じつはGDPの順位自体には意味がない…「日本は世界有数の経済大国」という常識を疑うべき経済学的な理由
プレジデントオンライン / 2023年4月8日 15時15分
※本稿は、髙橋洋一(監修)『新聞・テレビ・ネットではわからない日本経済について髙橋洋一先生に聞いてみた』(Gakken)の一部を再編集したものです。
■規模の数字そのものより、前年比の成長率を見るべき
「日本はこれ以上経済成長を目指す必要はない」「経済成長よりずっと大切なことがある」という人もいます。しかし、経済成長を示す指標・GDPを各国と比較してみると、日本はこのままではいけないという理由がはっきりと見えてきます。
その国の経済状況が今、どうなっているのかを見る指標としてもっともよく使われるのが、国内総生産(GDP)。「日本のGDPは米中に次ぎ、世界第3位」です。これだけ聞くと、日本は世界有数の経済大国のように見えますが、はたして本当に経済大国といえるのでしょうか?
日本のGDPは、高度経済成長期の1968年に西ドイツを抜き、米国に次ぐ2位となりました。しかし、2010年に経済台頭が著しい中国に抜かれて3位になった経緯があります。さらに、早ければ、2023年にも、ドイツに抜かれて4位に転落するという可能性も出てきています。
しかし、GDPの順位自体は、実はあまり意味はありません。GDP自体は経済の規模を表す指標ですが、この指標を見るときは、規模の数字そのものより、前年比の成長率を見ていきます。つまり、経済とは成長してこそ、価値があるのです。政府も日銀も、経済政策を行う限り、成長を目指しています。はたして、日本の経済は成長しているのでしょうか?
まずは、GDPという指標を通して、経済の何がわかるのかを見ていきましょう。
■「オークンの法則」を理解すれば経済成長の大切さがわかる
経済について議論していると、「日本の場合、経済成長はもう十分じゃないか、国は分配に力を入れるべきだ」「経済成長よりも大事にすべきことがある」といった主張をよくぶつけられます。
たしかに、経済問題のほかにも環境問題などの重要な課題はありますし、社会全体に経済利益が行き渡るように国が努めることも必要です。
しかし、「そのためなら経済成長を止めてもいい」と主張するのならナンセンスだとしか言いようがありません。これからみなさんに日本経済についてお話しするにあたり、まずは経済学の観点から、このよくある誤解を正しておきましょう。
では、なぜ国は経済成長を目指すべきなのでしょうか。その答えは、代表的な経済理論の一つ、「オークンの法則」を理解すれば簡単にわかります。
オークンの法則とは、「実質GDPの前年比成長率」が上がると完全失業率も改善するという法則のことです(図表1参照)。この法則のことはひとまず、「経済成長率が上がると失業率が抑えられる」という法則だと理解しておいてください。実際に図表1のグラフを見ると、経済成長率が高かった年ほど失業率の伸びが抑えられていることがわかります。
つまり、「経済成長を続ける国こそが、仕事に就けず生活に困る人の数を抑えることができる」ということが統計的な傾向としてわかっているのです。
■経済成長不要論者は雇用を切り捨てている
経済成長不要論は一見もっともらしい主張ですが、先ほどご紹介したオークンの法則によれば、経済成長率が下がるほど失業率の伸びが大きくなるわけですから、実は経済成長不要論者は「失業者が増えてもかまわない」と言っているのと同じことになります。
なぜこうした奇妙な主張が日本で人気なのかといえば、経済学を学んでいるはずの経済学者たちの間ですら経済成長不要論が人気だからです。日本では戦後に高度経済成長が続き、失業率が長らく低いままでしたが、おそらくそのせいで、失業率がこれまで経済指標として注目されなかったのでしょう。そのため、重要な経済理論であるはずのオークンの法則も軽視され続けてきたのではないでしょうか。
「経済成長よりも環境問題などの社会問題に取り組むことを優先すべきだ」という意見も非現実的です。かつて高度経済成長期に、公害や環境破壊などが社会問題化したことを受けて経済成長を批判する声が上がりましたが、その後オイルショックが起きて経済が混乱すると、経済成長批判どころではない状況になってしまいました。
たしかに社会問題への取り組みは重要ですが、経済が停滞してしまっては元も子もありません。むしろ、地に足をつけて社会問題に取り組むためにこそ、継続的な経済成長を重視すべきなのです。
■一部の富裕層だけが潤う経済成長はありえない
経済成長不要論の問題は先ほど指摘しましたが、それでもなお「経済成長は一部の富裕層をさらに豊かにするだけ」と主張してくる人がいます。
しかし、オークンの法則によれば、経済成長に伴って仕事に就ける人が増えるわけですから、経済成長の恩恵を受けるのが一部の富裕層だけだというのはあきらかな誤りです。
どれほど優秀な人でも大規模な経済活動を1人ではできず、素晴らしいアイデアが製品やサービスとして現実のものになるまでには多くの労働者が関わるはずです。
消費者がその製品やサービスに支払う対価は、それらを生み出すために働いた人々全体に分配されることになるのですから、けっして、特定の少数の人々が対価を独占するわけではありません。
また、アベノミクスの影響で株価が上がった際には、「投資家が利益を得るだけだ」と批判する人が大勢いました。しかしこれも短絡的です。図表2のように、金融緩和や財政出動などの政策が打ち出されると市場がいち早く反応するため、その政策の具体的な効果が出る前にまず株価が上がります。
そして、政策がうまく機能すれば、労働者が受け取る賃金(名目賃金)は増え、物価は上昇します。その後、一時的に賃金の価値(実質賃金)が目減りするものの、物価上昇の影響で企業の利益が上がることで、最終的に実質賃金も追いつくことになるのです。
■GDPを見れば経済活動のプロセス全体を一度に評価できる
「経済が成長している」ことは何を見ればわかるのでしょうか? その基準になるのが、先ほどから何度も登場している経済指標・GDPです。
GDPは、詳しくは「Gross Domestic Product(グロス ドメスティック プロダクト)」(国内総生産)の略語で、その意味は「ある一定期間内に、国内で生み出されたモノやサービスの付加価値の合計額」というもの。「付加価値」とは、モノやサービスの生産額から原材料費などの費用を差し引いた額を意味しますので、GDPは結局、国内でモノやサービスが生産・提供された結果生じた個々の利益すべてを合計したものだということです。
そもそも、経済活動には、①さまざまな業種で生産活動が行われ、付加価値=利益が生み出される「生産」の側面、②その利益が労働者や企業自身などに給与や営業利益などとして分配される「分配」の側面、③そしてその分配されたお金を消費者や民間企業や政府が消費・投資などに使う「支出」の側面があります。
GDPは、本来、この中の①「生産」の側面の総額にあたりますが、①~③はひとつながりのプロセスであり、それぞれの側面で動くお金の総額は変わらないため、GDPは②の総額とも③の総額とも等しくなります(三面等価の原則)。
つまりGDPは、それを見れば「生産」→「分配」→「支出」という経済活動のプロセス全体を一度に評価できる、便利な「ものさし」なのです。
■私たちの消費行動こそが経済活動の動向を左右している
メディアなどで、「消費を盛り上げて経済を回す」といった表現をよく見かけますが、私たち民間の個々人の消費行動は、本当に経済活動全体に影響を及ぼしているのでしょうか。
これは、前ページでお話しした生産・分配・支出の3側面のうち、支出面から見たGDPを分析すると確かめることができます。支出面から見たGDPの内訳は、「GDP=消費+投資+政府需要+(輸出-輸入)」で計算できます。
まず「消費」は、民間の個々人が消費者としてモノやサービスに支払った金額を、「投資」は、企業の設備投資(自社ビルの建設など)や在庫品の増加のように、新たな収益を見込んで支出した資金の額を指します。また「政府需要」は、政府が公共事業などに際して支出した額を、そして「輸出−輸入」は、モノ・サービスの純輸出額(輸出額-輸入額)を指します。
図表3はこれらの要素の割合をまとめたものですが、このグラフを見ると、家計の消費は全体の半分強を占めており、企業投資(2割)や政府需要(約3割弱)を上回っていることがわかります。また純輸出については、2020年は輸入超過のためマイナスの値ですが、プラスの年でもGDP全体の数%なので、これも民間消費に及びません。つまり、私たちの消費行動こそが、経済活動の動向を左右しているのです。
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嘉悦大学教授
1955年東京都生まれ。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。1980年、大蔵省(現財務省)入省。大蔵省理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員を経て、2006年から、内閣府参事官、内閣参事官等を歴任。小泉内閣・安倍内閣で経済政策の中心を担い、2008年で退官。金融庁顧問、株式会社政策工房代表取締役会長、2010年から嘉悦大学経営経済学部教授。主な著書に、第17回山本七平賞を受賞した『さらば財務省! 官僚すべてを敵にした男の告白』(講談社)などがある。
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(嘉悦大学教授 髙橋 洋一)
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