アマゾンもアマゾン・キラーもまとめて苦境に…米国の金利上昇がIT企業や金融機関の破綻を招いているワケ
プレジデントオンライン / 2023年3月27日 10時15分
■“カネ余り”に乗じて取引を強化してきたが…
足許、世界経済の環境は急速に変化している。米メタなど大手IT企業の追加リストラや、米欧金融機関の経営不安の高まりはそれを象徴する。リーマンショック以降、日米欧などの主要中央銀行は利下げなどの金融緩和を強化した。
世界全体で“超低金利”と“カネ余り(過剰に流動性が存在している状況)”は続いた。その状況が未来永劫(えいごう)続くと楽観する主要投資家は増えた。多くの投資・投機資金は成長期待の高まった米国の有力IT先端企業やスタートアップ企業の株式や暗号資産(仮想通貨)などに流入した。それに目を付けた米欧などの金融機関は、関連企業との取引を強化した。
しかし、2021年春ごろから世界的に物価は上昇し、その後はインフレの高進が鮮明化した。米欧などの主要中銀は金融政策を急速に引き締め、世界的に金利は上昇した。それによって世界経済の環境は大きく変化している。金利上昇は企業や家計の利払い負担を増やし、資産価格を下押しする。足許、そうした変化に対応するプロセスが起きている。それが、SNSやサブスクリプションのビジネスモデルの行き詰まりや一部金融機関の破綻につながった。世界経済の先行きは一段と不透明になっている。
■コロナ禍で成長した“アマゾン・キラー”が急増
2008年9月にリーマンショックが発生してから2022年3月まで、事実上、世界全体は超低金利とカネ余りの環境に浸った。中央銀行は金融緩和を強化し、世界各国で短期から長期、超長期の金利は低下した。金融市場では資金のだぶつき感が高まった。より高い利得を求めて投資資金は、高い成長が期待される分野に流れ込む。
米国のIT先端企業の株や、暗号資産には多くの資金が流入した。世界の大手金融機関が発行した自己資本比率を引き上げるための特殊な債券にも、利回りが高い分、多くの資金が流入した。
コロナ禍の発生によって一時的に成長期待は低下した局面はあったが、感染の再拡大によって各国で都市封鎖や外出制限は長引いた。テレワークやネット通販、動画視聴、フードデリバリーなど世界経済のデジタル化は加速した。その結果、SNSやサブスクリプション型のビジネスモデルの優位性は一段と高まり、成長期待も押し上げられた。そうした環境変化に目を付ける企業家も増えた。一時、米国などで“アマゾン・キラー”などと呼ばれるIT系スタートアップ企業は急増した。
■先端企業に積極投資していたクレディ・スイス
そうした企業は一時、超低金利環境を活用して資金調達を行い、高い成長を遂げた。成長期待の高まりに支えられ、米国のIT先端企業の組み入れが多いナスダック総合指数も大きく上昇した。カネ余りと高い成長への期待は連鎖反応的に高まり、“買うから上がる、上がるから買う”という強気心理に拍車がかかった。
米国や欧州では、成長期待の高い先端分野の企業との取引を強化したり、関連する株式の取引業務などを強化する金融機関が急増したりした。その一つが、スイスのクレディ・スイスだ。
同行の出自は、富裕層向けを中心とする商業銀行ビジネスにある。しかし1980年代以降、同行はより高い成長を目指し投資銀行ビジネスに参入した。リーマンショック後は超低金利環境をよりどころに米欧などで投資銀行事業を強化し、IT関連株の発行、IT先端分野などに投資するファンド向けの与信ビジネスなどを強化した。
■アルケゴス・ショックで巨額の損失を被った
しかし、2021年の春ごろから世界全体でインフレの進行が鮮明化した。2022年3月にはインフレを鎮静化するために米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げを開始した。その後、米国、ユーロ圏、英国、カナダなどで金融は急速に引き締められ、世界的に金利は上昇した。
その結果、超低金利環境の継続期待を根底とするIT関連の株式や社債、暗号資産などの価格は下落した。企業、家計の利払い負担も増え、世界全体で需要の減少懸念も高まった。
そうした環境変化の裏返しとして、事業規模の小さい分、成長期待が余計に高まったITスタートアップ系企業や暗号資産関連企業の経営体力は急速に低下した。クレディ・スイスは、強気相場の変調にいち早く直撃された。2021年3月、同行は世界経済のデジタル化を背景に成長期待の高まった英フィンテック企業“グリーンシル・キャピタル”やIT関連銘柄などに投資を行った米アルケゴス・キャピタルとの取引から巨額の損失を被った。
■かつての“サクセス・ストーリー”は雲散霧消した
2022年11月、暗号資産分野では世界的な交換業者であったFTXが破綻した。それをきっかけに暗号資産取引業者の顧客資産の保全などに対する疑義は高まった。政策金利の引き上げによって企業の信用力への不安も高まり、ファンド勢は未公開株投資に一段と慎重になった。ITなどスタートアップ企業から投資資金も引き揚げられはじめた。
結果的に、カネ余り環境を足掛かりにして特別目的会社(SPAC)に買収され、その上で株式の新規公開を実現するというITスタートアップ企業の“サクセス・ストーリー”は雲散霧消したといえる。GAFAをはじめとするIT有力企業の成長ペースの鈍化も鮮明化した。
さらに、2023年3月上旬の議会証言にてFRBのパウエル議長は、2月から一転し、インフレ圧力が想定以上に強いとの見解を示した。世界的に、金利上昇への警戒感は急上昇した。資金繰り確保のための企業の預金取り崩しの急増、金利上昇による保有債券の価値毀損(きそん)を背景に、暗号資産関連企業との取引を強化した米シルバーゲート銀行は事業清算に追い込まれ、シグネチャー銀行は破綻した。
■「過度なリスクテイク」という共通点
3月10日、ITスタートアップ企業などとの取引を強化したシリコンバレー銀行は破綻し、ファースト・リパブリック銀行の経営不安も高まった。3月19日、クレディ・スイスはUBSに救済買収された。
![シリコンバレー全景](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/4/1200wm/img_d4d8cb6c16b21db507d51703388df758304126.jpg)
共通するのは、過度なリスクテイクだ。特に、クレディ・スイスは商業銀行とカルチャーの異なる投資銀行分野で、無理をしてリスクテイクを続けた。ずさんなリスク管理体制も重なり、同行は自力で損失を吸収し、財務内容を健全化することが難しい状態に陥った。
一方、IT先端分野などでのリストラは一段と加速している。3月14日、メタは今後約2カ月で1万人程度の人員を追加で削減すると発表した。アマゾンも9000人を追加削減する。2023年、アップルのティム・クックCEOの報酬は前年の半分になる見通しだ。マイクロソフト、インテルなどもリストラを強化している。リーマンショック後の世界経済の緩やかな成長を支えたIT大手企業の成長鈍化は鮮明だ。
■過剰人員を抱える企業のリストラはさらに進む
リスクを取りすぎた投資家や金融機関、事業法人が環境変化に耐えきれず破綻するなどするのは、過去にも繰り返された。1990年代以降の世界経済では、主要国の景気先行き不透明感が高まると中央銀行は利下げなど金融緩和を強化してきた。
しかし、足許の状況は大きく異なる。世界的にインフレ圧力は依然として強い。主要先進国の中央銀行にとって利下げは難しい。慎重に政策金利は追加的に引き上げられる、あるいは高い水準に据え置かれる公算は高い。それによって過剰人員、過剰設備を抱えるIT先端分野などの企業のリストラはさらに強化されるだろう。
今すぐではないにせよ、投資銀行業務を強化して成長期待が高いIT企業などとの取引を強化した欧州などの金融機関の経営不安は高まりやすい。3月に入って以降の欧米の金融機関の経営不安やIT先端大手企業の追加人員削減は、世界経済の先行き不透明感が一段と高まっていることの裏返しといえる。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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