ノーパンしゃぶしゃぶ事件で処分された大蔵官僚は、高額所得者番付でトップ10入りする弁護士になった
プレジデントオンライン / 2023年4月7日 15時15分
※本稿は、恩田饒『実録 バブル金融秘史』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
■ノーパンしゃぶしゃぶ店から大蔵省幹部の名刺が出てきた
行政改革が打ち出され、大蔵省にもメスを入れるべきという議論がなされていた最中の1998(平成10)年に、あの事件が起こる。大蔵省接待汚職事件、というより「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」といったほうが通りがよいかもしれない。
大蔵省の大手銀行への検査は、2〜3年おきに行われていたので、ある程度の見当はつけることはできたが、MOF担(大蔵省折衝担当者)はそれを正確につかまなければならなかった。そのために接待攻勢をかけていたのだ。
その接待の舞台の一つが、当時有名となった「ノーパンしゃぶしゃぶ」だった。
大蔵省の某幹部の名刺が、新宿歌舞伎町のノーパンしゃぶしゃぶ店から出てきた、などと報道されたりもした。
■「スカートの中をのぞける仕組みになっていた」
以下は、実際にノーパンしゃぶしゃぶ店を訪れた人の話だ。
「ミニスカート姿の若い女性がしゃぶしゃぶを運んできて、部屋に入ると下着を脱ぎ、掘りごたつになっている客の隣に座ったりした」
「接待してくれる女の子のレベルは、総じて高かった。天井から酒のボトルが吊り下がっていて、酒の注文が入ると、女の子がテーブルの上に立つので、スカートの中をのぞける仕組みになっていた」
「テーブルの下にはビデオカメラが設置され、チップを払えば、モニター画面を通じ、座っている女性のスカートの中も見ることができた」
「料金は、チップを含め一人あたり、2万円は超えていた」
■三塚博大蔵大臣、小村武事務次官も辞任
1998年1月26日、約50人の捜査官が隊列を組み、大蔵省の正門をくぐるという異様な光景が見られた。東京地検による四半世紀ぶりの大蔵省への強制捜査だった。
銀行局を中心に捜査が行われ、都市銀行に接待などを見返りに、「検査日程」を漏らしたとして大蔵省金融検査部の職員2人が東京地検特捜部に逮捕された。
強制捜査から3カ月後の4月28日、処分対象者は、局長、審議官などを含め総勢112人にも及んだ。その責任をとって、三塚博大蔵大臣、小村武事務次官も辞任に追いやられる。接待疑惑は日銀にも飛び火し、逮捕者も出て、合計98人の職員が処分された。
■証券局長は宴会をこなさなければならない
官僚の接待疑惑とは、何だったのだろうか。
ある証券局長が、筆者にこんな話をしていたことがあった。
「証券局長になると、少なくとも主要銀行21行と、4大証券の合計25社の銀行・証券の頭取、社長との宴会をこなさなければならないんですよ」
聞くだに、大変な仕事である。
しかし一方で、証券局長が、銀行、証券の頭取や社長と会食し、意見交換や情報収集を行ったり、親しくなったりすることは、必ずしも無駄な行為ではなかったようにも思える。
例えば、こんなことがあった。
1990年代になって接待に対する世間の目も厳しくなり、大蔵省と証券界との意見交換の機会が急激に少なくなりだした頃のことだ。大蔵省から証券会社に対して、突然こんな通達が発出されたことがあった。
「証券会社の事業法人部の企業担当者は、今後、同一企業を2年を超えて担当してはならない」
同じ担当者が一つの企業を長年にわたって担当していると、癒着関係が生まれやすく、損失補塡(ほてん)などの不正につながりやすいとの趣旨だった。
しかし、これは証券会社の業務を理解しているとは到底、言い難い通達だ。
■意見交換できる機会も必要
証券会社の担当者が未公開企業の上場などの支援をする場合、少なくとも4〜5年は継続して担当しなければ、十分な支援はできない。当時、MOF担だった筆者は、その旨を大蔵省に説明して通達を撤回してもらった。
それ以前は、大蔵省がそのような指導を突然発出することはなかった。
あらかじめ証券会社のMOF担などの意見を聞いて、検討してからだった。多忙をきわめる大蔵官僚にとっては、軽い食事をしながら、気軽に意見交換できる機会というものが必要なのではないか。そう思っていた金融・証券関係者も多かったはずだ。
■飲み代を支払わされただけだった
一方で、確かに過剰接待はあった。あるMOF担の話だ。
「夜9時頃、ある大蔵官僚から電話があって『相談したいことがあるので、銀座の某ナイトクラブに来てほしい』と言われてね。指定された場所に行くと、そこには3人の大蔵官僚がいて、さんざん飲んで盛り上がっている。もちろん“相談したいこと”などなく、飲み代を支払わされただけだった」
このような過剰接待が横行していたことは、確かに問題だ。ただ、就任挨拶の食事会とか、食事をしながらの業界との意見交換などは、認められてもよいのではなかろうか。
1999(平成11)年になると国家公務員倫理法が制定され、2000年4月から施行された。これに基づき、国家公務員倫理規程が制定され、利害関係者との飲食は事前届け制になり、承認されない限り禁止されることになった。
■コーヒーはダメ、紅茶はいい
そのとき、当時の証券局長が苦笑いしながら筆者に言った。
「今回、大蔵省で接待に関する内規ができました。コーヒーもご馳走になってはダメなんです。でも、紅茶はいい。紅茶は“お茶”だから」
今では、多くの公務員はコーヒー一杯でも先方と割り勘にするなど、大変気を使うようになっている。
「ノーパンしゃぶしゃぶ」から始まった大蔵省過剰接待疑惑は、やがて巨大な汚職事件に発展する。
前述したように1998(平成10)年、東京地検特捜部が大蔵省に捜査に入るが、当時、検察はすでに金融機関から十分な情報を入手していたといわれる。
また、世論を看過することはできないという考えもあったようだ。
■自ら身を引いた長野証券局長
検査結果に基づき、4月28日、接待疑惑で112人という前代未聞の大量処分が公表されたことは、前述したとおりだ。
そこには、長野厖士(あつし)証券局長の名前もあった。
長野は、大蔵省に入る前に司法試験に合格していたので、退官後は司法修習所の研修を受けて弁護士となるという道もあった。
しかし、過剰接待収賄疑惑で逮捕ということになれば、その資格はなくなり、弁護士への道は絶たれることになる。
検察に追及を断念させるには、すでに十分な社会的制裁を受けたと認めさせることが必要だった。
そのためには、自然な形で自ら身を引くのがいい。それが長野の決断だったといわれた。
長野は、辞表を提出し受理された。当時の大蔵省の局長級の退職金は5000万円ほどといわれたが、長野は、その退職金の一部を返上して大蔵省を去ることで、社会的制裁を受けたという形を整えた。
■司法修習所でも、弁護士の高額所得番付でもトップ
筆者はロンドン在任時代に、在英日本大使館の書記官をしていた長野と、よくゴルフを楽しんだものだ。
場所は、2019(令和元)年に渋野日向子が全英オープンで優勝を飾ったウォーバンゴルフクラブが多かった。
頭脳明晰(めいせき)な官僚が、このような形で大蔵省を去ることになったのは、わが国にとって大きなマイナスではないかと惜しまれた。
「二回試験」と呼ばれる司法修習所終了時の試験でも、長野はトップだったという。
大蔵省を辞めて弁護士となった長野は、西村あさひ法律事務所のパートナーとなって活躍した。長野は、大蔵省からの去り方が納得できるものではなかったので、弁護士になってからは、高額所得者番付のトップクラスになれるくらいの努力、活躍をしようと、密かに心に誓ったと筆者に語ったことがある。そして本当に実行した。
ある年度には、弁護士の高額所得者番付のトップ10入りを果たした。
■「花の昭和41年組」
しかし、長野の目的は金銭ではなかったので、その後はとくにがむしゃらに働くこともなく、最近では徐々に企業の顧問などの立場も退き、身辺整理をしているという。
ちなみに、長野厖士が大蔵に入省した1966(昭和41)年の同期は、東大法学部卒の20名を含めて22人おり、「花の昭和41年組」といわれるほど優秀な人材が多かった。
とくに、長野厖士(証券局長)、中島義雄(財政金融研究所長)、次官になった武藤敏郎が若い頃から次官候補といわれていた。
その他にも、岡田康彦(環境庁次官)、塩田薫範(のりしげ)(公正取引委員会事務総長)、井坂武彦(造幣局長)、佐藤謙(防衛事務次官)、森昭治(金融庁長官)、北朝鮮拉致担当参与としてテレビにも出演することがあった中山恭子(大臣官房参事官)など多士済々だった。
いずれにせよ、若くして権力の座である大蔵省の官僚として国に貢献し、熟年となってからは弁護士として世の中のために尽くすことができた長野は、一つの理想的な人生を送ったといえるだろう。
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元大和証券常務
1934年生まれ。1962年に東京大学卒業。同年大和証券入社。米国大和証券社長、大和証券常務取締役、証券団体協議会常任委員長などを経て、1995年にKOBE証券(現インヴァスト証券)社長に就任。その後、2006年にシーマ(ジャスダック上場)社長、2009年にITbook(東証上場)社長、2012年に同社会長兼CEOを務め、2021年に退任。その傍ら、日経コラム「大機小機」の執筆(1992~94年)を担当。さらに『勝ち組に学べ!』(磯崎圭二との共著、シグマベイスキャピタル)、『女性を輝かせるマネジメント術』(山岸和実との共著、カナリア書房)などのビジネス書も著す。
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(元大和証券常務 恩田 饒)
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