リリースなしでも品薄を繰り返す人気…ミドル男性が1枚4000円近くする高級レースショーツを買う理由
プレジデントオンライン / 2023年4月12日 13時15分
※部署名、役職は取材当時のものです。
■男性向け高級インナーは厳しい市場
――メンズインナーブランドである「ワコールメン」の販売状況はいかがでしょうか。
【溝口】おかげさまでレース生地を使ったボクサーパンツ「レースボクサー」を中心に支持をいただいておりまして、昨年4月から今年の2月までの累計で、前年比160%以上の水準で推移しています。
――御社全体ではレディースの商品が圧倒的に多いと思いますが、メンズはどれくらいの割合ですか?
【溝口】男性の下着はなかなかシェアをとり切れませんね。男性は女性のように下着に対して高い意識を持っている方が少ない。そんな中でワコールメンは「追いつけない下着」をテーマに半歩先の提案をしようと取り組んでいます。高価格帯(レースボクサーは税込みで3960円)を狙っていることもあり、なかなか難しい市場です。
■はいた時の驚きと感動
――「レースボクサー」の開発の経緯を教えてください。
【溝口】私がレディースからメンズインナーの部署に異動してきたのが2020年の4月。ちょうどコロナが大流行して世の中が大きく変わった時期です。そんな時だったので「メンズインナーに新しい風を吹かせたい」と思い、いろいろなことをやりました。レースボクサーもその一つです。
いまは「ジェンダーレス」とか「ボーダーレス」など、いろいろなものの垣根が低くなった、いわば「レス化」の時代ですよね。お客さまもそれを肌で感じとっているのではないか。そこへレース生地でできた男性用下着があれば、「おっ」と思うはずです。見た目は新しいのに、はいてみたらすごくなめらかではき心地が良くて、毎日快適にすごせる。この驚きや感動がリピートにつながるというストーリーが見えたので、それをお客さまに伝えていこうと思いました。
■こだわったのは圧倒的なはき心地の良さ
――開発にあたってセクシーさは大事にされましたか。
【溝口】いえ、それはありません。いまの世の中は価値観が多様化しています。「何がセクシーか」「何がカッコいいか」を決めるのはお客さまなので、こちらから押し付けることは考えませんでした。
洋服もそうだと思いますが、ほかの人からどう思われるかはともかく、いいものを身に着けていたら、なんだか気分がいいですよね。実は弊社には「ふんどしNEXT」という商品があるんです。「ふんどしを締めなおす」という言葉があるように、肌にいちばん近いところに着けるものによって、心持ちすら変わってくる。逆にはき心地の悪いものを身に着けていると、一日中気持ちが悪いですよね。
ですからレースボクサーに関しても、いちばんこだわったのはデザインではなく、素材、設計、縫製、品質です。我々は男性社員も女性社員も日常的にレースに接しているので見慣れているわけですが、一般男性には、レースといえば「ガサガサしていそう」「破れやすそう」「透けそう」「はずかしいんじゃないか」というイメージがあります。
それを一つひとつ払拭するために、何度も修正を繰り返して調整しました。たとえば男性は下着をはくときに引き上げる力が強いので、レースでも強度を重視しましたし、わざと社内の肌の弱い人にはいてもらったりしました。レースを使いながらも、はき心地の良いものに仕上げたのが肝だと思っています。実際、社内で試着したときははき心地の良さに感動しました。これは高い評価を受けるはずだと確信したのです。
■「イロモノ」と捉えられてはいけない
――はき心地は実際にはいてみないとわかりませんよね。はき心地の良さを伝えるためにどんな工夫をされましたか。
【溝口】店頭やウェブストアで売る前にテストマーケティングをしまして、その時きちんと商品の良さを表現して伝えたうえで、お客さまの声や評価を収集しました。あとは弊社がいままでまじめに商品づくりに取り組んできた企業姿勢がプラスに働いたのかなと思います。
お客さまとのコミュニケーションに関しては、いかに「イロモノ」として捉えられないようにするかがポイントでした。社内の一部では、「バズらせれば売れるだろう」という意見もありました。確かに、それは一瞬の売り上げにはつながるでしょう。でも私たちはこの商品を長く定番として売っていきたい。そのために広報の中澤(泰子)とも情報共有をして、慎重にコミュニケーションをおこなってきました。
■プレスリリースを出さなかった
――中澤さんはプロモーションや媒体へのアプローチを担当して、ご苦労された点とか、ここがポイントだったなということはありますか。
【中澤】普通は新商品が出ると、広く一般向けにプレスリリースを発信するのが広報の役割ですが、今回はあえてそれをしませんでした。「男性の下着が多様化している」というニューストピックをつくり、経済誌や新聞の社会部など報道色の強いメディアの方に取材をお願いしました。
その後はあえて180度転換して、女性週刊誌やWebニュースに取り上げられやすいメディアの記者の方にアプローチしました。ただし、ここで細心の注意を払いました。やはりメディアの性格上、どうしてもキャッチーなタイトルになったりするので、そこは記者の方ときちんと意思疎通をして、双方の意図に齟齬(そご)がないことを確認して記事を書いていただきました。
それがきっかけで、世界に向けて英文記事も配信されたんですよ。どの記事もおちゃらけた感じにはならずに「美しいね」「クールジャパンだ」とまじめに報道してもらえたのです。
■美しいだけではダメ
――男性用下着をレース生地でつくることに対して、社内で反対意見はありませんでしたか。
【溝口】普通の会社だったら異論が出るかもしれません。でも当社では誰もがレースに携わっているので、否定的な意見は出ませんでした。
――男性と女性の差がなくなってきて、ジェンダーレスな世の中になりつつありますが、そんな中でも、「女性と男性では美意識が違う」と感じられることはありますか。
【中澤】そうですね。男性はやはり美しいだけではダメで、スペックが大事ですね。
下着に関しても、女性は繊細なレースを使ったインポートの下着を大事に手洗いするのは苦にならない。いわば「いとおしい、きれいさ」なんですよね。でも男性の美意識は大きく違っていて、「きれいだけど取り扱いが楽」だとか、「きれいだけどはき心地も良い」ことを求める。その点、レースボクサーはオールメッシュなので通気性も良いですし、裾の部分もゴムなどを使わず切りっぱなしになっているので、細身のアウターをはいたときでも下着の線が浮かびにくい。こんなふうに高スペックなうえに見た目もきれい、というところを強調して、体験したい、はいてみたいという心理を突くようにしました。
【溝口】特に男性は、事前にスペックを調べてから買いにいくことが多いと感じています。ワコールメンでは素材、設計、縫製、検証というプロセスを大事にしていて、「なんでその設計なの?」と聞かれたとき、特に男性を相手にするときは、そこをちゃんと説明できるようにしておかないといけないよ、といつもメンバーに言っています。
■もっと裾野を広げていきたい
――溝口さんが商品開発をされる中で大事にされていることは何ですか。
【溝口】私は「本当にこれが売れるのか?」と上司から繰り返し聞かれることが多かったんです。それは担当者に「本当に売れるのか」を考えさせるためで、おかげでいまもそれを自問自答する習慣がついています。
――今後の展開をどのように考えていますか。
【溝口】まだまだパンツにまでこだわるという男性は少ない状況です。レース柄はハードルが高いという声もあったので1月下旬にはペイズリー柄やカモフラージュ柄を出しました。裾野を広げてメンズインナーの市場を広げていけたらと考えています。
ジェンダーレスの流れの中で、男性の美意識をとらえた商品ではあるが、女性の美意識とはちょっと違う。
女性の美意識が「いとおしいキレイさ(いとおしい、かわいいと感じる繊細な美意識)」だとしたら、男性の美意識は「スペックにこだわったキレイさ(機能的なこだわり、理由を語れる美意識)」といえる。男性は、「それのどこがいいの?」と聞かれたとき、理由を語れることが大事だ。語れるストーリーがあるモノは、日用品ではなく、「男のギア」になる。ベビーカーでも抱っこひもでも、男性に人気があるのは機能的なこだわりをもった商品だ。レースボクサーでいうなら、「通気性が良い/エアリー」など、キレイなだけではない機能性が大事になる。
このようなターゲット(今回は男性)のインサイトを、しっかり見極めた上でモノづくりをすることが肝要だ。「売る」ではなく、「買ってもらえる」のはなぜなのか。自社の強みであるレース技術は、どういうインサイトをとらえたのか。その理解こそが、今後も継続的に事業を拡大し、ブランドを育成していくカギとなる。
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インサイト 代表取締役
大日本印刷、外資系広告会社J.ウォルター・トンプソン・ジャパン戦略プランニング局 執行役員を経て、2010年にインサイト社設立。初著『インサイト』(ダイヤモンド社)で、日本に初めてインサイトを体系的に紹介。他に『インサイト実践トレーニング』『戦略インサイト』(ともにダイヤモンド社)など。商品開発・ブランド育成などのコンサルティングを行っており、消費財・サービス・テック系企業などで実績多数。インサイト オフィシャルページ
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(インサイト 代表取締役 桶谷 功 構成=長山清子)
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