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なぜ貴重な美術作品にトマトスープを投げるのか…環境保護団体が抗議活動をテロ化させている本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年4月9日 13時15分

ベルリン国際映画祭2023の会場で、レッドカーペットに自らの手を接着して座り込むドイツの環境団体「最後の世代(LG)」の活動家(2023年2月16日) - 写真=AFP/時事通信フォト

地球温暖化防止をうたう環境保護団体の活動が、欧米を中心に過激化している。明星大学准教授の浜野喬士さんは「彼らの活動スタイルには『市民的不服従』と『環境的黙示録』という2つのテーマが大きく関わっている」という――。(前編/全2回)

■「美術品テロ」を行っているのはどんな団体なのか

昨年末、欧州を中心に、環境団体のメンバーによる芸術作品への攻撃が相次いだ。世界的な注目を集めることになったのが、2022年10月14日、イギリスの環境団体「ジャスト・ストップ・オイル(Just Stop Oil、以下JSO)」の活動家が、ナショナル・ギャラリー(ロンドン)所蔵のゴッホ『ひまわり』にトマトスープをかけた事件だ。同月23日にはドイツ・ポツダムの美術館で、同国の環境団体「最後の世代(Letzte Generation、以下LG)」のメンバーが、モネの『積みわら』にマッシュポテトの粥(かゆ)をまいた。

JSOは7月にもロンドン、10月27日にはオランダ・ハーグで、コンスタブルやフェルメールの作品をターゲットに、同様のデモンストレーションを行った。LGのメンバーは8月23日から3日連続で、ドイツ各地の美術館でラファエロやプッサン、クラナッハの絵画の額縁に手を接着し、11月15日には、オーストリアのLGメンバーが、ウイーンのレオポルド美術館でクリムトの傑作『死と生』に黒い液体をかけた。

さらにイタリアでは「ウルティマ・ジェネラツィオーネ[最後の世代](Ultima Generatione、以下UG)」、ノルウェーでは「ストップ・オリエティナ(Stopp Oljetinga、JSOのノルウェー版)」、フランスでは「最後の革新(Dernière Rénovation)」を名乗るグループが、同様に芸術作品を標的にした抗議行動を起こしている。

2023年に入ってからも、JSOやLGはロンドンやウィーンなどで幹線道路を封鎖する活動を続けている。2月16日にはLGの活動家がベルリン国際映画祭のレッドカーペットに自らの手を接着して座り込むアピールを行い、3月18日にはイタリアのUGのメンバーが、世界遺産であるフィレンツェのヴェッキオ宮殿の壁にオレンジ色のスプレーをふりまいて取り押さえられた。

■道路封鎖やサッカー場への乱入も

JSOとLGの成り立ちについて簡単に触れておく。

JSOは、2022年2月にイギリスで生まれたラディカル環境団体である。同団体は英国政府に対し、北海油田などでの石油や天然ガスの探査・開発・生産に対する新規許認可の停止を要求。主要道路の封鎖や芸術作品への攻撃、サッカー場やF1、コンサート会場への乱入などを行っている。JSOの起源の一つは2018年5月に活動を開始した「エクスティンクション・レべリオン(Extinction Rebellion)」で、現在も活発に活動しているほか、JSOとの人的コネクションやメンバーの重複が見られる。

LGはドイツのラディカル環境団体であり、2021年にベルリンで行われたハンガーストライキの参加メンバーをその前身とする。この団体もJSO同様、道路封鎖や芸術作品への直接行動で知られるが、食品廃棄物問題に焦点を当てた直接行動をするといった独自色も持つ。

■なぜ芸術作品がターゲットになったのか

まず当然の疑問として浮かんでくるのが、なぜ『ひまわり』や『積みわら』にスープや粥を掛けることが、気候変動への警鐘になるのか、という問題だ。

スプレー缶で適当に噴射した痕
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

あえて彼らの行動に寄り添うならば、地球も一点もの、芸術作品も一点ものなのに、なぜわれわれは地球の危機を無視し、芸術作品の汚損には大騒ぎするのか、というレトリックが見いだせる。『積みわら』にマッシュポテト攻撃をしたLGは、次のようにTwitterに投稿した。「なぜ多くの人々は、われわれの世界そのものが破壊されることよりも、自然の模写の一つが損なわれることのほうを心配するのか?」(@AufstandLastGen、10月24日)。

あるいはもっとシニカルな分析、すなわち単に世間の目を引くための手段だという見方も成り立つ。この場合、気候変動に世間の目を引けさえすれば、ターゲットは芸術作品以外、つまり道路封鎖でも、F1でも、サッカーでも、高級ブティックの店舗でも、コンサート妨害でもよい(実際、これらはすべてJSOやLGの攻撃対象になった)。

日本ではあまり報道されなかったが、昨年11月のJSOによる抗議活動の「主戦場」は、美術館よりむしろ道路封鎖、特にロンドンの環状高速線であるM25号線の封鎖だった(これは連日大渋滞を引き起こし、イギリス国内で注目を集めた)。

■「私はそれが天才的なものだと気がつきました」

JSOのメル・キャリントンは芸術作品をターゲットとする手法の発見について、次のように述べている。「私たちは道路に座りこんでみたり、石油ターミナルを封鎖しようとしたりしました。しかし事実上、ほとんど報道されませんでした。一方、極めて盛んに報道されたのは、傑作を覆っているガラス片にトマトスープを投げつけたことだったのです」。

一方、LGの窓口の一人であるカルラ・ヒンリクスは、JSOの『ひまわり』攻撃の第一報を聞いたときの印象を、「私はそれが天才的なものだと気がつきました。(中略)人々はショックを受けます。そして彼らがものごとに耳を傾け始める、その窓が開くのです」と述べ、JSOの方法からの影響を示唆した。

芸術作品攻撃は、道路封鎖などに比べてはるかに少ない人数で済む。実行にあたっての道具や材料の調達も簡単で低リスクで、逮捕者も少人数で済む。それにもかかわらず社会的影響力は大きいので、致命的な絵画の汚損を起こさぬよう保護された作品の選定にさえ注意すれば、耳目を集める方法として非常にコスト・パフォーマンスが良いわけである。

■活動家たちを突き動かす2つの概念

さて、短期的に見れば、一連の運動の盛り上がりは、22年11月にエジプトで開催された国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)を意識したものだったということになろう。また22年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、英政府が環境リスクを伴う北海油田・ガス田の開発拡大に進んだことへの大衆的反発も、JSOの運動を盛り上げたと言える。

しかし以上のような説明で、かれらの内在論理をすべて分析できたわけではない。第一に、なぜ彼らにとって違法行為へのハードルが低いのか。そして第二に、なぜこうした違法行為によってでも気候変動への注意を引かねばならないほど、彼らは切羽詰まっているのか。

筆者はそこに、「市民的不服従(Civil Disobedience)」と「環境的黙示録(Environmental Apocalypse)」という2つのテーマが大きく関わっていると考える。前篇の本稿ではまず、第一の「市民的不服従」について考察してみたい。

■「市民的不服従」とは何か

JSOやLGらは、自分たちの行動を「市民的不服従」という概念で正当化する。一体それはどういう考え方なのか。

拳を振り上げ、声を上げる男性
写真=iStock.com/urbazon
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/urbazon

市民的不服従とは、『ウォールデン・森の生活』で知られる19世紀アメリカの作家、ヘンリー・デイヴィッド・ソローの講演とそれを元にした書物(『市民の反抗』(岩波文庫ほか、原題はCivil Disobedience「市民的不服従」)に端を発する対抗の思想である。この思想はインド独立の父であるマハトマ・ガンディーや、公民権運動の中心的人物、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師にも多大な影響を与えた。

ソローは、1846年のアメリカ=メキシコ戦争を不法なものだとみなし、不正な戦争に使われるからという理由で人頭税を支払わず、結果、投獄された。税金を払わない、という違法行為によってアメリカという国家の不正に抵抗しようとしたわけである。

またソローは講演とそれを元にしたエッセイ『ジョン・ブラウン大尉を擁護して』(1859年講演、1960年出版)において、奴隷制廃止活動家であり、奴隷を解放するために息子や仲間たちとハーパーズ・フェリーの武器庫を襲撃し、その結果絞首刑になったブラウン大尉という人物を称賛した。

このようにソローは、不正を冒すことで守られる正義や、法を超える正義がある、ということを定式化したわけである。

■もっと過激な活動に走った団体もあった

JSOやLGらの21世紀のラディカル環境活動家にとっても、この「市民的不服従」の思想は活動の基盤の一つとなっている。2022年11月11日、JSOは次のようにツイートしている。「第2次世界大戦中にアンネ・フランクを匿った人々は犯罪者だった。(中略)フランスのレジスタンスもそうだった。(中略)善き人々は悪法を破るのである」。

もちろん、JSOやLGが標榜する「非暴力」というスタンスは嘘だ、彼らの一連の行動はれっきとした暴力行為ではないか、という見方もある。ただ、ラディカル環境運動・動物解放運動の歴史をひもとけば、より過激な事例、団体があるのも事実なのである。

燃えさかる炎
写真=iStock.com/sankai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sankai

例えば日本の調査捕鯨船との激しい衝突で知られる「シー・シェパード」は、1979年にリスボンで捕鯨船シエラ号を沈没させ、1986年にはレイキャビクの捕鯨施設を徹底的に破壊した。1990年代以降、盛んに活動した「地球解放戦線(Earth Liberation Front、ELF)」は建築現場やリゾート施設への放火を、また「動物解放戦線(Animal Liberation Front、ALF)」は、大学動物実験施設への侵入、破壊をしばしば実行したのである。

こうした「ハードコア」な事例と比べれば、JSOやLGの活動は、非暴力を原則とする市民的不服従の枠内で行われているのだ、という当事者の弁明にも一定の理はある。ガラスで保護されていない絵画への修復不可能な攻撃や、美術館そのものに対する不可逆的で決定的な破壊(たとえば放火や爆破)、警備員への暴行、脅迫などには、彼らは至っていないからである。

■市民的不服従が正当化されるための要件

一方で、市民的不服従が正当化されるためには、いくつかの要件が必要となる。まず、上で述べた活動の「非暴力」性。次に、法や制度が長年の不正の積み重ねによって機能しなくなっており、通常の民主主義的方法を使うことができない状況にあることだ。逆に言えば、他の道が閉ざされていないうちは、安易に市民的不服従は使用できないことになる。

さらに、市民的不服従によって発生する善が、そうした行為をせずに放置した場合に発生する悪、あるいはその市民的不服従行為から派生する悪を上回ることも要件となるだろうし、市民的不服従を実践するにあたって直接的・間接的に発生する権利の侵害や混乱は、可能な限り最小の規模に抑えることも求められるだろう。

■正当性に疑義が生まれた「事件」

こうした市民的不服従の正当化という観点から見た場合、22年10月31日、ドイツで発生した自転車事故は、運動の大きなターニングポイントとなった。同日早朝、ベルリン市内で大型車両と自転車の女性の交通事故が発生した。しかし救急隊の車両が、LGの道路封鎖活動による交通渋滞に巻き込まれて立ち往生。女性は脳死状態になり、その後完全に死亡した。LGは当初、自分たちは必ず緊急車両通行用のスペースを空けていたと主張したが、結局、実質的な謝罪に追い込まれた。

謝罪の背景には、ドイツ国内での批判の高まりがあった。LGが大都市での慢性的な大渋滞を意図的に引き起こすことは、警察・消防の緊急車両の遅延を招き、間接的・潜在的に市民の命を危険にさらしている、それゆえLGの活動は、非暴力という市民的不服従の要件を実質的に満たしていない、という批判である。

この不満は独紙『アウスブルガー・アルゲマイネ』と調査会社CIVEYが、11月4日から同7日にかけて行った、LGに対する世論調査でも顕著となった。「LGによる気候に関するプロテスト(例:道路封鎖)をどう評価しますか」という質問項目に対しては、「明白に正しい」と「どちらかといえば正しい」という回答が14%だったのに対し、「明白に間違っている」、「どちらかといえば間違っている」は81%であった(「決定せず」が5%)。

一方で、同様の不幸な偶発事態が、彼らの活動をさらに過激化させる可能性もある。高所に登って横断幕を掲げようとした活動家が治安部隊と押し問答するなかで転落したり、渋滞にいら立ったドライバーが道路に座り込む活動家を威嚇しようとして、誤って接触してしまったりしたらどうなるか。

こうした不幸に見舞われた活動家の仲間は、これらの事案を偶発事とはみなさず、自分たちへの意図的な攻撃と感じるだろう。それは一部のメンバーが、市民的不服従の「非暴力」の要件を捨てる契機にもなりかねない。(後編に続く)

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浜野 喬士(はまの・たかし)
明星大学准教授
1977年、茨城県生まれ。早稲田大学法学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士課程にてカント、環境思想、動物論を研究。専門はドイツ近現代哲学、社会思想史、環境思想史。主な著作に『カント「判断力批判」研究』(作品社、2014年)、『エコ・テロリズム』(洋泉社、2009年)などがある。

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(明星大学准教授 浜野 喬士)

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