プーチンは街を丸ごとロシア化するつもりか…40年戦場を取材する記者が「見たことがない」ほど破滅的な攻撃
プレジデントオンライン / 2023年4月5日 11時15分
■侵攻1年の節目は戦争犯罪の行われた街にいた
2023年2月11日、ロシアの軍事侵攻から1年、ウクライナの何がどう変わったのかを取材すべく、戦線が膠着(こうちゃく)している東部ドンバス地方に入った。侵攻直後の3月上旬のキーウ・イルピン・ブチャ、昨年11月下旬の南部ヘルソンに続き、3度目の取材である。
今回は18日間の日程で、ポーランドのクラクフからバスで19時間ほどかけて首都キーウに入り、ハルキウ州の州都ハルキウまで6~7時間かけて移動し、そこで3泊した。その後、バスで2時間ほどかかる南東部の要衝イジュームで3泊。そこからドネツク州の中規模都市クラマトルスクに移動して5泊した。これまでのウクライナ取材のなかでも、とりわけ移動が多かった。
現在も戦闘が続く東部の“今”を、日程の許す限り報道すべく厳しいスケジュールを組んだのだが、陸路の移動は本当にきつい。帰りなどはクラマトルシクからキーウまで、800キロを一気に走破する強行軍だった。東京から青森よりも遠い距離で、しかも雪や泥でぬかるんでいる未舗装の道が多い。
侵攻から丸1年にあたる2月24日は、クラマトルスクにいた。クラマトルスクは昨年4月、混雑するクラマトルスク駅にロシア軍のクラスター弾による爆撃があり、数十人の民間人が死亡した。クラスター弾の使用はオスロ条約で禁止されており、ロシアが条約違反の殺傷力の高い兵器を使用し、「戦争犯罪」を積み重ねた“証拠”の一つが刻まれた地だ。
■東部ドンパスでは村が丸ごと焦土と化していた
今回、私が訪れた東部ドンバス地方のロシア軍に支配された街や村は、どこもそれはひどいものだった。そう、本当に「ひどいもの」としか表現しようがない。何しろ1つの村が文字通り「全滅」しているのだ。村には高いビルが少なく戸建てが多いのだが、人が住めるような家が見渡す限り1軒もない。
それは、東京大空襲や原爆投下後の広島のモノクロ写真を想起させた。これまで40年以上にわたってさまざまな戦場を見てきたが、今回ほど激しく、広範囲におよぶ破壊は見たことがない。これらの地域が整備されて人が戻り、復興するまでにどのくらいの時間がかかるのか。
またロシア兵は軍紀を守らないし、破壊した住宅からは金目のものはすべて持ち去っていく。もっともこれは旧ソ連軍時代からの伝統であり、動員された兵士の多くは辺境の貧しい地域から徴用され、略奪は大目に見られる傾向がある。「衛星放送の受信アンテナを持っていかれたが、チューナーは置いてあった」という冗談のような話も聞いた。そういう機器を見たことがないのだろう。
破壊と略奪の限りを尽くすロシアだが、冷蔵庫やテレビなどの家電を大量に持ち去るのは、製品が目的ではなく、なかの電子部品を武器の修理に使うためだと聞いた。奪った家電を集積所に持っていくと、専門家が武器に転用できる部品を集めているらしい。侵攻当初には聞かなかった話であり、よほどロシア国内の軍需産業が逼迫(ひっぱく)しているのだろう。
■ロシア軍は民間人の住居や学校をわざと破壊している
東部ハルキウ州の要衝イジュームは、昨年9月11日にロシア軍が“事実上撤退”を表明した激戦地である。人口5万ほどのこの小都市で、横に長い大きな集合住宅の真ん中が吹き飛ばされ、2棟になっているのを見た。ミサイル攻撃を受けたのだろう、まるでケーキを切ったように、きれいに2つに分かれている。
ど真ん中ということは、明らかにロシア軍は誘導弾の照準を合わせ、狙って民間人の住居を攻撃しているのである。その他、100年以上歴史のある小学校が、めちゃくちゃに破壊されている現場も見た。病院なども4分の1ほどが吹き飛び、使い物にならない。
まさに「焦土と化す」という言葉が当てはまる、その地域のすべてを根絶やしにし、二度と住めなくしようとしているとしか思えない。
イジュームはロシア軍の侵攻以降しばらく、ウクライナ軍がとどまって抵抗を続けた激戦地だったが、それにしても破壊のされ方がひどすぎる。チェチェン紛争でも都市で激しい市街戦が展開されたものの、ここまでの惨状ではなかった。
■雪の下にはロシア軍がばらまいたバタフライ地雷が
ルハンシク州の西隣にあるハルキウ州のカミヤンカ村は、高い丘の上に位置するため、ロシア軍に占拠されて砲兵陣地にされていた。ロシア軍の撤退後、私が訪ねたときは、弾薬箱が周辺に多数置き去りにされていた。
カミヤンカ村の一帯は雪に覆われており、やたらに歩き回るのは危険だ。アフガニスタン侵攻で旧ソ連軍が使用した「バタフライ地雷(PFM-1)」を、ロシア軍が空中からばらまいていったのだ。羽がついたような形状から、そう呼ばれるらしい。
小型だが、踏むと膝から下くらいは吹き飛ばされる。その上に雪が降り積もっているからやっかいなのだ。実際にそれを踏んで、脚を失った住民も出ている。クルマで移動するときも道の真ん中を走らないと危ないから、なるべく前のクルマが走った轍をたどって移動していた。
■ロシアはドネツク州全体を支配しているわけではない
ロシア軍とウクライナ軍の戦闘がいまだ継続中の、ドネツク州バフムートにも行った。小さな市で、戦略的にさほど重要だとは思えない位置にあるが、半年にわたって戦いが続いている。なぜロシア軍もウクライナ軍もバフムートにこだわるのかわからないのだが、われわれにはわからないよほどな政治的意味合いがあるのだろう。
しかしロシア側からみれば、ここを取ってもドネツク州全体を支配できるわけではない。2014年に一方的に実効支配して建国した「ドネツク人民共和国」は、あくまでドネツク州の4割ほどを押さえているに過ぎない。
バフムートを守っていたウクライナのある兵士が言っていた。
「ロシアは戦力も人的資源も投入し、6カ月も戦ってバフムートすら取れていない。どうやってドネツク全部を奪うつもりなのか」
彼はベラルーシからの義勇兵である。
ベラルーシはロシア寄りの国家だが、独裁者ルカシェンコ大統領に対し、民主化を求めて敵対する勢力も多い。義勇兵とはいっても傭兵的な扱いではなく、ウクライナ正規軍に組み込まれ、給料も出ているという。ベラルーシ人でも、大義がどちらにあるかをわかっている人はウクライナ軍に身を投じている。
■井戸に弾薬を投げ入れ生活できなくするやり口
バフムート近隣のチャシブヤール村は、人口1500人ほどの小さな村だったが、徹底的に破壊された。ロシア軍撤退から5カ月になろうという現在も、住民はまだ40人ほどしか戻っていない。水道設備のインフラがやられても、村には井戸水があるから生活は可能なはずだ。しかしロシア軍は、ほとんどの井戸に弾薬などを投げ入れ、使えなくしていった。ここまでのひどい状況を目の当たりにしてしまうと、とても早期の終戦は望めないと断言できる。ウクライナのロシアに対する憎しみは、50年、100年と残り続けるだろう。実際、ウクライナ国民の9割近くが、「2014年以前までの領土をすべて奪還する」というゼレンスキー大統領を支持している。現状維持でとどまる気は、ウクライナ側には毛頭ない。とくに「停戦」などは言語道断だ。
■停戦はしょせん戦争の小休止にしかならない
中東戦争でもチェチェン紛争でも、停戦しては繰り返し戦争が起こったように、停戦はしょせん戦争継続上の小休止にしかならないのである。西側諸国の経済制裁や軍の消耗で苦しんでいるロシアが、再び準備万端で攻めてくる時間を与えてしまうだけだ。停戦を挟めば、それこそ第3次世界大戦へと事態はエスカレーションするだろう。
首都キーウに夜、クルマで戻ったとき、運転してくれている現地のフィクサーが、街灯やビルの灯りを見ながらこんなことを言った。
「この灯りを見てくれ。あいつら(ロシア軍)は、何百回キーウのインフラを攻撃したんだ。でも俺たちは素早く直している。何度でも、すぐ直す」
こういうところにも、ウクライナ人たちの不屈の闘志が垣間見えている。
■ウクライナ人の士気は高く春には反転攻勢に
侵攻から1年が経って、ウクライナの何が変わったかという最初の問題意識にもどれば、一言でいうなら「彼らの士気はますます高まっている」ということ。ゆえに、この戦争の終わりはまったく見えないということだ。これからNATOの戦車が実戦投入されれば、ウクライナは反転攻勢に出られる。局面が動くとすれば、5、6月から夏ごろになる。
40年以上、戦場を取材してきたが、この戦争はアフガニスタンやチェチェンのような局地戦ではない。使っている武器も投入される軍隊の数も違う。10年間続いたアフガニスタン戦争で、ソ連兵の死者は約1万5000人といわれる。今回は正確な数字は把握されていないが、ロシア軍の死者は1年でその約5倍にのぼっている。負傷者を入れれば、その数倍の兵士が使い物にならなくなっていると推定できる。
■7万人以上の兵を失っても数で押しきろうとするプーチン
つまり単純計算すれば、1年前の軍事侵攻時に20万人ともいわれたロシア軍と同数の兵力が、ほぼ壊滅しているのである。それでもロシアの民間軍事会社「ワグネル」が刑務所などからリクルートした傭兵や、急な動員令で訓練が十分でない兵士で穴埋めし、ロシア軍は「数」で押そうとする。
「ネオナチの迫害からロシア系住民を守る」として、プーチン大統領は侵攻を開始した。しかし、今回の取材で改めて目の当たりにしたのは、ウクライナのすべてを破壊し尽くし、文化を根絶やしにしようとする侵略者の暴虐だ。全滅させた地域を再び占領すれば、一から都市計画してロシア化した街に作り替え、そこがウクライナだった痕跡を地上から消し去ろうとするに違いない。
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ジャーナリスト
1956年北海道帯広市生まれ。横浜育ち。ジャパンプレス主宰。山本美香記念財団代表理事。24歳よりアフガニスタン紛争の取材を開始。その後、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、アメリカ同時多発テロ、イラク戦争などの取材を続け、2003年にはボーン・上田記念国際記者特別賞を受賞。著書に『アフガニスタンの悲劇』(角川書店)、『戦場でメシを食う』(新潮新書)、『戦場を歩いてきた』(ポプラ新書)、『タリバンの眼』(PHP新書)など。
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(ジャーナリスト 佐藤 和孝)
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