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会社のDX化を阻むのは「エクセル達人」である…日本企業が時代の変化に取り残されがちな本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年3月25日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

なぜ日本企業は時代の変化への対応が遅れがちになるのか。パーソル総合研究所の小林祐児・上席主任研究員は「新しい仕事のやり方やスキルを身につけるには、古いやり方を捨てる『アンラーニング(学習棄却)』が大切になる。日本企業は社員のアンラーニングを苦手にしていて、いわゆる『エクセル達人』もそのままにしてしまいがちだ」という――。

■「古いやり方」を捨てられないのはなぜか

リスキリングの流行とともに注目されているのが「アンラーニング」です。「アンラーニング」とは、平たく言えば、新しい仕事のやり方やスキルを獲得するために古いやり方を捨てる、という行動です。日本語では「学習棄却」や「学びほぐし」とも呼ばれています。

アンラーニングによって、これまでの自分の仕事の知識やスキル、やり方を新しくしていきます。たとえば、「Excelで管理していたデータを、ITシステムで代用する」といったテクノロジー活用はもちろんのこと、「昇進をきっかけに、ベテラン社員に対してもフィードバックするようにした」「レポートは7割程度の完成度でいったん周囲に相談するようにした」など、仕事の進め方や考え方の変化も含まれます。

「リスキリング」という言葉からは、スキルや知識を新しく積み重ねていく、「蓄積的」なイメージがもたれますが、「アンラーニング」の考え方からは、過去に学んだことやこれまで用いてきた仕事のノウハウを「捨てる」ことの大切さがわかります。

ビジネスの変化が速くなると同時に個人の働く期間が長くなれば、キャリアの中で古くなってしまった知識を捨て、新しいものを取り入れていくことの重要性が増していきます。近年、個人のアンラーニングの研究が増え始め、今や一般向けの本も数冊書店に並んでいます。しかし、こうした本を読んだとしても、仕事で慣れ親しんだやり方や考え方を変えることは難しいものです。たとえば、Excelをうまく使いこなしている人は、新しいシステム導入には消極的だったりします。それはなぜでしょうか。

こうした問いを考えるとき、しばしばある答えは、「過去の成功体験にとらわれてしまっているから」「うまくいったビジネスの記憶に縛られてしまうから」といったものです。そのような「過去の呪縛」に答えを求めるのはよくある発想です。

しかし、これらは気軽に首肯できるものではありません。バブル崩壊からすでに30年の時がたち、誇るような成功体験を持つ人は少数派です。経済停滞が続く日本で20年以上働いてきた筆者にとっても、そうした考えにはほとんど現実味が感じられません。そのような「過去体験」にアンラーニングの阻害要因を帰責させてしまうことで、「過去を捨て去るべきだ!」という空虚な「お説教」ばかりが生まれてきたのも事実です。

そこで筆者は、アンラーニングと働く個人の「今」との関連を定量的に分析しました。分析から見えてきた結果を先んじて述べれば、組織において個人のアンラーニングを妨げているのは、しばしば指摘されるような「過去の成功体験」や「過去へのしがみつき」よりもむしろ、「現在の中途半端な成功体験」です。

■アンラーニングの阻害要因「役職の変わらなさ」

まずは、「役職の滞留年数」とアンラーニングの関係を見てみましょう(図表1)。

【図表】役職滞留年数とアンラーニング(学習棄却)の関係
出典=パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」

課長や部長といった役職についてからの期間とアンラーニングの関係を見ると、役職に就いて「3カ月から半年未満」でアンラーニングがピークに達し、その後下降している様子が見られました。これは一人のサンプルを追跡調査したものではないので正確性には欠けますが、実にきれいな傾向が出ています。

このデータに従うならば、管理職は、その役職に就いてから半年から1年程度でこれまでの仕事のやり方を捨て、新たな仕事のやり方を模索するプロセスを盛んに行っているようです。逆に言えば、最初の3カ月程度はこれまでのやり方を温存し、「しばらく様子見」の時期を取っていると言っても良いかもしれません。

多くの管理職研修は役職に就くタイミングで、初任者研修や新任管理者研修といった形で行われますが、もしかすると、最初の数カ月はとにかく役職に就けてみて、そのあとに「管理職になって体験したことや感じたこと」を持ち寄った状態で研修をスタートするほうが理にかなっているのかもしれません。少なくとも就任から数カ月後に何らかのサポートやフォローは必要そうです。

また、一つのポストに5年以上就き続けている管理職は、役職に就いた直後よりもアンラーニングがさらに減少していることも興味深い点です。昇格も降格も異動もしないまま、長く安定的な地位にいることで「同じ仕事のやり方や自分のスキルを捨てられなくなってくる」ということでしょう。

■アンラーニングの阻害要因「中途半端に良い人事評価」

次に、特徴が表れたのは個人が受けている「人事評価」とアンラーニングの関係です(図表2)。

【図表】人事評価とアンラーニング(学習棄却)の関係
出典=パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」

個人が組織から受けている人事評価の結果とアンラーニングの関連を見ると、「アンラーニングしていればしているほど評価が高い」とか、「評価が低いほど、アンラーニングが進む」といった線的な関係ではありませんでした。

実際には、5段階中「4」という、「やや良い評価」くらいの評価をもらっている従業員が、最もアンラーニングする傾向が低いという傾向が見られたのです。人事評価の評価スケールは企業によって10段階、7段階などさまざまありますが、調査では便宜上、5段階に直して回答してもらっています。ここでアンラーニングが最も低かったのは、「5段階中の4」の評価の人。「飛び抜けているわけではないが、やや良い評価」くらいに見ておくのが適当でしょう。

■日本の人事評価が中途半端になる理由

このグラフの左端、つまり飛び抜けて最も良い評価を得るような人材は、常にアンラーニングを実践し、古いやり方に固執しない仕事のやり方で評価を得ているのかもしれません。

逆に、右端の最低評価をつけられている従業員は、「さすがにこれはまずい」と感じてアンラーニングを進めている最中なのかもしれません。そして、そうではない、「そこそこの良い評価」を得ている従業員こそ、そのどちらも感じずに、「今のままの仕事」を続けている層だということです。

次に考えるべきは、「こうした評価を受ける人がどのくらいいるのか」という問題です。日本企業の評価制度では、評価の「中心化」という傾向がしばしば指摘されてきました。

もともとはアメリカから輸入された目標管理制度は、90年代の成果主義ブームにより、中小企業まで一気に広がります。そうした広がり方をした目標管理は、日本においては「報酬の分配」という側面を強めることになりました。目標の設定とフィードバックの機能だけでなく、処遇決定や利益配分にも目標管理を用いる場合に問題になるのは、「職場全体での相対評価と、上司が下す絶対評価」のギャップが生じることです。

上司―部下間の一次評価は絶対評価として扱えても、原資配分というバランスを取らなくてはならない都合上、人事を交えた評価会議が行われ、それらが相対分布へとならされます。この分布調整によって、個々人の評価差は縮まりがちです。実際の企業で評価分布を見てみても、何段階の評価システムだろうと、両端のような尖った評価はほとんどつかない、もしくはつけないような設計になっていることがほとんどです。これが評価の「中心化」傾向です。

アンラーニングのデータを見ると、そうした尖った評価をつけられない「半端」な評価慣行は、アンラーニングを遠ざける方向に作用していそうだとわかります。高評価にも低評価にも振り切れない、半端な評価しかつけられない目標管理は、従業員に「アンラーニングしなくてもいい」という心理を与え続けているということです。

■「限界」を感じる体験が必要

では、アンラーニングを進めるために必要なことは何でしょうか。筆者の実施した調査では、アンラーニングが進む上での大きな要素が明らかになっています。それは筆者が「限界認知」と呼んでいる経験です。

限界認知とは、「これまでの仕事のやり方を続けても、成果や影響力発揮につながらない」という自身の仕事の限界を感じることです。これまでの仕事の仕方を続けても「会社や組織全体に影響を与えられない」「メンバーがついてこない」「プライベートと両立できない」と感じる経験が、就業者のアンラーニングを促進していました。「このままではいけない」「変えなくてはならない」というある種の切迫感が、個人のアンラーニングを促進しているということです。

【図表】限界認知とアンラーニング(学習棄却)の関係
出典=パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」

先ほどの管理職の滞留年数や人事評価とアンラーニングとの関係も、この「限界認知」と関連付ければより明確に理解できます。

管理職になってしばらくたったタイミングで現場でのいろいろなトラブルや問題点が見えてきた時期や、人事評価で圧倒的に低い評価をもらった瞬間などに、私たちは「これまでのやり方の限界」を目の前に突き付けられるということです。実際に、滞留年数と人事評価という2つの要素と限界認知の関係を見ると、アンラーニングについての傾向と同様の動きが見られました。

■どんな経験が「限界」を突き付けるのか

では、どんな具体的業務が、こうした「限界認知」の機会を与えているのでしょうか。それさえわかれば、そうした経験をする機会を従業員に広く与えていくことによって、アンラーニングを促進する実践的なヒントが得られます。

具体的な業務経験と限界認知の関係を分析してみると、限界認知とプラスの関係があったのは、大きく以下の三つの業務経験でした。これらの行動が、「このままのやり方ではマズいかもしれない」というある意味での危機感を与えていたということです。

一つ目に「修羅場」の経験です。顧客との大きなトラブルや、事業・プロジェクトの撤退、大きな損失計上など、長い就業人生においては、こうしたストレスフルでネガティブな出来事があるものです。そうした乗り越えなくてはならない修羅場の経験は、既存の仕事のやり方を捨てなければならない限界を感じさせていました。やはり、大きな「壁」にぶつかった時、人は今の仕事のやり方を見直す契機を得るということでしょう。

二つ目に「越境的業務」です。他組織との共同プロジェクト、副業・兼業、海外での勤務など、自分のホームの環境ではないアウェーの環境で働いた経験は、この限界認知を促していました。

近年、社会人の学びの領域では、「越境学習」が注目されています。越境学習とは、ホームとなる本業と、アウェーとなる他の組織での仕事を行き来することによる学びです。いつもの仲間と進める仕事は、阿吽の呼吸のように言葉が通じやすく、進めやすい環境にあります。そうしたいつもとは違う環境に身を置くことは、やはり限界を認識することにつながっています。

今、多くの人にとって身近になってきた越境経験として代表的なものは、「副業」でしょう。2018年、厚労省は「許可なくほかの会社等の業務に従事しないこと」としていたモデル就業規則を改定し、副業は一気に注目を集め、新しい働く選択肢として私たちの視野に入ってきました。その改定をきっかけに、企業の間では自社の従業員に副業を解禁していく流れも続いており、今後も続いていきそうです。

三つ目は、「新規企画・新規提案の業務」です。新規のプロジェクトの立ち上げや、新しいアイデアや事業を提案する作業においては、これまでのやり方の延長線上では通用しないことがほとんどです。既存ビジネスの閉塞(へいそく)感から、従業員に広くアイデアを公募したり、社内コンペなどを行う企業も多くなってきました。そうした新しい仕事のタネをまく仕事は、健全な「壁」となって限界認知につながっているようです。

■女性には自分の限界を感じる経験が与えられていない

こうした経験の経験率を、性年代別に見ると、「自身の仕事の限界」を感じるような経験や体験が中高年女性に顕著に不足しているという事情が見て取れます。

【図表】限界認知を促進する業務の経験率
パーソル総合研究所「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」

業務経験における男女の非均衡は、リスキリングを組織で進める際にも、放置できる問題ではありません。日本企業の男女には大きな「経験格差」があり、その背景には現場の上司や会社が幹部候補としての期待感を「男性」の側に大きく偏らせている事実があります。この経験格差は、管理職などの役職に就く女性が少ない要因の一つでもありますし、「アンラーニング」や「リスキリング」を妨げています。「リスキリング」の議論でこうしたジェンダー格差が話題になることは少ないですが、厳然と存在する男女の「経験格差」は、とりわけ注意を要するポイントです。

■そこそこ良い評価に甘んじてはいけない

小林祐児『リスキリングは経営課題』(光文社新書)
小林祐児『リスキリングは経営課題』(光文社新書)

今回は、「アンラーニング」について議論してきました。ここで紹介してきたデータ群が明らかにしているのは、アンラーニングを妨げているのは、「過去の成功」ではなくむしろ、就業者が今もなお浸り続けている、現在の「中途半端な成功体験」であるということです。今の仕事のやり方に「限界」を感じることのない、安定的な仕事の中で、中途半端な評価を受け続けることが、「変わらなさ」「捨てられなさ」へとつながっています。

であるならば、形骸化した目標管理のあり方から、幅広い業務経験の不足まで、従業員の「今」の就業環境を再設計していくことが、アンラーニングの促進へとつながっていくはずです。また、個人にとっては、今の「そこそこ良い」評価に甘んじることなく、先ほど見たような自分の仕事の「限界」を感じられるような経験こそを、積極的に追い求める必要がありそうです。

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小林 祐児(こばやし・ゆうじ)
パーソル総合研究所上席主任研究員
上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年パーソル総合研究所入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマの調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(KADOKAWA)、『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』(光文社)、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(ダイヤモンド社)など共著書多数。新著に『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社新書)がある。

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(パーソル総合研究所上席主任研究員 小林 祐児)

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