なぜ売れないのに広告するのか…千葉郊外の放棄分譲地が「売れるはずのない価格」で宣伝する意外なカラクリ
プレジデントオンライン / 2023年4月3日 14時15分
■買い手が見つからない更地に「高値」がつけられる
筆者が住む千葉県には、宅地造成されたまま手つかずになっている「限界分譲地」が多く存在している。都心へ車で1時間という立地であるが、売れずに放置されている。その原因について、本稿では「不動産の仲介業者」という視点から見ていきたい。
千葉の限界分譲地、というより千葉県全体に言えることだが、地場の不動産業者がカバーしている。もともと千葉県は農業が盛んな地域であり、農家用住宅の需要もある。農村部の物件であっても分け隔てなく扱う地元の業者が何社も存在している。
これまで筆者が紹介してきた、地価が大きく下落した限界分譲地であっても例外ではない。中古住宅は地元の不動産業者が取り扱い、空き地になっている分譲地も扱う業者が皆無というわけではない。底値に近い格安物件だからこそ一定の購入希望者もいるからだ。
ただ、坪1万円前後の更地を積極的に扱いたがる業者は少数派だ。そうした土地の仲介を拒絶する業者も存在する。実勢価格から算出される仲介手数料の安さを考えれば、むしろ自然な反応であろう。
こうした状況の中で、千葉県内に大量に放置されている限界分譲地では、奇妙な現象が起きている。およそ実勢相場とはかけ離れた、誰も買うはずもないような高値の価格の売地広告が、常に大量に出され続けている。
■売り広告があふれる「限界分譲地」特有の事情
その数はあまりに膨大である。一見するとそれが地域の相場価格に思えてしまうのだが、継続的に観察していると、非現実的な価格であることがわかる。当然ながら買い手は見つからず、長期間広告が出され続けることになる。
近隣の2つの物件が、坪単価にして10倍ほどの開きがあることも珍しくない。ある分譲地では30坪の土地が300万円、近くの南東角地の好条件の土地が30万円で売り出されている例もある。統一された相場観はまったく形成されていないことがわかる。
たまに広告が消えることがある。成約したのかと思いきや、現地に赴いても何一つ変化している様子はなく、単に反響がなく広告が取り下げられていただけに過ぎなかったりする。
なぜ誰も買わない物件が高値で売り出され、広告が大量に放置されたままなのか。①売主側の理由、②不動産仲介業者の理由を考えてみたい。
売主側の一番の理由は、売主自身に危機感が乏しく、売り急いでいないためだと思う。今なお大半の所有者が土地の相場を正確に把握していないことも一因である。
これが、40~50年前の分譲当初に購入した本人であれば、購入当時の価格の記憶があるために、なかなか損切りに踏み切れないという心情もわかる。しかし、近年は古い旧分譲地も次第に相続が進んでいて、相続者は当時の地価高騰の時代の記憶がないにもかかわらず、売地の市場はさして変化しているようにも見られない。
より重要なのは、物件を仲介する不動産業者側にしても、安い価格にして売り急ぐメリットはないことだ。少しでも高値で成約すれば、より高い仲介手数料を得られるからだ。メリットと言えば、せいぜい取り扱い物件数の豊富さを装える程度だろう。
さらに限界分譲地には「固有の事情」が存在する。それは広告を出した時点で完結する別の市場が存在しており、分譲地の土地取引そのものよりも活発であるという倒錯した現状があるからだ。つまり、不動産業者は土地を売らずとも儲かるのである。
■仲介業を「兼業」している草刈り業者
別の市場とは何か。それは草刈りだ。
千葉の限界分譲地の売地の場合、その物件広告を出しているのは「草刈り業者」が圧倒的多数を占める。不動産仲介業のほか、遠方に住んでいて、自分では土地の管理作業が難しい不在地主からの依頼を受けて、年に2回ほど草刈りの作業を行う業者だ。
草刈り業者というのは聞き慣れない方も多いと思うが、これは千葉県郊外特有の業態だろう。管理契約を締結している土地には、自社名と「○○様所有地」と依頼者の名前入りの小さな立看板を立てるのが慣習である。
千葉の限界分譲地は、マンションや別荘地と異なり、分譲地全体を見る管理会社が存在しないところがほとんどである。自治会が草刈りなどの整備作業を請け負っていることもあるが、自治会のない分譲地は、地主が個別に管理会社に草刈り作業を依頼するしかない。
依頼主の大半は限界分譲地の不在地主だ。多くは都市部在住者で、草刈りを行うための道具もなければ、その技術も持ち合わせていない。わざわざ遠方の所有地に出向いて、無理して不慣れな作業を行うよりは、業者に依頼したほうが合理的である。
合理的とは言っても、使い道もない所有地の草刈りを、ただ費用を投じて続けていくだけでは、いつまで経っても出口に到達せず不合理極まりない話でもある。なんの管理もせずに雑木や篠竹が縦横に繁茂し、荒れ果てたまま放置していては、どんなに価格を下げても買い手を見つけることすら困難になってしまう。
■土地を売るより、草刈りのほうが儲かる
こうした事情から、草刈り業者の中には、不動産業者として県知事免許を保有し、管理地の売却・仲介業務を兼務するところもある。彼らの本業はあくまで草刈りであり、継続的な収益が見込めるのもその業務である。不動産仲介業は「兼業」しているにすぎない。
仮に不在地主から草刈りを依頼された土地を底値のような価格で売却しても、わずかな額の仲介手数料が一度発生するだけだ。そのうえ顧客をひとり失うことになる。そうなると、どうしても仲介に不熱心な業者が出てきてしまうのは想像に難くない。
例えば、筆者の近所にある空き地の地権者は、30坪の土地に、一度の草刈りで約3万円の作業賃を支払っているという。業者は複数人で足を運び、専用の機械で草を刈り、完了後には写真つきで報告書を送付する。料金は土地の広さや地形によっても変わるので一概には言えないが、作業内容を見れば妥当な料金だろう。
作業は通例、一つの土地について年2回行うので(都度作業を依頼するのではなく、継続的に作業を行う契約がある)、1区画につき単純計算で年間6万円の利益が発生することになる。
仮にその30坪の土地を、30万円で売却の仲介を行った場合を考えてみよう。業者の利益となる仲介手数料は、買主側からはわずか1万5千円しか徴収できない(法定手数料で計算した場合)。
売主側からは、現行の法律では、物件価格にかかわらず最大で18万円(税込19万8000円)を徴収できることになっているが、売却代金の3分の2を占める手数料を、売主に承認するだろうか。
■本当に売る気があるのだろうか
もちろん、それでも良いのでなんとか売ってくれ、と頼む売主もいるのだが、多くの売主はあまり良い顔をしないだろう。それでもなんとか仲介を行いたいと考えれば、売主側の手数料の額を下げるか、粘り強く手数料の上限額を支払ってもらえるよう交渉を続けるしかない。
そんな面倒なことをするくらいなら、今のまま草刈りの契約を継続してもらったほうが良いと考えるのは自明の理である。
ましてや今の時代に限界分譲地の区画を購入する方は、ほぼ間違いなく投機目的ではなく、自身で何かしらの使い道を考えているはずだ。新たな買い手からも、前所有者と同様に草刈りの依頼を受けられる望みは薄い。草刈り業者も商売である以上、本業を優先する判断そのものは決して責められる話ではないだろう。
そのため「格安土地の専門店」としての地位を築くべく、詳細な売地広告を自社サイトで豊富に掲載している草刈り業者も確かにある。一方で、成約できるか疑わしいほど宣伝に不熱心な草刈り業者も存在する。
後者の業者の場合、自社サイトに一応物件情報が掲載されてはいるものの、詳しい所在地も記載されていなければ、物件画像もないのでサイト上の情報だけでは検討のしようもない。現地の看板には価格などの詳細な情報もないのが普通なので、サイトの情報と照らし合わせて比較することもできない。
■実際に問い合わせをしてみたら…
筆者は一度そのような不熱心な業者に売地について問い合わせたことがある。
筆者は一般の不動産会社に問い合わせる感覚で、こちらから希望条件を出し、相手側から条件に合致するいくつかの物件を紹介してもらおうと考えていたのだが、「具体的にどこの土地なのか言ってくれなければわからない」と取り付く島もない。
「このような物件を探している」といったリクエストを出しても、それじゃ答えようがない、と面倒そうにあしらわれただけで、特定の物件の所在地を明言しない限り紹介もしてくれなかった。
そうなると、複数の物件の価格を聞いて比較検討するためには、自力でその草刈り業者の管理地をいくつか特定した上で個別に聞き出さなくてはならないわけで、よほどの物好きでなければ他の購入手段を検討するだろう。この業者に仲介を依頼している売主は、こんな消極的な営業しか行わない業者に、売却の望みを託しているのだろうか。
仲介業務を行わない草刈り業者にいたっては、そもそも仲介業務に携わる資格がない以上、そこに依頼し続けても、売却につながる望みは極めて薄くなる。
いずれにせよ主力の業務が土地の売却・仲介ではない以上、例えば依頼主が非現実的な売却価格を望んだとしても、業者側に、それを強く否定し、売主をたしなめるほどの強い動機が存在しないとも言える。あるいは、変に口を挟んで依頼主の機嫌を損ねたくない、との思いが働くこともあるだろう(それは一般の仲介業者も同じだが)。
■売主の言い値がつけられる
いずれにせよ千葉の限界分譲地は、その市場の構造上、売主の言い値で価格が設定される場合が多い。
言い値で売却できるのであればいいが、一向に売却につながらなくても、広告を掲載している時点ですでに完結している市場(草刈り業務)のほうが、肝心の売買市場よりも活発であるために、この倒錯した現状はなかなか改善されないままである。
結局はそのような高値の売地は一向に見向きもされることもないまま、時折登場する適正価格の物件(大体坪1万円以下である)だけが、わずかに存在する買い手の需要に応えているだけの状態が続いているのだ。
非現実的な価格の広告が大量に出されっぱなしの市場というのは誰が見てもおかしなものだと思うが、それは別に草刈り業者が売主に強要しているものではない。
売主がどうしても不要な土地を手放したいと、捨て値の希望価格を提示すれば業者はその価格で広告を出している以上、これは一概に業者に非のある話とも言えず、やはり売主の判断が甘いために起きている事象であると言わざるをえないだろう。
■泣き寝入りを強いられる所有者も
また別の要因として、近年では、土地の売却や宣伝を名目とした「手数料」の詐取も横行している。
これは無用な土地を所有し続ける所有者に対し、土地の売却・仲介を持ちかけながら、売主から、本来支払う必要もない「手数料」を巻き上げるものだ。こうした業者が千葉の限界分譲地でも暗躍していた。
不動産売買における仲介手数料は成功報酬である。売却のために行う広告宣伝費や調査費用などは、すべて上限が定められた仲介手数料に含まれており、売買契約の成立前の時点で売主から徴収することはできない。
ところが一部の業者は、登記簿に記載された住所の所有者に対し、お持ちの土地が高く売れる、責任持って管理業務を行うなどの誘い文句を散りばめたダイレクトメールを送りつけ、調査費、看板設置費用、測量費などの名目で費用が必要になると騙り、30万円ほどの手数料を徴収している。
こうした行為は宅建業法違反で、業界内でもしばしば注意喚起が行われている。だが、被害金額が、弁護士を雇って法的措置に訴えるとかえって赤字になってしまう程度であり、泣き寝入りする被害者が多い。時折摘発や処分を受けている業者はあるものの、ほぼ野放しの状態が続いている。
■「誰も買わない価格帯」の広告が大量に出される
これらの業者も、形ばかりの「査定」を行う。所有者から30万円の手数料を徴収するのに、査定額が数十万円では話が矛盾してしまうので、彼らが提示する査定額は、実勢相場の10~20倍にも及ぶ非常識な価格になる。
業者の主目的はあくまで所有者から徴収する手数料なので、査定額が非現実的で、何の反響もなかろうとも、まったく意に介することはない。アリバイ的にネット広告も出す場合もあるが、掲載しているのは、業界団体が運営する、掲載料金のかからないマイナーな物件サイトのみである。
もちろん物件情報が更新されることもない。筆者が知るかぎり、解体前の建物の写真を使い続けたり、既に売却済みの物件まで広告として掲載しているケースもある。
こうしてネット上には「誰も買わない価格帯」の広告が大量に出される。これから売却を検討する所有者は、こうした情報を目の当たりにし、誤った相場観を植え付けられてしまうという悪循環が起きてしまっている。
実際、売却の依頼を受けた地元業者が、適正な実勢相場に基づいた査定額を売主に提示すると、もっと高い価格で出されている広告があるではないかと怒られてしまうという話を筆者は何度も耳にしている。
分譲地の所有者の多くが都市部在住の不在地主で、都市部と比較して土地の価格が、文字通り「桁違い」に安いために、その価格が高いか安いかの判断すらできていないケースがあるのだ。
■千葉の限界分譲地だけが空回りをしている
大量の無意味かつ非現実的な広告、需要を圧倒的に上回る過剰供給の常態化、不在地主であるがゆえに浸透しない実勢相場など、千葉の限界分譲地は非常に特異な市場が形成されている。
昨今は、日本各地の古い分譲地、別荘地の更地は軒並み価格が下落しているとはいえ、実勢相場に納得できない地主の土地は単に市場に出てこないだけで、売れもしないのに膨大な広告だけが溢れかえっているという状況はみられない。
管理者もなければ地域社会との繋がりもなく、不在地主が自力で「管理」「売却」に奔走しなくてはならない千葉の限界分譲地の更地だけが、ほとんど需要もない中で空回りを続けているのだ。
何もかも他人任せで売却まで容易に済ませられる市場ではないという点では、市場のない地方の農村部とあまり変わらないのかもしれない。
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ブロガー
1981年静岡市生まれ。千葉県横芝光町在住。「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」管理人。「楽待不動産投資新聞」にコラムを連載中。著書に『限界ニュータウン 荒廃する超郊外分譲地』(太郎次郎社エディタス)がある。
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(ブロガー 吉川 祐介)
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