「ひとつずつ順番にやる」には人生は短すぎる…3歳・1歳・0歳の子とハーバード留学した女医の"驚きの時間術"
プレジデントオンライン / 2023年4月7日 14時15分
※本稿は、吉田穂波『「時間がない」から、なんでもできる!』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■「ひとつずつ順番に」やるには、人生は短すぎる
留学を決意したときには娘がふたりでしたが、ハーバード公衆衛生大学院に合格し、入学のために渡米したときには、生後1カ月の三女が増えていました。
3歳、1歳、0歳の3人の幼子を連れて留学したと話すとたいてい驚かれますが、その相手の表情には「そもそもどうしてこの時期に3人目の妊娠・出産を?」という疑問符が見えます。
先回りして「この時期に妊娠・出産したのは、むしろ私が願っていたことで、運よく三女を授かって大喜びだったのですよ」と私。すると相手はますますびっくりします。
小さな子どもがいて留学もしたいというとき、次の子どもは留学を終えてから、あるいはまずは子どもを産んで、子育てがある程度落ち着いてから留学、と考える人が多いようですが、私は違いました。
いくつもやりたいことがあったら、全部いっぺんに、同時にやる、というのが私のやり方です。
もともと子どもは3人くらいは欲しいと思っていました。しかし、子育てで仕事のブランクを長くしないようあまり年齢の差を開けないで、できれば2歳差くらいの間隔で授かれば理想、と考えていました。
「3人目が欲しい」タイミングと「留学をしたい」という時期がたまたま重なって、どちらかを優先させることはせず、両方とも実現させたにすぎないのです。
なぜって、自分の人生は一度きり。そして、子どもを産める年齢にはリミットがあることを私は産婦人科医として痛いほど知っていました。
■3つの大目標は縦糸と横糸のように人生を織りなす
私の場合、「仕事も続けたい」「留学もしたい」「子だくさんの母でありたい」という大きな3つの柱がありました。そしてそれらは別々ではなく、自分の人生を織りなす縦糸と横糸のように、互いを補い合うものでした。
たとえば、仕事で患者さんと向き合うと、この患者さんにベストな治療方法はAとBのどちらか、と迷うときがありました。「経験から判断するとAのほうが適切に感じる。
でも患者さんに納得してもらうには、ここにその科学的根拠を示す統計データが必要」と思うのですが、女性医療の分野には日本人について詳しく調べた研究が乏しく、それが「やっぱり統計のスキルを身につけたい。そのための留学を絶対に実現させよう!」という受験勉強のモチベーションアップにつながりました。
また、子どもがいると食事に気を使いますので、自分自身も体調を崩さず、仕事にも勉強にも取り組むことができました。
冷蔵庫や洗面所などあちらこちらに英単語を書いた紙をペタペタと貼っていましたが、親が熱心に勉強している姿を子どもに見せることは「勉強しなさい」のひと言より何倍もの効果があると感じていました。
もちろん現実は、予定外の仕事が多く入り、ヘトヘトになって帰った日に限って子どもがぐずったり、抱っこをせがまれて一層疲れる、というときもあります。
しかしそれでも、同時並行で進めたほうがプラス面が大きい、と思うのです。
そもそも「あれ」をやってから「これ」をやろうというふうに、ひとつひとつを順番にやっていくと、いつまでたっても実現しません。
やりたいことがいくつもあったら同時に進める。これが、やりたいことを実現するコツのひとつだと思っています。
■寝坊常習犯の元落ちこぼれドクター
やりたいことを同時並行でやる。
そういうと、多くの人は、なんでもそつなく、手際よく、要領よくこなすスーパーウーマンを想像するかもしれません。でも、残念ながら私はそのイメージとはかけ離れた、いわば正反対のタイプです。
もともと、私は「バリバリできる人」とはほど遠い人間です。
研修医時代を私は聖路加国際病院で過ごしましたが、そこで私はかなりの落ちこぼれレジデント(研修医)でした。
まず、睡眠不足に弱いのです。当直の呼び出しに起きられず、ナースさんたちにも「今日は穂波ちゃんだからね」「あっ、そうか」と当直室まで呼びに来てもらうありさま。
どんなに患者さんのことが心配でも、寝ずの番をしているICU(集中治療室)のナースカウンターで、ついコックリコックリ……。怖い看護師長さんも不憫(ふびん)に思ったのか、たびたびコーヒーを出してくださいました。
また、わからないことがあると、教科書を開いて自分で調べたり考えたりする前に、すぐ上級医師に聞いてしまいます。
「なんのために頭がついてるんだ、使え」と、そのたびに先輩研修医からいわれていました。
医師になりたての頃、点滴の血管確保が上手にできず、「他の先生に代えてください」と患者さんにいわれたときには、自分のふがいなさに涙がポタポタと止まりませんでした。
苦手だった血管確保のスキルを上達させるべく、現在のように練習キットがなかった当時、先輩医師が「僕の腕を練習台に使っていいよ」と手を差し出し、練習させてくれました。
また、夜になると救急外来に張りついて「とにかく点滴をするときは、血だらけの方でもどんな方でも、私にやらせてください!」と志願し、数カ月の間、血管確保の技術を徹底的に訓練しました。
この訓練の甲斐(かい)あって、その後は点滴の血管確保が誰よりも得意になり、ドイツに留学した際には「点滴の注射ならFrau Yoshida(ドイツ語で「吉田先生」の意)にお願い」といわれたほど。
以前はもっとも苦手としていたことが、自分の得意分野になることもあるなんて。徹底的にやれば、欠点も武器に変えられるのだなぁと、実感した経験でした。
私の人生のなかであんなに無我夢中になった日々はなかったでしょう。つらいこともありましたが、そこを乗り越えたら自信に変わる、ということを学びました。社会人としての原点となる、珠玉の時期だったと思います。
過酷な研修医時代をサバイブできたのは、100パーセント周囲のおかげ。身についたスキルも経験も、すべて他人からのいただきもの。自分だけで抱え込むものはひとつもない。当時も今もそんな思いがあります。
振り返ると、その後の私の道のりはいつも同じパターンです。
留学準備中も、留学中も、そして現在も、周囲の多大な協力と手助けがあったからこそ進んでこられました。
「なんでも同時並行でやりましょう!」というと、たったひとりで、たくましく道を切り開いてきたかのように聞こえるかもしれませんが、実際は多くの人を頼り、力を借りてきたのです。
同時並行、それはもしかすると不器用で要領の悪い私だからこその方法だったのかもしれません。
■「or」ではなく「and」で考える
「子育てしながらハーバード留学なんてよくできましたね。大変だったでしょう?」とよく聞かれます。
そんなとき、私は決まってこういいます。
「子育てと留学がセットになっていたからこそできたのですよ!」と。
先に、「3人目が欲しいタイミング」と「留学をしたい」という時期がたまたま重なったと書きましたが、三女の妊娠・出産と留学のタイミングが一緒になったのは、実は「狙い」でもありました。
留学を実現させようという決意は固まりましたが、仮に留学の切符を手に入れたとして、そのときに職場の上司に「留学してきます」とうまくいえるかどうか、そして上司がそれをすんなり受け入れてくれるかどうかを考えると、両方ともうまくいく自信がありませんでした。
いずれ留学したいという胸の内をさりげなく上司に伝えたこともあったのですが、当時の上司は、海外留学より日本でもっと経験を積むべきという考えでした。
また、産婦人科医不足が叫ばれるなかで、同僚の医師たちは毎日ギリギリのところまで働いています。それを承知で「留学してきます」というのは、あまりに自分勝手な行動のように思えました。しかし留学したいという決意は変わらない……。
そこで私が考えたのが、産休・育休を利用することでした。妊産婦は、産前産後に原則として最大で計14週間の休暇をとる権利が法律で認められています。
また原則として生後1年までは育児休暇をとることも認められています。この産前産後休暇と育児休暇中に留学できればもっともスムーズに事が進むのでは、と考えたのです。
そしてありがたいことに、運よく三女を授かりました。
受験の準備は職場には内緒で進めていましたが、ハーバードから合格通知書が届いた翌日、それを手に、上司に産休・育休取得のお願いと同時に留学したい旨を報告しました。すると上司は、「吉田先生には負けました」とニコリ。温かく留学を認めてくれたのです。
当初は育児休暇中に卒業に必要な単位を取得して、帰ってきたら復職させてもらいたいと考えていましたが、いつ戻ってくるかわからないのにポジションだけ残してくれというのも無責任な話です。それで、結局は円満退職となりました。
このように、私が留学を実現できたのは、準備も含めて留学と妊娠・出産・子育てをセットにして同時に進めたから。複数のやりたいことをあえて同時にやることで、両方とも実現できたのです。
■同時にやるから、全部できる
人生にはさまざまな、選択を迫られる場面があります。
女性は、結婚か仕事か、キャリアか子育てかなどで悩む場合が多いと思いますし、男性も、仕事をしつつ大学や大学院に戻ってもう一度勉強したい、などと考える人もいるでしょう。
男女問わず、現実の仕事に向き合うか、それとも子どもの頃からの夢を追いかけるかで悩む人もいると思います。実際、私も講演先の大学で学生の方に「キャリアプランと人生プランはどのように考えるべきか」といった質問を受けることがあります。
「AかBか」「CかDか」どちらをとるかで悩んでいる人がいたとき、私が迷わずいうのは「『or』ではなく『and』でいける道はないかを考えましょうよ!」ということ。
どちらか一方だけを先に実現させる方法を考えるのではなく、どちらも同時に実現させる方法を考えるのです。
複数のやりたいことを同時に実現させるのは一見大変そうに思えるかもしれませんが、案外、ひとつひとつ単独で実行するよりも、一緒にやるからこそできることも少なくありません。
留学準備も、勤務先を辞めて、あるいは休んでから始めるというのではなく、あくまでも日中の仕事と同時並行で。臨床の現場にいつつ、留学準備をすることで、患者さんの治療にあたりながら、自分がどうして留学したいのか、という目的意識を見失うことなく、高いモチベーションを保つことができました。
■複数の世界を持ち「やりたいこと」で自分を解放できるか
人によっては、子育て中は育児休暇をとって、子育てに専念して、という場合もあると思います。もちろんそれもとても素敵ですが、私は「夕方6時半までには必ず保育園に子どもを迎えに行かなければならない」という制約があるからこそ、仕事への集中力が増しました。
そして、子育てのイライラは仕事に打ち込むことで解消し、仕事でのストレスは、子どもの顔を見て吹き飛ぶ、という具合に、私は子育てと仕事を行き来していることで、助けられてきたのです。
同時にやるからこそ両方できることというのは、意外と少なくないのです。
趣味のスポーツや習い事に精を出しながら自分を鍛え、充実した毎日を過ごしているビジネスパーソンも少なくありません。
また、ある程度キャリアを築いてから妊娠・出産をと考える女性は少なくありませんが、産婦人科医として多くの患者さんの治療にあたるなかで、仕事に没頭しているうちに妊娠適齢期を過ぎてしまい妊娠しづらくなった、というケースをこれまでたくさん見てきました。
この場合も、キャリアと妊娠・出産を同時に手に入れる方法を考えたほうが、両方を得られる確率は高まるように思います。
もし「or」で悩むときがあったら、「and」はできないかと考えてみる。
どちらか一方ではなく、両方とも手に入れる方法はないかと考えてみる。
さらには、何かふたつのことの両立をがんばっているときに、あえてさらに「やりたいこと」に取り組んでみる。
仕事と家庭、このふたつのタスクに押しつぶされそうになっているときこそ、資格検定や語学、スポーツの楽しさや充実感に救われることがあります。
「やらなくてはならないこと」があるからこそ、「やりたいこと」で自分を解放する。
「やりたいこと」に打ち込んでいるからこそ、「やらなくてはいけないこと」の大変さがちっぽけなものに思える。それぞれが、互いを刺激し合い、モチベーションがふくらんでいく。
そのためにはいろんな世界をもっているほうが、そこに広がりが生まれ、自分がラクになるきっかけが増えると思うのです。
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医師
医学博士、公衆衛生修士。1973年、札幌市生まれ。三重大学医学部卒業後、聖路加国際病院産婦人科で研修医時代を過ごす。2004年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務などを経て、2008年ハーバード公衆衛生大学院入学。2010年に大学院修了後、同大学院のリサーチ・フェローとなり、少子化研究に従事。帰国後、東日本大震災では産婦人科医として妊産婦と乳幼児のケアを支援する活動に従事。2012年4月より国立保健医療科学院生涯健康研究部主任研究官、2017年神奈川県保健福祉局保健医療部健康増進課技幹兼政策局ヘルスケア・ニューフロンティア推進本部室シニアプロジェクトリーダー兼神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部准教授。2019年より神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授。2020年以降は厚生労働省や神奈川県にて新型コロナウイルス感染症対策本部に従事。2歳から17歳まで6児の母。
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(医師 吉田 穂波)
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