なぜファミレスで「配膳ロボ」が急増しているのか…人手不足だけではない「ネコ型ロボット」の導入背景
プレジデントオンライン / 2023年4月4日 13時15分
■ロボット配膳がもたらした新風景
1月下旬、取材の打ち合わせで、港区赤坂にある「ガスト」を訪ねた。都心部にある繁盛店ということもあり、ビジネスパーソンらしき一人客で昼下がりの店はほぼ満席だった。
「いらっしゃいませ」とスタッフに案内されて席に座ったが、そのあとは、注文はタブレット型端末だし、ドリンクはセルフサービス。食事はネコ型の配膳ロボットが運んできたものを受け取り、支払いはセルフレジで済ませた。
ロボット配膳がもたらした新風景といえよう。
気づいてみれば着々と進むオートメーション化。聞けば、私が立ち寄った「ガスト」や「バーミヤン」「ジョナサン」などを運営するすかいらーくグループは、昨年末までに、配膳ロボットを3000台配置したという。
すかいらーくホールディングスが目指すサービスはどういうものなのか。
■「導入の目的は労働時間の削減ではない」
営業政策グループでロボット導入責任者を務める花元浩昭さんによると、すかいらーくグループでは、2021年から中国製のネコ型配膳ロボット「BellaBot(ベラボット)」の配置を始めた。
「ガスト」「しゃぶ葉」「バーミヤン」「ジョナサン」の主要4ブランドでは、2021年11月からベラボットの本格導入を始め、2022年12月までに7割にあたる2100店に3000台の導入を完了した。わずか1年でこれだけのサービスロボットを導入する事例は前代未聞だろう。
製造業などでは、ロボットによって合理化や効率化が実現されるイメージが強い。だが、レストランのようなサービス業では、行き過ぎた合理化や効率化は、顧客離れを招きかねないのではないか。
そんな質問を投げてみると、花元さんから「DX戦略の目的は、労働時間の削減ではないのです」という答えが返ってきた。
■従業員に起きた劇的な効果
「配膳をベラボットが肩代わりすることで、従業員の身体的な負担を減らせます。実際に、ドリンクバーやトイレのチェック回数を増やせ、ピークタイムの準備も早めにできるようになりました。狙いはお客さま満足度の向上で、労働時間削減ではありません。このためベラボットの導入に伴って、フロア担当のスタッフの数を減らしてはいませんし、今後もその予定はありません」(花元さん)
従業員の負担軽減には予想以上の効果があった。ベラボットの導入店舗でデータをとったところ、従業員の歩数は42%減ったそうだ。フロアスタッフは多い時には1日1万歩になるそうで、それがほぼ半減というのはかなり楽だろう。片付け完了時間も35%短くなった。
また、ランチやディナーの混雑時間帯(ピークタイム)の客数をロボット導入店と導入していない店で比較すると、7.5%増えていたという。
すかいらーくグループでは、パート・アルバイトの上限年齢を75歳、正社員の定年を65歳に延長しているのだが、ロボット活用による歩行数の低下はいろいろな人が働きやすい環境づくりにも直結している。
■ロボットと人間のよい分業
さらに「サービススタッフのストレスの軽減」という効果もあるだろう。
ファミリーレストランなどのカジュアルな飲食店では、従業員に失礼な態度をとる人をたまに見かける。「お客さまは神様だ」とでも思っているのだろうか。ベテランの従業員はそれでもニコニコと対応しているが、これではツラいだろうなと思う。ベラボットには、そうした負担を軽減する効果がある。
失礼なお客に対応したあとは、どんな従業員でも疲れるだろう。ベラボットの導入で、そうした不慮の事態を避けられれば、お客も従業員も、いつもニコニコでいられる。
もちろんお皿を落としたり、料理に過不足があったりなどイレギュラーな事態にはベラボットではなく、従業員が対応する。よい形で人間とロボットの分業ができていると感じた。
ベラボットの導入は、数値化こそできないものの、すでにスタッフの精神的な支えになっているのだろう。
スタッフ側にとってメリットが多いことはわかったが、お客の反応はどうなのか。
■配膳がエンターテインメントになった
試験的な導入から2年足らずで、「すかいらーくグループではロボットが働いているのが当たり前」というスピード改革が可能になったのは、お客からも好評だったからだ。
「当初、最大のハードルだと考えていたのは、お客さまが受け入れてくれるかどうかでした。従業員が働きやすい環境づくりというのは、こちらの事情でしかないですからね。
ベラボットの導入は、新宿、渋谷、秋葉原といった、デジタルに慣れている若い世代のお客さまの多い都心部から進めました。結果的にはエリアを問わずに好意的に受け止めてもらえました」(花元さん)
試験導入した67店舗で実施した顧客アンケートでは、お客の約9割がベラボット導入に「満足」「大変満足」と好意的な回答を寄せた。コロナ禍の中でしきりに「非接触」が推奨されていたのも、ロボットに抵抗感がなかった一因といえるかもしれない。
ただ、「子供から圧倒的に支持された」(花元さん)というのは、感染うんぬんが理由ではないだろう。
スタッフがせっかく客席まで料理を持って行ったのに、そのまま持ち帰ってきて、わざわざベラボットに乗せて「いってらっしゃい」と送り出す、というようなことも起きているという。ネコ型ロボットによる配膳がエンターテインメントとして受け止められているのだ。
![さまざまな表情を見せるベラボット](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/2/1200wm/img_327369ef3d79d74b8875f3c18ae11658202204.jpg)
![さまざまな表情を見せるベラボット。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/0/1200wm/img_80d18e57cf61db8e2955870b951dd054175491.jpg)
■ロボットが店のアイドルに
擬人化しやすいネコ型にしたのも効果的だった。
ベラボットは、液晶画面の「顔」に、ウインクや居眠り顔、困り顔など数十種類の表情が設定されていて、親しみやすさを演出している。
大阪にある「ガスト西中島店」ではベラボットに「とんかつ」「ぷりん」と名札をつけていて、その様子をTwitterに投稿すると29万もの“いいね”がついたという。
クリスマスには全導入店でベラボットに装飾を施したり、ハロウィーンでは独自に「コスプレ」させている店舗もあるとか。本物のネコが駅長や店長として親しまれる例もあるし、ロボットが店の顔となっても不思議はない。
ベラボットは中国・深圳のPudu Robotics社製だ。同社のウェブサイトには、価格は税抜きで309万円とある。
3カ所につけられたセンサーで、人やモノだけでなく、床に落ちたゴミといった小さい障害物すらも避ける。高性能な音声AIを組み込んであり、日本語、英語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語に対応している。かわいい顔しながら、スゴイロボットなのだ。
■『ロボットは万能ではない』
「導入にあたってマニュアルはありますが、それぞれの店舗が独自のアレンジを加えるなど、店舗の特徴や業態ごとに設定しています」
例えば、ベラボットは秒速10~120センチの間で走行スピードを変えられる。遅すぎると料理が冷めてしまい、速すぎると汁物がこぼれてしまう。すかいらーくでは料理によって速度を設定している。さらに、ドリンクバーの周囲など人通りの多い場所を通らないようにするなど、店ごとにセッティングも変えているという。
このためベラボットの導入時には「ロボット導入インストラクター」が来店する。新設した専門職である。その仕事はロボットの設定だけではない。ガストでの店長職も長く経験した花元さんは「ロボットに頼りすぎてはいけないということも伝えてもらっている」と話す。
「いつも同じ時間に来店されて、同じ席に座って、同じ注文をする方がおられます。そういうお客さまは、スタッフとのコミュニケーションも楽しみにしています。ベラボットの導入は、そういったお客さまとの触れ合いを切り捨てるわけではまったくないのです。ベラボットに給仕長は務まらないでしょう」
あくまで店舗運営の中心はスタッフであり、ベラボットはフロアサービスの一部なのだ。そのうえで各店がうまくベラボットを活用してほしい、という考えなのだ。
■サービス業に欠かせない存在になる
今後は、少しの段差でも走行できなくなるロボットの導入を前提に、店の改装時にはフルフラット化や調度品の再配置を進めるそうだ。すでにグループを挙げてロボットを前提にしたオペレーションに移行したといっていいだろう。導入店舗のスタッフからも「ベラボットなしでどうやってオペレーションしていたか、もう想像できない」という声も出ているという。
高級フレンチでは、メートル・ド・テル(給仕長)はシェフ(料理長)と同格と言われるほど大切な存在。もちろん味も大事なのだが、顧客と接するフロアスタッフのサービス次第で、店の印象は左右される。スマイル0円ではないけれど、ちょっとした心配りがあれば食事の時間は一層楽しくなるし、不満を感じさせてしまったらせっかくの料理も台無し。いくら高性能で可愛くても、ロボットに臨機応変の接客は望めないだろう……話を聞くまで私はそう考えていた。
ロボットの導入は、うまくいけば業務改善とサービス向上の一石二鳥になる。コストが見合えばためらう理由はない。現在はすかいらーくグループが先行しているが、配膳ロボットが当たり前になる日は近いかもしれない。
お客はさまざまで、コミュニケーションを期待する人も、非接触を望む人もいる。個別最適のおもてなしを実現するのは、やはり人間の経験と笑顔に違いない。今後、ロボットはそれを支えてくれる重要な存在になれるということなのだろう。
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フリーライター
1963年生まれ。大阪府出身。全国紙の記者、編集委員を経て、令和元年からフリーに。
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(フリーライター 篠原 知存)
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