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「小売自由化すれば光熱費が下がる」はウソだった…日本のガス料金が高すぎる根本原因

プレジデントオンライン / 2023年4月7日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yusuke Ide

都市ガス料金の値上がりが続いている。国際大学の橘川武郎教授は「天然ガスの大半を輸入している日本では、国際的な天然ガス価格に翻弄されてしまう。熱供給を化石燃料(天然ガスや石炭)の呪縛から解き放つには、セクターカップリングの導入が必要だろう」という――。

■ここ2年間で都市ガス料金は凄まじく上昇

現在、日本では電気料金やガス料金の上昇が、大きな社会問題になっている。今年1月の使用分(2月検針分)からは、政府による電気代・ガス代への補助金支給も行われるようになった。

都市ガス料金の毎年1月における全国平均値の推移(図表1)を見ると、2015年が7250円、16年が6521円、17年が5939円、18年が6220円、19年が6628円、20年が6473円、21年が5876円、22年が6743円、23年が8905円となる。この図表から、ここ2年間の上昇ぶりがいかに凄まじいかが、よくわかる。

【図表1】都市ガス料金の全国平均値
出所=小売物価統計調査による価格推移 日本の物価

日本では、電気事業に1年遅れて、都市ガス事業についても、17年4月に小売全面自由化が実施された。家庭用市場も含めてガス供給事業者間の競争は激化したが、図表1からわかるように、17年から19年初めにかけて、ガス料金はむしろ緩やかに上昇した。20年から21年初めにかけてガス料金が低下したのは、主として、新型コロナウイルスのパンデミックによる需要減によるものであった。

■「自由化すれば料金が下がる」はウソだった

電気にしてもガスにしても、しばしば自由化すれば料金が下がると言われるが、それは謬論である。火力発電の比重が高く、天然ガスや石炭の大半を輸入する日本では、電気料金やガス料金の水準を決定づけるのは、自由化で活発化する企業間競争のあり方ではなく、国際的な天然ガス価格や石炭価格の動向なのである。

最近では国際的な天然ガス価格は、16~18年に上昇したのち、19~20年に低落し、21~22年に急騰するという推移をたどった。

21~22年に急騰したのは、コロナ禍が一段落したことによる需要の回復、カーボンニュートラルへの流れが強まる中でのガス田開発の停滞などによって天然ガス価格が上昇に転じたところに、22年2月にロシアの侵略によってウクライナ戦争が勃発し、世界的に天然ガスの需給逼迫(ひっぱく)が深刻化したからである。

わが国における都市ガス料金の変化は、基本的には、国際的な天然ガス価格の動向によって決定づけられると言っても、間違いではあるまい。

■国産天然ガスで得する国民はひと握り

そんな中、話題となっているのは、千葉県茂原市周辺のガス料金である。大多喜ガス(茂原市)が地元で採取される天然ガスを活用して供給しているため、料金の変動が少ないうえに、東京都内と比べて6割程度の料金に抑えられているというのだ。

しかし、残念ながら、20年度におけるわが国の天然ガスの輸入依存度は、97.9%に達する。国産天然ガスの「ご利益(りやく)」にあずかる国民は、ごく限られているのである。

このような事情から、日本においては、都市ガス料金の値上げに対して有効な対策を講じることは難しい。しかも、都市ガスの場合には、電気と比べても対策を困難にする独特の事情がある。

現在、旧一般電気事業者10社のうち7社が料金値上げを申請し、その審査が行われている。つまり、3社は値上げを申請していないわけであるが、それは、関西電力、九州電力、および中部電力である。

これらのうち関西電力と九州電力については、複数の原子力発電所を再稼働させており、火力発電のウエイトが低いことが値上げ回避の理由だとされている。要するに、電気の場合には、原子力や再生可能エネルギーを使って火力発電と異なる形で供給を行えば、天然ガス価格や石炭価格の急騰の影響を減じることができるのである。

■「料金は海外次第」から抜け出せるか

一方、都市ガスの場合には、この方策はとれない。都市ガス事業が供給するのは天然ガスのみであり、天然ガスの国際価格の急騰の影響をモロに受けざるをえないのである。

今年にはいって、歴史的な暖冬の影響もあって、国際的な天然ガス価格や石炭価格は下落した。しかし、コロナ禍で停滞していた中国経済が本格的な回復に向かうなど、今後、化石燃料価格が再び高騰する可能性は十分に存在する。

このような不確実な状況下で、日本が、ガス料金は国際的な天然ガス価格次第という従属変数的な窮地から脱出する道はないのだろうか。そのための秘策は、ないことはない。それは、デンマーク式の「セクターカップリング」を導入・普及することである。

■作った電気を熱に変え、温水で蓄える

新型コロナウイルスのパンデミックが発生する直前の18年と19年、筆者は、セクターカップリングの調査のため、デンマークを訪れたことがある。セクターカップリングとは、電気や熱というエネルギー間の垣根を取り除いて最適解を導き出そうとする考え方であり、デンマークでは、より端的に「パワー・トゥー・ヒート」という表現がよく使われる。

デンマークのエネルギー政策を特徴づける「パワー・トゥー・ヒート」とは、「電気から熱へ」あるいは「電気を熱の形で蓄える」という意味だが、これによって、柔軟でかつ堅固なエネルギー供給体制の構築が可能になる。

電気が足りないときないし電気の市場価格が高いとき(多くは冬季)には、風力だけでなくバイオマスも太陽(光)も電力生産に充てる。一方、電気が余っているとき(例えば夏季)には、バイオマスと太陽(熱)を使って温水を作り、それを貯蔵する。発電にしか向かない風力も、「出力制御」などというもったいないことはしないで、思い切り電気を作り、それで水を温めて熱(温水)に変えて蓄える。

夏場に巨大な魔法瓶状のタンクや断熱措置を講じたプール状の貯湯池に蓄えられた約80度の温水は、冬場になると約50度まで温度は下がるものの、全土に張り巡らされた導管を通じて、デンマーク中の家庭やビル、店舗、工場等に供給される。

「パワー・トゥー・ヒート」のねらいは、発電の際に熱などの形で失われるエネルギーを活用し、エネルギーコストを全体的に低下させようとする点にある。

■日本と同じ「原油依存国」の方針転換

デンマークでは、地域熱供給(DH:District Heating)が広く普及している。同国におけるDHの歴史は19世紀末にさかのぼるが、200度以上(供給温度、以下同様)の蒸気による第1世代(~1930年ごろ)、100度以上の加圧高温水による第2世代(~1980年ごろ)、100度以下の高温水による第3世代(~2020年ごろ)を経て、現在は50度以下の低温水による第4世代に移行しつつある。

時代の進展とともに供給温度が低下しているが、その理由は、①送配熱によるロスを縮小できる、②より多くの種類の排熱・余熱を利用することができる、という2点にある。

1970年代に石油危機が生じた時、デンマークは、日本と同様に、中東原油への依存度が高く、エネルギー自給率はきわめて低かった。デンマーク政府は、石油から中東依存度が低い石炭への転換を急ぐ一方、新設する火力発電所はすべてCHP(Combined Heat and Power:熱電併給、日本では「コジェネレーション」と呼ばれることが多い)とする方針をとった。セクターカップリングないしパワー・トゥー・ヒートの導入である。

■デンマーク首都の98%に熱電併給が整備

やがて、自国領の北海で原油・天然ガスが発見、開発され、デンマークのエネルギー自給率は改善されることになった。同時に、CHP(熱電併給)の増設を通じて熱利用も拡大した。1980年代半ばには、原子力発電所を将来にわたって建設しないことを決めた。90年代半ばごろから風力発電が急伸し、2010年代には太陽光の普及が進んだ。

また、デンマークは、周辺諸国との送電連系の構築にも力を入れた。その結果、2018年の電源構成は、風力41%、太陽光3%、バイオマス・廃棄物18%、化石燃料23%、輸入15%となった。

また、デンマークの全世帯における熱源の構成比は地域熱供給(DH)が63%、天然ガスが15%、石油が11%、電気等その他が11%であり、コペンハーゲンではじつに98%の世帯にDHの導管がつながっている。火力発電設備のうちの66%がCHPであり、その燃料は59%がバイオマス中心の再生エネ、24%が天然ガス、15%が石炭、その他が2%であるのだ(数値はいずれも2017年実績値)。

【図表2】デンマークの電源構成(2018年)【図表3】デンマークの熱源構成(2017年)

■「化石燃料から熱を供給する」はやめられる

全国各地に展開するDHの事業主体は自治体が主宰する第3セクターで、非営利事業として営まれている。多くはタンク式やプール式などの温水貯蔵施設を擁しており、その中には、昼夜間調整だけでなく季節間調整(夏期に貯めた温水を冬季に使う)が可能なものもある。

このようにセクターカップリングないしパワー・トゥー・ヒートという考えに立ち、DHを普及させれば、熱供給を化石燃料(天然ガスや石炭)の呪縛から解き放つことができる。「日本のガス料金は国際的な天然ガス価格次第」という、従属変数的な窮地から脱出することが可能になるのである。

とはいえ、デンマーク式のセクターカップリングをすぐに日本に適用することは難しい。デンマークで普及している温水導管が、日本ではほとんど存在しないからである。

■日本でセクターカップリングが進まない理由

ただし、温水導管は、都市ガス導管や水素導管に比べれば、敷設は容易である。世界中の寒冷地の都市ではセントラルヒーティングが普及しており、そこでは温水導管が広く使われている。セントラルヒーティングがほとんど無い点で、日本は、国際的に見て例外的な存在である。2050年までに大都市だけでなく地方も含めて温水導管を敷設することは、それほど困難なことではない。

筆者は、日本でセクターカップリングが進まないのには、別の理由があると考えている。担い手がいないのである。熱供給に精通している都市ガス会社は、自らの事業基盤が失われることをおそれて、セクターカップリングにきわめて消極的である。現にデンマークでは、セクターカップリングが進展したのにともない、熱供給の担い手は、民間のガス会社から自治体が主宰する第3セクターへ転換してしまった。

都市ガス会社が消極的であるならば、電力会社にビジネスチャンスが生じるはずだが、そのような兆しはほとんど見られない。日本の電力会社の多くは「電化すれば、それで良し」と考えているため、絶望的なほど熱利用に疎いのである。

秘策であるセクターカップリングが日本で日の目を見るためには、新たな担い手の登場を待つしかないのである。今後も、国際的な天然ガス価格の変動に翻弄(ほんろう)され続けるのか、デンマークのように独自の方策を打ち出すのか、日本のエネルギー政策の方針を決める時期に来ているのではないだろうか。

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橘川 武郎(きっかわ・たけお)
国際大学副学長/国際大学国際経営学研究科教授
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て現職。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『エネルギー・シフト』、『災後日本の電力業』などがある。

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(国際大学副学長/国際大学国際経営学研究科教授 橘川 武郎)

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