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「無加工の自分」には二度と戻れない…TikTokの「美顔フィルター」に依存する若者が世界中で増殖するワケ

プレジデントオンライン / 2023年4月10日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Phiromya Intawongpan

■SNSには「加工された美男美女」があふれている

TikTokが2月にリリースした新機能「ボールド・グラマー」が、アメリカで物議を醸している。配信者の顔をリアルタイムで美男美女に変えるフィルターなのだが、フィルターとは判断できないほど加工が精巧なのだ。

フィルター機能を使って、自分の顔をスマホの画面に映し出すと、目は大きくなり、化粧が施されたように自動的に加工される。肌つやはよくなり一気に若返ったようになる。その影響をCNNやウォール・ストリート・ジャーナル紙など主要メディアが相次いで報じている。

TikTokやInstagramなどのソーシャルメディアでは、最新の美顔フィルターを駆使した配信者たちが、現実にはあり得ないほどの美貌を振りまく。こうした影響もあり、以前から、配信プラットフォームを通じたルッキズムへの回帰が、問題視されていた。

ルッキズムは「外見至上主義」とも訳されるように、男女の顔立ちや体格に優劣をつけ、外見から相手を評価したり差別したりする行いをいう。近年相次ぐミスコンの廃止や見直しは、その代表例のひとつといえるだろう。美貌やスリムな体型を競うこの種の催しは、もはや時代錯誤とすら指摘されるようになった。

しかし今、こうしたフィルター機能の影響で、ありのままの自身の姿にコンプレックスを感じ、苦しみを抱える人は多い。米メディアは、SNSの利用者自身の心がダメージを受けていると警鐘を鳴らす。

■目は大きく、血色がよくなり「まるでセレブ」になる

この美顔フィルターはどんなものなのだろうか。

CNNは動画を通じ、数名のTikTokerの実例を紹介している。

アニーさんがボールド・グラマー・フィルターを適用したところ、一切の化粧なしに部屋でくつろいでいた彼女の顔立ちは一変した。

リラックスした眠たげな目は大きく見開き、目元はアイライナーを引いたかのようにくっきりと際立っている。眉は凜々しく、唇は肉厚でつややかだ。頬はチークを入れかのように血色がよくなり、肌年齢も10歳ほど若返ったかのように見える。

このフィルターは男性にも威力を発揮する。クリスチャン・ハルさんが試すと、どちらかというと優しく愛くるしかった顔立ちは、たちまち俳優然とした引き締まったルックスに変貌を遂げた。

肌に若々しいつやが出ているほか、眉の毛量が足され、目の彫りが深くなったことで瞳に力が宿ったように感じられる。

■完成度が高すぎで、自分の顔だと錯覚してしまう…

その完成度には驚かされる。適用した人物がしゃべったり、顔の前に手などが重なったりした場合でも、映像はまったく破綻しない。米インサイダーは、以前のフィルターであれば簡単に見破れたと述べたうえで、「ボールド・グラマーでは、フィルターがかかっているかどうかを判別することがほとんど不可能になっている」と指摘する。

ボールド・グラマー・フィルター
TikTokのボールド・グラマー

TikTokは内部処理の詳細を公開していないが、ある専門家はCNNに対し、従来のフィルターと異なる技術を使っている可能性があると説明している。元画像を無理やり変形させるのではなく、膨大なデータセットの中からユーザーの顔立ちによく似た顔データを探し出し、その顔データを使って顔の部分の映像を描き直していると推察されるという。

すなわち、画面の中の人物はもはや「ちょっとおめかしした自分」などではない。世界のどこかにいる美形をベースに、AIによって自分の顔を混ぜ合わせたものだ。

どことなく元の容姿に似ており、また、自分がしゃべり顔を動かす動作にリアルに追随するため、いつしかそれが自分自身の本当のルックスであるかのように錯覚してしまう。

そして、これこそが最大の問題だ。

■「このフィルターは怖い」と語る女性投稿者も

ある女性TikTokerは顔を手で触りながら、「見て、これが問題」と視聴者に呼びかける。顔をいくらベタベタと触っても、フィルター処理の輪郭が不自然にゆがんだりする気配はまったくない。「フィルターだなんて気付くことすら、もうできないでしょう」。

別の女性TikTokerは、真顔でカメラに語りかける。「このフィルターは怖い。ディストピアかというくらいに」。

フィルターはTikTokで大いに話題になっている。インサイダーは3月8日時点で、ボールド・グラマー単体で4億回近い再生回数を稼いでいると報じた。

米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は3月16日時点で、20歳ほどの若返り効果をかける「ティーンエイジ・ルック」フィルターとボールド・グラマーを合わせると、すでに2500万本以上のTikTok動画が投稿されていると報じている。

同紙の記者も、品質に驚いた。サラ・オブライエン記者は、調査のためボールド・グラマー・フィルターを試し、「とても驚きました」「(女優のキム・)カーダシアンとお近づきになれるんじゃないか、というくらいのルックスになりました」と語る。

■心理学者は警告「モデルやセレブを見るのとは異なる」

一方、ユーザーへの精神的な影響が大きいため、禁止すべきだという議論が早くも巻き起こっている。オブライエン記者は、カナダのヨーク大学のジェニファー・ミルズ教授(心理学)に見解を聞き、次のように要約している。

「教授の話をまとめると、ボールド・グラマーは人々に、究極なほど(美化とは)正反対の効果をもたらすとのことです。フィルターを適用した自分の姿を見たあと、(本物の)自分を目にすると、前よりも気分が落ちこむのです。単にモデルやセレブを見たのとは違って、理想的な自分の姿と現実の自分とを比較することになるからです」

解除後に自分の本当の姿を目の当たりにし、戸惑うユーザーは多い。CNNが取り上げたTikTok動画のなかで、TikToker女性のジョアンナ・ケニーさんは、悲しげな表情でフィルターの使用感を語った。この動画では、モデルのようなくっきりとした目鼻立ちの女性が川辺に立ち、自分にカメラを向けている。自信溢(あふ)れる表情だ。

ケニーさんは、美しく加工された自分に驚いたようだ。「こんなルックスと短時間でもどう向き合えばいいか、私の脳は追いついていないみたい」と語る。しかし次の瞬間、フィルターを解除すると、先ほどとはかなり印象が異なる、本来の容姿が画面に現れた。

「それで……これ……!?」とケニーさんは眉をしかめ、本来の自身の容貌への失望をあらわにしている。

■「無加工の自分」に耐えられず、整形手術のきっかけになる

インサイダーは、「このフィルターは、極めて欺瞞(ぎまん)的な手段により、非現実的な美の価値観を広めるものであり、危険であるという意見も多く聞かれる」と報じている。

ニューヨークの臨床心理学者であるジェーシー・ロペス・ウィトマー氏はインサイダー誌の取材に対し、「ことによるとフィルターを重用する人々のなかには、フィルターを適用したルックスに魅入られ、実生活で再現しようとする人が出てくるかもしれない」との懸念を明らかにした。

事実、フィルターは容姿への不満を生み、整形への意欲を高めているようだ。あるTikToker女性はボールド・グラマーを適用した動画の中で、「唇にリップフィラー(コラーゲン注射)を入れて……眉も本当にこういう風に(フィルターのように)したい」と真剣な表情で語った。

前述したTikToker男性のハルさんもまた、「眉に施術を受けてリップフィラーも入れよう。ルックスを変えなくては」と動画で語っている。

CNNは2021年の研究データをもとに、顔立ちを描き変える類いのソフトの使用と、美容整形手術とのあいだに、一定の相関が確認されたと報じている。

■身体醜形障害や認知的不協和を引き起こすおそれがある

心理学者のウィトマー氏はインサイダーに対し、「ボールド・グラマー・フィルターはまた、間違いなく人間の自己認識に悪影響を及ぼします」と語っている。氏は「このフィルターは極端なケースでは、身体醜形障害を招くこともあり得ます」と説明する。

身体醜形障害とは、他人から見ればささいな外観上の欠陥が過度に気になり、苦痛を覚えたり社会生活が困難になったりする病気だ。

部屋の中で厳しい表情でスマートフォンを見つめる女性
写真=iStock.com/maruco
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maruco

ウィトマー氏によるとさらに、フィルター適用前後の像が異なることから、認知的不協和を引き起こすおそれもあるという。自身の中に矛盾する認識を抱え、それが不快感やストレスの源となる状態だ。

特に憂慮されるのは、多感な10代の若者への影響だ。インサイダーは、思春期の脳は外界の影響を受けやすく、フィルターによるネガティブな影響もより受けやすいと説明している。

あるTikTokerは動画の中で「自分が10代の頃はSnapchatに、犬の耳(を付けられるフィルター)があるだけだった。本当によかった」と述べ、7万件以上の賛同の「いいね」を集めた。

■自分のルックスに不満を抱くようになった若者たち

ソーシャルメディアで個人が動画を撮影・投稿できるようになり、以前よりも、自分の容姿と向き合う機会はどうしても増える。それまでは気にならなかった顔立ちが、急に他人に見劣りするかのような錯覚に陥ることもあるだろう。本来は余暇の時間を楽しむためのアプリが、必要もないのにふさぎ込むきっかけを生んでしまっている。

TikTokやInstagramなどのソーシャルメディアの登場以前にも、個人が動画や写真に写ることはあった。だが、多くは日常や旅行先でのスナップ写真程度であり、個人や仲間と楽しむためのものだ。

そこへ訪れたソーシャルメディアの流行は、自分との向き合い方を一部でゆがめてしまった。不特定多数の面前で、自分自身をコンテンツとしてアピールしたい動機を生んだ。投稿者は必然的に再生数を追うようになり、商品としての「美しい自分」「完璧な自分」を追求し、つねにルックスに不満を抱える状況になってしまった。

ルッキズムを否定し、容姿ではなく内面で人を判断しようという社会的な潮流が生まれている。体型をからかう行為が非難の的となるなど、ずいぶんと意識は変化してきた。誰もがありのままの容姿に自身を持ち、内面や行動で評価される時代へと意識はシフトしている。

その一方で、時代の最先端を行くはずのTikTokなどソーシャルメディアが、この逆の潮流を生み出している倒錯した事態になっている。

ビジネスの女性
写真=iStock.com/west
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/west

■若者たちの心を守る対策が必要だ

加工で自分を美しく見せようとする動きは、とどまるところを知らない。TikTokは2月下旬、エフェクト作成ツールの「Effect House」に向け、生成系AIの新たなツールをリリースした。ユーザーは誰でも自前のエフェクトを作成し、眉や笑顔をAIで調整するフィルターなどを生み出すことが可能になった。

拡充するAIツールを受け、ソーシャルメディアをきっかけに自分の容姿に不安を抱く流れは、今後ますます加速するおそれがありそうだ。若者たちの心を守る対策が早急に求められよう。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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