あっという間にスタバを追い抜いた…6年で8000店超に増えた「中国のスタバ」の5つの戦略を解説する
プレジデントオンライン / 2023年4月11日 10時15分
■中国でスタバより店舗が多いカフェチェーン
中国でNo.1のカフェチェーンをご存じだろうか。
売り上げ1位はスターバックスだ。1999年に中国に上陸し、6090店舗(2022年末)を展開している。北京や上海などの大都市では、東京や大阪よりも高密度に出店されている印象がある。ちなみに、日本でのスターバックスの店舗数は1792店(2022年末)だ。
では、店舗数1位はどこか。2019年までスターバックスが首位だったが、現在は「瑞幸珈琲」(ラッキンコーヒー。以下ラッキン)で、8214店舗(2022年末)を中国全土で出店している。
ラッキンは配車サービスを手がける神州優車の元COO、ジェニー・チエン(銭治亜)が2017年に設立した。1年目に2000店を開店、そして2年目には中国でのスターバックスの店舗数を抜いた。さらに、創業3年足らずの2019年5月には、米ナスダック上場を果たしている。
ジェニー・チエンは「上場後、3年から5年は戦略的な赤字を出し続ける」と公言して拡大戦略を維持した。2020年には、不正会計による上場廃止やコロナ禍という逆風が吹いたものの、2022年には黒字に戻し、再び勢いが出てきている。
■スタバがライバル視
ラッキンの店舗のほとんどが、客席のないスタンド店だ。それゆえ、出店しやすいということはある。現在は、売り上げ面でもスターバックスに迫りつつある。
2022年の10~12月期の中国におけるスターバックスの営業収入は6.22億ドル(約808.6億円、レートは当時)で、ラッキンは5.36億ドル(696.8億円)だった。中国のスターバックスはコロナ禍以降売り上げが下降気味であることから、店舗数でも売上高でもラッキンが上回るかもしれない。
スターバックスは、昨年「2025ビジョン」を掲げた。彼らは、2025年までに中国300都市で9000店の体制にすることを宣言した。これは、スターバックスがラッキンから中国No.1のコーヒーチェーンの座を奪還するための作戦だと見られている。
■注文はすべてモバイルオーダー
いったい、ラッキンのどこがすごいのか。
一言で言えば、スターバックスのサードプレイス戦略(快適空間)の真逆をいった。
具体的に、ラッキンの戦略を見ていこう。大きく5つにまとめることができる。
ひとつは、モバイルオーダーを前面に打ち出したことだ。
ラッキンでは、スマートフォンから事前注文をし、それから店舗に取りにいくという購入スタイルが基本だ。いまや中国の多くの店舗が導入しており、日本でもモバイルオーダーはファストフードを中心に利用できる。だが、ラッキンが創業した2017年当時は、中国でもまだ新鮮な購入体験だった。
注文時にスマホ決済で会計も済んでいるので、長い行列に並ぶことも、ドリンクができるのを待つこともなく、店舗ではスマホの画面を見せるだけでコーヒーを受け取れる。
中国では、オフィスでコーヒーを飲むという人が圧倒的に多い。出勤時や休み時間に店舗に行き、テイクアウト注文をする。そうした忙しいビジネス客にウケた。
■新規客でもすぐにアプリが利用できるワケ
中国にはこのモバイルオーダーを支える環境が整っていた。
モバイルオーダーでの注文はアプリで行うのが一般的だ。ただ、専用アプリにすると、インストール、アカウント作成、決済手段登録という複数のハードルがあり、新規顧客の獲得は簡単ではない。
しかし、中国にはほぼ全国民が使っているSNS「WeChat」にミニプログラムという機能がある。これはLINEのミニアプリによく似た仕組みで、WeChat内で起動できる小さなアプリのようなものだ。
事前にインストールしておく必要がなく、ログインにはWeChatのアカウントが流用され、決済はWeChatペイが自動的に使われる。なので、初めて起動した時にもいろいろな設定は一切不要で、いきなり注文ができる。これにより、新規顧客を高速で獲得していった。
■安い、おいしい、早い
2つ目は、コーヒーの品質に妥協をしなかったことだ。
ラッキンはモバイルオーダーとテイクアウトを基本にしているため、スターバックスのような客席空間を用意する必要がない。そのため、新規出店時の初期投資を抑えることができる上に、人件費も抑えることができる。
その浮いた分をすべてコーヒー豆の品質に振った。当初から世界的なバリスタを監修に迎えるなどして、おいしいコーヒーを提供することに注力をした。
スターバックスは客単価が39元(754円)だが、ラッキンは20元(387円)と半分に抑えている。にもかかわらず、多くの人からは「スターバックスにひけを取らない」という評価を得ている。
どうせオフィスで飲むのだから、客席はいらない。なにより並ばなくていいし、おいしい。こうして、ラッキンの固定ファンが生まれていった。
2020年、ラッキンは不正会計問題を起こし、7月にナスダックから強制上場廃止処分を受けた。さらにコロナ禍となったが、ラッキンは売り上げを伸ばし赤字幅を縮小した。新規顧客の獲得ペースは落ちたものの、固定ファンが支えた格好だ。
■1杯買うともう1杯無料
3つ目がクーポン戦略だ。
特に大きな武器となったのが、「買一送一」(1杯買うと1杯無料)のクーポンだった。このクーポンを受け取った人は、実質半額になるので2杯を購入する。
しかし、自分で2杯を飲む人は多くない。オフィスに持っていき、同僚にコーヒーをプレゼントする。その同僚は味と価格に驚き、自分のスマホからミニプログラムを開いてみる。こういう連鎖反応が起き、新規顧客を獲得していった。
ミニプログラムという利便性の高い仕組みがあったため、ラッキンの顧客は全員がオンライン会員になる。WeChatは、個人情報そのものを渡すことはないが、ラッキンにマーケティングデータを提供をする。これを利用し、より精密なクーポン戦略やプロモーションを行っている。
■広大な中国を制するポイント
4つ目は、多方面展開が可能になったことだ。
中国で小売チェーンを展開する場合、常に問題になるのが、大都市中心に展開するのか、地方都市まで拡大をしていくのかということだ。
中国の都市は、最大の経済情報メディア「第一財経」傘下の新一線都市研究所によって、経済力や人口などの指標を基準にした6つの階級で分けられている。一番上が、一線都市、次に新一線都市、二線都市、三線都市、四線都市、五線都市となる。
一線都市とは、北京、上海、深圳、広州の4都市。新一線都市は成都、杭州、武漢などの15都市。二線都市は昆明、瀋陽など30都市。この二線都市までが大都市と呼ばれる。
三線都市以下は、ほとんどの日本人が名前も聞いたことがない地方都市で、五線都市まで含めると合計337都市になる。
■大都市と地方都市の違い
大都市は、消費行動や購買力は他国の大都市に近い。一方、三線以下の地方都市は、購買力だけでなく、消費行動も異なるため、進出をするには大都市とは異なる戦略が必要になる。そのため、多くの外資系チェーンが大都市中心に展開をすることになる。
実際、スターバックスの店舗は86.6%が大都市にある。
一方、ラッキンは大都市が76.1%であり、地方都市にも23.9%出店をしている。
20元という客単価であるため、購買力が弱い地方市場でもそれなりに需要を掘り起こすことができるからだ。
客単価39元のスターバックスはそのままの形で地方都市に出店することは難しい。
ラッキンは、スターバックスが簡単には進出できない地方都市にも展開をしている。店舗はスタンド形式だが、味がよくて価格が安いラッキンは、大都市でも地方都市でも市場を確保することができている。
■他が出さないところに店を出す
5つ目が、巧妙な出店戦略だ。
スターバックスは大都市の中でもどこにでも出店ができるわけではない。最も多いのが商業地(ショッピングモール内)であり、次がオフィス街となっている。
スターバックスはブランドイメージもよく、ショッピングモールからの出店依頼が多い。
一方で、学生街が空白地帯になってしまっている。中国の大学生たちは、原則学生寮に住み、自由になるお金をあまり持っていない。そのため、大都市の中でも学生街は安くておいしい飲食店が集中をしている。
学生はスターバックスを飲むことに躊躇をし、ラッキンやさらに低価格のコンビニコーヒーを利用している。ラッキンは、スターバックスが出店をためらう地域をねらって店を出すことで、市場を獲得している。
都市級別の出店割合を見ると、ラッキンの戦略がよくわかる。
一線都市ではオフィス街に特化をし、新一線、二線都市では学生街に重点を置き、地方都市では商業地というように、戦略を都市の規模に合わせて変えている。これも、高品質、低価格、スタンド店という特性により多面展開が可能になっているからできることだ。
■ラッキンを待ち受ける意外なライバル
スターバックスは「2025ビジョン」で300都市9000店舗に展開することを宣言した。
このスターバックスの計画に対する評価は二分されている。
スターバックスが中国で本気を出したという人もいれば、あまりに無謀すぎる計画で失敗をすることになると見る人もいる。
いずれも一致をしているのは、質の高いコーヒーを快適な空間で飲んでもらうというサードプレイス戦略をそのまま行うのでは、地方都市進出は難しいということだ。
ラッキンもいま以上の成長をするには、地方都市に本格進出をしていかざるを得ない。だが、そう簡単にはいかない。地方都市には強力なライバルが待ち構えているからだ。
■ケンタッキーという最強の敵
1杯5元(96円)という激安ドリンクで2万店舗以上を展開する蜜雪氷城(ミーシュエ)のサブブランド「幸運珈」(ラッキーカップ)が、915店舗(22年7月末時点)と地方都市で勢力を伸ばしつつある。
最も安いラテは5元で、客単価は8元(154円)と、10元(193円)を切る。価格面ではラッキンも太刀打ちができない。
さらに中国で9000店舗を展開し、すでに地方都市にまで浸透しているケンタッキーフライドチキン(KFC)も強い。
ほぼ全店で「KFC TO GO」なるテイクアウト専用窓口を設けている。ここでSOE(Single Origin Espresso)という単一品種によるエスプレッソを、9.9元(191円)で提供し始めている。
つまり、地方都市でのコーヒーの相場は10元を切り始めている。スターバックスがこの価格帯に太刀打ちをするのは難しいばかりでなく、ラッキンも相当に苦労をすることになりそうだ。
ラッキンは斬新な戦略で、大都市ではスターバックスに勝ちながら、地方都市ではKFCに負けるという事態になりかねない。中国のカフェ市場を誰が制することになるのか、まったく予想がつかない状況になっている。
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フリーライター/ITジャーナリスト
IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。著書に『横井軍平ゲーム館 「世界の任天堂」を築いた発想力』(ちくま文庫)、『任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代』(角川新書)、『Googleの哲学』(だいわ文庫)など多数。
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(フリーライター/ITジャーナリスト 牧野 武文)
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