのアンナレーナ・ベアボック外務大臣(写真右、同盟90/緑の党)と、オラフ・ショルツ首相(写真左、SPD)による、連邦外務省訪問後の報道声明。 - 写真=dpa/時事通信フォト

反面で、ウィッシング運輸が所属する自民党は、環境対策そのものは否定しないが、産業界への影響を考慮し、慎重な立場である。いわば閣内不一致の状況であったわけだが、そのいびつな状況が、ここに来てハレーションを起こしたようだ。

問題は、ドイツのウィッシング運輸の姿勢に賛同する国々が7カ国に達したことだ。具体的にはドイツに加えて、イタリア、ポーランド、ハンガリー、チェコ、ルーマニア、スロベニアの7カ国であり、それぞれが自動車産業に強みを持つ国である。

もはや「一部の国」といえないほど反発が広がる中で、ロイター通信が伝えたところによると、欧州委員会は結局、2035年以降もe-fuelのみで動くICE車の新車供給を容認する方針に転換したようだ。

■急速な脱炭素シフトへの反発が広がる

このように、環境対策に対して疑義を呈する動きが、ヨーロッパ各国で着実に広がっている。そうした立場に立つ有権者や政治家に共通して指摘できることは、環境対策の実施そのものには賛成しているものの、環境政党が推進しようとする政策のスピードがあまりに速すぎることに対して、反発を強めているということである。

昨年2月に生じたロシアのウクライナ侵攻でヨーロッパがエネルギー不足に陥ったことも、環境対策のスピードの在り方に対する有権者の意識の変化につながったのではないだろうか。

環境政党は経済安全保障にもかなうとして、再エネの一段の普及に向けアクセルを踏んだが、有権者が望むものは安価で安定したエネルギーの供給に他ならない。

■岐路に立たされる環境政党

一方で、EU各国の気候・エネルギー・環境相のポストは、実態として環境政党の強い影響下にあるため、彼らは性急な環境対策の追及を求める。

そのことが、冒頭で述べたG7の環境相会合からもうかがい知れる。また環境対策で世界のイニシアチブを取りたいEUの欧州委員会も、高めの目標を設定し、その早期での実現を重視している。

環境対策のスピードが速すぎることへの反発が有権者の中に広がっているにもかかわらず、環境政党や欧州委員会がそのスピードを緩めることなく突き進もうとすれば、有権者の反発はさらに強まることになるだろう。そうした有権者の声に向き合わなければ、環境政党は2024年の欧州議会選で、議席数を大幅に失いかねない。

他方でヨーロッパ各国の環境政党は、環境対策のスピードを緩めることで、環境を最優先すべきという支持者の声を失う恐れもある。環境政党は一般的に左派色が強いが、よりマイルドな環境対策に主張を変化させると、他の左派政党との差別化が困難になる恐れも大きくなる。

ヨーロッパの環境政党は今、大きな岐路に立っているといえよう。

ミュンヘンでの気候変動対策の強化を訴える「気候ストライキ」
写真=iStock.com/Wirestock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wirestock

■新たなEU不信につながる恐れも

概して、ヨーロッパの有権者は環境意識が高い。環境対策を進めていくこと自体は、政治的な立場を超えたコンセンサスでもある。一方で、EUや環境政党が描く環境対策に対するスピードに不満を持つ有権者も増えてきている。EUや環境政党が環境対策を進めていきたいのなら、そうした声を拾い、折り合いをつけていく必要がある。

にもかかわらず、EUがハイスピードでの環境対策を堅持しようとするならば、有権者の間で強い反EU感情が高まる事態となるだろう。すでにヨーロッパ各国は、ロシアのウクライナ侵攻に伴い、エネルギー危機の状況にある。そうした中で、ハイスピードな環境対策を追い求めること自体、本来ならば無理があるのではないか。

ヨーロッパの政治に対立と妥協はつきものだ。言い換えれば、対立はするが、最終的には妥協が成立するのがヨーロッパである。環境対策の在り方に関しても、やはり対立が生じた。その意味では、今後も関係者の間で強い摩擦が生じることになるだろうが、より現実的な方向に環境対策が妥協の方向に向かうものと期待される。

日本としても、そうしたヨーロッパの「揺り戻し」を念頭に、環境対策を進めていくことが得策だろう。G7の環境相会合で石炭火力発電の在り方に配慮する現在の姿勢は正しいといえる。地球温暖化防止という山頂を目指すに当たっては、天候や地形の状況に応じて臨機応変にルートを見直すことこそ、最も現実的な攻略方法であるはずだ。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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