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だから官僚は「マスコミに書かせる」と公言する…岸田首相の「電撃訪問ダダ漏れ」が示す日本の歪んだ権力構造

プレジデントオンライン / 2023年3月30日 11時15分

2023年3月21日、キーウ(キエフ)での共同記者会見で文書を交換する岸田文雄首相(左)とウクライナのゼレンスキー大統領(右) - 写真=PAP/時事通信フォト

■ウクライナ戦争の現場に「必勝しゃもじ」

平和ボケ、日本ここに極まれりという感じだ。

3月21日、ウクライナを電撃訪問した岸田文雄首相が、ゼレンスキー大統領に「必勝」と書かれた「しゃもじ」をプレゼントしたというのだ。

この「必勝しゃもじ」は岸田首相の地元の名産で、広島カープの応援する際にも用いられているほか、選挙などでも登場する。実際、岸田首相が2021年に自民党総裁選に出馬した時にも、大きい「必勝しゃもじ」を手にして、報道陣の前でガッツポーズも決めている。

つまり、ウクライナ軍が1万人以上、市民が7000人以上亡くなって、ロシア軍も4万人以上が死んでいるといわれる、この悲惨な戦争を、岸田首相は広島カープの試合や政治家の選挙と同じような感覚で捉えているというわけだ。

ただ、これくらいならば「日本が平和な証しだな」なんて失笑するくらいでいられるが、今回のウクライナ訪問ではちょっと笑えない“平和ボケ”も起きている。

■アメリカのジャーナリストは秘密保持を誓った

日本政府は首相の訪問を公表せず、記者団同行もなしということで「極秘」扱いにしていたが、日本テレビはポーランドのジェシュフ・ジャションカ空港で岸田総理を乗せたとみられる車列を撮影していた。また、ウクライナとの国境の町、プシェミシル駅で列車に乗り込む岸田首相の姿は、日本テレビとNHKのカメラがしっかりと押さえ速報ニュースとして流していた。

要するに日本政府の「極秘」扱いだった首相のウクライナ訪問は「マスコミにダダ漏れ」だったのだ。

よく言われることだが、これはアメリカと対照的だ。バイデン大統領も2月に同じルートでウクライナに入っているのだが、この時に同行を許されたジャーナリストは2人だけで、出発の2日前に知らされて、秘密保持を誓わされた。そのうちの1人、ウォールストリートジャーナルのサブリナ・シディキ記者はこう述べている。

「この旅行に同行するたった2人の記者として、AP通信のエバン・ブッチ記者と私は秘密厳守を誓うことになる。計画を知らせることができるのは、それぞれの配偶者と所属する報道機関の編集者1人のみ。ほぼ全行程で私たちの携帯電話は没収されるはずだ」(THE WALL STREET JOURNAL 3月25日)

しかし、日本の場合、秘密厳守もへったくれもない。ポーランドでテレビクルーが待ち構えており、ほぼリアルタイムで「今から岸田首相はウクライナへ向かいます」なんてリポートされるありさまだ。

■「平和ボケ」は記者クラブの“副作用”

「岸田首相なんて襲ってもなんの得もないだろ」という意見もあろうが、西側諸国が牛耳っている今の世界秩序をひっくり返したいと考えるようなテロ組織からすれば、日本や岸田首相に恨みはなくても「見せしめ」で襲撃される恐れもゼロではない。

また、スパイ防止法などが整備されていない日本は、各国の諜報員やその協力者が山ほど入ってきて、自由にのびのびと情報収集をしていると言われているが、今回のことであらためて「日本の機密管理はザル」だと世界に発信してしまった。

では、なぜこんなにも日本は「平和ボケ」なのか。

いろいろな意見があるだろうが、筆者は日本人の意識がどうこうという話ではなく、世界的にも珍しい「記者クラブ」という日本だけのガラパゴス的な国家情報統制の“副作用”だと思っている。

一体どういうことか、順を追って説明しよう。

■なぜ国家の内部情報が簡単に漏洩するのか

本来、官僚は国家に忠誠を誓うので、内部情報を外部に漏らすことはしてはいけないと徹底的に教育されるし、それに逆らったら厳罰を下される。例えば、アメリカでバイデン大統領のウクライナ極秘訪問を、マスコミにリークしたような官僚は国家反逆罪に問われるだろう。

しかし、日本の場合は違う。マスコミが首相の「極秘行動」を事前に察知していたことからもわかるように、官僚はいともたやすく情報を漏洩する。それどころか、情報漏洩が“官僚のたしなみ”のような風潮さえある。

わかりやすいのが今、国会でわちゃわちゃやっている放送法文書問題だ。

中央合同庁舎第2号館
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

一般の法治国家だったら、放送法の解釈を歪めたとかなんだという話の前に、「誰が行政文書を外部に漏洩させたのか」とマスコミも大騒ぎで、警察の捜査も始まる案件だが、日本のマスコミは驚くほどそこは問題にしない。

なぜかというと、そこに目くじらを立てると自分たちのビジネスモデルがガラガラと音を立てて崩壊をしてしまうからだ。それは端的に言ってしまうと、「記者クラブ」というムラ社会で横並びの取材合戦をしながら、できるだけ早く官僚から「情報漏洩」をもぎ取ってくるというビジネスモデルだ。

■自分たちだけの、至れり尽くせりの取材場所

日本の国会、役所、警察などは「記者クラブ」というものがあって基本的に、テレビや新聞など限られたメディアの記者しか所属できない「記者クラブ」の取材しか受け付けない。「文春砲」で知られるような文春記者や、ネットメディア、フリーのジャーナリストは、どれほどその分野で取材経験があろうとも入れてもらえない。

その「記者クラブ」には官僚側があらゆる情報を投げ込んでくれるし、会見も呼んでくれるので、記者は言われるままにそれらを取材して記事を書けばいい。まさに至れり尽くせりのありがたい場所だ。

「報道の自由を守るために素晴らしい発明じゃないか! さすが日本!」と称賛する人もいるかもしれないが、世界ではこういう閉鎖的な任意団体はつくらないのが普通だ。報道機関が権力側に対して過度に「依存」を強めて、思うままにコントロールされてしまう「アクセスジャーナリズム」と呼ばれる弊害の温床になるからだ。

「記者クラブ」の所属記者たちは基本的に同じ情報が横並びで渡される。日本人が大好きな「平等」が徹底されているのだ。ただ、閉ざされた世界でそれをやるとどうなるのかというと、テレビや新聞の情報が基本的にみな同じで、どのチャンネルをつけても、どの新聞を読んでも似たような情報、似たような切り口、似たような論調になる。

記者会見場に並ぶ多数のテレビカメラ
写真=iStock.com/microgen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

■官僚からすれば記者は「下請け業者」

しかし、テレビや新聞も民間企業として「競争」をしているわけなので、どこかでこの横並びから頭ひとつ抜け出したい。

そこでどういう現象が起きるのかというと、記者クラブの記者たちが、深夜や早朝に官僚の自宅などを訪問して、個人的にアプローチをして特ダネをとってくる。これを「夜討ち朝駆け」なんていかにもそれらしい呼び方をしているが、やっていることは基本的に官僚と信頼関係を築いて、いかに自分だけに情報漏洩をさせるのか、という競争なのだ。

こういう扱いを若い頃から受けた官僚はどうなるのかというと、マスコミを「下」に見るようになる。自分がポロッとこぼした話を「○○省幹部」なんて匿名で扱い、自分が流した資料を「スクープ」として喜んで扱う若い記者たちを見ると、「下請け業者」のように考える。

■自分の「リーク」なしでは何も書けない

だから、官僚たちは好んで「リーク」をする。怪文書も好きだ。まだネットやSNSがそこまで普及していない時、筆者も官僚が作成した「××が不正をしている」「××が不倫をしている」という怪文書を何枚も受け取った。

また、霞が関官僚の多くはよく無意識に「マスコミに書かせる」という言い方をする。自分たちが「リーク」でネタを与えなければ、記者クラブの記者は何も書けない存在であることを知っているからだ。この言葉通り、親しい記者に意図的に内部情報をリークして、政府や自分の役所にとってプラスになるような記事を仕掛ける「マスコミ操作」がクセになっているような高級官僚も少なくない。

そんな官僚の傲慢さがよく表れたのが、財務省の事務次官が、テレビ朝日の女性記者と会食中、「胸触っていい」「抱きしめていい」などの言葉を執拗(しつよう)に投げかけたセクハラ騒動だ。

この女性記者は事務次官から電話があって呼び出されると深夜のバーでも駆けつけた。当然だ。事務次官から気に入られれば、他社にはない「リーク」が得られるかもしれないからだ。また、事務次官側も、自分と記者が元請けと下請けくらいの上下関係があるとわかっているので、深夜に呼び出してセクハラをすることができた。

ぶら下がり取材
写真=iStock.com/microgen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

■官僚とクラブ記者の癒着関係を解消する方法

このような「リーク」を前提とした官僚と記者の癒着関係を日本に定着させてきたのが、他でもない「記者クラブ」だ。閉鎖的なムラ社会の中で競争をしている以上、記者は「ムラの有力者」である官僚には逆らえない。自分のところだけが「リーク」のおこぼれをいただけないという「村八分」に遭うかもしれないからだ。

先ほどの財務省のケースでいえば、もし事務次官からの飲みに誘いを女性記者が断ったり、セクハラ被害を訴えたりすれば、「テレ朝の女性記者はダメだな」なんて悪評がムラの中ですぐに広まってしまうだけではなく、報復として「テレ朝の記者にはネタをやらない」なんて嫌がらせを受けるかもしれない。

記者クラブをオープンにして、海外のようにある程度の取材実績のあるジャーナリストなら誰でも加盟できるようにすれば、こういうパワハラ的な構造はかなり解消される。当然だ。記者クラブに『週刊文春』や『週刊新潮』の記者がいれば、深夜にテレ朝の女性記者を呼びつけてセクハラをしようなんて考えすら浮かばないだろう。

こういう官僚とクラブ記者のウエットな癒着関係が解消されていけば、官僚による「情報漏洩」も減っていくだろう。

■いつまで「リークもぎ取り競争」を続けるのか

よその国と同様に、大手マスコミの記者でも、フリージャーナリストでも同じ条件下で、取材者としての力量だけで「スクープ」を狙う。「○○記者はうちの上司も気に入っているし、いつも麻雀付き合ってくれているから、このネタはそのお礼ね」なんて感じで、なし崩し的な「リーク」は価値がなくなっていくのだ。

しかし、残念ながら今の日本はまだ記者クラブという特殊な世界がバリバリに健在だ。一般庶民にはわからないこのブラックボックスの中では、クラブ記者たちが夜打ち朝駆けを繰り広げて、官僚と酒を酌み交わしながら「岸田政権の内部情報をいかにリークさせるのか」という熾烈(しれつ)な競争を繰り広げている。

今回のウクライナ極秘訪問における「リークもぎ取り競争」で勝利したのが、NHKと日本テレビだったというだけの話なのだ。

■「報道のあり方」より記者クラブ制度に切り込むべき

3月27日、岸田文雄首相は参院本会議でウクライナへの訪問について報告した際に、政府の公表前に報道があったことを巡り「危険地での報道のあり方について、安全対策や情報管理の観点から不断に検討する」と述べた。

本来は「報道のあり方」でなく、官僚のリークの温床となっている記者クラブ制度に切り込むべき話なのだが、おそらく今回もそういう話にはならない。マスコミもこの部分は深く突っ込まれたくないところなので、いつものように問題先送りだ。

ということは、まだまだ官僚の「リーク」は続くということだ。解散総選挙を望む声も上がってきたことだし、政権与党内の足の引っ張り合いも始まるタイミングだ。

かつてのモリカケ問題のように、どでかい「政府の内部文書入手スクープ」が、どこかの新聞の一面を飾る日も近いのではないか。

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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。

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(ノンフィクションライター 窪田 順生)

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