なぜ「母子手帳不要論」がたびたび巻き起こるのか…乳幼児死亡率が世界一低い日本で生まれた必須アイテム
プレジデントオンライン / 2023年4月13日 13時15分
■子供の健康な成長に寄与している母子手帳
定期的に回ってくる子育てのデマに、「母子手帳はワナ」「母子手帳が間違った常識を押し付けている」「母子手帳はアメリカに押し付けられたもの」などとする説があるのをご存じでしょうか。妊娠中からの記録、成長曲線、ビタミンK2やワクチンの記録……何もかも不要だと主張する人もいますが、これは完全に間違いです。
母子手帳には子育てに必要な情報が詰まっていますし、掲載されている内容には科学的根拠があるものが多く、専門家によって改訂が重ねられています。しかも、母子手帳は日本で誕生しました。日本の乳幼児死亡率は世界で最も低く、健康に成長する子供が多いことはご存じの方が多いでしょう。お母さんのおなかの中にいる頃から連続した成長の記録があり、月齢・年齢ごとに発達を見る上で重要な情報がまとまっている母子手帳も、子供の健康な成長に寄与しているのは間違いありません。
もちろん、最初は「ビタミンKってなんだろう」「母子手帳に載っている成長曲線などの情報はなんのためにあるのだろう」「こんなにたくさんのワクチンを受ける必要があるのかな」と疑問に思う人がいても不思議ではないでしょう。子供の健康や将来に関わると思ったら何事でも慎重になって当然ですし、少しでも悪影響がありそうに思ったらやめたいと思うのも自然なこと。ただし、その判断のためには十分な情報が必要ですから、今回は母子手帳について詳しく書いていきたいと思います。
■継続的な記録が正確な診断や治療に役立つ
母子手帳(正確には母子健康手帳)が生まれたのは、1948年のこと。それまで別々だった妊娠した女性用の「妊産婦手帳」と乳幼児用の「乳幼児体力手帳」がまとめられて1冊の「母子手帳」が誕生しました。基本となる部分は厚生労働省が様式を定めていますが、表紙やその他のページの内容は自治体ごとに違うこともあります。妊娠経過や子供の成長の記録ができるだけでなく、新生児のウンチの色がカラー写真で載っていたり、子供が誤嚥(ごえん)した際の対処法、心肺蘇生法などの情報も載っていて非常に便利です。
日本では、この母子手帳を胎児の心拍が確認される頃に子供一人につき1冊、市区町村の窓口でもらうことになっています。産婦人科医に妊娠経過を書いてもらったり、出生時に在胎週数や体重、どのようなことがあったかを書いてもらったりして、出生届を出すと市区町村が「出生届出済証明」の記載をしてハンコを押した紙を貼ったりしますね。
その後、一般にお子さんが小児科を受診する際には、母子手帳を見せてもらうことがよくあります。特に月齢や年齢が小さいお子さんにとって、妊娠中・出生時、乳児健診の経過は大事だからです。胎内にいたときや出生時に問題がなかったかどうか、出生後に行うタンデムマス・スクリーニング検査や聴覚検査の結果がどうだったのか、などの情報は、正確な診断や治療にも役立ちます。
■頭蓋内出血を防ぐために必要なK2シロップ
母子手帳には、その後も乳児健診や発達の様子、ワクチン接種歴などの記録をしていきますが、ビタミンK2シロップの投与についても記録されることがあります。日本では赤ちゃんが生まれて数回哺乳できたのを確認したら、ビタミンK不足による出血を防止するためにビタミンK2シロップを飲ませます。ビタミンKは妊娠中の女性がたくさん摂っても赤ちゃんに移行する量はわずかで、母乳中に含まれるビタミンKも十分な量ではないからです。
このK2シロップについても「不必要なもの」「製薬会社がもうけるためのもの」というデマがありますが、ビタミンK欠乏症は新生児300人に1人の割合で起こると推計され、生後3カ月までのビタミンK欠乏症の8割で頭蓋内出血を起こします。だから、予防のためのK2シロップ投与は大切なのです。また、ケイツー(ビタミンK2シロップの商品名)1回分の薬価は25.3円。これを3回なら76円、11回で279円です。薬価はきわめて安く、赤ちゃんの生命の重さに比べてタダ同然だと思います。
「ビタミンKに添加物を入れるのが許せない」と言う人もいますが、ケイツーの添付文書を見ると、ビタミンKの安定と保存のために必要な成分が含まれていて、もちろん安全性が確かめられています。1回に飲ませる量は2mg(1ml)ですから、添加物の量も極微量です。この「わずかな量の添加物のリスク」と「ビタミンK欠乏症が起こす重大な疾患あるいは死亡のリスク」では比較にもならないでしょう。
■成長や発達に不安があるときにも有用
こうした記録だけでなく、子育てで心配なことがあったときに役立つのが母子手帳です。我が子の成長や発達のペースが順調なのかという心配は、多くの人が持つと思います。体の大きくなり方である「成長」、できることが変化し増えていく「発達」を見る上で重要な月齢・年齢にはページが設けられています。乳幼児健診を受けていると、左側のページにある質問にどのくらい「はい」と答えられるか、右側のページで身長・体重・頭囲がどのくらい育ったかがわかりますね。ここを確認すれば、小児科を受診しなくても安心できる場合が多いでしょう。
少し前にSNSで、成長曲線は母子手帳に必要ないのではないか、役所が子供の優劣をつけているのではないかというコラムが話題になりました。多くの小児科医ばかりかお母さん・お父さんが一斉にSNSに否定的な投稿をしたように、もちろんそんなことはありません。母子手帳には成長曲線が必要です。もしもなかったら正常範囲かどうかを確かめるために、日本小児内分泌学会や厚労省が出している成長曲線のグラフを探さなければいけませんが、子育てで忙しいなか探すのは大変でしょう。
もしも病気などの問題があって成長が遅すぎる・早すぎるのに気づけなかったら、子供の将来の健康を損ないかねません。気づくのは早ければ早いほどよく、そのほうが改善するための選択肢も多いでしょう。
■医師から見た母子手帳の改善してほしい点
このようにいいところがたくさんある母子手帳ですが、改善してほしい点はあります。まず、大事なことがたくさん載っているのに読みにくいことです。もう少し読みやすくなるようなレイアウトや記載をしてほしいと思います。
また、お母さんのための部分では、妊娠中に気をつけてほしいアルコールなどの飲み物、生ものなどの食べ物、過ごし方、何があるかわからない妊娠中の旅行「マタ旅」はよくないことなどが簡潔にわかりやすく書いてあるといいですね。逆に、以前は控えるように言われていた温泉の入浴は特に禁止事項ではないことなども書いておくといいと思います。
子供のための部分では、離乳食のページに厚労省のサイトにあるようなアレルギーの話を入れてほしいし、ワクチンは受ける順に記載できるようにしてほしいです。感染症のような症状が出た際に、診療を受ける上で予防接種歴がとても大事ですが、今のままでは医療者にとっては確認しづらく、保護者にとっては受け忘れを見つけにくいというデメリットがあります。数年ごとに新しいワクチンが出てきたり、任意接種だったものが定期接種になったりするので、なおのこと見づらいのです。私は外国で生まれた子を診療することもありますが、予防接種の記録の最初が定期接種、次に任意接種となっている国は日本だけです。
■疑問や不安があるときは専門家に質問を
昨年、日本の年間出生数は、とうとう80万人を下回ってしまいました。ずいぶん前から少子化が進んでいたため、近所で子守りを頼まれたり、親戚の子と一緒に遊んだりする機会も減り、初めて接する子供が我が子という人も少なくないでしょう。すると、初めての育児でより疑問が多くなったり、心配になったりすることがあるかもしれません。
私のツイッターアカウントでは、ずいぶん前のツイートや記事が「いいね」されたり、「RT」されたりすることがあります。すると「また育児や小児医療に関する疑問や不安、デマや都市伝説が再燃して、誰かがツイッター内検索をしたのだろう」ということがわかります。特に母子手帳、そしてK2シロップとワクチンについては、もう何度となく「こんな不自然なものを子供の体に入れてはいけない」「自然が一番。母子手帳などは使わずに本来の育児に立ち返ろう」という事実とはまったく異なる説が現れては消えています。
もしも子育てや医療に関して疑問や不安を感じたら、インターネットで広く調べるのではなく、まずは公的機関や学会等のサイトを見てみましょう。それでも疑問や不安のある場合は、ぜひ専門家のいる子育て支援センターや保健所、小児科などで質問してみてくださいね。きっと正確な知識が得られると思います。
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小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)
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