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年収の壁問題は手つかず…「これでは『産もう』とは思えない」岸田政権は共稼ぎ夫婦の心を全然分かっていない

プレジデントオンライン / 2023年4月7日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

岸田政権が発表した異次元の少子化対策に批判が殺到している。昭和女子大学特命教授の八代尚宏さんは「児童手当や奨学金の拡充など、子育て世代への支援策が盛り込まれているが、“出産費用への健康保険の適用”以外は、制度改革といえるものは少ない。もっと少子化の主因である女性の働き方を改善することに軸を置くべきだ」という――。

政府の少子化対策の骨子が公開された。

児童手当や奨学金の拡充など、子育て世代への支援策が盛り込まれているが、「出産費用への健康保険の適用」以外は、制度改革といえるものは少ない。果たして財政支援の拡大だけで、少子化に歯止めをかけられるのだろうか。

子ども数の減少は、戦後日本の高い経済成長期に定着したさまざまな制度や慣行が、その後の急速な環境変化にもかかわらず、ひたすら過去の成功体験にしがみついていることから生じた現象のひとつといえる。その意味では、日本経済の長期停滞と同様に、老朽化した制度や規制の改革なしには、とうてい実現できないといえる。

少子化の基本的な要因のひとつとして、女性の働き方の変化に注目すれば、それに対応した政策としては、主に「1:職場での働き方」「2:女性の年金」「3:児童福祉」の3つの壁の改革がある。順番に要点と課題を説明していこう。

■1:働き方の壁の改革

戦後の出生数の低下には3つの局面がある。

第1は、戦後のベビーブーム期から1960年代までの急速な減少で、農家など自営業の急速な衰退があった。自営業では、子どもは労働力や後継者として不可欠の存在だが、雇用者世帯にはそうした必然性はない。その後、1975年頃までの第2期は、第2次ベビーブーム期で出生数は増加したが、出生率自体は人口を安定化させる2.1の水準にとどまった。それ以降の第3期で、出生率が1.3まで持続的に低下しているのは、女性の雇用者としての就業率の高まりを反映している。

戦後日本の特に大企業では、職場での訓練を重視した、集団単位の無限定な働き方が主流である。慢性的な長時間労働と、頻繁な配置転換や転勤に適応するためには、世帯主と、家事・子育てに専念する配偶者との役割分担を暗黙の前提とした「家族ぐるみ」の雇用が必要とされる。

他方、企業内で働き続けるフルタイムの女性には、こうした無業の配偶者付き男性と同じ働き方は不利となる。それでも仕事と子育てとの両立を目指す上で、男性の育児休業の奨励は一歩前進だが、育休1カ月程度では十分とはいえず、働き方の改革が本丸だ。

戦後の高い経済成長を支えてきた日本の雇用慣行は、デジタル化などの大きな環境変化の下で、より個人単位の専門職的な働き方への転換が迫られている。それに対応しない伝統的な雇用を守る規制などを改革することが、生産性の向上だけでなく、女性にとっての長期就業と子育ての両立にも貢献する。しかし、働き方の改革はほとんど盛り込まれていない。

■2:女性の年金の壁

無業の配偶者付き男性を前提とした日本の働き方は、家族単位の社会保険制度と一体的な関係にある。世帯主の社会保険で保護される無業の配偶者がパートタイムで働くと、自ら被保険者とならなければならない年収106万円と、被扶養者の資格を失う130万円の「2つの年収の壁」がある。

彼女は仕事をしていて、家で育児をしています。
写真=iStock.com/kohei_hara
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

この壁が、最低賃金の引き上げや厚生年金の適用対象の中小企業への拡大と相まって、パート主婦が年間に働ける日数がいっそう少なくなってきてしまっている。

これに対してはどんな対策が必要だろうか。真っ先にすべきなのは、単身者や共働き世帯との公平性に欠ける、現行の世帯単位の仕組みの変更である。つまり被扶養配偶者も、世帯主と同様に社会保険料を負担する、自営業のような個人単位の制度に転換するのが本筋だ。

現に1985年の年金制度改正の前には、厚生年金の被保険者が、配偶者のために任意で国民年金に加入できる仕組みがあり、実に7割の世帯が保険料を負担していた。

年収の壁によって、本来歓迎すべき賃上げ(収入や時給のアップなど)が労働者に不利になるという歪んだ現状の制度を改革することは、一時検討されたものの、最後には落とされた。今後、避けて通れない大きな課題のひとつとなる。

■3:児童福祉の壁

女性が子育て後も働くことが普遍的となっている社会では、保育所は欠かせない社会インフラである。待機児童数はピーク時から大きく減少したものの、認可保育所の利用には「保育認定を受けなければ利用できない。フルタイムと比べてパートタイム就業者は不利であり、また育児休業中には母親が働いていないとして、上の子どもが保育所から退所を求められる現実がある。

これは認可保育所が、子どもが家族により保育されることが大原則で、母親が就業する、当時としては例外的な家族の子どもを保護することを目的とした児童福祉法にもとづいているためだ。しかし、共働き家族が全体の7割を超し、標準的な働き方となっている現在では、時代錯誤な制度である

また、核家族化で一人っ子も増えているなかで、保育所は幼稚園と同様に、幼児教育の場でもあり、福祉よりも健全な「保育サービス」を提供する場となっている。これは専業主婦家庭でも同様であり、少なくとも週に1-2回の預かり保育を、応分の負担で受けられることが真の子育て支援である。

今回の対策で、就労要件を問わず時間単位で柔軟に利用できる「こども誰でも通園制度(仮称)」が示された。しかし、単なる保育所の空き時間のみの活用では不十分である。現行の児童福祉制度の「木に竹を接ぐ」のではなく、真の子育て支援のための保育所への改革が本筋である。

■「子ども保険」の構想

この保育における「福祉からサービスへの転換」には、良い前例がある。

それは2000年に、それ以前の家族による介護を受けられない高齢者のための老人福祉制度から、社会全体での高齢者介護への転換を実現した「福祉の基本構造改革」であった。ここでは、介護サービス市場への企業の自由な参入で供給を増やし、その介護サービスを家族が自由に購入するための資金を確保する介護保険が設立された。

現在の岸田政権にとって、必要なことは、現行の介護保険と一体的な「子ども保険」の設立である。

既存の介護保険制度の被保険者は40歳以上となっており、64歳までの保険料は医療保険への上乗せ分(1.82%)で、また65歳以上は公的年金からの天引きとなっている。ここで幸いにも空いている介護保険の20-39歳の被保険者枠を保育保険に活用し、保育と介護の負担を社会全体で担う「家族保険」とすることができる。

ただし、国民負担率(所得税と社会保険料の合計)がすでに50%近くになっている現在、この「子ども保険」には以下のような批判・反発が予想される。

第1に、子どもを産むことは自発的な意思で保険事故ではなく、濫用される危険性である。しかし、医療や介護保険と異なり、子ども保険は、それが濫用されて多くの子どもが生まれること自体が望ましいという点に大きな特徴がある。

彼は仕事をしていて、家で育児をしています。
写真=iStock.com/kohei_hara
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

第2に、子どもを持たない人の合意が得られないという批判には、日本の将来と社会保障制度を支える世代の担い手を育成する負担をシェアすることの意義を丁寧に説明するほかない。また、子どもを持ちたい人には、保険料負担を超える大きな利益がある。

第3に、現役世代だけが負担するのは不公平という批判には、65歳以上の高齢者にも、同様の理由で介護保険料への上乗せ負担を求めることもあり得る。さらに、障害児などには要保育認定で保育報酬の割り増しを行うこともできる。

最近、既存の年金や医療保険から少しずつ拠出を求める「子育て連帯基金」の構想があるが、およそ小手先の対策に過ぎず、十分な財源を得られる保証はない。

子供数の持続的な減少が日本の将来にとって大きな危機という認識があれば、保育士の量的確保や待遇改善などのための独自財源を担う子ども保険の設立は、岸田政権の少子化対策への本気度を示すという政治的な意味も大きい。

岸田政権の打ち出した異次元の少子化対策には、従来の伝統的な家族にこだわった働き方や年金制度、および保育所の改革が不可欠となる。それは同時に、夫婦別姓選択など、より多様な家族の在り方への選択肢を広げ、若い世代の結婚への意欲向上に結びつくことが期待される。

ふるい家族の形態にこだわる考え方が、新しい家族の形成も妨げている現状への危機感が、真の少子化対策に必要となろう。

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八代 尚宏(やしろ・なおひろ)
経済学者/昭和女子大学特命教授
経済企画庁、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授、昭和女子大学副学長等を経て現職。最近の著書に、『脱ポピュリズム国家』(日本経済新聞社)、『働き方改革の経済学』(日本評論社)、『シルバー民主主義』(中公新書)がある。

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(経済学者/昭和女子大学特命教授 八代 尚宏)

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