政府の借金はむしろ増やすべきだ…「財政赤字を減らすべき」と考える人が理解していない資本主義の仕組み
プレジデントオンライン / 2023年3月30日 13時15分
※本稿は、中野剛志『どうする財源――貨幣論で読み解く税と財政の仕組み』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。
■民間銀行はどこから貨幣を創造しているか
資本主義経済における貨幣循環の過程では、はじめに企業の資金需要があります。
次に、民間銀行がその需要に応じて貸出しを行なう、つまり「無から」貨幣を創造して供給します。
そして、企業は、借り入れた預金(貨幣)を支出して、経済の中に供給します。
貨幣は、経済の中を巡っていきます。
そして、企業は、収入を得ることで貨幣を回収し、銀行に対する債務を返済します。これにより、貨幣は破壊され、消滅します。
この一連の貨幣循環の過程(図表1)から、次の4つが確認できました。
![【図表1】貨幣循環(民間部門)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/e/1200wm/img_7eb2849c77f759f2d8215eed5d3f5df287456.jpg)
■貨幣が存在するためには企業の債務が必要
①支出が先、収入が後
企業は、支出にあたって、必ずしも収入(=財源)を必要としない。
企業は、先に貨幣の支出を行ない、その後で、収入を得ている。「支出が先、収入が後」である。
②企業の財源=企業の需要
民間銀行は、返済能力のある企業に対しては、その資金需要に応じて、いつでも、いくらでも、貸出しを行ない、資金を供給することができる。
言い換えれば、民間銀行が貸出しによって創造する貨幣は、究極的には、企業の資金需要から生まれる。
したがって、企業の財源は、企業の「収入」ではなく、企業の「需要」である。
③企業の収入と返済が、貨幣を破壊する
企業の貸出しによって貨幣は「無から」創造され、企業の支出によって貨幣は、経済の中に供給される。
そして、企業が収入を得ると、貨幣は経済の中から回収される。企業が回収した貨幣をもって銀行に債務の返済を行なうと、貨幣は破壊され、消滅する。
④すべての企業が完済してしまうと、貨幣がこの世から消えてしまう
「貨幣は、負債の特殊な形式」であり、返済は貨幣を破壊することですから、すべての企業が債務を完済すると、経済の中から貨幣(=負債)が消滅してしまう。
したがって、資本主義経済においては、人々が取引や貯蓄のために貨幣を使用するには、債務を負った企業が常に相当数存在していなければならない。
さて、以上は、資本主義経済における貨幣循環ですが、ここでは、政府部門を考慮に入れていません。それでは、次に、政府部門を入れて、貨幣循環を考えてみましょう。
■中央銀行も「無から」貨幣を創造する
政府の貨幣循環は、基本的には、民間部門の貨幣循環と同じです。
ただし、図表1中の貸出し先の「企業」を「政府」へ、「民間銀行」を「中央銀行」へと読み換える必要があります。
というのも、民間銀行は、政府に対して貸出しを行なうことはできないからです。政府に貸出しを行なうことができるのは、中央銀行だけです。
政府部門を考慮した貨幣循環は、図表2のようになります。
![【図表2】貨幣循環(政府部門)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/f/1200wm/img_9fe2c6564cd5fe6d0bf6cff323b156c787157.jpg)
この貨幣循環の過程では、中央銀行は、信用創造によって、「無から」貨幣を生み出します。中央銀行の貸出し(=貨幣の創造)に必要なのは、借り手である政府の資金需要だけです。
すなわち、貨幣循環の出発点は、政府の資金需要だということになります。
■政府が債務を返済すると、貨幣は破壊される
政府には、たとえば、公共事業を行ないたいので資金が欲しいという公共需要があります。
その政府の公共需要に対して、中央銀行が貸出しを行なうことで、貨幣が創造され、政府は資金を手に入れます。
そして、政府は公共事業を行なうために支出します。たとえば、橋や道路を建設するために、建設会社に対して公共事業費を支出します。建設会社は、政府から得た資金を用いて、橋や道路を建設する資材を購入したり、原材料を仕入れたり、あるいは従業員に給料を支払います。
こうして、政府が民間部門に対して支出を行なうことで、貨幣は民間部門へと供給されます。そして、貨幣を得た企業やその従業員もまた支出を行なうことで、貨幣は経済の中を循環するというわけです。
これが図表2の実線の矢印、つまり貨幣循環の行きの流れです。
もちろん、政府部門を入れた貨幣循環の過程でも、民間部門の貨幣循環と同じように、貨幣が戻ってくる流れもあります。
民間部門の貨幣循環では、企業は、事業を行なうことで収入を得て、貨幣を獲得し、それを民間銀行への債務の返済に充てました。その結果、貨幣が破壊され、消滅して、貨幣循環が完結しました。
これに対して、政府は、強制的に税を徴収することで貨幣を還流させ、それを中央銀行への債務の返済に充てます。つまり、政府が徴税して債務を返済すると、貨幣が破壊され、消滅するということです。
■財政赤字でなければならない納得の理由
政府部門の貨幣循環についても、わかりやすい絵で表現すると、図表3になります。
![【図表3】政府部門の貨幣循環](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/9/1200wm/img_29351500265cb2f237c71782a8edcc2978340.jpg)
蛇口から水槽へと流れる水は、政府が債務を負うこと(貨幣創造)で支出した貨幣を意味しており、水槽につけられた排水管は徴税を意味し、排水管から水槽の外へ流れる水は、政府債務の償還(貨幣破壊)を表現しています。水槽は、国の経済全体です。
水槽(国の経済)の中に水(貨幣)が貯まって流れているためには、蛇口から流れる水(債務)のほうが、排水管から排出される水(返済)よりも多くなければならない、つまり財政赤字でなければならないことがイメージできると思います。
以上が、政府部門を考慮に入れた貨幣循環の過程になりますが、ここから、いくつか重要なことが確認できます。
■企業も政府も「支出が先、収入が後」
①政府支出が先、税収が後
図表2の実線の矢印からわかるように、政府は、支出にあたって、税収を必要としていません。政府の財政支出が先にあって、徴税はその後(図表2の点線の矢印)に行なわれています。
企業も「支出が先、収入が後」でしたが、政府も同じなのです。
②政府の財源=中央銀行による貨幣創造
これが重要なのですが、政府の公共需要さえあれば、中央銀行はいつでも貸出し(貨幣創造)を行なうことができます。この点も、民間部門の貨幣循環における企業と同じです。
政府支出の財源とは、支出に使う「貨幣」のことでしょう。その貨幣は中央銀行が創造するのです。
③税は、政府支出の財源確保の手段ではない
いよいよ、財源問題の核心に迫ってきました。
一般に、政府が税金を徴収するのは、政府支出の財源に充てるためだと信じられています。しかし、図表2を見てください。
②で述べたように、貨幣を創造し、それを政府に供給しているのは、中央銀行です。
政府支出の財源は、中央銀行による貸出しです。税収ではありません。
しかも①で述べたように、政府は、貨幣を支出した後で、徴税を行なっています。したがって、政府支出の財源が税収であるはずもないのです。
■「政府の財源」は「政府の需要」から生まれる
考えてみてください。
政府が徴税によって国民から取り上げるのは、貨幣です。
しかし、政府には中央銀行という特殊な機関があって、その中央銀行が、政府の需要に応じて、新たに貨幣を創造し、供給してくれるのです。それなのに、どうして、政府はその貨幣を国民から徴収しなければならないのでしょうか。
むしろ、政府は、財政支出によって貨幣を供給したから、国民は貨幣を保有できるのであり、政府は徴税を行なうことができるのです。
④政府の財源(=中央銀行による貨幣創造)=政府の需要
民間銀行が貸出し(貨幣の創造)を行なうには、企業の需要がなければなりませんでした。ですから、「企業の財源」=「企業の需要」だと言ったわけです。
これは、政府部門も同じです。
中央銀行が貸出し(貨幣の創造)を行なうには、政府の公共需要がなければなりません。
政府の需要が中央銀行を通じて貨幣を創造し、その貨幣が政府の事業の財源となるわけです。
したがって、「政府の財源」=「政府の需要」だということになるのです。
「政府の財源」は「政府の需要」だと言われて奇異に感じるとしたら、それは、資本主義における信用創造機能の仕組みを理解していないからにすぎません。
■民間経済を貧しくする「財政健全化」
⑤政府の徴税と返済が、貨幣を消滅する=財政健全化とは、貨幣の破壊である
企業が収入を得ると、貨幣は経済の中から回収され、企業が回収した貨幣をもって銀行に債務の返済を行なうと、貨幣は破壊され、消滅します。
これと同じように、政府が徴税を行なって税収を得ると、貨幣は民間経済の中から引き上げられます。つまり、その分、民間経済は貨幣を失って貧しくなります。
そして、徴税によって回収された貨幣が、中央銀行への政府債務の返済に充てられると、貨幣は破壊され、消滅します。
だとすると、税とは、政府支出の財源を確保するための手段ではなく、その反対に、政府支出の財源(貨幣)を消滅させるための手段だということになります。
別の言い方をすると、財政支出を抑制し、税収を増やし、政府債務を減らすことは、「財政健全化」と言われていますが、この財政健全化によって、貨幣は破壊されていくのです。
■デフレ悪化は資本主義の崩壊を招く
⑥すべての企業と政府が債務を完済すると、この世から貨幣が消えてしまう
返済は貨幣の破壊を意味するので、すべての企業と政府が債務を完済すると、すべての貨幣が破壊されてしまいます。
そして、デフレになると、銀行は貸出し(貨幣の創造)ができず、企業は返済(貨幣の破壊)に走らざるを得ないので、貨幣がこの世から消えていってしまうおそれがあります。
そういうデフレの時に、政府までもが財政支出を抑制し、政府債務の削減に努めたら、つまり財政健全化を推し進めたら、どうなるでしょうか。言うまでもなく、貨幣がさらに消えて、デフレが悪化します。最終的には、貨幣がこの世から消滅し、資本主義は崩壊することでしょう。
これを絵で表現したのが、図表4です。
![【図表4】不況下における政府の歳出抑制・増税](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/f/1200wm/img_dfedac0d39b588f7ba3b135ed33a59e7113047.jpg)
デフレ不況で民間部門の蛇口から水が出ていない時に、政府部門までもが蛇口を閉めて水の流入量を減らしたり(歳出抑制)、排水量を増やしたり(増税)したら、水槽の水が減っていくばかりになるでしょう。
■今、財政赤字が拡大するのはむしろ良いこと
したがって、デフレの時に、財政赤字が拡大し、政府債務が増大するのは、何ら悪いことではありません。むしろ、良いことです。つまり、図表5のように、政府支出という蛇口を大きくゆるめて、水槽の水の量を増やしていくのです。そうでなければ、貨幣が消えていってしまい、恐慌(大デフレ不況)になってしまうからです。
![【図表5】不況下における政府の歳出拡大・減税](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/6/1200wm/img_267e4bf2b1da96a2f2c15119a9399ab0133481.jpg)
財政赤字というと、悪いことのように言われますが、政府が債務を負って支出を増やすことは、単に、貨幣を創造し、供給しているにすぎません。「財政赤字を減らすべし」と主張するのは、「貨幣を破壊すべし」と言っているだけのことです。
要するに、資本主義の仕組みを理解していないから、財政赤字は減らすべきものだという誤解をしてしまうのです。
■企業収入を増やすだけでは、経済は成長しない
これに対して、「財政支出を増やすのではなく、成長戦略によって企業の収入を増やせば、税収も増えるので、財源は確保できる」と主張する論者がよくいます。そういう論者の発想を、先ほどの水槽の絵で示すと、図表6のようになるかと思います。
![【図表6】「財源」を巡る一般的な誤解](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/9/1200wm/img_e9551b019942259eb043474723feacd687780.jpg)
![中野剛志『どうする財源――貨幣論で読み解く税と財政の仕組み』(祥伝社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/8/1200wm/img_68a6861563952c40dd31e394dc1483b090187.jpg)
この図のように、排水した水を水槽に戻したところで水槽の水の量は増えないのと同じで、政府の税収や企業の収入が増えたところで、貨幣の総量は増えません。それどころか、政府も企業が債務の返済を進めれば、貨幣の量は減っていってしまいます。
政府や企業が信用創造を通じて債務を増やさなければ、貨幣の量は増えません。「成長戦略によって企業の収入を増やせ」と主張する論者は、そもそも、企業に入ってくる貨幣がどこからどうやって生まれたのかについて、つまり信用創造について、考えが及んでいないのです。
デフレ下で企業が債務を増やせないでいる中で、政府が債務を増やして歳出を拡大しなければ、いくら成長戦略によって企業の収入を増やしても、経済は成長しないのです。
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評論家
1971年、神奈川県生まれ。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。著書は『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』(ベストセラーズ)など多数。
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(評論家 中野 剛志)
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