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全身を高級ブランドで包んでも、幸せではなかった…芸人・入江慎也が「闇営業」問題で引退した本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年4月2日 14時15分

入江慎也さん

2019年6月の「闇営業」報道によって、カラテカの入江慎也さんは芸能界を引退した。なぜ道を踏み外してしまったのか。自省録『信用』(新潮社)より、一部を抜粋してお届けする――。

■名前も覚えてもらえず「矢部の相方の君」と呼ばれていた

人脈を武器にして仕事をいただくようになってから、相方の矢部(太郎)には「入江は変わった」と言われるようになっていた。

僕の変化を矢部は敏感に感じ取り、忠告もしてくれていた。でも、僕は矢部の忠告に対し、聞く耳をもたなかった。それどころか、矢部は新たな仕事を手にした僕に嫉妬しているんだとすら思っていた。

この頃が、矢部と一番話さなくなっていた時期だったと思う。

高校でも卒業してからも、矢部よりも僕のほうが目立っていた。「芸人になろう」と誘ったのも僕で、矢部はそんな僕についてきた形だった。いつも僕が中心にいる自信があった。

でも、芸人になってすぐ、それが単なる勘違いだと思い知らされた。

出会う先輩、オーディションでの番組スタッフ、皆、矢部しか見ていなかった。

背が小さくてガリガリで坊主頭で、緊張すると股間を握る相方。誰が見てもおもしろかった。

僕は一切いじられなかった。見てさえもらえなかった。

先輩に名前すら覚えてもらえなかった。「矢部の相方の君」と呼ばれていた。

■「役に立つ後輩」と思ってもらえれば相方に勝てる

オーディションでは「すごい相方だねー! おもしろいねー!」と、矢部のことばかり言われた。僕への感想はまったくなかった。

ショックだったし、悔しかった。

コンビとして考えたら、強力な武器になるはずだった。矢部をいじってスポットを当て、まずはお茶の間にカラテカを知ってもらう。それからネタを通して、コンビとしてのカラテカを認めてもらえばいい。

でも、そんなふうに考えられる余裕が僕にはなかった。ただ、悔しさばかりが募った。

仕事も矢部ばかりが決まり、僕は暇だった。

矢部に負けたくない。僕も仕事がほしい。

有り余る時間を使って打開策を考えるうち、辿り着いたのが「先輩たちに名前を覚えてもらおう」ということだった。

それが仕事につながるかどうかなんてわからない。でも、どんな些細なことでもいいから、矢部に勝てることがほしかった。

先輩たちに「役に立つ後輩」と思ってもらうことが、当時の僕にとっては矢部に勝つことだった。

だから、呼ばれればいつでも駆け付け、おいしい店を探し、合コンをセッティングした。誕生日会の幹事もした。

本当は、お笑いの場で先輩たちの役に立ちたかった。「入江のあのひと言で場の空気が変わったよ」「入江のギャグで助かったよ」と、言われたかった。でも、それができなかった。

なぜなら、僕にはお笑いの才能がなかったから。

そのことに気づいてしまった僕は、矢部に対して強烈なコンプレックスをもつようになっていった。

■売れている後輩と話すときはいつもビクビクしていた

芸歴を重ねていくにつれ、僕はそうしたコンプレックスを売れている後輩に対しても感じるようになった。

自分が後輩からどう見られているのかが気になった。

ネタもしていない。笑いをとるわけでもない。常に先輩といる。そんな芸人、カラテカ入江。

僕は売れている後輩に対して、ビクビクするようになっていた。言葉の裏に、僕に対する軽蔑があるような気がして、何を話すのにも緊張した。

笑いと格闘しながら日々活躍している後輩。貪欲に笑いをとりにいっている後輩。対して、人脈を増やして、人脈の話をしている僕。人脈の話しか求められない僕。

憧れられる、尊敬される芸人とは程遠かった。自分自身が嫌というほどわかっていた。

わかっているからこそ、「どうだ、俺はこんなにプライベートで先輩に必要とされているぞ」と見せつけずにはいられなかった。

■飲み会の仕切りが悪い「軍団」後輩には厳しくあたった

先輩の誕生日会の幹事は、それには格好の機会だった。

先輩も後輩も楽しんでいる中、司会も裏方もやって、「できる自分」を見せつけた。本心ではカッコ悪いと思いつつも、僕はやり続けた。売れている後輩になめられたくなかったから。

友人とのディナーパーティーでシャンパンのボトルを開ける若者
写真=iStock.com/Goodboy Picture Company
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Goodboy Picture Company

それでも、僕を慕ってくれる後輩もいた。

僕はこの「入江軍団」を大きくするのに必死になった。

ただ大きくするだけじゃない。僕の後輩なら、本や講演会で僕が提唱する「理想の後輩」としての在り方を完璧に実践してもらわなければならなかった。

飲み会での動き、注文の仕方、おいしいものを食べたときのリアクション、おごってもらった後のお礼の仕方、翌日のLINEでのお礼の仕方……すべてにおいて厳しく注文をつけた。

それができない後輩は許せなかった。

「全部、俺が実際にやってきたことだよ。俺にできて、なんでお前にできないんだよ」
「お前はネタで笑いをとるタイプの芸人じゃない。だから俺といるんだろ。仕事がほしいなら、俺と同じようにしろよ」

自分の意見を一方的に押し付けた。

見かねた先輩たちに「入江がやってきたことは入江にしかできないんだから、人に押し付けるな」と注意されても、その意味がわからなかった。

企業の飲み会に呼ばれたときに見せる、「若手社員のいいお手本になります」と喜ばれた僕らの阿吽の呼吸は、そうやって無理やりにつくられたものだった。

■自分に足りないものをブランド品で補いたかった

この頃の僕は高級時計をはじめ、いかにもなハイブランドのファッションに身を包むようになっていた。

有名人と一緒にいて、その人と同じようなファッションをしていると、自分もすごい人になっているような気がした。

有名人とは四六時中、一緒にいることはできないが、ブランド品は一緒にいてくれる。

芸人でいるためには、人脈以外のものが必要だった。カッコ悪い自分を守る鎧のようなものがブランド品だった。

僕は自分に足りないものを自分で補うことを忘れ、人やモノに依存するようになっていた。

芸人でいるためではなく、少しでも自分を優位に立たせたい、大きく見せたいという、歪んだプライドが生み出した発想だったかもしれない。

矢部だけでなく、先輩にも同期にも後輩にも、周りの誰に対しても、スキあらばマウントを取ろうとした。自分のことを認めてほしかった。

■「人を仕事としてしか見ていない」親友に突かれた図星

ある日、16歳の頃からの付き合いの地元の親友と飲んだ。

久しぶりに会った親友の前で、僕は全身をハイブランドで包み、人脈や今の仕事について自慢し続けた。

僕の話を聞いていた親友は、

「いっさん(昔からの僕の愛称)、このままだといっさんがいっさんじゃなくなる。壊れていくよ。いっさんは、今は人を仕事としてしか見ていないよ」

と、冷静に告げた。

その言葉が胸の奥、僕の一番触れてほしくないところに突き刺さった。次の瞬間、僕は「何がお前にわかるんだよ!」と、言い返していた。

「今、俺は芸能界で生き残るのに必死なんだよ! 絶対に、俺の気持ちなんかわからないよ!」

激高する僕に反して、親友は冷静なままだった。

「人に会うことによって、大切なものを失っていっているよ。昔のいっさんは損得なく、人と人をつなげていたよ。もう一度、高校時代の気持ちに戻ってほしい」
「今のいっさんはお金はあるかもしれないけど、幸せそうに見えないよ」

僕は何も言い返せなくなっていた。

■「入江さんといると疲れます」そう言われても引き返せなかった

矢部をはじめ、周囲の人たちからも同じようなことを言われていた。

「少し休んだほうがいいよ」「生き急いでいるみたいだよ」「何か悪いことに巻き込まれそうだよ」とも言われていた。

ずっと一緒にいた後輩からも「入江さんといると疲れます」「気が休まらないです」「もっと自然体の入江さんが見たいです」と言われていた。

わかってはいるけれど、もう引き返せなかった。

ある夜、社長さんとの飲み会の帰りに後輩にこう言われた。

「入江さん、最近、全然笑ってないです」

芸人なのに笑っていない。笑わせてもいない。人を笑わせたくて、芸人になったのに。

僕は何をやっているんだろう。何がしたいんだろう。

こんなに必死に頑張っているのに、何ひとつ成し遂げていない。

まずは、売れなきゃ。あともう少し、頑張らないと。

でも、どうなれば「僕は売れた」と安心できるんだろう。「あともう少し」って、いったいどれくらいなんだろう。

前に進んでいるつもりが、いつしか道を大きく外れているような気がした。

それでも「友だち5000人芸人」の肩書を手放すことができなかった。ブランド品と同様、何もない僕を守ってくれる鎧だったから。

それを脱ぐのは怖すぎた。僕なんかが丸腰で生き残れる世界じゃなかった。

■闇営業騒動の前からとっくに自分は破綻していた

改めて、思う。

闇営業の騒動が起こらず、今も吉本興業にいて芸人を続けられていたとしたら、どうだったろう。

僕は、今よりも幸せだったんだろうか?

騒動の前から、僕はとっくに破綻していた。周りの人にはそれがはっきりとわかっていた。僕自身も気づかないふりをしていただけだった。

それでも、僕は人に会い続けた。

会えない日はイライラした。一人ではいられないから、後輩たちを誘って飲むが、時間を無駄にしているような気がして、焦りばかりが募った。

「お前ら、何かいい情報持って来いよ!」と、後輩たちに当たった。

ネタを探して、人と会った。声をかけられれば、どういう方なのかもよくわからないまま、会いに行き、一緒に写真を撮った。あちこちで、僕との写真がSNSに上がった。

それを見た方から「入江さん、○○さんとも友達なんですね。僕もなんですよ」と言われても、僕は正直、どこの○○さんなのかさえわからなかった。顔すら思い浮かばなかった。

正気の沙汰ではなかったと思う。

■それでも「全部が無駄だった」とは思いたくない

3年以上の時間をかけて、ようやくここまで振り返ることができた。

自分の愚かさには言葉もない。

冷静に振り返る中で、人脈とは本当にわからないものだと思うようになった。

太く固く結ばれている綱のようなものだと思っていたら、ちょっと先でぶっつりと切れてしまっていたりする。細く頼りない、いつ切れてしまうかわからない糸のようなものだと思っていたら案外、丈夫でしっかりと僕につながり続けてくれていたりもする。

そんな丈夫な糸が今の僕の手には握られている。

多くの方からは批判されるかもしれないが、「これまでのすべてが愚かで無駄なことだったとは思いたくない」という気持ちが頭をもたげているのも事実だ。

いい出会いもあった。今も僕の周りに残ってくれている人がいる。

■1年前は司会をしていたイベントで裏方のバイトをする

2018年、ある町のハロウィンパーティーの司会をした。吉本興業の若手芸人によるライブもある、大掛かりなものだ。

2019年、そのパーティーの主催者の一人であったニイザワさんから連絡をいただいた。

騒動後にもかかわらず、ハロウィンパーティーの司会を「今年も入江さんにお願いしたいんです」という話だった。

ありがたかったが、さすがに「まだ人前には出られません」と断ると、「町の人がみんな入江さんのこと待っているんですよ。顔だけでも出してもらえませんか?」と言ってくださった。

そんなことがあるんだろうかと思ったが、素直にうれしかった。

顔を出しに行くだけなのは申し訳ないので、「じゃあ、アルバイトをさせてください」と、裏方の手伝いをすることになった。

当日、テントの設営やゴミ拾い、ビールなど出店の売り子として働いた。

ステージでは、後輩の鬼越トマホークが司会を務め、1年前と同じように吉本興業の若手芸人がネタを披露していた。ステージに立つ全員がひと際、キラキラして見えた。

ライブが終わると、鬼越トマホークの二人が気まずそうに「僕らが司会ですみません」と挨拶をしに来てくれた。

■「もう芸人じゃない自分」を生きるきっかけになった日

ちょっと強がって、「なんで謝るんだよ」と笑顔で言うと、「いや、まさか入江さんとこういう形で再会するとは思いませんでした」と答えた。

入江慎也『信用』(新潮社)
入江慎也『信用』(新潮社)

たしかに、彼らも仕事先のイベント会場で、僕がビールの売り子をしているとは思わなかっただろう。

余計な気を遣わせてしまって、後輩たちには申し訳なかったが、この日が「もう芸人じゃない自分」を生きていくきっかけになったように思う。

寂しくはあったが、「ステージに立つ側の人間ではない」という現実を受け止めることで、「今は目の前の、自分がすべきことを精一杯頑張ろう」という方向へ、気持ちを切り替えられたような気がした。

そんなこともあり、より一層大きな声を出してビールを売っていたら、「入江さん、去年の倍売れましたよ」と言われた。

知らない間に入っていた肩の力がスッと抜けた気がした。

このハロウィンパーティーの主催者であるニイザワさんは今、ピカピカ神奈川支店の代表をやってくださっている。

無理やりに人脈を広げていた頃。「お前の言う『友だち』は本当の友達じゃない」という声をたくさんいただいていた。

たしかにそうだった。

でも一方で、僕は「友達」以上の存在にたくさん出会えてもいた。これは紛れもない事実なのだ。

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入江 慎也(いりえ・しんや)
ピカピカ代表
1977年、東京都出身。高校の同級生である相方の矢部太郎とともにカラテカを結成し、よしもとクリエイティブ・エージェンシー(現・吉本興業)に所属。バラエティ番組で活躍する一方「日本後輩協会」を立ち上げ、後輩力を生かして多様な人脈を駆使して多方面で活動する。2019年6月、いわゆる「闇営業」問題で吉本興業から契約解除。2020年、清掃業の株式会社ピカピカを立ち上げる。

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(ピカピカ代表 入江 慎也)

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