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なぜトップニュースにしないのか…依然としてジャニー喜多川氏の性的虐待を問題視しないメディアの罪

プレジデントオンライン / 2023年3月31日 13時15分

画像=BBC iPlayer公式サイトより

3月7日、イギリス公共放送BBCが、TV局として世界で初めてジャニーズ事務所の創業者・ジャニー喜多川氏(2019年死去、享年87)の性加害を詳報した。この問題は1999年に『週刊文春』が報じ、ジャニー氏は報道を否定して提訴したが、2004年2月の高裁判決で性加害の事実が認められている。だが、依然として国内での報道は限定的だ。ロンドン在住ジャーナリストの木村正人さんは「日本のメディアが横並びのムラ社会である証左だ」という――。

■家父長制が覆い隠す「芸能界最大のタブー」

「これを我慢しないと売れないから」「僕1人お風呂入れられて全身洗われて、お人形さんみたいに。別の日には口でされた」。2019年、87歳で亡くなった“ジャニーズ王国”創設者ジャニー喜多川(本名・喜多川擴(ひろむ))の児童性的虐待を取り上げたTVドキュメンタリー「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」が7日、英BBC放送で放映された。

ドキュメンタリーで「否定とメディアの沈黙が日本で最も強力なポップミュージックの大物が何十年にもわたって10代の少年を搾取することを許した」問題を追及したリポーター、モビーン・アザール氏に対し、英紙ガーディアンのTV批評担当ルーシー・マンガン記者は「アザール氏の子供のような怒りや不信感は作品のトーンを損なっている」と手厳しい。

巨大なクモの巣の中心に君臨し、文字通りグルーミングで10代の少年たちをがんじがらめにして性的搾取を続ける。芸能界最大のタブーを覆う「日本における恥の文化」をもっと掘り下げるべきであり「家父長制は社会を組織する上で良いシステムではない。主な理由はそこにいる男たちだ」とマンガン氏は指摘する。有名人、コーチ、神父……捕食者はどこにでもいる。

豪公共放送のオーストラリア放送協会(ABC)は「英司会者ジミー・サビル(2011年死去)も、米映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインもいったんスキャンダルが暴露されるとメディアの水門が開き、彼らの評判は一夜にして崩壊した。喜多川が亡くなった時、疑惑はほとんど無視された。その代わり、この音楽界の大物には称賛が浴びせられた」と伝えた。

■安倍首相も弔辞で「ジャニーさん」と呼んだ

19年9月に東京ドームで行われたお別れの会では安倍晋三首相(当時、故人)の弔辞が代読された。「突然の訃報に世代を超えて日本中が大きなショックを受けました。それはジャニーさんが昭和、平成、そして令和とそれぞれの時代を代表するスターを生み出してこられたことの証左だと思います」。「ジャニーさん」という言葉に親しみが込められていた。

英国でもBBCの国民的人気司会者だったジミー・サビルの児童性的虐待が彼の死後に白日の下にさらされた。#MeToo運動に火を付けた米ハリウッドの大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力、米R&Bシンガーソングライター、R・ケリーの性的人身売買……。芸能界の性的搾取は日本に限った話ではない。

しかし日本の特異性は「Jポップ界のゴッドファーザー」と呼ばれた喜多川の死後も児童性的虐待が日本社会では闇に葬り去られたままだという事実だ。ジャニーズ事務所は今も芸能界に君臨し続けている。過去30年以上にわたる日本の約150紙誌の新聞・雑誌記事を横断検索できるG-Searchに「ジャニー喜多川」と入力すると6787件がヒットした。

■紅白歌合戦を開催できなくなるNHKはだんまり

喜多川が死去した時、NHKは「僕たちのショーはハッピーエンドで終わります。世界もハッピーエンドであってほしい」という本人の言葉を伝えている。朝日新聞は1756字の評伝で「最大の功績は男性アイドルを育成するシステムを構築したことだ」というライター、松谷創一郎氏の声を紹介し、所属タレントへのセクハラを認めた東京高裁判決に短く触れている。

毎日新聞も評伝で「日本の大衆文化に大きな影響を与え続けた巨人」「『たのきんトリオ』も『SMAP』も『嵐』もタレントたちはすべてジャニーさん個人のエンターテインメントにかける『夢と理想』そのものであった」「ジャニーさんはウォルト・ディズニーがそうであったようにエンターテインメントにおける『満足保証の名前』だった」と絶賛している。

「ジャニー喜多川 AND セクハラ」でのヒット件数は24件。「ジャニー喜多川 AND 性的虐待」ではたった9件。毎年大みそかに紅白歌合戦を放送するNHKの記事はゼロ。昨年、白組のうちジャニーズ事務所所属はSixTONES、なにわ男子、Snow Man、King & Prince、関ジャニ∞、KinKi Kids。ジャニーズ事務所にソッポを向かれたらNHKは紅白歌合戦を開けなくなる。

■『週刊文春』だけが気を吐いた

ジャニーズ事務所の所属タレント抜きでは番組を制作できないNHKや民放だけでなく、大半の新聞や雑誌が「見ざる聞かざる言わざる」の“三猿”を続けてきた。『週刊文春』だけが1999年10月から14週にわたり所属タレントに対する喜多川の児童性的虐待を追及した。翌11月、喜多川と事務所は名誉毀損(きそん)で文藝春秋を提訴し、文春サイドは1審、2審も敗訴した。

東京地裁は喜多川の児童性的虐待の真実性・相当性を否定し、喜多川と事務所へ各440万円の支払いを文藝春秋に命じた。03年7月の東京高裁判決は性的虐待の真実性を認めたが、所属タレントの日常的飲酒・喫煙、冷遇、事務所とTV局による万引事件の隠蔽(いんぺい)については真実性・相当性を認めず、喜多川と事務所へ各60万円の支払いを命じた。

当時、『週刊文春』は「肛門性交そのものも苦痛でしたが、それを誰にも話すことができないという“秘密”を胸に持ったことが本当に苦しかった」というサバイバーの苦痛に満ちた証言を報じている。中には12歳の少年もいた。喜多川と事務所は高裁判決を不服として上告したが、最高裁はこれを棄却し、04年2月、東京高裁判決が確定した。

■「逆らえば番組に出てもらえなくなる」という忖度体質

みどり共同法律事務所(東京)の穂積剛弁護士は東京高裁判決を受けたコラムの中で「最大の争点は喜多川が未成年者の少年らに対して『淫行』を実際に行ったのか、その行為を拒否するとデビューさせてもらえなかったり、ステージの立ち位置が悪くなったりするため少年たちが抵抗できないという事情があったのかという点であった」と指摘している。

高裁判決は「喜多川のセクハラ行為の態様及びその時の状況に関する少年らの供述内容はおおむね一致するものであり、かつ具体的である」「週刊文春の取材班は少年12人に取材し、そのうち10人以上がホモセクシュアルの被害を訴えたこと、取材班は少年らに対し大事な点については角度を変えて何度か繰り返し質問し、矛盾がないか確認したこと」を認めた。

喜多川は法廷で「少年たちは自分で集めた子です。みんながファミリーだと言いながら、血のつながりのないというほど侘(わび)しいものはないという意味で、寂しかったからというのは逆に僕自身だったかも分かりません」「彼たちを全然恨んでもいません。彼たちは嘘(うそ)の証言をしたということを僕は明確には言い難いです」と少年たちの証言を受け入れた。

法廷
写真=iStock.com/whim_dachs
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/whim_dachs

穂積弁護士は「巨大な力を持つ大手芸能プロダクションに対し、TV局をはじめとするマスメディアが忖度(そんたく)して報道を控えてきた。逆らえば自社の番組に人気タレントを出演させてもらえなくなる。そうした忖度体質のために、喜多川のような非道な犯罪行為を続けていた人物の反社会的行為が隠蔽され、存続してきた」とマスメディアの沈黙を批判している。

■欧米メディアは女性差別や人権問題に厳しく目を光らせている

G-Searchの検索では、1審の地裁判決は各紙が取り扱ったが、2審の高裁判決を報じたのは朝日新聞だけで、「文春の賠償額減額 ジャニーズのセクハラ記事訴訟」との見出しで「裁判長は所属タレントへのセクハラに関する記事の重要部分は真実と認定」と短く伝えたのみだった。ジャニーズ事務所所属タレントの少年たちが受けた児童性的虐待は単なる「セクハラ」として扱われた。

海外メディアはどうだったか。

米紙ニューヨーク・タイムズは高裁判決に先立つ00年、『週刊文春』の告発記事を取り上げ「日本の他の主要な報道機関は週刊文春の告発や喜多川の訴訟を報道していない。喜多川が自分や他の人にセックスを強要したと主張する元所属タレントたちが書いた数冊の告白本にも目をつぶっている」とジャニーズ事務所とマスメディアの癒着を指摘している。

英紙ガーディアンも05年「J-POPの夢工場」という記事で、男性アイドルグループの草分けフォーリーブスの北公次氏が半生記で喜多川にレイプされ、長期の性的関係を強要されたと暴露したことや元所属タレント平本淳也氏の暴露本『ジャニーズのすべて』を取り上げている。

アングロサクソン系の米英豪は女性差別や人権問題に厳しく、日本のような同盟国や友好国の動向にも目を光らせている。

■イギリスにも「芸能界の捕食者」はいた

BBCのドキュメンタリーは日本の特異性、閉鎖性、後進性を取り上げる傾向が強い。TBSワシントン支局長(当時)に強姦(ごうかん)されたと告発した伊藤詩織氏を取り上げた「日本の秘められた恥」が放送された時は、日本の#MeToo運動を後押しするなど大きな反響があった。しかし英国にも喜多川を上回る「芸能界の捕食者」が君臨していた。ジミー・サビルである。

前出のガーディアン紙マンガン記者はNetflix(ネットフリックス)のドキュメンタリー「ジミー・サビル:人気司会者の別の顔」(22年)について「サビルは国民を手なずけた。彼はまさにありふれた風景の中に潜む捕食者そのものだった」と解説する。制作者によって丹念につなぎ合わせられた英国社会におけるサビル現象は衝撃的だ。

サビルは英ストーク・マンデビル病院などを支援する慈善活動のため何百万ポンドも集めた。マーガレット・サッチャー首相(当時)はサビルの実行力を称賛し、チャールズ皇太子(現国王)はサビルにパブリック・リレーションズのアドバイスを求め、何年にもわたってサビルと文通していた。「その結果、彼は無敵の存在となった」とマンガン記者は書く。

彼の正体に関するうわさはあったものの証拠がない。サバイバーたちはストーク・マンデビル病院で繰り返し性的虐待を受けていた。BBCのジャーナリストは被害者を見つけ出したが、サビルの死後、11年12月に深夜ニュース番組「ニュースナイト」で放送予定だった番組は編集長によってボツにされ、取材に関わったスタッフはBBCから追い出された。

■サビルの死後にメディアが悪事を報じ始めた

BBCの独立調査委員会によると、サビルの被害者は少なくとも72人。最年少は8歳で、強姦被害者が8人いた。正式な苦情は8件も提出されており、BBC内の若手職員や中間管理職の中にはサビルの性的虐待を知っていた者もいた。これとは別に10歳の少女を含む女性21人に暴行を加えていたBBCアナウンサーもいた。

「J-POPの捕食者」のリポーター、アザール氏は「サビルはしばしば国家的な存在、国宝級の人物とみなされていた。サビルとバッキンガム宮殿、BBCは邪悪な三角関係にあった。バッキンガム宮殿がサビルと良好な関係を持っているなら問題ないとサッチャー首相の時代には彼を社会のロールモデルとして首相官邸に招待までしていた」と振り返る。

サビルの死後1年近くがたった12年10月、「ニュースナイト」の調査報道に携わった刑事出身の記者によるドキュメンタリーが民放ITVで放送されたのをきっかけに警察への被害届が相次いだ。その記者が討論会で「サビルが生きている時は名誉毀損で訴えられるのが怖くて手が出せなかった」と苦渋に満ちた表情で打ち明けるのを筆者は聞いたことがある。

たくさん並ぶ白い人型の中に一つある青い人型
写真=iStock.com/peterschreiber.media
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/peterschreiber.media

■日本メディアは家父長制とムラ社会に汚されている

英国では故人が誹謗(ひぼう)中傷を受けても訴える権利を遺族に認めていない。人格権は個人の死亡とともに消滅すると考えられているからだ。ロンドン警視庁の捜査では性的虐待の被害者は450人とみられる。サビルはBBCの企画や公共医療サービス(NHS)での慈善活動を通じて性的虐待を繰り返していた。警察も何度か端緒をつかんだが、生前に怪物を追い詰めることはできなかった。

サビルの死後も性的虐待をもみ消そうとしたBBCは批判の洪水にさらされた。労働市場の流動性が日本に比べて高い英国では、BBCの取材班にいた記者が他メディアに移り、サビル事件を告発できた。日本では性犯罪を公に訴えることがタブー視され、同性愛への偏見も根強い。英国より死者の名誉が保護されていることも告発をためらわせているのかもしれない。

しかし一番の問題は日本にこびりつく家父長制とムラ社会にある。家父長には逆らえない。逆らえば村八分にされる。そんな恐怖心に覆われながら日本人は暮らしている。マスメディアもそのシステムにしっかり組み込まれていることを改めてジャニー喜多川の児童性的虐待は浮き彫りにしているに過ぎないのだ。

■メディアとジャニーズの癒着は検証されるべき

5月6日に行われるチャールズ国王の戴冠式を前に国王とサビルの不都合な関係がどう扱われるのか。米富豪ジェフリー・エプスタイン被告(拘置所で自殺)の性的虐待事件で未成年者と性交したとして米法廷に訴えられ、法廷外で和解したアンドルー英王子(王位継承順位8位)の問題もくすぶり続けるだけに、英王室の正当性が改めて問われている。

一方、岸田政権は3月14日、性犯罪の規定を大幅に見直す刑法改正案を閣議決定した。「性交同意年齢」は13歳から16歳に引き上げられ、16歳未満との性行為は同意の有無にかかわらず処罰される。17年に成立した性犯罪に関する改正刑法で、それまでは女性に限られていた強姦罪(現・強制性交等罪)の被害対象者が性別を問わない形に広げられた。

喜多川の児童性的虐待は当時の法整備の不備を理由に免罪にすることは許されない。めいで現ジャニーズ事務所社長の藤島ジュリー景子氏は「ジャニー喜多川が亡くなって以降、法令を順守し、時代に即した透明性の高い組織体制の構築と、公平な専門家によるガバナンスの強化に取り組んでいる。23年に新体制の発表と実施を予定している」との声明を発表した。

女性や未成年者など性暴力の標的にされる社会的弱者はいつまで泣き寝入りを強いられるのか。今も続くNHK、マスメディアと“ジャニーズ王国”の癒着には国会や独立機関による徹底した検証が求められるのは言うまでもない。

すりガラス越しに手を押し付けた人のシルエット
写真=iStock.com/coldsnowstorm
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/coldsnowstorm

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木村 正人(きむら・まさと)
在ロンドン国際ジャーナリスト
京都大学法学部卒。元産経新聞ロンドン支局長。元慶應大学法科大学院非常勤講師。大阪府警担当キャップ、東京の政治部・外信部デスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。

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(在ロンドン国際ジャーナリスト 木村 正人)

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