「経済成長によって税収を増やす」は楽観的すぎる…防衛費増額を実現する"増税以外の方法"
プレジデントオンライン / 2023年4月6日 13時15分
※本稿は、中野剛志『どうする財源――貨幣論で読み解く税と財政の仕組み』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。
■税は国民経済を望ましい姿にするための手段
機能的財政では、国民経済に与える影響を基準にして、財政支出の規模、支出先あるいはタイミングなどを決定します。収支の均衡は、基準にはなりません。
同様に、機能的財政は、税についても、国民経済への影響を基準にして判断すべきだと説きます。
言い換えれば、税というものは、政府支出の財源を確保するための手段ではなく、国民経済を望ましい姿にするための政策手段なのです。
たとえば、税は、所得格差を是正(ぜせい)する上では、きわめて効果的な政策手段です。
富裕層の所得やぜいたく品の消費には、課税をより重くし、貧困層の所得や生活必需品の消費に対しては、非課税あるいは税率の軽減とすれば、所得格差が是正されます。
富裕層に対する課税や累進所得税は、お金持ちから貨幣を奪って貧困対策の財源にするために必要なのではありません。所得格差を是正し、より平等な社会を実現するための政策手段として、必要なのです。
■国民の「消費」を抑制する消費税
あるいは、税は、気候変動対策のための政策手段ともなります。炭素税が、それに該当します。
税には、増えると望ましくないものに課すことで、その量を減らすという効果があります。
炭素税は、二酸化炭素の排出に対して課税をすることで、その排出を抑制し、地球温暖化を抑止するというわけです。
同様に、たばこ税は、たばこに課税することで、喫煙の量を減らし、健康被害を少なくする政策手段になり得ます。
さて、炭素税は、二酸化炭素の排出を抑制し、たばこ税は、喫煙を抑制します。
では、消費税は、何を抑制するのでしょうか。
言うまでもなく、「消費」です。
日本政府は、1997年に消費税率を3%から5%へと引き上げ、2014年には8%、さらに2019年には10%にまで引き上げました。
日本政府は、消費を抑制したかったのでしょうか。
そんなはずはありません。この間、日本は消費が低迷し、経済は成長しなくなっていたのです。消費が増えすぎて高インフレで困っていたのならまだしも、デフレで苦しんでいたのだから、消費を抑制したかったはずがない。
■日本政府は近代的な財政運営を知らなかった
では、日本政府は、消費の低迷で困っていたにもかかわらず、何のために消費税率の引上げを二度(2014年と2019年)も行なったのでしょうか?
それは、「社会保障財源を確保するため」だと言われていました。
しかし、資本主義の下における近代政府は、財源(貨幣)を自ら創造できるのであるし、税は、政府支出の財源を確保する手段ではなく、その反対に、財源を破壊する手段です。
このことからもわかるように、日本政府は、資本主義における近代的な政府が行なうべき財政運営を知らず、封建領主のような財政運営に固執してきました。
日本経済が成長しなくなったのも、当然です。
![日本の国旗と株価チャートのイメージ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/8/1200wm/img_08ea96de4cfedfd28065ac9ea4fe844a122840.jpg)
■デフレからの脱却には財政支出が必要
もっとも、資本主義においては、政府が貨幣を創造しなくても、つまり政府債務を増やさずとも、防衛費の財源を確保する方法がないわけではありません。
民間銀行も企業の需要さえあれば、貨幣を創造することができます。
したがって、民間部門で創造されて増えた貨幣を、政府が徴税によって取り上げ、それを政府債務の返済ではなく、防衛費に充てるという方法も理論上はあり得ます。
この場合、政府は、確かに政府債務を増やすことなく、防衛費の財源を捻出することができます。
しかし、このような方法が可能となるためには、民間部門が貨幣を次々と創造し、供給している必要があります。つまり、民間企業が民間銀行からの借入れをどんどん増やし続けているという状態です。
それは、民間企業の需要が拡大し続けているということ、要するに、景気が良くて、経済がインフレ気味で成長を続けているということを意味します。
しかし、日本は、長期にわたってデフレから抜け出せなくなっていました。
デフレの時は、民間企業が借入れを増やすことは難しく、むしろ積極的に債務を減らそうとするので、民間部門が貨幣を創造し、供給を増やすことは難しくなります。
そうであるならば、デフレを脱却して、インフレ気味で経済が成長する状態を作り出さなければなりません。そのためには、政府が需要を創出して、需要不足を解消するしかないので、結局、政府は債務を増やして財政支出を拡大することが必要になります。
■「経済成長による税収増」の問題点
ところで、防衛財源の確保のための増税に反対する政治家などの中には、「増税ではなく、経済成長によって税収を増やすことで財源を確保すればよい」と主張する人が少なくありません。
先ほど述べたように、それは不可能ではありません。
しかし、経済成長によって税収を増やし、もって防衛財源とするという考え方には、いくつか問題点があります。
第一に、国家の安全保障は、経済成長する・しないにかかわらず、確保しなければなりません。経済成長しなければ財源が確保できず、国を守れないなどということでは、いけないのです。したがって、国防に必要な財源を経済成長に頼るような考え方は、すべきではないのです。
第二に、政府が債務を負って貨幣を創造すれば、容易に財源を確保できます。しかも、民間企業と違って、政府の財政は破綻しない。それなのに、どうして政府は、わざわざ民間企業に債務を負わせて貨幣を創造し、その貨幣を召し上げるなどという、迂遠(うえん)なやり方をしなければならないのでしょうか。
■いまの状況での経済成長は絵に描いた餅
第三に、民間部門で生まれた貨幣は、民間企業に需要があるから創造されたものです。つまり、その貨幣は、民間企業がその事業のために必要とするものです。それを政府が奪い取って、防衛財源に充てると、その分だけ、民間企業は必要な事業を行なうことができなくなります。それは、経済をはなはだ非効率にするのではないでしょうか。
最後に、「経済成長によって税収を増やし、財源とすべきだ」と主張する政治家は、多くの場合、財政赤字が増えることを避けたいと考えています。そうでなければ、政府が債務を増やして防衛財源を確保すればよいはずだからです。ですが、政府が財政支出を増やさずに経済成長を実現するのは、すでに説明したように、ほぼ無理でしょう。
とりわけ、デフレであったり、あるいは、地政学的なリスクが高まったりしている時には、企業は積極的な投資を行ないにくいので、民間主導の経済成長は困難になります。実際、今日、地政学的なリスクが高まっているから、防衛力の抜本的強化が必要だということになっているわけです。そのような危険な国際情勢下で、民間主導の経済成長を期待するのは、楽観的すぎると言われても仕方がありません。
したがって、政府債務を増やすことなく、経済成長を実現して税収を増やし、防衛財源を確保するというのは、絵に描いた餅になる可能性が大きいでしょう。
■防衛費増額は「賛成」、でも増税には「反対」
さて、これまで議論してきた通り、資本主義の下における近代的な政府は、防衛費の財源を確保するのに、増税する必要はありません。政府が債務を増やすことで貨幣を創造し、それを防衛支出に充てればよい。それだけの話です。
しかし、もし増税が不要だとすると、防衛力を増強するにあたって、国民は何も負担をしなくてよいのでしょうか。
この点について、考えてみましょう。
国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議は、次のように述べていました。
(国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議「報告書」)
読売新聞の世論調査(2023年1月16日)によると、防衛費増額のために増税をするという政府の方針に対しては63%が「反対」し、防衛費の増額に「賛成」した人(全体の43%)のうちでも40%が増税に「反対」という結果になりました。では、増税に反対した多くの国民は、「自らの国は自ら守るとの国民全体の当事者意識」を欠き、防衛力強化の負担を将来世代に先送りしようとしているという評価になるのでしょうか?
![「YES」「NO」と書かれた道路に立つ人の足元](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/b/1200wm/img_4bb33ed311cec755d0fffce35b80a0ef416612.jpg)
■今を生きる日本国民が背負う真の負担
しかし、これまで述べたように、「防衛力の抜本的強化の財源」が増税である必要はまったくありません。財源(=貨幣)は、政府が自ら創造するというのが、資本主義における政府というものです。
では、増税が必要ないとすると、「自らの国は自ら守るとの国民全体の当事者意識を多くの国民に共有して頂くこと」は、必要ないのでしょうか。防衛力の抜本的強化のために、国民は何の負担もしなくてよいのでしょうか。
残念ながら、そんなことはありません。
国民は、追加的な税の負担はしなくてもよいのですが、別の負担を課せられるのです。
その負担とは、端的に言えば、高インフレという負担です。
■実物資源の制約と高インフレが襲ってくる
説明しましょう。
資本主義における近代的な政府は、確かに資金的な制約からは解放されていますが、実物資源の制約は課せられていることは、すでに説明しました。この実物資源の制約こそが、国民が分かち合わなければならない「負担」です。
防衛力を強化するためには、たとえば自衛隊員を大幅に増やしたり、基地を増強したり、武器を製造したりする必要があります。
そうすると、防衛関係以外の事業に投入できたはずの労働力や資材が、防衛力の強化のために動員されることになるので、労働力や資材の需給が逼迫(ひっぱく)し、物価が上がることになります。そのインフレがマイルドなものであるうちはいいのですが、防衛力を抜本的に強化するとなれば、労働力や資材の供給が追いつかなくなるかもしれません。そうなれば、インフレがひどくなり、国民生活を圧迫することになるでしょう。
しかし、国を守るために、本当に防衛力の抜本強化が必要なのだとすれば、国民は、その高インフレを我慢しなければなりません。これが、いわゆる国民の負担です。
■将来世代へと先送りすることはできない
防衛力の抜本的強化に伴う高インフレという負担は、当然のことながら、「今を生きる世代全体で分かち合っていくべき」ものとなります。
![中野剛志『どうする財源――貨幣論で読み解く税と財政の仕組み』(祥伝社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/8/1200wm/img_68a6861563952c40dd31e394dc1483b090187.jpg)
したがって、防衛力の抜本的強化のために、増税をする必要はありませんが、今を生きる世代には、実物資源の逼迫という負担、高インフレという負担が課せられます。
つまり、政府が増税ではなく国債発行を選択したとしても、今を生きる世代は、その負担を将来世代へと先送りすることはできません。防衛力の抜本的な強化を進めるだけで、自動的に、今を生きる世代に高インフレという負担がのしかかるのです。
その意味では、「防衛力の抜本的強化に当たっては、自らの国は自ら守るとの国民全体の当事者意識を多くの国民に共有して頂くことが大切だ」という有識者会議の指摘は、まったく正しいと言えるでしょう。
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評論家
1971年、神奈川県生まれ。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。著書は『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』(ベストセラーズ)など多数。
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(評論家 中野 剛志)
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