大谷翔平の超人的活躍は野球マンガを超えていた…私が日本のWBC 優勝を予想できなかった理由
プレジデントオンライン / 2023年3月23日 13時15分
■「嘘だろ」といいたくなるドラマだった
第5回WBCは、日本の3回目の優勝で幕を下ろした。
決勝戦の相手は野球の宗主国、アメリカ、最終回には大谷翔平がマウンドに立って、チームメイトでMLB最大のスター、マイク・トラウトを得意のスライダーで三振に切って取った。「嘘だろ」といいたくなるドラマだった。
いろいろなメディアに戦力比較や分析の記事を書いたが、筆者にも常識というものがある。こんな筋書きは、脳裏に浮かんでも書けなかった。こんな筋書きは、荒唐無稽な野球マンガであっても「あり得ない」としてボツになるだろう。
WBCでの日本の優勝はこれで3回目だが、前2回の優勝とはまったく意味が異なる。今回はかつてなく充実した世界大会で、そこでの優勝は非常に価値がある。
■これまでのWBCとの違い
2006年、第1回のWBCは、MLBのバド・セリグコミッショナー(当時)が提唱して行われた。WBCの主催はMLBとMLB選手会だったが、日本で開催される1次ラウンドも含めて放映権や広告収入はアメリカの主催者側に入ることになっていて、日本側の取り分は少なかった。
野球好きが多い日本では、テレビの高視聴率が予想され、大きなスポンサーもつくと思われたが、その収益の大半がアメリカにもっていかれることにNPB選手会が強い難色を示した。主催者側が譲歩したこともあり、選手会も折れて参加が決まったが、WBCに対する期待感は必ずしも高くなかった。
第1回大会には、アメリカ代表にもデレク・ジーター、ケン・グリフィーJr.、チッパー・ジョーンズ、ロジャー・クレメンスなどスター選手が参加したが、一方でバリー・ボンズ、ランディ・ジョンソンなどの大物が不参加。選手や球団の温度差を感じさせた。
また、チームとしての練度も低く、アメリカは第1ラウンドを2位で通過したものの、日本も含めた第2ラウンドは1勝2敗で敗退してしまった。
日本は、王貞治監督以下、西武の松坂大輔、巨人の上原浩治、ソフトバンクの松中信彦、中日の福留孝介などNPBのスター選手に加えてマリナーズのイチローも参加。事前合宿も行い、チームとしての一体感を醸成したうえで、宿敵韓国との死闘を超えて優勝した。
日本中が湧いたが、一方でアメリカでは試合中継の視聴率は上がらずファンからは「エキシビション(オープン戦)だろ」という声が上がっていた。
■「アメリカはまだ本気を出していない」
2009年の第2回は、アメリカ側は当初、スコット・カズミア、ジョン・ラッキーなどのエース級投手も参加表明していたが、所属球団の承認が下りなかった。デレク・ジーターやチッパー・ジョーンズなど野手のスター選手は出場したものの、最終的なロースター(選手名簿)は、代表トップチームとしては寂しい顔ぶれになった。
アメリカは準決勝まで進んだものの日本に4-9で敗れる。
日本はこの大会もレッドソックスの松坂大輔、マリナーズのイチローにNPBのトップ選手を加えた精鋭で戦い、決勝で韓国を破り連覇を果たす。
この2回の大会で、日本は強豪国としての評価を高めたが「アメリカが本気を出していない中での連覇だ」という評価もあったのは否めない。WBCは、アメリカ側が主催する大会にも拘らず、アメリカの盛り上がりはいまひとつで、日本や韓国、台湾などアジア圏で盛り上がる大会になっていった。
2013年、2017年のWBCでは、日本代表には青木宣親以外のメジャーリーガーは参加せず。
MLB球団は依然としてトップクラスの投手の参加を認めなかったが、アメリカや、ドミニカ共和国、プエルトリコなどMLBに選手を輩出している国は、先発投手ほど縛りが厳しくない救援投手陣に一線級を並べて、かなりの本気度で試合に臨むようになった。
このために日本は、メジャーの一線級の救援投手の「動く速球」を攻めあぐみ、2大会共に4強で終わった。
■なぜ今大会アメリカは本気を出したのか
6年ぶりに行われた今大会では、MLB球団側はやや軟化した印象がある。長引くコロナ禍で、観客動員が激減する中、MLBは新たな市場を開拓する必要が生じた。WBCは重要なコンテンツになり得ると言う見方が出てきたのだ。
ダルビッシュ有や大谷翔平などMLBのエース級の投手が参加できたのもそのためだ。他にもドミニカ共和国には昨年のサイヤング賞投手のサンディ・アルカンタラ(マーリンズ)が参加するなど、各チームともに先発陣が充実した。
また、大会前にMLB最大のスターであるエンゼルスのマイク・トラウトがいち早く参加を表明。トラウトには主催者側からの強い働きかけがあったと言われる。
これに呼応する形でカーディナルスのポール・ゴールドシュミット、ドジャースのムーキー・ベッツとMVPを受賞した大物選手が参加した。
![エンゼルスのマイク・トラウト選手(写真=CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/1/1200wm/img_31651fe256b1996025db38b8ecaacbfc1849623.jpg)
アメリカの投手陣に関しては、今大会も一線級の先発投手はあまり出ていない。ドジャースの大エースであるクレイトン・カーショウは参加を表明したが、保険会社から認可が下りず断念している。しかし救援陣は、今のMLBを代表する一線級が揃っていた。
■覇権を争う戦いに
チームは例によって当初はまとまりを欠いていたが、準々決勝でベネズエラを相手に大逆転劇を演じてから一気に集中力が増して、日本との決戦に臨むようになった。
アメリカが勝ち進むとともに、WBCに対する現地の注目度も高まり、満を持して日本との決勝に臨んだのだ。
当初、MLB球団にはそれでも、自軍のエース級がWBCで頑張りすぎることに難色を示す幹部がいた。日本が東京ラウンドを全勝で勝ち抜けると、ダルビッシュ有と大谷翔平に関しては「すでにスプリングトレーニング(春のオープン戦)での登板予定が決まっている」として球団側は「アメリカラウンドでは投げないだろう」とコメントした。
しかし、結局2人は決勝戦の8回、9回にマウンドに上がった。WBCの盛り上がりの前に、MLB球団側が折れたと見るべきだろう。
アメリカだけでなく、MLB選手を輩出している北中米諸国の陣容もかつてなく充実した。
メキシコはこれまで、自国リーグでプレーする選手が中心だった。そのために日本はほとんど負けたことがなかったが、準決勝では、先発はエンゼルスで大谷翔平に次ぐ投手のサンドバルが投げ、打線にはバリバリのメジャーリーガーが名を連ね、全く違うチームになっていた。
日本は終盤まで一度もリードを奪うことができず、9回裏に村上宗隆のサヨナラ2ラン二塁打で辛うじて勝利を得ることができたのだ。
これまでの大会と異なり、WBCはアメリカだけでなく各国の「本気度が高い」大会になっていた。そしてアメリカは、本当に覇権を握るために日本と対峙したのだ。
■本当の「ワールドシリーズ」に勝利した
1936年、日本の職業野球が誕生したときに実質的な創設者の讀賣新聞、正力松太郎は「日米による決戦」を高らかに歌い上げた。しかし、その時はなかなか来なかった。アメリカは自国のリーグの優勝決定シリーズを「ワールドシリーズ」と言い続けてきた。
いろいろ問題はあるにせよ、今回のWBCは、日本プロ野球が87年間、追いかけてきた真の「日米決戦」だったと見ることもできよう。歴史的意義は非常に大きい。
■DH大谷翔平という最大の武器
MVPには大谷翔平が選ばれたが、これは至極当然の話だ。
今回のWBCが、かつてない充実した世界大会になったのは、大谷翔平の文字通りの「超人的な」活躍があったからだ、
筆者はこのコラムで「大谷翔平のDH(指名打者)がリスクになる」と指摘した。大谷がDHに居続けることで、守備がそれほど得意ではない吉田正尚が、外野守備に出続けることになり、守備のリスクが増える。また大谷が不振でもDHから下げられないために、山川穂高や牧秀悟などの活躍の機会が少なくなると考えたからだ。
しかし、本大会で吉田正尚は左翼守備で度々好捕を見せたうえに、メキシコ戦では左翼からの機敏な送球で走者を止めた。
また山川穂高はわずか7回しか打席に立たなかったが、2犠飛を打ち2打点を記録。牧秀悟も3安打ながらそのうち2本が本塁打。少ないチャンスを結果に結びつけたのだ。
そして大谷翔平自身は、投手として3試合に登板し2勝1セーブ、全投手中最多の9.2回を投げて10奪三振、防御率1.86。打者としては7試合すべてに出場し、23打数10安打1本塁打8打点、打率.435、最多の10四球を選び、最多タイの9得点。文句のつけようのない働きをしたのだ。
■誰がこんな大活躍を予想できたか
繰り返しになるが、筆者にも常識というものがある。
たった一人の選手が、投手、打者それぞれで無双の働きをして、最後はチームメイトで、世界最高の打者と言われるMVP3度の大スターから三振を奪って世界一をつかみ取る。そんな荒唐無稽な予想は立てられるはずがない。
侍ジャパン3度目の日本一は、コロナ禍、長引く経済不振で沈滞した日本の背中をどやしつけるような力強い快挙だった。
ここから、いろんな未来が広がっていくことを期待したい。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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