シェアハウス、障がい者施設、農場…不動産屋がシングルマザーを救うために立ち上げた全事業
プレジデントオンライン / 2023年4月11日 8時30分
■私なら「シングルマザーのシェアハウス」を作ることができる
ここまでシングルマザーの貧困が、深刻なものになっていたとは……。同じシングルマザーとして、何かできないか。シングルマザーであっても、いい人生を送れるお手伝いをしたい。めぐみ不動産コンサルティング社長、竹田恵子さんが子ども食堂のニュースを見た時、強く思ったことだった。
初めて芽生えた、社会貢献をしたいという思い。じゃあ、私は何ができるだろう。仕事は不動産業、そしてこの業界で大きな課題となっているのが空き家問題。私にできることは、この2つを使うことだ。
「シングルマザー同士が一つ屋根の下で、お互いに協力し合いながら暮らして行ったらどうだろう。夜の保育料など無駄なお金をかける必要もなくなるし、少しでも経済的負担を減らしていけば、みんな、自立していけるんじゃないか。そこに私がサポート役として入っていけば、みんなを『よいしょ』と、引き上げることができるかもしれない」
会社員なら無理なことだったが、起業した今なら実現可能な選択肢としてあり得た。しかも、奇跡的な売り上げを得た初年度の決算時こそ、チャンスだ。税金に持っていかれるくらいなら、使ってしまおう――。ここから恵子さんは、シングルマザーのシェアハウス作りに邁進していく。
■「そんなことやって、儲かるの?」
恵子さんが“シングルマザーが共同生活で支え合う”という構想を持ったのは、自身の育ちが大きかった。母親が人工透析を行っており、土曜日は家に帰れば誰もいない。でも親同士のコミュニティーがしっかりあったので、近所のおばさん宅に勝手に入ってこたつに入ってテレビを見ていたり、ごはんを食べさせてもらったりと、ご近所のあたたかなつながりの中で育ってきた。今はご近所付き合いがどんどん希薄になっているが、そういうあたたかな環境を自分でつくりたいという思いもあった。
恵子さんが住む神奈川県伊勢原市には当時、シェアハウスはひとつもなかった。
「不動産仲間には起業時に助けてもらったけれど、シェアハウスをやりたいとはどうしても言えなかった。バカにされるし、返ってくる言葉は、『そんなことやって、儲かるの?』に決まっている。偽善者ぶっているって、言われたこともあった」
銀行も同様だった。シェアハウスは劣悪というイメージで、融資が出る時代ではなかった。
■物件との出会いで「めぐみハウス」誕生
「いいや、融資が無理なら、現金でやってしまおう」
恵子さんは決意した。そして、一つの物件に巡り合う。ある不動産屋が、幼稚園経営など子どもに関わる仕事をしていたため、恵子さんは思い切って胸の内を打ち明けた。
「私、シングルマザーのシェアハウスをやりたいと思っていて」
すると、打てば響くような答えが返ってきた。
「ちょうど、いい家が空くよ。二世帯で住んでいたんだけれど、親御さんが亡くなって、一人では家賃が払いきれないって、出ていかれる。十分なスペースがある家だよ」
家賃は月に15万円。最悪、半分の部屋に人が入れば採算は取れる。シングルマザーに理解のある不動産屋だったため、話はとんとん進み、この家をサブリースという形で、恵子さんが借りることとなった。これが、2016年4月、起業してわずか2カ月のことだった。
最初に600万円をかけてリフォームを行い、共用部分の家具や家電をそろえた。建物が完成して、入居可能となったのが7月、「めぐみハウス」と名付けた。
■初めてのシングルマザー、働く気はあるのに…
2016年10月ごろからシングル女性が数人入居し、初めてシングルマザーがやってきたのは、翌年の春だった。駅まで迎えに行った時、大きなかばんを持って子どもの手を引く姿に、「これはもう、入る気だな」と思った。入居に必要なヒアリングが済んでいないのに。
「その方は3歳の子どもを連れた、6カ月の妊婦だったんです。すごくいい子だったから、お話をして契約となったのですが……」
妊婦であるのに、離婚を決意したわけだ。夫から必死に逃げてきたのか。子どもとお腹の子を守るための決断だった。まさに「めぐみハウス」が、シェルターとなった。直後、不穏な電話があった。男性の声で、彼女がそこにいるのかの確認だった。恵子さんはとっさに、「知りません」と答えたが、ストーカー紛いの男性も想定しないといけないことを知った。
本人はすぐにでも仕事に就き、自分と子どもの食い扶持を稼ぎ、家賃を払っていきたいという意思があった。しかし……。
「本人にすごく働く気があったのに、妊婦だから働く先が見つからない。しかも、子どもがなかなか保育園に入れない。知り合いとか、伊勢原の企業に当たったけど難しくて、妊婦ということで、生活保護を受給することになりました」
もちろん、妊婦ということで緊急避難的な生活保護取得は当然のことだが、実際、シングルマザーを受け入れてみて、さまざまな「壁」の高さを恵子さんは知ることとなった。
■働く場所がないなら、作ってしまおう
「箱があっても、何もしてあげられないんだって落ち込みました。本人、あれほど働きたい、働けると必死だったのに。私は生活保護を増やしたいわけではなく、自立して頑張る女性を応援したい。それが、この家でのコンセプトなのに……」
子どもが小学生ならいいが、就学前だと保育園になかなか入れないのも、ここで知った「壁」だった。「仕事が決まってないと、保育園には入れない。就職の面接に行けば、『お子さんの預け先は決まっていますか?』と聞かれる。同時になんか、できないよって」
「壁」にぶつかっても、押しつぶされないのが恵子さんだ。
「子どもがいても働けるところがないか探していたけど、そんなところはないし、じゃあ、自分で作っちゃおうって思って始めたのが、障がい者のグループホームでした。それが『ワンダフルライフ』です」
障がい者グループホームは身体、知的、精神、発達など障がい者に該当する18歳以上の人が、生活上必要な支援を受けながら、少人数で共同生活を送る住まいのことだ。
めぐみ不動産はひとり親、高齢者、障がい者、生活困窮者など賃貸物件を借りにくい人を支援する「居住支援事業」も行っているが、障がい者を受け入れる大家がほとんどいないという「壁」にもぶち当たっていた。
「だったら、グループホームでしっかり自立支援をして、この方だったら大丈夫と言える方を紹介すれば大家さんも安心だし、本人にとってもいいし、何かトラブルが起きたら、またうちのグループホームに戻ればいいし。そういう安心できる場所があれば、大家さんも安心して受けてくれるかなと思って、グループホームを立ち上げました」
■シェアハウスからグループホーム、農業へ…正の相関生むマジック
現在、グループホーム「ワンダフルライフ」は8棟ある。オープン直前の物件を見せてもらったが、こちらもまた豪邸で、斬新な壁紙で明るくおしゃれな空間となっていた。
「社会福祉士も介護福祉士もいて、プロの指導のもとに一人ひとりに合わせた支援をしています。必ずしも、一人暮らしをするだけが自立ではないので」
このグループホームが、仕事を探しているシングルマザーたちの職場となる。調理、洗濯、掃除、食事の介助など仕事は多々ある。どうしても仕事が決まらなかった場合、まずここで働き、就労証明を得て保育園を申請し、保育園が決まったら、好きな仕事を探せばいいし、ここでずっと働き続けてもいい。
「壁」が生まれれば、そこから新しい試みの「種」がまかれるのも、“恵子さんマジック”だ。
「精神障がい者の後天的な発症起因って、食べ物の添加物とか保存料とか、農薬とかがすごく影響していると聞いて、『だったら、自分たちで無農薬野菜を作って、それをグループホームの人や、シングルマザーに食べさせたいね』となって」
今度は、畑だった。もともと畑作業が好きで無農薬野菜を育てていた恵子さんだったが、これを事業化。「めぐみ農園」として現在、伊勢原市に広大な農地を確保、無農薬野菜を栽培して店舗の前で販売しているのだが、この畑はシングルマザーも障がい者も働くことができる、新たな雇用の場ともなった。
■念願の子ども食堂もオープン
そしてもうすぐ、「めぐみキッチン」というカフェが、伊勢原駅近くに誕生する。ここでようやく、恵子さんが初めて「社会貢献」という意識を抱いたきっかけとなった、子ども食堂をオープンさせるのだ。もちろん、「めぐみ農園」の無農薬野菜が主役だ。
「子ども食堂って月2回とか、週1回開催というのに違和感があって、常設の子ども食堂にします。月曜から土曜までは夕方5時から8時までカフェの営業をしながら、子ども食堂を開設します。タダで食べられるって良くないと思うので、子どもたちにも一部、ちょっとでもきちんとお金を払ってもらう。子どもの孤食を防いで、放課後の見守りの場所になれれば……」
「めぐみキッチン」が掲げるコンセプトは、「地域とかかわる、みんなの居場所」。
シェアハウスはある意味、狭いコミュニティーだ。しかし子ども食堂という地域開放型の居場所があれば、そこでいろいろな人との交流も生まれる。高齢者も障がい者も、そして地域のいろいろな人たちも。
「いろいろな子どもや大人が来て、いろいろな世代の方の居場所になってほしいです。『めぐみキッチンがあるから、伊勢原に住みたい』という声が聞けたら、私は多分、満足です」
「めぐみキッチン」は、障がい者の「B型就労支援」の場でもある。精神や知的に障がいがある人たちがホールを担当したり、グループホームでの食事作りを行ったり、サポートを受けながら働き、「工賃」を得る場となる。
■“社会課題解決型不動産屋”
「“みんな働く”っていうのも、私の一つのキーワード。こうして、障がい者のB型就労支援をスタートさせます。ここでは障がい者の方も、シングルマザーの方も働けます」
シングルマザーのシェアハウスという、誰もが「何、それ?」と訝しむ場を作って7年。その時にまかれた一粒の種は今、社会的弱者を支える循環型システムとなって、伊勢原市に根付いている。それは地域に暮らす、さまざまな人をうまくゆるーく巻き込む“恵子さんマジック”のスパイスの効いた、おそらく他ではまだ見ぬ、地域社会のありようだ。
恵子さんが、お茶目に笑う。
「うちは、“社会課題解決型不動産屋”です」
いいなー。そんな不動産屋、絶対、うちの地域にも来てほしい。心から強く思った。
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ノンフィクション作家
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。
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(ノンフィクション作家 黒川 祥子)
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