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給料は低くても、定年まで働ける日本企業に就職したい…北京で大学生より多くなった大学院生のホンネ

プレジデントオンライン / 2023年4月5日 13時15分

2023年2月24日、中国・北京で開催されたジョブフェアで、マスクをつけた男性が求人広告を手にする。中国人力資源・社会保障部は、新型コロナの制限により過去3年間オンラインになっていたが、2月に全国で数百のジョブフェアを開催すると発表した。 - 写真=EPA/時事通信フォト

中国では就職難を背景に、若者の高学歴化が加速している。ジャーナリストの高口康太さんは「大卒では仕事に就けないので、大学院に進学する人が増えている。だが、それでも就職できないので、中国企業はあきらめて日本企業を選ぶという人たちも出てきている」という――。

■北京では大学院修了者が大学卒業生を上回った

「まさか、2023年になっても就職難が続くとは思わなかった」

天津市在住の李さん(40代、女性)は嘆いた。一人息子は2021年に大学を卒業した。コロナ禍による就職難もあって大学院に進学したが、今年の就職は2年前と変わらずに厳しい。というのも、コロナ禍を受けて2020年には中国全国の大学で修士課程の定員が一気に18万人以上も引き上げられた。大学院で失業者を吸収しようという狙いだが、思ったほど景気が上向かぬうちに大学院に“迂回(うかい)”していた人々が社会に出ることになった。

大学が集中している首都の北京市では史上初めて、大学院修了者数が4年制大学卒業生数を上回ったとのニュースも報じられている。海外留学という、もう一つの“迂回路”もあることはあるのだが、コロナの影響でこちらは低調。というわけで院を出た後に職探しをする人が多いのだとか。

学歴社会の中国では民間企業も修士号、博士号取得者を優遇するが、状況を悪化させたのが中国IT企業の経営悪化だ。反独占、学習塾規制、サイバーセキュリティー審査、オンラインゲーム規制、そして共同富裕の提唱などなど、インターネット企業にとってネガティブな政策が相次いだ。

メッセージアプリ・ゲーム大手のテンセントの株価はピークから40%超の下落、EC(電子商取引)大手アリババの株価は約70%のマイナスだ。他のIT企業もテンセントとアリババのトップ2同様、大きく減少している。各社でリストラや採用抑制の動きが広がった。

■山間部の田舎の公務員試験でも合格者24人中23人が院卒

そこで競争率が一気に跳ね上がったのが、IT企業と並ぶ、“イケてる就職先”の公務員である。「鉄飯碗」(鉄でできた茶碗、転じて食いっぱぐれない仕事を意味する。日本風に言うならば親方日の丸)はいつの時代も人気とはいえ、競争率は例年以上に跳ね上がる。国家公務員試験の申込者数は212万人。前年から50万人以上も増えて、初めて200万人台を記録した。

卒業式を迎えた卒業生たち
写真=iStock.com/hxdbzxy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hxdbzxy

「うちの息子はそんなに優秀じゃないので、一流企業への就職や国家公務員試験への合格は最初から期待していませんでした。ただ、悩ましいのは名門大学の卒業生たちが安全パイを狙って、就職先のターゲットを下げていることです。息子は就活イベントで、本来で出くわすはずのない名門大学の出身者に遭遇してびっくりしたと嘆いていました」(李さん)

一流大学の卒業生が就職の期待値を切り下げたことで、ところてん方式に人が押し出されていき、全体的に期待していたほどの良い仕事が見つからないという状況が広がっている。

期待値の切り下げはどう進んでいるのか。昨年、話題となったのが浙江省麗水市遂昌県の地方公務員試験だ。遂昌県は典型的な田舎で、山の間にへばりつくような小さな町なのだが、試験合格者24人ののうち23人は院卒、しかも上海交通大学や西安交通大学など名門校の出身者がずらり。「なぜ一流大学出身者がこんな田舎に⁈」とちょっとしたニュースとなった。

近年、中国の地方自治体は高度人材獲得政策を打ち出し、昇進優遇策や引っ越し費用補助金などのニンジンをぶらさげるようになった……とはいえ、就職難がなければありえなかった話だろう。

■名門校卒業生がフードデリバリーの配送員に

実際、名門大学を卒業したからといっていい仕事が見つかるとは限らない。中国トップの名門大学である清華大学は「卒業生雇用品質報告」なる報告書を作成している。同報告書によると、2022年6月卒業生(院卒含む)8003人のうち、「職探し中」「今後は未定」との回答が83人。加えて「柔軟な雇用」との回答が811人ある。

柔軟な雇用とはアルバイトや屋台店主、専門スキルを生かしたフリーランスまでを含む、サラリーマンでも起業家でもない働き手すべてという幅広い概念である。めちゃくちゃ稼いでいるフリーランスも含まれているとはいえ、一般的には“イケてる就職先”とはみなされていない。また、最近では「あの名門校卒業生がフードデリバリーの配送員をやっていた」というニュースも少しずつ出てきている。

卒業生が進路を見つけられたかどうかは大学の評価に関わるだけに、「無職と申告したら卒業証明書は渡さない」といった圧力をかけられることもしばしば。仕方なく、では「柔軟な雇用で……」と回答する人もいるのだという。

こうした事例を考えると、柔軟な雇用と回答した人の多くはやはり理想の仕事に就けていないのではないか。すなわち、中国トップの名門大学ですら、卒業生の約1割は望んだ行き先を見つけられていないことになる。となれば、それより下位の大学の状況は言うまでもない。

■政府は雇用対策を打ち出したが…

学生の雇用確保に、中国政府も力は入れている。たとえば、中国共産主義青年団(共青団)は昨年、「大学生雇用10万人サポート計画」を打ち出した。国有企業を訪ねて雇用拡大を申し込むほか、経済成長が遅れた西部地区で教員や行政職につく西部計画、農村の農業・教育・医療・救貧事業を支援する三支一扶プロジェクトのスタッフ、そして団地の公共サービス・スタッフなどで10万人の雇用を生み出すプランだ。

とはいえ、西部計画や三支一扶プロジェクトは学生の多くが参加を嫌がってきたプロジェクトだ。農村での農業、教育、医療の取り組みや貧困脱出支援を行うプロジェクトで、一般的には2年間の勤務となる。中国の大都市部はもはや先進国並みの生活水準だが、農村は完全に別物だ。建物も道もぼろぼろ、娯楽もない。どこにでもコンビニがあるし、スマホを開けばすぐにデリバリーでなんでも品物が届く都市とは別の国のようだ。そんな厳しい世界に派遣されても、給与は都市の企業の半分程度にしかならない。

誰も行きたがらないので、「がんばれば正規の地方公務員になれる……かもしれません」「2年働いた後に大学院へ進学すると学費減免などの優遇措置があります」といったニンジンをぶらさげてきたが、それでも人が集まらなかった。就職難だからといって、あまり気乗りしない進路であろう。

都会の中国・広州の景色
写真=iStock.com/huad262
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/huad262

■団地のスタッフをやりたがる若者はいない

団地スタッフも仕事を辞めた中高年の仕事とされてきた。団地内を巡回して高齢者に異常がないか訪ねたり、設備の故障がないかチェックしたり、あるいはケンカがあれば仲裁するといったなんでも屋的な仕事である。この仕事をがんばっても、なにかのスキルを身に付けて昇進するという見込みはない。野心あふれる若者がやりたがる類いの仕事ではない。

というわけで、なるべくならば避けたい仕事であるが、では「柔軟な雇用」とどっちを選ぶかと問い詰められると悩ましい。

中国共産党にとって最大の課題は政権の維持である。そのためには外敵の侵略(民主主義思想の流入によって、政権交代が起きる平和的体制転換を含む)を防ぐ必要もあるが、それ以上に重要なのは社会秩序の維持だ。そのために監視カメラを張り巡らせ国内世論を検閲し万が一の事態を未然に防ごうと努力しているわけだが、何より重要なのは雇用の確保である。人民に仕事を与え、生活できるようにできていれば、革命は起きない。

ただ、中国がひたすらに貧しかった時代と、豊かになった現在では状況は変わりはじめている。貧しい時代ならばともかく雇用を作り出せばそれで良かったが、今では「自分に見合った仕事」を求めるニーズが高まっているからだ。

■「学歴に見合った仕事」は破綻しつつある

そのニーズを引き上げたのが大学進学者数の急上昇だ。2000年には約100万人だった大学卒業生数(院卒含む)は2022年に1000万人の大台を突破し、今年は1158万人にまで膨れあがる見通しだ。

もちろん、教育レベルの向上は基本的には国力アップにつながるはずだ。李強首相は3月13日、全人代(全国人民代表大会、日本の国会に相当)閉幕後の記者会見で、「新たな労働力は平均教育年数が14年に達している」「人材ボーナスは今まさに形成されようとしており、発展の原動力は依然として強靱(きょうじん)だ」と胸を張った。

そう、基本的には歓迎すべき話なのだが、問題は高等教育を受けた人々すべてにそれに見合った仕事を与えられるかにある。中国の大学・大学院卒業生数が右肩上がりで上昇する一方で中国の経済成長が減速するなか、「学歴に見合った仕事」の需給は破綻しつつあるように見える。

■「日本企業に就職できたらいいな」という声も

こうした状況下で、近年注目を集めるのが「躺平族」(横たわり族・寝そべり族)という言葉だ。

中国の競争社会には終わりがない。過酷な受験競争を終えて大学に入学しても、もう大学生に希少性はない。では大学院進学だ、いや海外留学だとキャリアを積み重ねていく競争が続いてきたが、そうした肩書もすぐに陳腐なものになってしまう。だったら、必死の努力はやめて、ほどほどに努力する程度で楽しく生きていけばいいではないか……というのが横たわり族の発想だ。

「うちの子は『日本企業に就職できたらいいな』と言っています」と李さんは話す。

「給料は上がらないけど、問題さえ起こさなければ定年までずっといられる。死ぬ気で努力しないと昇進できず、結果を出せないとクビを切られる中国企業とは大違いですから」

公務員になれれば一番良いが、それがダメなら日本企業に行きたい。気づけば、日本は中国横たわり族の憧れの地となっているらしい。

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高口 康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト/千葉大学客員准教授
1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。

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(ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 高口 康太)

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