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大英博物館の「世界中のお宝」は誰のものか…エジプトの文化財「ロゼッタストーン」を英国が返還しないワケ

プレジデントオンライン / 2023年3月29日 13時15分

ロンドンの大英博物館にあるロゼッタストーン(写真=Adrian Grycuk/CC-BY-SA-3.0-PL/Wikimedia Commons)

■フランス征服の戦利品としてイギリスが接収

イギリス・ロンドンの中心部に構える、大英博物館。エジプトのミイラや死者の書、イースター島のモアイ像など、収蔵数は約800万点といわれ、世界最大規模のコレクションを誇る。だが、そのコレクションが論争の火種になっている。

世界中からの略奪品を無数に含むこれら収蔵品は、本当にイギリスの所有物なのだろうか? 目下の話題は、展示の目玉のひとつであるロゼッタストーンだ。

高さ1メートル少々のこの石版は、サイズ以上の歴史的価値を有する。3つの言語で同じ内容が併記されていたことから、ヒエログリフをはじめとする古代エジプト言語の解読作業に劇的な進歩をもたらした。いまでも暗号解読や翻訳の代名詞だ。

石版は18世紀終盤、ナポレオンの遠征軍がナイル川河口で発見し、フランスの手に渡った。その後、フランス征服の戦利品としてイギリスが接収し、現在でも大英博物館に展示されている。

かつては戦勝者の勝利の証として、文化財の持ち出しがごく当たり前のように行われてきた。だが、近年では元来の所有地に戻すべきだとの議論が高まっており、ロゼッタストーンもエジプトに返還されるべきだとの論調が高まっている。

しかし、返還をめぐる状況は複雑だ。専門家は、ロゼッタストーンの返還が実現すればそれを皮切りに、「パンドラの箱」が開くと指摘する。収蔵品の大放出へとなだれ込むシナリオが危惧されている。

■フランス・マクロン大統領の演説から始まった

きっかけは2017年、フランスのエマニュエル・マクロン大統領による演説だった。

返還の是非をめぐる議論が盛り上がるなか、マクロン氏はアフリカの文化財が「私的コレクションやヨーロッパの博物館のみに留まるべきではない」と明言。これらの文化財を「ダカール、ラゴス、コトヌーで見たい」と表明した。

これを受けフランスでは、専門家らによる検討委員会が結成。アフリカ美術品の返還に関する具体的な議論が動き出した。影響はフランス国内に留まらず、ヨーロッパの広い地域で返還に関する議論が加速する。それまで返還を拒んでいたヨーロッパの博物館・美術館らに激震が走った。

ニューヨーク・タイムズ紙のサージ・シュメマン編集委員は同紙の論説を通じ、返還には双方に利があるとの見解を示している。

氏は、略奪品は「ヨーロッパにとっては植民地時代の暗部」であり、「アメリカにとっては人種主義と奴隷制度の遺産」にすぎないと述べている。一方、略奪された国にとっては「国家のアイデンティティと文化の問題」であるとの指摘だ。

ロンドンの大英博物館
写真=iStock.com/_ultraforma_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/_ultraforma_

■中国の影響力を排除したい政治的な思惑

同記事はまた、対中国の観点でも欧米はアフリカとの関係を見直すべき時に来ているとみる。古くはイギリスの植民地が目立ったアフリカだが、現在同地では中国が経済的影響力の拡大をねらっている。このような状況下で欧米諸国は、略奪美術品の返還を通じ、現地政府の信頼を獲得したい動機があるという。

以来、返還をめぐる賛否の議論が続いている。ただし基本的には、返還の要請があったものについては原則としてもとある場所へと返すべきである、との考え方が拡大してきた。

近年の例に限っても、複数の貴重な文化財が欧米からアフリカ諸国や中東などに返還されている。米CNNは1月、繊細な細工が施された「象牙のスプーン」がアメリカからパレスチナに返還されたと報じている。国際的な巨額の盗品取引への関与が疑われるアメリカ人実業家から押収されたものだった。

捜査当局によるとこの実業家は、12の犯罪ネットワークを通じ、世界11の国から密輸された品々を所持していたという。計7000万ドル(約90億円)の盗品を売買した疑いがかけられている。

■欧米の博物館・美術館が責任を問われる事態に

米スミソニアン誌は同じく1月、米ヒューストンからエジプトへ木棺が返還されたと報じている。古美術の密輸を手がける犯罪シンジケートによって15年前に盗み出され、ドイツ経由でアメリカの個人収集家が入手していた。

収集家がヒューストンの自然科学博物館に数年単位で貸与していたところ、捜査当局が展示品を押収。エジプトへと返還された。マンハッタン地方検事長は、木棺の価値は100億ドル(約1億3000万円)を超えると推定している。

米ニュースメディアのアクシオスによると、同地の観光業と経済のさらなる活性化に貢献するとして、関係者らは返還を歓迎している模様だ。

ベニン王国のブロンズ像
ベナン共和国のブロンズ像(写真=Daderot/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

美術品の略奪に関し、博物館や美術館側の責任が問われた例は、これだけではない。

英アート・ニュースペーパーは昨年12月、米メトロポリタン美術館がナチスによって盗まれた美術品を所蔵しており、発覚前に売り抜けようとした疑惑があると報じている。

■英文化相は「危険な道である」と警告

このように返還が成立し、取り組みの成果として華々しく取り上げられている事例は、欧米諸国に点在する盗品の全体数からすれば氷山の一角にすぎない。

一部の返還を認めれば、やがてアメリカやヨーロッパに所蔵されている美術品や文化財の多くを手放さざるを得なくなるとの懸念する向きもある。

例えばロゼッタストーンが火種となっている大英博物館では、ほかにギリシャのパルテノン神殿から盗み出されたとされる大理石の彫刻が議論の焦点となっている。

英BBCによるとイギリスのミシェル・ドネラン文化相(当時)は、彫像は「私たちが手入れを行ってきたわが国の資産である」と述べ、返還要請に反発。返還を行ったならば「収拾のつかない事態を引き起こす」こととなり、「危険な道である」と警告した。

ドネラン氏が懸念するのは、一部の重要美術品の返還が契機となり、イギリスじゅうの文化財が流出する事態だ。大英博物館の収蔵品を含め、イギリスには植民地時代に属国から持ち出した文化財が多く保管されている。

アフリカで文化財の買い取りによる奪還を進めるある実業家は2018年、ニューヨーク・タイムズ紙に対し、「(返還の正当性を認めた)マクロンはパンドラの箱を開いた」と指摘している。

だからといって略奪品を展示し続けることを正当化できるわけではないが、博物館側としては所蔵庫が空になるような事態に至らないか、警戒せざるを得ない実情がある。

■「文化財の保護につながった」という理屈は通るのか

返還反対派を支えるひとつの論理として、先進国の優れた環境で文化財を保管することで、貴重な文化財の保護につながるとの主張がある。アメリカの伝統あるライフスタイル誌のタウン&カントリーは、カンボジアの文化財の事例をもとにこのロジックを説明している。

タイ系イギリス人の古物商であるダグラス・ラッチフォードは、2020年に死亡するまで、寺院の遺跡にヘリで乗り込み石像などをさらっていく冒険家として知られていた。

長い内戦が続いたカンボジアで、有名なアンコールワット近くのクメール寺院に押しかけると、12世紀の貴重な遺跡から文化財をごっそりと盗み出していた。出所を隠して売りさばこうとしたことが発覚し、2019年、ニューヨークの連邦検事局から起訴されている。

ラッチフォード氏の言い分はこうだ。盗み出した当時、カンボジアでは内戦が続き、銃弾が飛び交っていた。自分が持ち出さなければ過激派組織の射撃訓練の的となり、粉々に破壊されていたかもしれない。

氏が真に文化財保護の目的で遺跡荒らしを行ったかは定かでないが、結果として一定の効果があったことは否定できない。カンボジア政府は2008年、学術的貢献と美術品の保存の功績を認め、ラッチフォード氏にナイトの称号を授与している。

トラファルガー広場
写真=iStock.com/VV Shots
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/VV Shots

■ドイツ外相は「誤り」を認めた

CNNが昨年8月に報じたところによると、ラッチフォード氏が関与した文化財の一部がカンボジアへ返還された。クメール美術の権威であったラッチフォード氏だが、米国土安全保障省調査局のリッキー・パテル特別捜査官は同時に、「何年も違法な事業を行っていた」「略奪品をアメリカに密輸した」とも指摘している。

文化財の返還は、ひとつの大きな流れとなっている。侵略や植民地化が広く行われていた過去には、美術品など文化財を略奪することが勝者の特権でもあった。

だが、昨今の国際社会では国家間の協調が重視される。過去に奪ったものを素知らぬ顔で所有し続けることに対し、道義的責任が問われる時代へと変化した。

昨年12月には、かつてイギリスが現ナイジェリアから略奪し、その後ドイツの手に渡ったベナン共和国のブロンズ像が、ナイジェリアの地に戻った。

米ワシントン・ポスト紙によると、ドイツのアンナレーナ・ベアボック外相は演説を通じ、「(イギリスが)持ち出したのは誤りだった。しかし、(ドイツが)保管したのもまた誤りだった」と述べ、自国の責をストレートに認めている。

ナイジェリア文化相は「(返還は)20年前ならば想像もできなかった」と演説し、ドイツへの謝意を示した。自国の不利を認めることで、かえって信頼関係が醸成された好例と言えるだろう。

■大英博物館に所蔵されている「世界中のお宝」はだれのものか

欧米には、16世紀以降に世界各地から集められた文化財が数多く存在する。欧米側は、保管環境の整った欧米の博物館・美術館での保管が文化財にとっては望ましいとして返還請求を拒み続けてきた。

しかし、エジプトには中央官庁のひとつに考古省が存在し、考古学上の研究と文化財の扱いに大いなる実績がある。また、ニューヨーク・タイムズ紙がナイジェリアでの美術館の新規建設を報じるなど、アフリカでの受け入れ状況も徐々に整備されているようだ。この点を踏まえると、欧米側の従前の主張を今後も繰り返すことは無理があるだろう。

これまでロゼッタストーンなどの文化財の返還運動は繰り返されてきたが、欧米側はまともに取り合ってこなかった。もとあった国に返された例はまれだ。

流出した経緯は様々だ。文化財を守るための移転もあっただろう。しかし少なくとも「略奪された文化財」と判明しているものについては、もとあった国の所有権を認め、返還の要請に応えるべきではないか。そのうえで一部は、「所有国」との合意のうえで大英博物館などが借り物として展示する形が現実的な解決策となろう。

世界の貴重なコレクションを大英博物館の1カ所で楽しむ時代は、徐々に終焉(しゅうえん)へ向かっているようにも思われる。各国の博物館を訪れ、その土地に残る現在の風土とともに鑑賞するというスタイルが、国際時代の文化財鑑賞のあり方となるかもしれない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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