なぜ日本人は投資をやらないのか…「働くことは尊い」「投資で得た金は不労所得」は世界の非常識である
プレジデントオンライン / 2023年4月12日 13時15分
※本稿は、大江英樹『90歳までに使い切る お金の賢い減らし方』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■日本人が投資に持つ根本的な誤解
日本人の多くが投資には興味がないし、投資もしていないという現実。
これには、投資が難しそうでよくわからないということもあるでしょう。ホンネでは儲けたいけど、タテマエではそれを表に出さない。だから投資には興味ないフリをしているけど、本当はよくわからないから、やりたくてもやれないという気持ちはあると思います。
でもそれ以上に私が感じているのは、多くの人が、「投資」ということの本質を、根本的に誤解しているのではないかということです。
日本人は誰もが、心の中に「働くことは尊い」という強い倫理観や道徳観を持っています。私自身は、日本人の多くが優秀だとも、生産性がそれほど高いとも思わないのですが、多くの人が、「日本人は優秀で勤勉だ」と言います。
その背景には、「労働が尊いこと」という感覚があり、それゆえに日本人が勤勉なのだと思い込もうとしているように見えます。
たしかに、欧米人と日本人の労働に対する感覚の違いはあるようです。
■欧米人にとっては「労働は罰」
キリスト教においては、アダムとイブが禁断の果実を食べてしまうという罪を犯したために楽園から追放され、人類は“働かなければならない”という罰を神によって背負わされました。つまり、「労働は罰」というのが基本観にあるわけです。
これに対して我が国の場合、八百万(やおよろず)の神がいるわけですが、その最高神は天照(あまてらす)大御神(おおみかみ)です。で、彼女は何をしているかというと、高天原(たかまがはら)で機織りをしているんですね。最も労働集約型産業である機織りですよ。そして他の神様もみんな働いています。これはキリスト教やイスラムの人たちから見れば驚くべきことなのではないでしょうか。
「働くことは尊いこと」「労働は美徳」という考え方は、おそらく日本人のDNAの中に深く刻み込まれているのだと思います。
このこと自体は別によいのですが、問題は、働くことや労働とはいったいどういうことなのだろうかという認識にあります。
■「投資の儲けは不労所得」という思い込み
日本では多くの人が、「投資の儲けは不労所得」だと思っています。
では、そもそも働くというのはどういうことを言うのでしょうか。
私たちが普段行なっている仕事の内容を考えてみましょう。「モノを作る」「販売する、売り込みに行く」「事務処理をする」、そして「研究開発に従事する」と、まあ、ざっと考えればこんなところでしょう。
いうまでもなく、事務処理をするという中には、人事、経理、総務といったバックオフィス的な仕事はすべて含まれます。どんな業種であれ、これらの業務は存在するでしょうから、働くということのイメージがこれらの仕事になるのは当然です。
では社長は、いったいどんな仕事をしているのでしょうか。
普通は、ここに挙げたような仕事は何もやっていません。トヨタ自動車の社長が工場で車を組み立てる作業に従事することはありませんし、ユニクロの社長だって、店舗に立ってTシャツを売ることもないでしょう。
では彼らは何も仕事をしていないのでしょうか? そんなことはありませんね。
では彼らは、いったいどんな仕事をしているのでしょう。
■「経営者」と「投資家」は同じことをやっている
彼ら、すなわち経営者の仕事は、「判断すること」そして「判断したことに対して責任を取ること」です。
会社が持っている経営資源、俗に「ヒト・モノ・カネ」といわれますが、人員をどの分野に投入するか、設備やインフラをどう活用するか、そして何にお金を投資するかを、必死で考えて、決断する。
うまくいかなくて会社に大幅な損失が生じると、責任を取って辞めざるを得ないということも起こり得ます(中には責任を取らない経営者もいますが)。
さらに、辞めるだけであればまだしも、株主から訴訟を起こされ、損害賠償を請求されることだってあり得ます。つまり、経営者はリスクを取って事業をしているのです。リスクを取っているから高い報酬が得られるのです。
でもこれ、よく考えてみると、「投資家」がやっていることと同じことですよね。投資家は、自分の持っているお金を何に投下すればいちばん収益が上がるかを考え抜いて、投資を決断します。その結果がよいか悪いかはわかりませんが、どちらになったとしても、責任は投資をした自分が負うことになります。
経営者がリスクを取って事業を行なうのと、投資家がリスクを取って投資をするのは、まったく同じことなのです。
■投資は企業経営のようなもの
ところが、経営者がやっていることは、普通の会社員にはなかなか理解できないと思います。もちろん頭の中ではわかっているかもしれませんが、実感として感じることはないでしょう。なぜなら、経営者の視点でものごとを見ることはありませんし、経営者であるがゆえに起こり得ることも体験できないからです。
たとえば、自分で商売をしたり、会社を経営したことがある人なら、資金繰りが行き詰まったりする時の恐怖感はよくわかると思いますが、会社員にはそれを理解しろといっても無理でしょう。逆に、自分がリスクを取って判断し、それが成功した時の高揚感も味わうことはできないと思います。
したがって、企業経営と投資が同じ感覚であるとすれば、経営者の視点で判断することのない会社員にとっては、自分での投資の経験がない限り、投資家の視点も理解できないということになります。
このように考えていくと、「投資の儲けが不労所得だ」と考えてしまう人が多いのも、うなずけます。「汗水垂らして働くのではなく、一発当てれば儲かるんでしょ? だったらそれって不労所得だよね」という感覚なのだろうと思います。
■一定の給料が保証されている会社員には実感できない
さらにいえば、株式投資は博打のようなものだという思い込みもあるでしょう。たしかに株式投資は、やり方によっては投機的な面があることは事実ですが、それはすべてのビジネスで同じです。自分で考え、分析して資本を投下する。状況に応じてさらに資金を注ぎ込んだり、逆に撤退したりすることも起こり得ます。それでも100%うまくいくという保証はないのです。
これについては、私もかつてサラリーマンをしていたのでわかりますが、仕事の成果がよくても悪くても決まった給料がもらえる会社員の立場では、自分の判断で結果の成否とそれに伴う報酬の多寡が決まるということが、なかなか実感できません。
でも、利益というものは、そういう不確実性=リスクの対価として生まれてくるものなのです。その本質が理解できていなければ、「投資の儲けは不労所得だ」と思うのも無理はありません。
■貯蓄や投資のノウハウは学校で教えなくてもいい
さてここまで、お金にまつわる思い込みや勘違いについて、歴史的な面も含めて考えてきました。前節で、明治期に入ってから貯蓄教育が一生懸命実施されたということを書きましたが、本来、学校教育において、「貯蓄」や「投資」について詳しく教える必要があるのかについて、私は疑問に思っています。
それはお金が汚いものだとか、お金のことを考えるのははしたないことだとか、そういう理由から教えるべきではないというのではありません。むしろ逆です。教育の場においては、「貯蓄」や「投資」のノウハウなど教える必要はなく、それよりも「お金の常識」をきちんと教えるべきだと思います。
世の中には「お金の常識」を知らない人が多すぎます。そういうものを誰からも学ぶことなく大人になってしまったために、変な金融詐欺や怪しげな商法に引っかかってしまう人が後を絶たないのです。
■「自分の頭で考える」ことを教えるべき
したがって、お金の常識は学校でしっかり教えた方がよいと思います。その上で、どうすればいいのかを考えるのは自分です。貯蓄や投資は、自分で考えて、必要だと思えばやればいいですし、その中身については自分で納得のいくまで勉強すべきです。
「何か儲かりそうなモノはありませんか?」とか「上がりそうな株を教えてください」というセリフの中には、「自分で考えるのが面倒だから、人に教えてもらえばいい、どうせ不労所得なんだから」という考えが見え隠れします。そんな考えが生まれてくるのはお金の常識や投資の本質を理解していないからなのです。
大切なことは「自分の頭で考える」ということです。そして考えるにあたっては「お金の本質」がどういうものかを知っておく必要があります。
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経済コラムニスト
大手証券会社に定年まで勤務した後、2012年に独立し、オフィス・リベルタスを設立し、代表に。資産運用やライフプランニング、行動経済学などに関する講演・研修・執筆活動などを行っている。近著に『定年前、しなくていい5つのこと』(光文社新書)など。
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(経済コラムニスト 大江 英樹)
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